マレシャル・ド・サックス

わが瞑想の序文
(1757年「我が瞑想」(Reveries)

「戦争と言うものは状況の不明を常とするので、習慣と先入感で凝り固まったものを唯一の基礎とし、 これを支えとした極めてあいまいかつ不完全な科学である。他の科学はすべて、確立した諸原則の上に 樹立されている。」
「一方戦争の科学だけが不毛のままになっている。またこの問題については、著名な将師たちの著述中 からは適切な如何なる根拠も発見できない。それゆえそれの著作は全く無価値なだけでなく、表現が過度 に複雑かつ難解なために理解に非常な努力と天分を要することを我々は悟ったのである。そこに論ぜられ ているすべての論旨は、完全に思いつきと想像の所産に過ぎないから、歴史的判断の根拠となるものはない。」

マレシャル・ド・サックス、軍事上の予言者
(1696−1750)フランスの軍人
サクソニア選挙候兼ポーランド王アウグスッス二世の子。
ナポレオン以前の学派だったため軽蔑され正当に評価されなかった。

ナポレオン式戦法の開拓者...
古典から教訓を導き出す、当時の第一人者でしたが、単に模倣するだけではなかった...
スキピオ配下のローマ軍の驚嘆すべき応変性と機動性に深い感慨を受け自分の軍隊にこの 編成を採用しました。
ローマ
カルタゴ戦争当時のローマ軍は、圧倒的な軍隊資源予備を持ち(100万)敗れても敗れても新しい 軍団、新しい編成を構築してハンニバルとの戦いに望みました...
100人単位で自軍の隊形を自由自在に変化させ(ある時は数十万の蛮族に包囲されても軍団をすばやく 背中合わせに再編成して耐え...ギリシャの重装歩兵に対してはすばやくL字型に再編成して側面攻撃 をかけるなどその柔軟性は素晴らしいものでした。

この時代はギリシャローマ時代の戦法を古文書から発掘するのが流行りました。しかし、何故か ギリシャ式の機動性展開性のない密集歩兵方陣が好まれて使われたようです。
先進的な編成をしたのはこの他にはスウェーデン王グスタフ・アドルフぐらいです。
(あれ、この時代は密集横隊戦法だったかな?)

「我が瞑想」のまとめは...
(Great captains unveiled by Liddell Hartより)

兵数に対する信仰
「兵数に優越した大型の軍というものは、運用が非常に厄介であり、 多数の指揮官がいて意見がまちまちであるため作戦に遅延が生じ易く、 補給品が不足がちになり、その他にも必然的に生じる種々の不具合が あることを私はよく承知している。」

機動力の重要性
「主要な役割を果たすのは腕ではなく脚である。あらゆる起動と、同じく 戦闘の実行に必要な個人的な才能はすべて脚力に帰する。これと異なる意見 を持つ者は何も知らない愚者あるいは軍人として未熟な者であると言える。」
ナポレオン
「わが勝利はすべてわが兵士の脚力によりよって獲得されたものである」

機動力は戦いにおける支配的要因であり、運動の迅速、起動の容易、及び能率的な 補給は、まず充足すべき基本的諸条件

永久要塞建設の愚行への警告(要塞都市の欠陥)
「永久築城のためには自然の地形を選ぶべきであり、都市は要塞化すべきでない。」
今日の思想と合致。

装甲騎兵の復活、
少銃装備の敵に接近してぱらぱら少銃を撃つだけの役立たない 騎兵隊を打撃力のある部隊に復活させた。
(訂正、この当たりの功績はグスタフ・アドルフのものでしたm(__)m...) このタイプの騎兵は、ナポレオン時代も活躍している。

支援射撃の重要性
「部隊は戦闘においては適切な支援を受けない限り敗れるに違いない、... というのは、誰しも自己の危険があり、自己の背後に救援がない場合には元気 を失うのは当然であるからである。これは、第一線部隊が交戦中であるのに第二線 部隊が退却することさえある事実もこれによって証明できる。...こういう事実は これまでいかなる反省もなされないできたが、私がまさに観察したように、この事実は 人間の心の諸さ以外のいかなる原因に帰することもできないので、ある」

歩兵砲の元祖と言えるアミュゼット砲の開発
(訂正、この当たりの功績はグスタフ・アドルフのものでしたm(__)m...) (射撃を正面で交差させるクロスファイヤ(第一次世界大戦中の機関銃の基本的な射撃法)) (で砲兵隊を使っている...)

小型少銃弾よけ盾や軽歩兵戦術の研究

近代的な歩兵グループの起源(第一次大戦中に生み出された)
「まったく平和な時代には、コンパニーは軍曹1人、伍長1人及び古参兵5人で編成 しておく。戦線布告がなされるわけではないが、近く戦争発効が予期さて、その準備を 行う時代には、上記に対し、されに5名が追加されねばならない。そして完全編成になると 、5名ではなく10名が追加... 平時編成のコンパニーの5名の兵は、将校,下士官の補給源となる。 すなわち、軍隊勤務の経験の皆無の者から将校、下士官の候補者を選ぶという不具合 を避けるためであった。」

「グスタフ・アドルフ王(Gustvs Adolphus)は立派な方法を創設した。しかしそれは口伝で あったため、まもなくその真意は伝わらなくなり、伝承は形骸以外の何ものでもなくなり、 その原理は我々にとって未知のものとなってしまった...」


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