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私立聖蘭高校・・・通称−乱校−は、横浜内では、結構名の通った落ちこぼれの吹き溜まりであった。
偏差値が足りなかった者や、他の学校で問題を起こした者たちが、最終的に集まる無法地帯と思われがちであったが、それなりにまとまった集団というのも存在していた。
まず、第一の実力派が、三年の大部分を率いている『夜叉神』。
その頭は、−鰐淵春樹−という人物で、横浜内の暴走族の中で伝説となっている『スピードの四天王』の一人でもあった。
次いでの派は、去年まで6代目として君臨していた横浜一の強者である−真嶋夏生−の後を引き継いで7代目を宣言した−鮎川真里−率いる1・3年中心の『爆音小僧』。
それから、その『爆音小僧』と真っ向から対立状態になっている2年を中心とした少数猛者の集団の『魍魎』。
前は、もっと人数が多かったのだが、弱者はいらないという化け物並の体力と力を持った-一条武丸−の恐怖は、喩え少人数でも計り知れない程の実力を持っていた。
そうして、後一つが、『爆音小僧6代目』が一度解散宣言をした時に、その特攻服を脱ぎ捨てて、自ら新しいチームを作りだした−榊龍也−が率いる2年中心の『朧童幽霊』である。
それ以外の小さな纏まりもいくつかあった事はあったが、結局、この4つのチームのどれかに、くっついているようなもので。
実際、乱校を支配していたのは、それぞれのグループの"頭"である4人であり、そうして、鰐淵には"玄武"、真里には"朱雀"、武丸には"白虎"、龍也には"青龍"の呼び名が横浜の族の間では付けられていたのであった。
それは、夏休みも終わった新学期の第一日目。
一人の転校生が、乱校に編入してきた。
この学校への転校というのは、ずばり、他の学校で追い出されたという事である。
一体、どんな問題児が転校してきたのかと、一年の間では話題にもなっていたのだが・・・。
「・・・あ・・・あの・・・今度港ケ丘高校から転校してきました・・・浅川・・拓・・・です・・・宜しく・・・。」
先生と一緒に入ってきたその姿を見た途端に、そのクラスの者たちは皆、我目を疑ってしまっていた。
その容姿が、彼らの想像していた物とかけはなれ過ぎていたからである。
一見しただけでは、女とも取れる程、柔らかな幼い顔つきから始まって、背も低く、体格とてちょっとつつけば倒れてしまいそうな程で・・・。 "チビ"というのが、ぴったりくるような姿だったのである。
だが、彼らの頭の中には同時に、同じような形容を持っているにも係わらずに、『爆音小僧』を束ねている真里を思い出した。
真里もまた小柄でありながら、その強さは半端なものではなく、ここにいる誰一人としてタイマンでは勝てないのだ。
だから、外見は弱く見えても、実は強者なのかもしれない・・・と。
「じゃあ、浅川の席は南の隣で・・・おい、南!ちゃんと前を見なさいっ!」
そう言って、先生は、窓際の開いている席を示そうとして、その隣の生徒が窓の外を見続けていた事を注意した。
途端に、その席の少年がガタッという音を立てて立ち上がる。
「こっ・・・こら!何処へ行く気だ?!」
「うるせぇゾ、コラ!つまんねぇから、"寝"てくんだよっ!!」
そのまま教室を出ようとする少年に、声を荒らげると、それ以上の威圧感を持った答えが帰ってきて、沈黙してしまう。
先生が、グッと詰まったのを尻目にその少年はドアを開けて教室を出て行ってしまった。
「ヒューッ!」
「いいゾォ!南っちゃんっ!」
次々に上がる歓声に、先生の肩がブルブルと奮え・・・。
バンッ!と教簿を机に叩きつけると、そのまま何も言わずに出て行ってしまった。
こうなってしまうと、困ってしまうのが転校生の立場である。
いきなり、何の指示もなく放り出されるのは、遠慮したいと思うのであるが・・・。
拓も、どうすれば良いのか理解らずに、そのままボウッとつっ立っていたが・・・やがて、困ったように眉を寄せてホウッとため息を零した。
そうして、回りの自分を見つめる視線に気付くと、頭痛が激しくなったような気がした。
その中で、一番強い視線を投げつけてくる相手がいる事に気付いて、視線を流す。
凄まじい迫力と威圧感を伴った視線に、拓はおや?と言う表情を浮かべる。
その相手は、拓の座る筈の席の後ろに座っていた者だった。
取り合えず自分の鞄を持ったまま、拓は指示された自分の机になるだろう場所まで歩いた。
そうして、その視線の人物を真っ向から見つめ返した。
拓が、視線を返すとその相手は少しも表情を変えずに・・・だが、ほんの少しだけ目を細めた。
その微妙な変化を、拓はちゃんと見分けて・・・フワッと微笑を浮かべた。
「ここに、座っても良いですか?」
笑顔で尋ねる拓に、相手は一瞬驚いたようだったが、何も答えなかった。
つまり、それは拓の言葉を受け入れたという事なのだ。
だが、それでも拓は自分からは決して座ろうとはしなかった。
完全な相手の了承がなければ、ここに座れないと拓は思っていた。
実際、拓はそういう風に教わったし、背中を見せる以上、キチンと答えを貰っておかないと困るのだ。
暫くの沈黙があった。
回りの連中も、何も言わずに、二人のやり取りを見つめているようだ。
どうやら、彼がどう答えるかによって、今後の拓のこのクラスのでの位置づけが決められるのだろう。
拓は、相手をジッと見つめたまま、その答えを待った。
先程の者が、"動"なら、この相手は"静"といった感じだろうか?
だが、奥底に秘められた闘志は、その眼差しの中にヒシヒシと伝わってくる程だと拓は思った。 『彼』の眼差しに似ている・・・と。
「・・・好きにしろ。」
そうして、結局折れたのは、相手の方だった。 面白そうに口端を密かに持ち上げて、拓に向かってゆっくりとそう告げた。
途端に、緊張が走っていたクラスの中の空気が解け・・・雑音が戻る。
「―――何をして、ここに放り込まれた?」
それは、小さな問い掛けだった。
椅子に座ろうとした拓は、その問い掛けに困ったように少しだけ微笑った。
「・・・ボクに・・・強さを教えてくれて・・・初めて『親友』と呼んでくれた・・・友達の為に闘ったんだよ。」
困った顔で言う割りには、口調には少しも引け目はない。
逆に、誇らしげに行っているような拓のセリフに、相手は何も言わずにただ拓を見つめただけだった。
そうして、時間は過ぎて・・・午前の授業が全て終わり、昼時間となる。
「おい。」
急に後ろから声を掛けられて、拓はキョトンとした顔で相手を振り返った。
「はい?」
気合の微塵もないような柔和な顔つきで、小首を傾げる所など、本当に同じ年なのか疑ってしまうが、取り合えず相手は、挫けずに顎を杓った。
「ついてこいよ。」
その途端、周りがまたしても水を打ったかのように静まり返るが・・・拓は少しも動じない。
「うん。」
小さく頷くと、そのまま彼の後ろに付いて歩きだした。
「あっ・・・あの・・・」
歩きだした彼に向かって、質問しようとした拓は、相手の名前すら知らない事に気付いて、眉を寄せた。
「―――臣だ。臣博之。」
だが、すんなりと答えてくれたので、ホッとしてまた口を開く。
「あの・・・博之・・クン?何処、行くの?」
それは、当然とも言える問い掛けであった。
拓は、付いてこいとは言われたが、何処に連れて行かれるのかは聞いていないのである。
「別に、とって食うような場所じゃねェ。オレ等の溜まり場だ。」
「溜まり場?」
「あぁ・・。付いてくりゃ、理解る。」
そう言うと、そのまま渡り廊下を通りすぎて、臣は校舎脇にあるプールに向かっていた。
途中で、何人かの者たちが立っていたが、臣は気にする事なくその真ん中を通り過ぎていくので、拓は気が気ではない。
だが、二人が通り過ぎるのを視界の中に入れても、彼らが何かを仕掛けてくる事はなかった。
「あ・・あの・・・・」
それでも、道を進む度にその人数が増えて行き・・・その視線も険悪なものと化してくれば、拓もこれ以上進んで良いものかと悩んでしまった。
できる事であるのなら、戻りたい・・・とも。
「なんだ?」
だが、帰ってきた返答は鷹揚なもので・・・とてもそんな事を告げられる雰囲気ではない。
小さく首を横に振ると、拓は何でもないと告げて後を付いていった。
暫くすると、突然目の前に人が現れた。
「誰だ、そいつは?」
すこぶる機嫌の悪そうな相手に指を差されて、拓は思わず萎縮してしまう。
だが、そんな事はおかまいなしに、臣は歩きだそうとして相手に止められてしまう。
「テメェ、一年だろっ!生意気だぞっ!!」
「すいませんねェ、先輩。だけど、俺は『龍也』先輩に会いに来たんで、退いてくれませんか?」
ちっとも、相手を立てずに自分の用件だけを突きつけるように言う臣に、相手がカッとなって殴りかかってくる。
だが、それをヒョイと躱して、臣は相手をジロリと一瞥した。
「そこまでだっ!」
尚も相手が突っ込んでこようとしたのを、その後ろからの叱咤が止める。
「都築くん・・・。こいつ、一年のクセに生意気なんだぜっ!!」
「オメーじゃ、勝てねぇ相手だ、止めとけ。」
怒りを抑えきれないと言った表情で告げる相手に、都築はきっぱりと言い切って、臣を見た。
「どうした?学校の外ならいざ知らず・・・ここに来るなんて珍しいじゃないか。」
「ども、お久しぶりです。都築先輩。・・・ウチのクラスの"新人"を連れてきたんスけど・・・『龍也』先輩いますか?」
「あぁ?!リューヤくんかぁ・・・まだ、ここには来てねェよ。それより、"転校生"?そいつが、か?」
最初の相手とは、ガラリと態度を変えた臣が、丁重に挨拶すると、都築は胡散臭そうに、拓をジロシロと査定した。
「うっす。名前は・・・。」
臣は、そう言うとチロリと拓に視線を戻した。
その動作が、自分で告げろと言っているようなので、拓は慌てて頭を下げる。
「あ・・・浅川です。初めまして・・・。」
ペコリと頭を下げた拓に対して、都築は小さく鼻を鳴らした。
「チビだな・・・。強ェのか?」
嘲るような問い掛けに、拓は困ったように臣を見やる。
そんな風に聞かれたとて、自分の力が強いかどうかなど、答えようがないのだ。
だが、答えなければ、臣の立場が悪くなるのではないかと思って、困惑する。
「都築先輩。それは、どういう意味で言ってるんスか?」
「―――実戦で使える奴かって聞いてる。力がなきゃ、『朧童幽霊』ではいらない。」
きっぱりと告げる口調は、自分たちのチームを誇りに思っている証拠でもある。
だが、臣はそんな都築の言葉を一笑する。
「確かに『朧童幽霊』は武闘派だけど・・・力なんて、測りようがないっスよ。俺はね、賭けても良いっスよ、先輩。絶対、こいつの事、『龍也』先輩が気に入るって事を。」
続けられた臣の言葉に、びっくりしたのは、拓の方だった。
「えっ?!あの・・・博之クン…・」
誰が見たって、力があるなんて思わないだろうし、実際人に自慢できる程の力など自分でも持っていないと思っている拓は、臣がどうしてそんな事を言うのか理解らなった。
「・・・お前は、俺の睨みを真っ向から見返してきたし・・・ちゃんと俺に付いてきた。だから、俺はお前を認める。」
真面目な顔でそう言うと、そのまま都築に向かって口端を持ち上げて見せた。
「―――まっ、取り合えず、こいつが俺と一緒に"居"る事を『龍也』先輩に許可貰いに来ただけなんで、いないんなら、帰ります。じゃ。」
言いたい事だけ言うと、拓を促して臣はクルリと背を向けた。
「臣っ!お前・・・南は?南は承諾したのか?!そいつの事を・・・?」
呆気に取られていた都築が、思い出したように尋ねた言葉に、臣は一瞬だけ足を止める。
「・・・さぁ?何しろ、朝、教室を出てったきり、見てませんから・・・」
肩ごしに都築に答えるとそのまま歩きだす。
歩き出した臣を心持ち見上げるようになってしまう拓は、その横顔を見ながら嬉しく思った。
こんな風に他人に認められる事が余りなかったので、初対面に等しい臣に、そんな風に思われてとても光栄だと思っていた。
「―――悪かったな。」
ボソリと呟く臣に、拓はキョトンとする。
「・・・無駄足踏ませた・・・。」
またボソリと言う臣に、拓は小さく笑う。
「ううん。それより、あの先輩に・・・。」
「気にする事じゃねぇ。都築先輩は、あれぐらいでどうこう動く人じゃない。」
その言葉を聞いて、漸く拓は肩の張りを解いてホッと息を吐いた。
それから、ずっと思っていた疑問を口にする。
「リュウヤ・・?先輩・・・って?」
「あぁ。俺の入ってるチームの"頭"だ。あの人は恐ろしく強ェ。チュー坊ん時からずっと、いつか倒してやるって思ってんだけど・・・一度も勝てやしねェ。半端な人じゃない。だからって、その強さを鼻にかけるような人じゃなくって・・・上手く言えねェが・・・。」
言葉にしているほど、その事を悔しく思っている訳ではない事が拓には感じられた。
そうして、本当に臣がその先輩を認めているのだろうという事も。
だが、どうして、拓をその先輩に会わせようとしたのかが、拓には理解らなかった。
そう思った拓が、尋ねると、帰ってきた返答は拓の思いがけないものだった。
"―――俺の目を真っ直ぐに見返してきたように、龍也先輩の目を見返す事ができたら、『本物』だからだ。"
何が、本物なのかは、教えて貰えなかったが、その龍也先輩というのに、酷く興味を持った。
周りの人間がこんな風に思える程の実力と、人徳を持っているその人が、拓に強さを教えてくれた『彼』に似ていたら良いのにと思いながら・・・拓はその日、臣の側で色々な事を聞いた。
翌日、拓は自分の単車で学校まで来た。
流石に、単車置場には様々な改造車が置いてあって、拓の単車などノーマルこの上もなかったが・・・一応、教えて貰った場所に入れた。
隣には、臣の乗っているというZZR400(U)が置いてあった。
黒と灰色のモノトーンが、いかにも落ち着いた臣の雰囲気とマッチしていて、手入れも良さそうだった。
バイクを置いて、単車置場から出ようとした拓は、バイク音を耳にした。
凄まじく重い排気音は、余程大きなクラスの単車か、改造くっている所為だと思えた。
ふと、立ち止まっていると、その単車はあっという間に、姿を見せた。
GPZ900R・・・別名"ニンジャ"。
それは、バイク雑誌では見た事があったが、実際に本物が見れるとは思っても見なかった単車だったので、拓はポカンと見つめてしまった。
ファイアーの色彩以上に目を惹くのは、豹柄の3段シートで・・・。
目立つ事に関しては、群を抜いていた。
その人は、単車を開いていた場所に当たり前のように止めて、呆気に取られて見つめていた拓の視線に気付いて、射るような眼差しを向けた。
ギラリと鋭利な刃物を突きつけられたような視線に、拓は一瞬ビクリとしたが・・・虜まれてしまったかのように絡まった視線を外す事ができなくなっていた。
物凄い威圧感と、重圧が拓の全身を押しつぶそうとしている程の、"存在"。
それは、恐らく本気になった時の『彼』に匹敵する程の眼差し。
恐怖を彷彿させる程の、危険な『瞳』。
だが、その中に何かを感じて、拓はただ真っ直ぐに相手を凝視した。
相手の気迫に飲み込まれたら"負け"なのだ。 力に"負け"る事よりも、気迫に"負け"る事の方が、屈辱だと思え。
『彼』は、拓にそう教えてくれた。
そうして、弱虫で、いつも逃げてばかりだった拓に、本当の強さを教えてくれたのだ。
「誰だ?テメェ・・・」
低いバリトンが、零れ落ちる。
不機嫌この上ないような口調だった。
左頬に斜めについている傷痕すら、自分を顧みずに闘う者の証拠のようだ。
凶暴な野獣のような雰囲気を纏って、このままここにいたら殴られるのは目に見えている状態だというのに、拓は動く事ができなかった。
正確に言うと、動けなかったというのが正しいかもしれないが・・・・
「おい・・・。」
相手が近づいてくるのが、歪む視界で理解る。
ずっと、目を開けたまま相手を凝視していたので、目が痛くて、涙が零れ落ちそうになっているのだ。
怖くて堪らないのに、どうしても目を逸らす事ができなくて、拓は途方にくれてしまった。
近づいてきた相手の足が、ふと止まる。
「・・・鰐淵・・・?」
疑問のような、苛立ちのような呟きが、喉の奥から零れ落ちたかのように、彼の口から発せられた。
え?―――と驚いて拓が視線を外した瞬間に、その相手はクルリと身を翻して歩いて行ってしまった。
相手が、見つめていた視線の先を振り返った拓は、丁度振り返って歩きだそうとした人物を見つけた。
拓を見る事もなく歩いて行ってしまったが、その人のお陰で難を逃れる事ができたのだ。
ペコリと頭を下げると、そのまま拓も足早にその場から離れて行く。
モタモタしていたので、随分と時間が立ってしまい、校舎の方から予鈴の鐘が鳴り始めていた。
「なにぃ?!単車置場で、絡まれたァ?!」
「・・・えーと・・・・」
昼食時に、今朝の出来事を拓が話すと、臣は弁当を放り出す程の勢いで身を乗り出した。
「何組の奴だァ?怪我は!!」
「あ・・ううん。大丈夫。ボクも殴られるかと思ったけど、誰か他の人見て、いなくなっちゃったから・・・。」
慌てて首を振る拓を見て、漸くホッとしたかのように臣はまた座り直した。
そんな臣を見て、南は呆れたような顔を浮かべている。
臣が決めた事なので、南も拓が一緒に行動している事を許容しているが、南自身には、拓に対してそれ程の意識は何もなかった。
却って、臣程の力の持ち主が、どうして拓の面倒を見ているのかが理解らなかったりする。
どうみても、気まぐれとしか思えない。
「目が逸らせなかった。凄く、怖くて・・・鋭い刃物で切り裂かれるような、威圧感を持ってて・・・。」
今朝の事を思い出した拓は、ポツリとその感覚を口にした。
「そいつの目を見たのか?」
臣の言葉に、拓はコクリと頷く。
思わず、臣と南は顔を見合わせてしまう。
普通、それ程怖いと思うのなら、相手と顔を会わせないようにする筈なのだ。
なのに、真っ向から見据えるというのは、余程の命知らずか、馬鹿ではないのだろうか?
だが、臣は苦笑しただけだ。
そんな所が気に入ったのだから、仕方ない。
「髪は短くて、赤くて・・・頬の所に大きな傷があって・・・単車は、"ニンジャ"だった。」
それでも、続けられた拓の言葉に、驚愕の表情を浮かべる。
「頬にキズゥ?!」
「"ニンジャ"だぁ?!」
突然に、立ち上がって拓を見つめる二人に、拓は何かいけない事を言ってしまったのかと、ヒャッと身を竦めた。
「ごっ・・・ごめんなさいっ!!」
慌てて謝るが、二人は呆然と拓を見つめるだけたった。
ソオッと伺い見ると、臣がゆっくりと顔を片手で覆う所で・・・南はがっくりと肩を落としていた。
「あ・・・あの・・・二人共?」
二人の動作の意味が理解らない拓が、恐る恐る尋ねると、先にハアーーーーッと深いため息をついたのは、臣の方だった。
「そりゃ、龍也先輩だ。」
「・・・は?」
ボソリと呟かれた言葉に、今度は拓の方が目を丸くする。
「よく、無事だったな・・・。」
「―――全くだ。」
吐息のように、臣がそう呟くと、南も同じように頷いている。
何か自分がとんでもない事をしてしまったようで、拓はますます立場がなくなってしまったが。
「・・・どうしよう・・・」
眉を寄せて、本当に困った顔をする拓の髪をクシヤッと撫でながら、臣は苦笑を浮かべた。
「・・・ったく、仕方ねェなぁ。」
そのままクシャクシャとかき混ぜている臣の様子を見ながら、南はケッと思った。
言葉で言うのなら、態度も変えろ・・・と心の中で毒づく。
臣は臣で、自分の直感が間違っていなかった事に対して、喜んでいた。
目が逸らせなかったというのなら、やはり拓は真っ直ぐに相手を見つめたのだ。
この学校で、『彼の人』の目を直視できる者が、果して何人いるのか臣には理解らない。
それ程、龍也の眼差しはきついのだ。
臣だとて、その人間性を知らなければ、なるべくなら係わりたくないと思える程、危険な人物でもある。
初対面で、自分を捕らえたあの瞳は、『彼の人』にどんな印象を与えたのだろうか?
「―――拓。」
問いかけようとして、口を紡ぐ。
向こうから歩いてくる人物を見やって。
それは、間違いなく、今話題の『彼の人』であったのだ。
どうせ聞くなら、直接の方がずっと理解りやすいと思った。
「龍也先輩!」
声に出して、呼びかける。
拓の肩がビクッと震え、南がギクッとしたとて、臣は気にしなかった。
不安そうな拓の眼差しを見ながらも、大丈夫だと目線で返してやる。
「博之?」
中庭から、いつもの溜まり場へと向かおうとしていたらしい龍也は、臣の言葉に足を止めて振り返った。
そうして、その視界の中に今朝のチビを見つけて困惑する。
「どういう事だ?」
最初に口を開いたのは、龍也の方だった。
拓を一瞥してから、臣を睨みつける。
「昨日、挨拶に行ったんスけど、居ねーみたいだったんで・・・今日でも行こーかと。」
龍也の睨みに肩を竦めた振りをしながら、臣は拓の肩を掴んで前に出した。
「あっ?!博之クン・・・・」
困った顔で救いを求めるが、相手にしてくれないので、仕方なく拓は龍也に視線を向けた。
途端に、怒っているようなきつい眼差しに捕まって、萎縮してしまう。
「―――紹介しますよ。こいつ、浅川拓っス。」
怯えた子犬のような態度の拓をジロリと見てから、龍也はそのまままた臣にと視線を移した。
「こいつが?」
「ハイ。俺がメンドー見るんで、今度の集会に連れてっても良いっスか?」
全然悪びれていない風に告げる臣に、南はアチャーッと頭を抱え・・・拓はどうすれば良いのかオロオロとしてしまう。
間に挟まれたまま、視線の対峙が上で起こっていて、火花が散ったようだった。
「・・・ジャマにならねエなら、構わん。」
臣を睨んだまま、龍也はそう告げた。
途端に、臣は笑顔を見せる。
「リュウヤ先輩!?」
驚いた声を上げたのは、南の方だった。
そんなに簡単に、龍也が拓の事を許可するとは思わなかったのだ。
だから、信じられなくて凝視する。
「どうせ、付いてこれないなら、置いてくだけだ。」
感情のない、切り捨てるような口調に、拓は少しだけ胸が痛む。
「単車は、何だ?」
「あっ・・・CB350F改です。」
途端に、バッと表情を変えた龍也に、拓はまたしても自分が悪い事を言ってしまったのかと脅えたが、それ以上のリアクションはなかった。
ただ、その瞬間の龍也の顔が、酷く辛そうに見えた。
「・・・そうか。」
ただ、それだけを言うと、また龍也は歩いて行ってしまった。
「バケヨンなのか?」
龍也が行ってしまってから、臣がボソっと尋ねる。
「う・・うん。従兄弟のお兄さんが、もう乗らないからってくれたんだ。」
「ひょっとして、赤タンクか?」
「え?いつ見に行ったの?」
「いや・・・そうか・・・。」
一人で何かを納得している臣に、拓は訳が理解らなくて困ってしまう。
だが、眉を寄せて考え込んでいる臣の表情が、困ったという雰囲気を醸しだしているので、気が気ではない。
「マサトの事は言ったよな。」
「え?あ・・うん。確か、『爆音小僧』のリーダーの人だよね。博之クンたちとは、あんまり仲良くないんだよね。」
「そうだ。でな、あいつの乗っている単車が、フォアの赤タンクだったりするわけだ。」
「えぇッ?!」
突きつけられた台詞に、拓は心底驚いてしまった。
自分等の敵と同じバイクに乗っていると、拓は言ってしまったのだ。
しかも、タンクの色まで同じでは、否定のしようもなかったりする。
「バイク、壊されちゃうかな・・・・」
ポツリと呟く拓に、臣はゆっくりと首を横に振った。
「さあな。龍也先輩は、そんな人じゃないが・・・他の先輩方は理解んねぇ。」
「だけど、俺等の間に置いてあんだろ。なら、ちっとやそっとじゃ、壊されねぇよ。赤タンクのフォア系統は、この学校じゃ神聖化されてっからな。」
「『音速の四天王』か?」
「オンソクのシテンノウ?」
聞いた事のない言葉に、拓は首を傾げる。
「あぁ。横浜に伝わる伝説のような連中だよ。その走りと言ったら、疾風よりも速いっていうんだぜ。メンバーも、勿論実力者たちで、元『爆音小僧』の六代目と、その親友で・・・こいつはチームには属してなくて、後は元『獏羅天』の特攻隊長と、最後の一人はまだこの学校に残ってる、三年の『夜叉神』の"頭"の鰐淵だ。」
臣の説明に、拓はうんうんと頷く。
音速と例えられるのだから、その走りも相当なものなのだろう。
そうして、ふと思う。
バイクで事故った為に走れなくなってしまい、拓にバイクをくれた従兄弟も、その走りはオフロードで認められていた。
学校を卒業したらサーキットで走るんだと言っていた彼は、二度とハンドルを握る事ができないのだ。
初めて後ろに乗せて貰った時は、怖くて仕方なかったけれど・・・自分で乗るようになってから、あんなに安全な状態で、風を感じられたのは凄い事だったのだと理解った。
今となっては、もう無理な話となってしまったが・・・。
「・・で、その内で400クラスがフォアだけだったんだ。なのに、他の重量クラスの単車と同じスピードで走るんで、『伝説』になっちまったという訳だ。」
「その上、その単車が鮎川の乗っているフォアなんだ。」
臣の説明の後に、南が付け足す。
それらの説明を聞いていた拓は、何となくしか理解らなかった。
ただ、人間関係が酷くゴチャゴチャなのだと言う事は知っていたが、取り合えず、今の拓には関係のない事のような気がした。
―――だが、それから一週間もしない内に、拓はその渦中へと身を投じる事になってしまうのであった・・・。
「君、誰?」
軽い口調で問いかけられて、拓はマジマジと相手を見つめてしまう。
一見しただけでは少女めいた顔つきの−だが学生服を着ているという事は男なのだろう−拓と同じ年格好の少年が、信号待ちの拓の横で声を掛けてきたのだった。
「え?ボク・・・?浅川・・・拓。」
「それ、フォア?」
「あっ・・・これ?バケヨンなんだ。」
自分のバイクを差されて、拓は慌てて首を横に振る。
そうして、相手のを見ると、それは確かなフォアだった。
しかも、赤タンクの・・・。
「ふーん、そうなんだぁ。あっ、俺、鮎川真里。マー坊って呼んでよ。俺は、拓ちゃんて呼ぶから!」
ニッコリ笑顔で言われた言葉に、拓はもう少しで卒倒しそうになってしまった。
鮎川真里・・・赤いタンクのフォア。
否定する事もできない程の確実な現実。
散々、敵だと教えられてきた相手に、極上の笑顔で懐かれてしまった・・・・
「やっぱバイクはホンダが一番だよね☆」
どうやら、拓が同じバイクなので、気に入られてしまったらしいが・・・これは拓に取って見れば泣きが入るだけで・・・。
自分が『朧童幽霊』の一人だと知ったら、どうなってしまうのかが、とっても怖かった。
何しろ、化け物だと断言されてしまうぐらいタフで破壊力の激しい『魍魎』の頭の武丸を、タイマンで力でねじ伏せたというのだから、その強さなど人外の物と見て良いだろう。
拓なんかが百人掛かっても、抵抗などできない程の・・・。
もしもその事を聞いていなかったら、目の前の人物にもう少し強気ででられるのだが・・・知ってしまった今ではおとなしくしている他はできなかった。
言われるままに付いていって・・・遊園地でデートをしてしまう快挙まで遂げてしまったのは、己の弱さだと思うが・・・。
その後他の強そうな連中に絡まれて、どうやらその内の一人が真里の怒りに触れたらしく・・・乱闘になった瞬間から、拓は本当に心臓が縮まる想いをしたのだ。
見掛けとかけ離れたその強さを目の前で見せつけられて・・・その場から逃げださなかっただけマシな方だった。
そうして、漸くの想いで学校まで辿り着いた拓は、奪取で教室に飛び込んで、臣に泣きついた。
それぐらい、本当に怖かったのだ。
鮎川真里という人物・・・が。
気が高ぶっていた拓は、半分恐慌に陥っていて・・・そんな拓を慰める為に、臣は校舎裏の芝生の所に拓を連れだした。
「・・・ったく、どうしたら、そんなに"不運"を呼べるんだよ?」
「・・・ごめ・・・」
泣きそうな拓に、臣はそれ以上の言葉を続けられなくて、眉を潜めた。
実際、拓の言葉は臣に取って信じられない事でもあった。
あの真里が、初対面の人間に対してそこまで心を開くとは思っても見なかったからだ。
だが、拓が嘘をつくような相手ではない事を臣はこの一週間で把握していた。
一見弱そうに見え(実際に弱かったが)るが、拓はいつでも相手を差別したりはしなかった。
また、拓が避ける人間は、臣が見ても卑屈で自己意識が強くて、近づきたくない者だったので、知らず知らずの内に、自分の身を護る術を知っているのだと理解って、不思議な想いがしたものだった。
なのに、相手が大物になればなる程、それが働かなくなるらしい。
拓に言わせると、意識とは裏腹に、視線が外せなくなってしまうのだと言うのだが・・・それが厄介事を呼び寄せてしまうのだから始末におえないのだ。
何だかんだ言いながらも、龍也とて拓に興味を持ち初めているらしい。
チビで取るに足らない相手だと言いながら・・・拓の中の何かを漠然と感じているのだろうか?
臣が最初に感じたように・・・。
確かに、拓には何かがあった。
それが、何なのかを口にしろと言われても説明する事などできないが・・・力がないと言って、手放しておく事ができない何かを、確かに持っているような気がするのだ。
ひょっとすると、大物だからこそ、拓の中の何かを感じて近づいてくるのだろうか。
力だけが強さではないという事が、拓を見ているとよく理解る。
誰も信じられないと思ってい自分が、ここまで捕らわれてしまったのだ。
それは、力の支配ではなく・・・。
だからと言って、巧みな言葉ではなく・・・。
拓を見ていると、昔に無くしてしまったモノを取り戻せるような気がするのだ。
芝生の上にのの字を書いていた拓は、いつしかコテンと横になって寝に入ったらしい。
そんな拓の様子を、気付いた臣が苦笑する。
どうやら、拓は考える事が苦手なようだ。
物事を深く捕らえないから、感情も純粋だ。
その分、感受性も鋭い・・・が。
今までの臣の周りには、全くいないタイプでもあった。
「しょうがねぇなぁ・・・オメーは。」
ポツリと呟いた臣の科白は、本当に困っているような響きには聞こえない程、甘いものだった。
視線を流した臣は、ゆっくりと顔を上げて、何処までも高い秋の空を見上げた。
青い空に、飛行機雲の軌跡が映っているのを見ながら・・・臣は、何かが起こるような予感がして口端をゆっくりと持ち上げて微笑を浮かべた。
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