|
babybaby.3
暗闇の中・・・金の野獣が目覚める。
獰猛な獣達が、鮮血を求めて動き始める。
『魍魎』・・・危険な群れ。
力と攻撃を全てとして、破壊と殺戮を繰り返す武力集団。
狙った相手を徹底的に壊滅状態まで追い詰める為なら、手段を選ばない"テロリスト"達。
「行くゾ・・・テメー等!!」
『白虎』の咆哮が、闇夜を震撼させていった。
臣が入院してから、一週間が過ぎようとしていた。
死ななかったのが、不思議な程の怪我だったというのに、今ではベットの上で退屈を持て余しているようだ。
『化け物並の体力だからな・・・』
そんな憎まれ口を叩けるぐらい、南も復活していた。
何しろ、臣の意識が戻るまでの三日間は、まるで南の方が何処か悪いのではないかという程、顔色が悪かったぐらいなのだから。
面会謝絶の札が取り除かれて・・・家族以外の者の出入りも許されてから、拓は一度だけ臣の見舞いに行ったが・・・思った以上に元気そうな臣の姿に、ホッとしていた。
尤も、その一度だけで後は顔を見せていない。 臣が寂しがってると言う南の言葉にも、拓は少しだけ困ったような表情で、用事があるからと断っていた。
友達がいが無いと思われようとも・・・どうしても行く事のできない状況が、拓の身に起こっていたのである。
それは、臣のお見舞いに行った日の次の日の事だった。
毎日のように臣の元に行っている南の為に、授業のノートを纏めて・・・帰ろうとした拓は、バイク置場で偶然この前の人物と出会った。
それは、初めて拓が龍也と出会った時に、二人の間の均衡を崩してくれた者だった。
サングラスをかけたその者のバッチが三年の物だったので、慌ててペコリと頭を下げて、拓はその側を通りすぎようとした。
だが、その腕を力強い手が掴んだ。
<えっ?!>
突然の事にびっくりした拓は、思わず振り返って、そのサングラスの奥の表情を探ろうとしたが、無表情のそこからは何も理解らない。
「あの・・・」
「―――何で、ここに来た?」
低い問い掛けに、ビクリと身が竦んだ。
恐ろしい程の何かが、拓の意識に危険信号を伝える。
相手が何を知りたいのかすら理解らなくて・・・声が強張る。
真っ直ぐに見据えてくる眼差しに、膝がガクガク震えてしまいそうな・・・"恐怖"。
どうしてか理解らないけれど、相手が酷く苛立っているのが理解って・・・。
ただ、拓は相手を、凝視する事しかできなかった。
「・・・春樹ーーっ!何処にいるのー?」
救いの声は、校舎側から降ってきた。
掴まれていた腕の力が緩んだ瞬間、拓はその束縛から逃げだした。
自由になった身で、相手をキッと睨み付けると・・・相手はあっさりと身を翻してしまう。
「・・・"誠"の二の舞になりたくなかったら・・・さっさと他の学校に移れ・・・」
ボソリと呟かれた言葉に、拓はハッと表情を変えた。
その"名前"に反応して・・・。
それは、思いがけなかった台詞だった。
だが、拓が何よりも知りたかった言葉でもあった。
「まっ・・・!」
追いかけようとした拓は、次の瞬間自分の足が動かない事に気付く。
恐怖で固まってしまっていた足は、拓の意識どおりに動いてくれなくて・・・相手はそのまま歩き去ってしまった。
その場に一人残された拓は、そのまま暫くの間その場に佇んでいる事しかできなかった。
そうして三日かかって・・・拓はその人物の事を調べ上げた。
三年の『鰐淵春樹』・・・"夜叉神"の総長であり・・・現在、横浜一の族を率いる者。
"乱校"内の四天王のトップであり、『玄武』と呼ばれる影の実力者。
更に、あの『音速の四天王』の一人であった事までも、知った。
そうして、納得する。
彼が、拓の事を知っていた訳を。
だからと言って、彼の言う通りに転校しようとは、少しも思わなかった。
拓には、まだ、やらなくてはならない事があった。
その為に、ここに来たのだ。
「拓っちゃあーーーんっ♪」
遙か向こうから、語尾に ♪マーク付きの声と共に真里が飛び込んでくる。
クルリと振り返って、ダッシュで逃げようとした拓は、見かけとかけ離れた真里の馬鹿力にあっさりと捕まってしまった。
「・・・逃げる事、ないじゃん♪」
明るい声でゆっくりと言われてしまえば、もう拓にどうこうできる状態ではない。
尤も、見つかった時点で、既に終わりなのだ。
「ダイジョーブだって☆臣も南もいねーし・・・"リューヤ"だってこっちにはこねーよ。一年の中で、他に何か言う奴がいたら、オレがぶっとばしちゃうモン♪」
そういう問題では、全くない。
無い筈なのだが・・何故か誰も寄ってこない。
だから、拓の救いもないのだが・・・・
何の因果か、拓はすっかり、真里のお気に入りになってしまっていたのである。
出会いは路上であった。
同じ系統のバイクに乗っているからというだけでは、納得できない程、真里は拓に懐いていた。
初対面でナンパされて、そのまま遊園地に行ってしまったのが、敗因かもしれないが・・・。
まさか、この拓と余り変わらないような、優しげな外見の真里が、よりによって『朱雀』と呼ばれる乱校の"四天王"の一人であり・・・更に『爆音小僧』の7代目だなんて想像できなかったのである。
更に、拓が所属している『朧童幽霊』の"敵"だなんて・・・人生終わったようなものだ。
拓にしてみれば、"敵"であるチームの"頭"と馴れ合うなんて・・・と思っているのだが・・・この相手は、そんな拓の思いすら、吹き飛ばしてしまうのであった。
「ねーねー・・・これから一緒に"アソ"びに行こーよ☆拓ちゃんの好きなトコでも良ーよ♪」
全く持って、怖いもの知らずな真里であった。
「マー坊っ!!」
隣の教室から出てきた人物が、近寄ってくる。
「なーにぃ?!アッちゃん?」
相手の凄味が、拓に向かってヒシヒシと伝わってくる。
だが、真里は全然意に介した風もなくキョトンとしている。
「イー加減にしろって・・・・そいつは、『朧童幽霊』の・・・リューヤのチームの奴なんだぞ、マー坊。」
「拓ちゃんは、拓ちゃんだよ。リューヤなんかカンケーないね!あっ、そーだ、拓ちゃんっ!!明日っから、ウチのクラスに来ちゃえばっ♪そうすれば、ウチのチームに入るし・・・いつも一緒にいられるじゃんっ!!ね、そーしちゃえっ☆」
"そーしちゃえ☆"と言われたからと言って、はい、理解りました・・・と言える筈もない・・・。
「マー坊っ、あっちの階段でリョーが『魍魎』の奴らにっ!!」
走ってきた女の子の言葉で、真里の表情が豹変する。
「またね・・・拓ちゃん・・・」
ポンと束縛されていた身体が解放されると同時に、真里はそう言って走りだした。
決して振り返る事のない・・・"頭"の顔。
だから、拓もクルリと振り返る。
途端に、自分の教室の中から、伺っていただろうクラスメート達と視線が合ってしまい・・・少しだけ困った顔をする。
一部始終を見ていながら、拓を助けなかったのは、真里と格が違い過ぎるからだけではなく・・・。
好意以外の視線を投げつけてくるクラスメートに比べたら、まだ温かい眼差しで懐いてくれる"敵"の方が、マシかもしれない。
そんな事を思いながら、拓はその場を離れた。
校舎の外に出た途端に、ピューッと冷たい北風が吹きつけてきた。
「博之くんのトコ・・・行こうかな・・・?」
本の少しだけ寂しくなってしまったのは、こんな時に一人だから。
一匹狼のようだった"彼"に憧れて・・・"彼"のようになりたいと思っていても・・・人恋しい時はある。
"彼"に会いに行けないのだから・・・"想い"は更に苦しくなる。
沈んでしまいそうな気持ちを振り切るかのように顔を上げた拓は、次の瞬間ゾクリとした。
校門の方からゆっくりと歩いてくる人物の、半端ではない"気"に。
目線が合ったら、"殺"られる・・・。
それ程、周りの"モノ"全てを憎んでいるような・・・存在。
逃げなければ、と思ったのも束の間・・・またしても恐怖の余り足が硬直状態に陥ってしまう。
トサカと見間違う程の見事なリーゼントは、鮮やかな"金髪"で・・・異彩を放つその姿も恐ろしい『恐怖』の塊。
視界の中に映るもの全てをズタズタに引き裂いて貪る―――凶暴な獣。
『白虎』の名に相応しい人物。
『魍魎』の頭領である・・・"一条武丸"。
真里の天敵が、ユラリと空気を薄くしながら近づいてくるのだ。
拓は自分の周りの空間が、凝縮されるような錯覚に落ちた。
息苦しくなり・・目の前がクラクラしてくる。
緊張状態も極限まで達して・・・既に限界を越えようとしていた。
武丸の姿を視界に映してから、視線が外せなくなってしまった拓は、どうする事もできなくて・・・その瞬間を待つだけだった。
やがて・・・俯きがちに歩いていた彼が、拓の存在に気付き・・・ゆっくりと顔を上げる。
ギクリッとした拓は、だが、視線を逸らす事がどうしてもできなかった。
一瞬、絡み合う視線。
酸素欠乏で、真っ青になった拓は、その眼差しの底知れない『怖さ』に、背筋を凍らせた。
獲物を見つけた"獣"が、ニタリと微笑う。
徐々に近づく武丸に、拓は覚悟を決めた。
真っ直ぐに、武丸の視線を見つめ返す。
ガクガクと膝が笑っているのが、理解った。
倒れないのが不思議な程、拓は感覚を失っていたのだ。
全ての時が止まったかのように、場面はスローモーションに流れていく。
後少しで、その手が届くという状態で、拓は自分の身体が地面から浮いた事に気付いた。
これで倒れる・・・と拓が思ったのも束の間・・・腰に回された腕の強い力で、拓は自分が誰かに抱え上げられたのだという事に気付いた。
「こいつは、オレのチームの奴なんでな。テメェには、"渡"せねーよ。」
低く落ち着いた声に、拓はドキリとした。
恐る恐る視線を向けると、横顔に刻まれた傷痕が見えた。
途端に、とても泣きたくなった。
「武丸ゥ・・・!テメーはマサトとでも"遊"んでろっ?!」
言葉と同時に、片手で愛車を操る。
900ccの"ニンジャ"を。
後輪を噛ませながらグルリと逆回転させると、校庭の砂がもろ武丸を襲う。
それを払った武丸の隙を付いて、龍也は拓をバックシートに乗せると、そのままエンジンをフカした。
「・・・しっかり捕まってろよ、チビ・・・」
拓にだけ聞こえるように、そう告げると龍也はアクセル一発でバイクを発進させた。
「リューヤアァァッ!!」
咆哮のような雄叫びが聞こえたが、バイクが止まる事はなかった。
そのまま、拓は龍也に連れられて、横浜の町中へと飛び出していた。
何処を、どれぐらい走っているのかすらも理解らなくなった頃、漸くバイクの振動が止まる。
同時に、バイクから下りた龍也の横に、拓も同じように立った。
「ちょっと・・・付き合え。」
低いバリトンの響きに、拓はただ小さく頷いて見せた。
そうして、振り返る事なく前を歩く龍也の後ろを付いていく。
初めて出会った瞬間の、"怖さ"は、目の前の背中からは感じられなくて・・・。
暫く歩いていくと、不意にゾクリと背筋に何かが走る。
徐々に近づいていく場所が、何処なのかを拓は理解した。
「・・ここは・・・」
曲がったガードレールが、事故の傷痕を残している・・・拓に取っての最初の場所。
拓が、『乱校』に転校しようと決めた―――約束の"地"。
ここから、拓の決意が始まったのだ。
「去年・・・ここで・・・。」
グッと握り拳を作る龍也の声が詰まる。
やり切れない怒りを抑えているような、そんな雰囲気に拓は少しだけ驚いた。
「―――誰よりも速い"奴"が・・・飛んだ。」
振り返ってそう告げた龍也の表情は、確かに怒りの形相だ。
「・・・先輩?」
スッと差し出された龍也の腕が、拓の前髪を撫で上げる。
「・・・お前は・・・"アイツ"じゃない。」
断言するような口調に、拓はドキリとした。
「なのに・・・・"アイツ"を思い出させる・・・だから・・オレは・・・」
苛立ちともどかしさと・・・そんな感情が無い混ぜになったような表情で告げられて・・・拓は困ったように目線を落とした。
龍也の言いたい事の意味を、拓は理解っていたのだ。
その理由も・・・。
"彼の人"の面影をなぞるのも、無理はないかもしれない。
その"血"の繋がり故に・・・。
だからこそ、拓はどうしても納得できなくて・・・らしくない行動を取っているのだ。
何も知らない頃だったならば、絶対に近づかないだろう"ヒト"達に、業と近づいてまで。
そうしてまで、調べたい事。
それは―――。
考えの中に意識が取り込まれそうになった時、不意に龍也が腕を離した。
「・・・センパイ・・・。」
「―――"アイツ"が走れなくなって・・・チームは解散した。オレが"居"たチームは、もうない。」
静かに呟く龍也の『言葉』に、拓は胸が苦しくなる。
それは、普段決して喋らないだろう龍也の"想い"だから。
それが、理解るからこそ・・・拓は首を横に降った。
「・・・チビ?」
「―――チームなら、ありますっ!・・・『朧童幽霊』が・・・」
精一杯の"応え"でそう告げる拓に、龍也は少しだけ瞳を見開いた。
そうして、苦笑を浮かべた。
「・・・そうだな・・・。」
小さな呟きは、確かに拓の耳に届いて・・・拓もほんの少しだけ笑った。
そうして、またタンデムしてもらって・・・拓は学校まで戻ってきた。
単車置場で"ニンジャ"から降りて・・・自分のバイクへと動く。
赤いタンクの"バケヨン"。
一瞬、懐かしい物を見るような瞳でそれを見た後で、龍也はまたエンジンをふかした。
「―――チビッ!」
呼びかけに、拓が顔を上げるのを確認すると、ニッと口端を持ち上げる。
「今度の"金曜集会"に、"来"いよ!」
直々のお誘いに、一瞬面食らった顔をした後で、拓はにっこりと微笑った。
「・・・はいっ!」
前回の"恐怖"と"痛み"は、その時頭の中からは消え失せていた。
「・・・なんでテメーが、ここに"居"やがんだよ・・・」
「そーそー・・・"臣"のイソギンチャクはおとなしくお家でオネンネしてろよ・・・」
「目障りなんだよ・・・ウロチョロしてんじゃねーよ・・・」
四面楚歌の状態で、拓はオロオロとしていた。
龍也に"誘い"を受けた『金曜集会』の集会場所で、拓は来た早々に捕まってしまったのであった。
いつもならば、"臣"の鉄壁のガードによって守られていたのだが、それが無い今、拓はただのうさ晴らしの小動物の立場でしかなかった。
「"臣"と"南"がいなきゃ・・・ナンにもできねぇ癖に・・・!?」
ド突き回されて、次々と投げつけられる言葉すら暴力で・・・。
拓は一瞬泣きだしそうな表情を浮かべたが、ギュッと唇を噛んで相手を見つめた。
心が痛むのは、言われている言葉が真実な為。
それでも、ここで逃げ帰ったならば、それこそ臣や南に顔を合わせられなくなってしまう。
"友達"だと思うからこそ、自分を卑下したくなくて。
そんな拓の様子に、周りの連中はますます面白くなくて態度をエスカレートさせてしまう。
「・・・何をしてやがる?」
低い声が、その場を支配した。
「リューヤさん?」
「総長?!」
次々に上がる声は、恐怖の為。
「テメェ等・・・まさか、一人の奴に寄ってたかって・・・か?」
ギロリと睨み付けながら、周りを見回すと威嚇するようにそう告げる。
そうして、激しい程の動作でもって・・・そいつらに一発ずつ拳を繰り出した。
「・・・来いっ!チビ・・・」
グイッと腕を掴まれて・・・うずくまっている連中の中心から助け出された。
「あっ・・・あの・・・」
どうすれば良いのか理解らなくて・・・拓は困ったような声を出す。
「側にいろ・・・。」
「えっ?」
ボソリと告げられた言葉が、信じられなくて・・・拓は聞き返してしまう。
「・・・博之が戻ってくるまでだ・・・」
そっぽを向きながら告げる台詞が、とても今自分のチームのメンバーに拳を入れた人物から発せられたとは思えなくて。
それでも、その『想い』が嬉しくて。
拓は密かに微笑する。
照れたような、困ったような拓の表情を見ながら、龍也は自分で自分の台詞に驚いていた。
すんなりと出てしまった言葉だったが、後から付け足した台詞は、ただの自分の気持ちへの歯止めでもあるのだ。
最初は、似ているからかとも思った。
だが・・・話したりしている内に、やはり違いの方が目につくのだ。
なのに、気持ちがどんどん傾倒してしまって・・・焦っている。
そんなつもりじゃない行動を、取りっぱなしで・・・自分でもどうしてなのだろうかと悩む所であった。
だから、臣という第三者を間に置く事によって、距離をあけようと思ったのだった。
「"出発"するぞっ!!」
龍也の声が、夜の闇の中に響く。
さながら、光りの洪水が暗闇の中を流れていくかのように・・・『朧童幽霊』のパレードは始まった。
ルートは"産業道路"を南に抜けて・・・。
それは、長い夜の始まりだった。
異変は突然に、起こった。
一番後ろを走っていたバイクが、不自然な倒れ方をしたのだ。
運転ミスではなく・・・故意による邪魔によって。
そうして、後ろを走っていた連中は、更に後ろから迫りくる"恐怖"の集団に恐慌に陥った。
流れの中にできた不自然な"闇"は、流れ全体に緊張を走らせる。
更にそれは、先頭を走る"総長"にまで伝わった。
「『魍魎』が・・・!!」
そう気付いた次の瞬間、"ニンジャ"のエンジンが止まる。
ギュルギュルと地面を噛む嫌な音が、辺りに響く。
その只事ではない動作に、親衛隊達も同じ行動を取る。
「テメェ・・・」
低い唸り声のような掠れた音が、零れ落ちる。
前方の暗闇の中に潜んでいるだろう"野獣"に向かって。
一瞬の刹那、闇の中に浮かぶシルエットの中に妖しく輝く"血塗られた瞳"。
「武丸ウゥゥゥッッ!!」
「リュウヤアァァァッッ!!」
威嚇するような咆哮が互いを認めた瞬間に発せられた。
途端に、戦いの火蓋が切って落とされた。
後ろから追いついてきた『魍魎』のメンバーも乱入してきて・・・その場は修羅場へと突入していった。
金属のぶつかり合う音・・・悲鳴や唸り声・・・咆哮などが・・・辺りに充満する。
何台もバイクが倒れて、辺りに散らばっているが、不意にぽっかりと空いた空間の中で拓はまだ無事だった。
それは、拓が『特攻服』を着ていなかったせいかもしれないが。
倒れたバイクから零れているオイルの匂いが鼻に付く。
それに眉を顰めながら、拓は辺りを見回して・・・そうしてハッとしたように走りだした。
チームの"証"でもある『朧童幽霊』の旗が、『魍魎』の者によって踏みにじられようとしていたのだ。
「止めろぉっ!!」
叫びながら、拓は間一髪でその動作を阻止して・・・旗を抱え込んだ。
「なんだぁ・・・テメェ?」
「『朧童幽霊』のモンかよ?!」
ユラリと立ち塞がる猛者共に、拓は自分がまたしても無謀極まりない行動を取ってしまったのではないかと後悔したが・・・それでも両手で抱え込んだ旗を手放す事はできなかった。
「おとなしく・・・それを渡せよ」
「・・・嫌だっ!!」
物凄い威圧感を漂わせながら告げられた"命令"にも、拓は首を横に降って拒絶する。
途端に強烈な衝撃が、拓の全身を襲った。
殴り飛ばされて・・・身体が宙を飛んだのだと気付いたのは、倒れ落ちた地面の感触の後で・・・痛みも後からやってきた。
「・・・ッ・・・!」
強烈な痛みに、全身が強張るが・・・それでも旗を離す事はしなかった。
起き上がり・・・そのまま旗を抱え込んだまま後擦さる。
たとえ、自分から攻撃を繰り出したとしても、相手にダメージを与えられないという事は、最初のパンチで理解ってしまった。
喧嘩慣れしている者達の動きは、やはり"格"が違うのだ。
だから、せめて自分のできる精一杯の力で、この旗を全身で守る事ぐらいしか出来なくて・・。
強烈な蹴りで身体が倒れた。
旗を下にして倒れた拓の身体を、何度も蹴りが襲う。
永遠に続くかと思われた衝撃が、不意に途切れる。
と、同時に拓の周りを囲んでいた連中が、バタバタと走りだす。
うっすらと瞳を開けた拓は、視界に広がる電気の光りではない明かりに驚いた。
いつの間にか、辺りが炎に包まれていたのである。
きっと倒れたバイクから流れたオイルに、何かの拍子で火が付いたのだろう。
ひょっとすると、故意に誰かがそうしたのかもしれないが・・・。
「・・・ぅっ・・・」
自分も逃げなくては・・・と身体を動かした拓は、次の瞬間に全身を突き抜けた強烈な痛みに、また倒れ込んでしまう。
じっとしたままゆっくりと全身の力を抜いて・・・痛みをやり過ごすが、指を動かすだけで沸き上がる痛みに、眉を顰める。
途端に、涙が零れ落ちた。
それは、決して痛みからくるものではない。
悔しくて・・・力の無い自分が情けなくて・・・。
盛り上がる視界が霞んで・・・オレンジ色に染まる。
ボンヤリとした思考で、このまま死んでしまうのだろうか・・と、ふと思った。
周り中火の中にいるせいか・・・妙に熱くて・・・息苦しかった。
「ケホッ・・・」
咳き込む動作すら、痛みを誘発するのだ。
嫌だ・・・と思った。
このまま、何もしないまま・・・こんな所で、死ぬ訳にはいかないのだ。
痛みの限界を越えた身体を、騙し騙し・・・ゆっくりと這うように旗にもたれ掛かるようにしながら身体を起こす。
今の拓に取って、手に掴む"旗"だけが、全てだった。
この"旗"を渡すのだ。
チームの"証"を・・・"彼"の手に。
その為に、拓は全身で守ったのだから。
「・・・ぱい・・・・リューヤ先輩ッ!」
きつく瞳を閉じて、全身全霊を込めて『想い』を叫ぶ。
「―――チビっ!!」
拓が叫んだ途端に、声が戻ってきた。
同時に、周りを囲んでいた炎の一角が割れて・・・"ニンジャ"が飛び込んできた。
龍也の姿が、視界に写った瞬間に、一気に緊張の糸がほつれた拓は、そのまま意識を手放しかける。
「・・・拓っ!!」
だが、意識を失う瞬間に耳に届いた台詞に、驚いて気絶しそこなってしまった。
「テメェは・・・」
フルフルと震える龍也の口調に、一瞬ビクッとしながらも、その視線が掴んでいる旗に向けられていると知って、拓はそれを龍也に差し出した。
「・・・これ・・・」
ゆっくりと差し出した旗を、龍也がしっかりと掴む。
「良かった・・・。」
フワリと微笑む拓を、龍也は次の瞬間に抱き締めた。
「・・・ばかやろう・・・あんま、心配させんじゃねぇよ・・・」
ボソリと呟かれた言葉に、拓は殴られた痛みではない痛みが、胸に沸き上がった気がした。
「テメェを見てるとイライラした・・・けど、姿が見えねぇともっと落ち着かねぇ・・・だから、オレの側から離れるな・・・・・」
ギュッと抱き締められて、そんな風に告げられて・・・拓は息ができなくなるかと思った。
思考回路がショートしてしまったかのように、頭の中が真っ白になってしまう。
でも、それは決して嫌な意味ではなくて。
「返事は・・・?拓・・・」
耳許で低く囁かれた言葉に、抵抗できない。
「―――はい・・・。」
小さな呟きが、唇から零れ落ちる。
龍也の言葉は"命令"ではなくて・・・拓の返事は"従順"でもなくて。
互いの『想い』。
それは、あの日・・・。
単車置場で初めて出会った時からかもしれないし・・・もっと昔の事かもしれないが。
視線を交わした瞬間から、惹かれていたと言っても過言ではないのだ。
「約束の"証"だ・・・」
『朧童幽霊』は旗の中で、龍也は拓にそっと口づけた。
啄むようなキスは、どちらのものか理解らない・・・血の味がした。
次の瞬間に、バッと耳まで赤く染め上げた拓は、漸く意識を手放す事に成功した。
キューッと力が抜けて、倒れ込んだ拓をしっかりと抱き上げた龍也の表情は、とても"幸福"せそうに見えた。
―――遠くから響いてくるサイレンの音が、夜の終わりを告げているようだった。
腕に愛しい者を抱えて、炎の中から戻ってきた龍也は、すっかり飛び込む前の事を忘れていた。
『魍魎』の武丸と戦っている最中に、第三のチームが参戦してきたのだ。
"鮎川真里"率いる『爆音小僧』・・・が。
そうして、龍也の戦いの相手は、あっと言う間に、真里に取られてしまったのであった。
武丸の意識が、真里の方に向いてしまったのも原因ではあったが・・・。
そうして、気の抜けてしまった龍也は、周りを見回して愕然としたのだ。
"拓"の姿が見えない事に。
怒りの感情に任せて、自分が守ると誓った相手を、見失った事に対して・・・龍也は苛立つ。
「・・・チビ・・・」
"臣"という守りのない状態で、拓を集会に誘ったのは、自分なのだ。
側に居ろ・・とも言った。
放って置くと、いつの間にか絡まれている拓の存在が、妙にうざったくて・・・。
なのに、その真っ直ぐな視線が脳裏から離れなくて・・・姿が見えないと、もっとイライラするのだ。
それが、何を意味するのか・・・側に置いて確かめてみようと思った矢先だったというのに。
「チビッ!」
拳を握り締めて、強く呼んだとしても・・・拓の返事はない。
それが、酷く胸を締めつける。
ここは、"戦場"なのだ。
正当な『力』ではなく・・・『暴力』のみが支配する"場所"。
その時から、既に龍也は頭の中には"拓"の存在だけしかなかった。
そうして、炎の中から声が聞こえたのだ。
龍也を呼ぶ―――拓の声が。
どうして、龍也が迷う事があるだろう。
何の戸惑いもなく、次の瞬間龍也は"ニンジャ"に乗って炎を切り裂いた。
「―――チビッ!!」
飛び込んだ龍也は、ボロボロになっている拓の姿を見て、息が止まるかと思った。
守り切れなかったという事が、怒りとなって全身を苛む。
龍也の姿を見た途端に、フラリと揺れた拓の身体を支えた途端に、龍也は『想い』を押し止める事ができなかった。
「―――拓ッ!」
初めて綴った"音"は、妙に心地よく耳に響いた。
更に、ハッとしたように意識を戻した拓の手に、しっかりと握り締められていた物が、龍也の意識を奪う。
それは、チームの旗だった。
恐らくは、これを庇った為にここまでボロボロにされたのだろう。
「テメェは・・・」
ブルブルと震えてしまうのは、怒りなのか・・・それとも、どうしようもない愛しさからなのか・・・理解らない。
「・・・これ・・・」
だが、痛みに震える手で、旗を龍也に差し出す拓の姿は酷く胸にくるものがあって。
しっかりと受け止めてやると、拓はフワリと微笑った。
「良かった・・・。」
吐息のような言葉が拓の口から零れ落ちた瞬間に、龍也の感情は爆発した。
その存在をしっかりと確かめたくて・・・誰にも渡したくなくて・・・。
その小さな身体を、抱き締めてしまった。
そうして、零れ落ちたのは・・・ずっと秘めていた『想い』。
決して伝える事もないだろうと思っていたそれが、信じられない程素直に口を付いて出たのだ。
「返事は・・・?拓・・・」
腕の中でピクンとしたまま、驚いた表情で固まっている"存在"がとても愛しくて・・・龍也はその耳許に言い聞かせるように『想い』を問いかける。
「―――はい・・・。」
やがて、小さな声ではあったが・・・拓の唇が動いて拒絶ではない言葉が零れる。
瞬間に、身体中を駆けめぐった感情を何と表現すれば良いのか・・・。
言葉だけでは、感情が納まらなくて。
「約束の"証"だ・・・」
身体を張って守ってくれた大事な旗で、拓を包み込むようにして、龍也は・・・拓の唇を摘まみ取った。
切れた唇から滲む血の味が、妙に意識に焼きついた。
そうして、唇を離した途端に、腕の中の愛しい者は、頬を鮮やかに染め上げて・・・今度こそ気を失ってしまった。
龍也の腕の中で・・・。
そんな拓をしっかりと抱き締めたまま・・・龍也は苦笑する。
とても甘やかな表情を浮かべたままで・・・。
漸く見つけた『青龍』にとっての"龍珠"とも言える存在。
距離を置くどころではなくなってしまった。
それ程、強く惹きつけられてしまったのだ。
だから、龍也にはもう、迷いはなかった。
そうして、相手が譬え誰であろうとも、決して拓を渡しはしないと決意も固めたのだが・・・。
戻ってきた龍也は、周りの様子が妙な事に訝しげな表情を浮かべた。
「なんだ・・・?」
幾ら、警察が近づいてきていると言っても、そう一気に戦いが終わる訳はないのだ。
なのに、その場がやけに静か過ぎて・・・。
一体、何が起こったというのか・・・?
その原因を問い詰めようとした龍也は、周りの連中が誰なのかを確認して愕然とした。
「なんで・・・あんたらが・・・!?」
『爆音小僧』の特攻服がやけに多い事に、一瞬臨戦体制に入った後で、その"カラー"が違う事に気付いた。
「"頭"の集合だ。」
「集まらなきゃ・・・ならんだろ?」
次々と掛けられる言葉は、龍也に敵対するものではなく・・・。
そうして、グルリと視線を移した龍也は、懐かしい姿を見つけて、胸を詰まらせた。
「・・・ナツオ・・・」
小さな呟きが、零れ落ちる。
一年ぶりに見る、六代目の『特攻服』姿なのだ・・・。
しかも紫のタスキ・ハチマキという出で立ちは、"本気"の時だ。
「なんで・・・あんたが・・・?」
問い掛けは、次の瞬間に驚愕へと変化する。
夏生の横に、現れた人物によって。
「・・・拓っ!!」
だが、一瞬浮かんだ邂逅は、その口から発せられた音によって、砕け散った。
龍也の腕の中の者を見て、驚いた表情を浮かべた"彼"は、次の瞬間に、力の抜けた龍也の腕からその存在を奪ってしまったのだ。
誰にも渡さないという龍也の決意は、あっと言う間に意義を失ってしまったが・・・鳩が豆鉄砲を食らったような顔の龍也にとっては、それどころではない。
「・・・どういう事だ?」
零れ落ちた疑問は、今の心情を露わしただけだったが・・・。
「・・・お前は、知らなかったのか?」
「・・・何を?」
近づいてきた夏生の台詞に、龍也の中で嫌な予感が沸き上がる。
それは、動物的な"勘"と言っても間違いないだろう。
「拓は、マコトの"従兄弟"だ。目の中に入れても痛くない程、溺愛している・・・な。」
続けられた説明は、確かに龍也の意識を打ち砕くのに効果を持っていた。
クラッときた龍也は、それでも倒れる事なくその場で踏ん張る。
「・・・"従兄弟"?」
「あぁ・・・あいつが事故った後から・・・バイクに乗りたがったり・・・喧嘩で傷ついたり・・・変だと思って調べたら・・・いつの間にか『乱校』にまで、行ってて・・・マコトも驚いたらしい。」
くわえていた煙草の煙を燻らせながら、吐き出すように告げる夏生の言葉に、何も返せない。
「・・・マコ兄さん?・・・どうして・・ここに・・・?」
ぼんやりと意識を取り戻したのだろう拓の声が聞こえて、意識がそちらに移動する。
「どうしてじゃないだろ?無断外泊したり・・・喧嘩したりして・・・こういうのは、拓に向いてないよっ!俺が、事故ったせいで・・・拓が何かをしようとして、傷付くのなんて・・・見てられない・・・。」
ギュッと抱き締めるように告げる誠の台詞に、拓は困った顔つきとなる。
そうして、龍也の視線と合うと、途端に泣きそうな表情となった。
「お前は知ってたんだな・・・。」
ボソリと呟く龍也に、拓はますます半泣き状態となっていく。
そんなつもりではなかったのに、最悪な状態になってしまった為に。
別に、故意に騙していた訳ではないのだ。
ただ、どうしても言えなかっただけで。
誰よりも好きだった優しい"従兄弟"が、その走りを奪われた原因を、拓はどうしても知りたかったから。
「・・拓?」
誠の問い掛けに、拓はキュッと唇を噛む。
「知りたかった・・・。あんなに走るのが上手だった"兄さん"が、どうして事故なんか起こしたのか?」
「それは・・・もう、済んだ事だ・・・。」
「違うっ!終わった事なんかじゃないっ!!だって・・・まだ傷ついている人がいる・・・やり切れない"想い"を・・・忘れる事のできない人がいるんだ・・・」
「―――拓・・・?」
ポロポロと涙を零す拓の姿に、誠がオロオロとする。
拓が、誰を指しているのかに気付いた龍也は、ギュッと拳を握り締める。
ならば、やり切れないこの痛みを、拓は理解ってくれたのだ・・・と、知って。
その真っ直ぐな瞳は、やはり龍也の心の奥底まで見通していたのかもしれない。
クッと自重気味な笑みを浮かべると、龍也はクルリと踵を返す。
「先輩っ!!」
歩き始めた背中に、拓の声が伝わる。
悲痛な想いの込められた声に、だが龍也が振り返る事はなく・・・。
「拓?!そんな身体では・・・!」
誠の腕の中で、拓は激痛に耐えながら、身体を起こした。
心配する誠を、真っ直ぐに見返すとゆっくりと首を振る。
「最初は、"兄さん"の事を調べたくて・・・でも、今は違う。今は・・・龍也先輩の・・・。・・・僕が、あの人の側に居たいんだ・・・」
ニコッと微笑う拓の決意は変わらない。
眩しい程に強い言葉に、誠はそれ以上の言葉を失ってしまう。
よろけながらも歩きだした拓は、誰の力を借りる事なく、その背を追いかけていく。
炎の中で助けられた時から・・・拓の意識は決まっていた。
幾ら旗の事があったとしても・・・あの極限状態で、呼んだのは他の誰でもなく龍也の名前だった。
拓に強さを教えてくれた"彼"でもなければ、何かと面倒を見てくれた"臣"でも"南"でもない・・・。
全てをねじ伏せて行くような、不器用な生き方しかできない、哀しい瞳を持った・・・人。
プライドを保つ為ならば・・・あくまでも孤独を選ぶ孤高の『青龍』。
そんな龍也が、"約束"を交わしたのだ。
拓を"守る"と。
・・・だから、側に居ろ・・・と。
びっくりはしたけれど・・・嫌ではなかった。
だから、拓は付いていこうと決めたのだ。
譬え、龍也が振り返らなくても・・・側にいて・・・その背中に付いていくだけでも良いから・・・。
"ニンジャ"に跨がった龍也に、やっと追いついた拓は、それでも振り返らない背中に少しだけ泣きたくなる。
だが、それ程龍也を傷つけたのだと理解って、キュッと唇を噛む。
「・・・黙っていたのは・・・ごめんなさい・・・。でも、ボクは・・・"マコト兄さん"じゃないから・・・。ボクじゃ駄目だろうけど・・・それでも、側に居ろ・・・って言われて、嬉しかった。譬え、博之くんが戻ってくるまでの間だけだとしても・・・。ボクは・・・先輩の側に・・・居たい・・から・・・」
喋っている最中に、また零れる涙を拭う事もせずに、拓は"想い"を綴る。
だが、龍也からの反応はない。
その背が、拓の事を拒絶しているようで・・・拓はますます涙が止まらなくなってしまった。
「・・・ぃろ・・・」
やがて、ボソリと声が返る。
「えっ?!」
聞き取れなかった拓が、顔を上げるのと同時に、龍也が振り返った。
「―――乗れよ・・・もう、離れんじゃねーゾ・・・。」
ぶっきらぼうに告げられた台詞がとても嬉しくて・・・。
「・・・はいっ!」
泣き笑いの表情で、拓は気持ち良い返事を力一杯返した。
「しっかり、捕まってろよ・・・。」
恐る恐る腕を回す拓の腕を、しっかりと前まで回させると・・・龍也は"ニンジャ"のエンジンを起動させた。
大きな背中に凭れながら・・・拓はフンワリと微笑う。
龍也が拓の存在をまた受け入れてくれた事が、何よりも嬉しくて・・・。
譬え、誠の代わりだとしても・・・それでも構わないと思っていた。
尤も、そう思っているのは拓だけで・・・龍也の方は、完全に拓自身に虜になっていたのだが・・・。
二人を乗せた"ニンジャ"は、一筋の光りとなって、まだ夜明け前の町中へと消えていった。
「"ナッ"ちゃあーーーーんっっ!?」
二人が走り去った後、残された場所は修羅場だった。
可愛くて仕方なくて、ずっと見守ってきた拓が、いつの間にか他の奴に取られていた事に対して・・・泣きが入る。
そんな誠を宥めながら、夏生の胸中も穏やかではなかった。
"親友"に初めて紹介された時から、素直に懐いてくれた拓は、夏生にとっても"お気に入り"だったのだ。
「"ナットク"いかないネー・・・」
額にビキマークを浮かべながら、凄んでいるのは、『朱雀』の真里である。
初対面のインスピレーションから、すっかり気に入っていた拓が、まさかずっと憧れていた"マコトさん"の従兄弟だとは思わなくて・・・真実を知った時から、絶対に落として見せると構えていたのだ。
それを呆気なく、龍也に奪われた事が、許せなくて。
「まっ・・・マー坊?!落ち着け・・・。仕方ないだろ・・・アイツが"選"んだんだから・・・・」
わがままを通り越して、何処までも"我が道を征く"幼馴染みの後始末をさせられる羽目となる特攻隊長が、無駄な説得を試みる。
「そんなの・・・明日には、気持ちが"変"わるかもしれないじゃん☆」
明るい声で、強気な事を言う真里は、何処まで行っても諦めるという言葉を知らなかった。
そんな『爆音小僧』の6・7代目の様子を少し離れていた場所で見ていた者は、くわえていた煙草をもみ消した。
これで、暫くはこの街も静かになるだろう・・・と思いながら、愛車に戻る。
現在の横浜の勢力を一番良く把握している者・・・『玄武』の鰐淵春樹。
「終わったの?」
「あぁ・・・。」
助手席で待っていた者の言葉に、低く応えるとそのまま車を発進させる。
「だけど・・・春樹をその気にさせるなんて・・・一度会ってみたいな・・・」
クスッと微笑う赤い唇に、鰐淵はただ口端を持ち上げただけだった。
「クソがぁ・・・どいつも・・・こいつも・・・」
煮えたぎらない感情が、身体の中でくすぶっていく。
『闘う』事が全ての"野獣"は、その存在意義を奪われて、闇の中でのたうち狂う。
全身に獲物の返り血を浴びる事こそが、何よりの恍惚だと知っている故に・・・疼きは止まらなくて・・・。
―――飢えの満たされない『白虎』の咆哮が、"横浜"の街を浸食していくようだった。
END。 / 戻る
|