日本-Nippon
【アズミ】 Azumi 安曇
海人の一族。後に大和朝廷から、海人の長に任ぜられました。ですからほんとは人間のはずなんだけど、あえて魔物だとすれば、海魔という事になりましょう。海と縁の薄い人には、長く潜水していられる人は魔物に思えるかもしれず( ・・)/ しかも、大魚(多分、鮫など?)の害を防ぐために顔や体に文身(いれずみ)していたといいます。海底から貝や何かを採取するだけでなく、銛やヤスで魚を突く事も得意でした。また、優れた船を持ち、航海術にも長けていたようです。時には大和朝廷と結び、また時にはこれに叛いた事もあった上、容貌や言葉、勿論生活様式もだいぶ異なっていたらしいので、大和民族とは別の民であったと考えた方が良さそうです。最大の根拠地は北九州でしたが、なかには船上で生活していたものもあり、実質的に津々浦々を漂泊していたみたいです。
【アマツミカボシ】 Amatsumikaboshi 天津甕星
天香香背男(あめのかかせお)ともいいます。星の神でおそらくは金星であろうと言われています。従って当然、天を住処にしています。しかしながら、天孫族ではありません。おそらくは天孫降臨よりも前から天に在って、タケミカヅチとフツヌシが葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定してからも、これに従わず、倭文(しつり)神と建葉槌(たけはづち)命によってようやく征服されたと言います。日本書紀私抄では、タケミナカタと同一の神であるとみなしています。
【アマテラス】 Amaterasu 天照大御神
天を照らす者。すなわち太陽女神。イザナギが根の国から脱出し、沐浴した時にその左眼から生まれた神にして至高のもの。弟であるスサノオの狼藉に怒って天の石窟戸(あめのいわやど。略して天の岩戸)に閉じこもってしまう。太陽がいなくなってしまっては世界が闇に閉ざされてしまうので、神々は一策を用い、石窟戸の前で楽しげに大騒ぎする。好奇心にかられたアマテラスには、あなたよりもっと美人で素晴らしい神が来たことを祝っているのだ、と嘘を言い、なにを、と顔を出したところを引きずり出してしまおう……という奇策なんですな。しかも、アマテラスにむかって「ほ〜ら、これが新しい神だよん」と見せるのはなんと鏡。いや、鏡そのものが神だというのではありません。無論そこに映ったアマテラス自身の顔を新しい神だと思わせようというわけ。つきつめてみますと、アマテラスって好奇心旺盛でしかも自分の美貌に自信たっぷりのぶっとびお姉さんなのでは……。しかも、最初にスサノオが天高原に押し寄せてきた時には、男の着物を着て、武装して脅かしたんだから、凄いものです。日本の女性っておとなしくないのが本当の姿なのかも。大和撫子? それってなに?
なお、アマテラスの生まれについては、『日本書紀』では、イザナギとイザナミが国生みの後に天下を治める者として生みだしたという話や、同じ理由でイザナギが左手に白銅の鏡を持った時に誕生したともいわれます。いずれにせよ、国生みの後、最初に生まれたものである事、イザナギの左の部分に関連する事、鏡と縁が深い事が共通点としてあげられるようです。
【アマノサクガミ】 Amanosakugami 天探神
いわゆる天邪鬼(アマノジャク)ですね。人が考えている事を読み取って口真似したり物真似したりします。しかも、ことごとく逆らいます(^^; テレパシーの悪用ですな。アマノジャクの説話としては、瓜子姫の物語がヴァリエーションも多いのですが、面白いものとして、岡山の方には、アマノジャクが七つあった太陽のうち六つを矢で射落としたという話が伝わっています。
【アメノウズメ】 Amenouzume 天宇受売命,天鈿女命
天孫降臨の際は、サルタヒコを懐柔するために踊り、天の石窟戸(あまのいわやど。天の岩戸の事)の前でもアマテラスを誘うために踊りました。特に、サルタヒコを宥めた時にはその功により、サルメという名前を授かっているのですが、これは本来は「戯る女(サルメ)」だったと考えられます。つまり、サルタヒコと対になった女神で、おどけた踊りをする巫女の事も指すのでしょう。何しろ、いずれの場合も、半裸になって面白おかしく踊ったとされていますから……。また、音楽が奏されるかわりに、逆さにした桶の上で踊っているので、足拍子をうまく用いた踊りだったのかもしれないですね。なお、宮中での「サルメ」は漁獲物に関係し、女系相続をしてきた海人の家系から巫女としてあがったものだと考えられています。
【アメノトリフネ】 Amenotorifune 天鳥船神
出雲のオオクニヌシに対して天孫から国譲りのために遣わされた三番目の使者。もしくは、使者であるタケミカヅチの乗物です。更に、オオナムチが海を渡る時の船の名でもあります。更に、鳥というのは霊魂、特に死んだ人の霊魂と関わりが深いので、アメノトリフネも、死者の魂を天に運ぶための乗物かもしれません。
【アメノフトタマ】 Amenofutotama 天太玉命
斎部氏の祖神。アマテラスの石窟戸隠れの時に、諸神を率いてこの難題にあたった神の一人です。特に、御幣を作り、木に鏡や玉とともに取り付ける役目を果たしているのは、祭具の管轄者であった斎部氏の祖神らしいところですね。天孫降臨の時に随伴している神としても名前があげられています。フトまたはフツというのは招魂(たまふり)をする事に通じ、タマは玉あるいは霊ともとれます。だとすれば、天孫が降臨した時に降りた岩(神は岩の上に降りると言われています)が、アメノフトタマだと考える事もできそうです。
【イソラ】 Isora 磯良
五体に貝や藻が絡みついたもの凄く醜い姿。神宮皇后が新羅攻めの時に鹿島で神を招いた時、一番最後に来たのが磯良なんですね。姿からして海底の精霊なのでしょう。神宮皇后のため、竜宮から干珠、満珠を借り出したと『太平記三九巻』で語られています。海人と深い関係があり、海人の長安曇氏によって祀られています。
【イナバノシロウサギ】 Inaba-no-sirousagi 稲羽の素菟,因幡の白兎、白兎神
鰐を騙して海を渡った報いで、綺麗な白い毛皮を全部剥ぎ取られてしまった兎。ヤソカミ(八十神)に塩水を浴びるといいと教えられ、更にひどい目にあってしまうのですが、その後で通りかかったオオクニヌシから、真水で体を洗い、蒲の花粉をつければ良いと教えられて回復するという話で有名。後に、この兎を助けた徳でオオクニヌシが八上比売と結ばれ、ヤソカミはそれに失敗した事を考えると、イナバノシロウサギは八上比売と関係の深い獣なのかもしれません。またあるいは、鰐と白兎の騙しあいを、山の民と海の民の葛藤とみる事もできるかもしれません。
兎が狡智に長けているという話は結構多いです。ただ、必ずその報いを受けてしまうんですが……。童謡「うさぎとかめ」でも、そうですね。
【ウカノミタマ】 Ukanomitama 宇迦之御魂
穀物霊。ウカ、またはウケは食物を表しています。その魂という事なんですね。本来はおそらく稲の女神だと思われますが、後に発展して五穀及び食物全般の神として発展していったものの原型です。大抵は女と結びつけられていて、食物をもたらす女を殺すと、その体から五穀が生じたという類型の話が伝えられています。
【オオナムチ】 Ounamuchi 大己貴命
オオクニヌシの事。他に、八千矛神(ヤチホコ)、顕国玉神(ウツシクニダマ)、葦原醜男神(アシワラシコオ)など様々な別名があります。イナバノシロウサギを助けた徳で八上比売と結ばれたのですが、オオクニヌシを冷遇していた兄の八十神(ヤソカミ)達に嫉妬され、猪と偽られた灼熱する石を抱き留めさせられて殺されてしまいます。母神が神産巣日神(カミムスビ)に願って二人の貝の精を遣わしてもらい、貝の汁を全身に塗って甦ったのですが、その後も兄たちに命を狙われたので、根の堅洲国(ネノカタスクニ)へ逃れるのです。根の国を治めていたスサノオの娘である須勢理比売(スセリヒメ)が好きになってしまい、結婚を申し込むのですが、スサノオにいろいろな難題を出されます。スクナヒコナの助けを得たりもして、何とかそれを果たしたものの、最後はスサノオの元から二人で逃れ、結婚するのですが、その度胸と知恵を見込まれて、スサノオから出雲の国を譲られるのでした。このため、オオクニヌシと呼ばれるようになったわけです。また、イナバノシロウサギの話から、呪医であった事もうかがわれます。
物語全体としてみると、スサノオによって課せられたいろいろな試練は、巫たるための入信儀礼であり、スクナヒコナは国を富ませる豊饒霊たる穀物神であり、オオクニヌシという名はその地を支配する巫王の頭の称号であったとも考えられるかもしれません。
【オオマガツヒ】 Oumagatsuhi 大禍津日神
黄泉から現世へ戻ってきたイザナギが穢れを祓うために禊をした時、洗い流された穢れから生まれた神。この名前は大変禍々しい霊というような意味を持ちます。また、この時ヤソマガツヒがともに生まれました。
【オオミツヌ】 Omitsunu 臣津野命
スサノオの孫にあたり、従って出雲の王族の一人にあたるわけですね。名前は「海辺の野の主」という意味で、これは朝鮮半島やその手前にある島々に勢力を拡げた事を意味しています。
【オオモノヌシ】 Oumononushi 大物主神
モノは精霊を意味するので、この名は諸々の精霊、特にオオモノヌシが鎮座するという三輪山の精霊の主長であろうと考えられます。出雲系。オオクニヌシと同一視されますが、本来は別個の蛇体の神であったようです。丹塗りの矢に化けたり、人の姿に化けて夜だけ通ったりと、人間の女を妻とした話が幾つか伝わっています。〔参照〕 スクナヒコナ
【オオヤマツミ】 Ouyamatsumi 大山津見神
ヤマツミとは山の霊の事です。オオが冠されているところから、山々の霊を司る神ではないかと考えられます。あんまり派手なところがない神なんですが、ニニギノミコトの嫁した石長比売(イワナガヒメ)と木花佐久夜比売(コノハナサクヤヒメ)の父にあたるんですね。面白い事に、この時ホノニニギが醜女である石長比売を送り返してしまったため、オオヤマツミが、「石長比売を手元に置けば長寿が約束されたのに、それを送り返してしまったのであなたの寿命は短くなってしまった」と言った話があります。石を選ぶ事が長寿又は永生(不死)を手に入れる秘訣だったのに、それを選ばなかったため、人間の命が短いという話は東南アジア一帯に散見されるようです。インドネシアの同型の話から、バナナタイプの説話と呼ばれています。
【オモイカネ】 Omoikane 思兼神、思金神
高皇産霊(タカムスビ)の子。大変な智慧者で、神々全部に代わって考える事ができるほど賢いと言われています。天孫降臨の際に、その施政を補弼するため同行し、たとえばアマテラスが石窟戸に隠れた時には、いかにして女神を誘い出すかの策を練り、その実行を指揮しています。別名を八意思兼神(ヤゴコロオモイカネノカミ)ともいい、この名はいろいろな立場に立って考えを巡らせる神である事を意味します。
なお、後代になると、カネを金尺に通じるものとして大工が手斧初(ちょうなはじめ)の儀式をする際の主神として祀られるようになりました。
【カグツチ】 Kagutsuchi 迦具土神
『古事記』によれば、国生みの後、イザナミが産んだ多数の神のうち、最後(近く)のものです。火の神なので、なんと燃えながら生まれたのでした。無茶苦茶ですが、生まれてくるものに言っても仕方ないかも。とはいえ、産む方はたまりませんね。陰部が焼けただれて、イザナミは死んでしまうのです。(但し、黄泉に完全に降りてしまう前に一度戻って、さらに何柱かの神を産んでいます。凄い〜)。カグツチが生まれた事でイザナミが死んでしまったために、イザナギは大変怒ります。だから生まれた者には罪はないんだってば、お父さん。と言っても逆上している者は聞く耳持たないので……無惨にもばっさりとカグツチは父親の手で斬り殺されてしまうのでした。この時、剣についた血、飛び散った血からも数々の神が生まれます。その中にはオオヤマツミのような山神もいますが、火と山の結びつきは火山を連想させますね。更に山神だけでなく石神や雷神も生まれているので、ますます、轟音を立てながら火と石を吐く火山を連想させます(^^;。また、この時火の神の血が木や石の上に飛び散ってしまったので、木や石を擦り合わせたり打ち合わせたりすると、火が発生するのだという事です。をを、納得できるではないか。剣としてのカグツチは、おそらくカグツチの血を浴びたイザナギの十拳剣(トツカノケン)を指すのではないかと思われます。生まれたてとはいえ、神を斬れるんだから、そりゃ強い剣だよね。神や魔物の血を浴びたものが比類ない強さを発揮するのも、よくある話ですし。
【キクリヒメ】 Kukuri-hime 菊理媛
イザナギが黄泉平坂を脱する時、イザナギとイザナミの間に立ち、イザナギに助言をした神であるそうです。従って、死に関する事にかかわる女神といえましょう。キクリヒメ、あるいはククリヒメですが、これは「聞き入る女」を意味するようです。白山の神として広く信仰されていますが、白山の神としては農耕神でもあります。この立場での菊理媛の零落した姿として、お菊虫や皿屋敷の幽霊のお菊を結びつける説もあります。
【ククノチ】 Kukunochi 久久能智,句句遒馳
古事記では久久能智で水神。日本書紀では句句遒馳で木の神としています。原初、まだ低く垂れ込めていた天空をこの神が高く押し上げたと言われますので、どうやら樹精の性格の方が強そうです。
【クシナダヒメ】 Kushinadahime 稲田姫,櫛名田比売
オオヤマツミの子である足名椎(アシナヅチ)、手名椎(テナヅチ)の夫婦を親としています。櫛は髪を梳る道具の他、神霊の標しでもあったそうです。クシナダヒメの名前にある「クシ」は、文字通り、生贄の標として頭につけた櫛の事でしょうか。また、ヤマタノオロチに飲ませるため、用意された神酒もクシと呼ばれます。
とはいえ、櫛は、神霊に選ばれた、あるいは神聖であるという標、もしくは生贄の標だったのでしょう。平安時代にも伊勢の斎宮になる皇女は、その標として櫛を賜ったそうです。神に仕える女性のシンボルなのですな。ヤマタノオロチを田の神として考えると、クシナダヒメはこれに仕える巫女であったと考えられます。田の神はしばしば蛇体で表され、また、田で作業する人に食物を運ぶ女をオナリと呼び、神聖視する習慣もあります。
【コトシロヌシ】 Kotoshironushi 事代主神
八重事代主神(ヤエコトシロヌシノカミ)ともいいます。オオクニヌシの息子ですから、やはり出雲系ですね。国譲りに先だってオオクニヌシが瑞穂の崎で漁をしていたこの神に意見を聞いたところ、国土の献上を進言し、船を傾けて隠れ去ったといいます。コトシロとはもともと託宣を得るために神を降す憑巫の少年を指しますから、コトシロヌシは託宣神であると見るのが妥当でしょう。オオクニヌシ自身の託宣の力を、別の神として物語ったという説もあります。とはいえ、妥当なだけでは面白くありませんね。また、他にも神功皇后に降りた神を始め、コトシロヌシと呼ばれる託宣神がいます。
たとえば、コトシロヌシは八尋熊鰐(ヤヒロノクマワニ)の姿で三島溝杙姫(ミゾクイヒメ)のもとに通ったと言われています。これは葛城のコトシロヌシだという事で、出雲のとは別の、賀茂系の神です。ヤヒロノクマワニってどんなものでしょうか。おそらく、ヤヒロとは、とても大きい事をさすのだと思われます。鰐は、他にこの姿をとるものとして、豊玉比売、つまり後の乙姫が知られています。日本の竜宮は、竜族の住まいではなく魚族の住まいですから、その統領たる豊玉比売は大きな魚であったかもしれません。鮫か、あるいは魚と誤認されていた海豚、鯨の類ですね。当然、コトシロヌシが島にいる女神のもとに通うのにも便利な姿です。これが本性であるかどうかはわかりませんが、コトシロヌシは大魚に変身する事ができた神かもしれないわけです。
【サルタヒコ】 Sarutahiko 猿田彦
田の神。境界の神。天孫降臨の際、道の交差するところ(やちまた)の現れ、アメノウズメによって問われると、天孫族の案内役として来たのであると言ったと伝えられています。国神であると名乗りますが、実はよく素性がわかりません。渡来の神ではないかとも言われます。天地に光り輝くような姿をしている、と述べられているところから、金属に関わりのある神ではないかという説もあります。
【スクナヒコナ】 Sukuna-bikona 少名毘古那
小さな、名声の主。どれくらい小さいかというと、思いっきり小人なのですな。オオクニヌシが御大之御前(みほのみさき)又は五十狭々之小汀(いささのおはま)で出会った神で、神産巣日神(カミムスビ)の息子にあたります。父神の手からこぼれ落ち、蛾の皮、あるいは鳥の羽の衣服をつけ、天之羅摩船(あめのかがみのふね)に乗って海岸に寄りついたのです。天之羅摩船は、芋の莢でできた船だと言われていますが、カガミというのは円形のものを指すのかもしれません。ちょ〜な人なら、空飛ぶ円盤だと言うかもしれませんね。そういえば、スクナヒコナは伊豆などで温泉を湧かせたという話もあるのですが、伊豆といえば役行者が空飛ぶ鉢で往来したところ。これまた、形は空飛ぶ円盤に似ていなくもありません。
医学と農業に優れた賢者で、オオクニヌシの友でした。オオクニヌシがスサノオの娘を娶り、出雲の国主となるについては随分と尽力をした他、出雲の国造りにも大いに助けとなったのですが、最後には粟の茎から常世郷(とこよのくに)へ跳んで消えたと言われています。農業との関係の深さ、また、酒を造る神だとも言われている事などから、スクナヒコナは穀物霊であり、豊饒の神であったと考えられています。なお、常世郷とは海上にあるといわれた仙郷です。
オオクニヌシの国造りの時に現れ、協力した神であるところから、オオクニヌシの幸魂・奇魂であるともみなされます。また、国造りが完成しないうちに去り、その後にオオモノヌシが現れた事から、オオモノヌシはスクナヒコナが再度現れたものだともみなされ、オオクニヌシ、スクナヒコナ、オオモノヌシの三柱が実は一体の神、すなわち三輪山の神であると考えられています。
【スサノオ】 Susanowo 須佐之男命
正式には「建速須佐之男命(タケハヤスサノヲノミコト)」、つまり勇ましくて迅速で性急な神。正体はよくわからん、と言われています。アマテラス同様、イザナギが根の国から逃れてきて沐浴した時に生まれた神で、直接の兄弟はアマテラスとツクヨミだから、同じく天体の神なんじゃないかとも言われるし、嵐の神だという説もあるらしいです。高天原で大騒ぎをして、アマテラスを岩戸に閉じこもらせてしまうというトラブルを引き起こしたため、追放されていろいろ冒険をするはめになる、なんてのは英雄神といってもいいのかも。出雲の国に行き着いてヤマタノオロチ退治をし、後に根の国を支配する事になるのです。この時、ヤマタノオロチのしっぽ(何故にしっぽ?)から出てきたのがかの草薙剣。他に朝鮮半島を征服したとか、疫病を退治したという話があるらしい。但し、天高原における粗暴な神と、出雲の英雄神とは、本来別の神であったものが、同一視されるようになったともいわれます。
天高原に上った時は大地や山河が揺れ動いたといい、泣けば海や河が干上がったといい、どうもスサノオは巨人であったのではないかと思えます。また、根の国との関わり、穀物神である大気津比売(オオゲツヒメ)を殺す事、天高原から追放された時に蓑笠をつけて衆神に宿を乞うた客神(まれびと)としての姿、クシナダヒメを助けてヤマタノオロチを退治したなどは、豊饒の神的な性格も示しています。体毛を抜いて散らすとそれが杉、檜、樟などの樹木になったり、息子である五十猛神(イソタケル)とともに樹種(こだね)を携えて大八洲に植えたという話もありますから、穀物神というよりは植物霊に近いのかもしれませんね。
農業の神、あるいは疫病を祓う神として信仰され、牛頭天王と同一のものとみなされました。
【タケミカヅチ】 Takemikazuchi 建御雷神
イザナギの十拳剣(トツカノケン)がカグツチの頸を斬った時、迸った血が岩に付いて生まれたのがタケミカヅチ。別名を建布都神(タケフツ)、あるいは豊布都神(トヨフツ)ともいいます。フツは鎮魂(たまふり)、あるいは魂を招き入れる事を意味する言葉だといい、あるいはまた剣が風を切る音の形容だともいいますから、名前通り雷神である他に、霊剣である事を意味するのかもしれません。事実、出雲の国譲りの時、タケミナカタと闘ったタケミカヅチの手は剣の刃になっていますし、霊剣を投げ落としたという説話もあります。
【タケミナカタ】 Takeminakata 建御名方神
オオクニヌシの子。伊勢津彦ともいいます。国譲りの時、タケミカヅチと力比べをして負け、腕を引きちぎられて諏訪まで逃げ、そこで天孫に降伏しました。諏訪氏の奉じる神であり、現在も諏訪大社に祀られています。諏訪氏は東国で勢力をふるった一族ですから、タケミカヅチとの力比べの話は、これを貶めるために中央で作り出されたものだという説があります。
タケミナカタは風あるいは暴風の神であり、また、龍神あるいは蛇神でもあるそうです。また、ミナカタとは水潟を意味すると言われます。本来は諏訪湖の蛇神だったのかもしれませんね。
【タヂカラオ】 Tajikarao 手力男命
天石窟戸にアマテラスが隠れた時、これを誘い出すために神々が大騒ぎを演じた仕掛けで、アマテラスが顔を覗かせた時にその手をとってっぱり出す役目を果たしたといいます。大変に力の強い神だったそうですが、それ以外に何をしたという話を聞きません。
【ツクヨミ】 Tsukuyomi 月読命
アマテラスの弟、スサノオの兄にあたる月神。ヨムは数える事を意味し、つまりは月を数えて暦をつくる事を権能とする神なんですね。『古事記』では夜の国を治めるものとされますが、『日本書紀』では海を治めるものとされています。
アマテラスの命で保食神(ウケモチノカミ)のもてなしを受けた時、うっかり、この女神が体の各所から食物や飲物を産みだしているところを見てしまい(つまり不浄だと思われる場所から出されたものもあったわけで)、穢いものを飲食させられたと誤解して殺してしまいます。これが原因で姉弟は不和になり、住む処を別々にしたといいます。死んだ保食神の体からは五穀が生じたといいますから、暦の神である事もあわせて考えると、農耕に縁が深いですね。それにしてもスサノオもツクヨミも、同じ事をしているのは興味深いです。
【ナキサワメ】 Nakisawame 泣沢女神
イザナミが死んだ時に、イザナギが流した涙から生まれた神で、古事記には香山の畝尾の木の下にます神であると伝えられています。鎮魂(たまふり)と命の保全を祈る神か、神木の神、あるいは鎮魂の行法をする巫女が神格化したものかもしれません。
【ハチマン】 Hachiman 八幡
本来は八幡神(ヤワタ)。武士に人気の軍神ですね。南無八幡! と祈願して必殺の矢を射たりします。人気が高いばかりに御利益は当然どんどんと増え、子供の守護神でもあり、豊作の神でもあり、日本の守護神ともなります。忙しいぞ。783年に菩薩号を受けたとあります。本源は宇佐八幡。ここでは、一緒に比売神(ヒメガミ)と大帯姫命(オオタラシヒメノミコト)が祀られています。もともとは、太陽の光によって妊娠した姫が子供を産んだという伝承があったようです。また、鍛冶の技にも関連しているといいます。
【ヒトコトヌシ】 Hitokotonushi 一言主神
名前の意味は祈願者のために吉凶を判断する時、一言で神意を伝える神を表しているといいます。葛城山に棲む、出雲系の神で、雄略天皇がこの山に登った時、天皇の行列とそっくりのいでたちで現れました。しかも、天皇方のやる事なす事、その通りに真似たのです。ちょっと「さとり」に似ていますね。尤も、かつて葛城山にいた有力な巫師の集団が、大和朝廷と張り合った事を説話にしたのではないかとも言われています。
ヒトコトヌシは後に役行者に呪縛され、召し使われる存在に堕しますが、これを不服として朝廷に讒言したりもしています。それがもとで役行者は伊豆に流されるのですが、鉢に乗って葛城山との間を往来したといいますから、流刑にはあまり意味がなかったようです。ヒトコトヌシもきっと讒言し損だったでしょう。
【ヒノカグツチ】 Hi-no-kagutsuchi 火之加具土神
火産霊神(ホムスビノカミ)とも言います。昔は火をおこすのは大変な作業でしたから、火は非常に大切にされたのです。勿論、火事などを起こす怖いものでもありました。従って竈に起こす火の神でもあり、鎮火の神でもあったのです。 〔参照〕 カグツチ
【フツヌシ】 Futsunushi 経津主神
カグツチが斬られた時に十拳剣から滴った血から五百箇磐石(いおついわむら)が出来、ここから生まれたといいます。別の一説に、迸った血が磐にしみつき、そこから磐裂(イワサク)、根裂(ネサク)の二柱または磐筒男(イワヅツノオ)、磐筒女(イワヅツノメ)の二柱の神が生まれ、その子がフツヌシであるといいます。更に、タケミカヅチが天から投げ落とした霊剣の化身でもあります。
フツという言葉は、剣で物を断つ音の形容であるともいいますし、あるいはまた、招魂を意味するタマフルと同系統の言葉だともいいます。霊剣と書きましたが、まさしく、神霊の籠もった剣という事なのでしょう。
なお、タケミカヅチと本来は同一の神であったという話もあります。
【ヤソマガツヒ】 Yasomagatsuhi 八十禍津日神
たくさんの禍々しい霊というような意味で、オオマガツヒ同様、イザナギが黄泉の穢れを洗い流した時に生まれた神です。
【ヤタガラス】 Yatagarasu 八咫烏
神武天皇の東征の際、アマテラスから遣わされた神鳥。アマテラスの憑代である八咫鏡が、同じ八咫の字を冠しているところは注目すべきでしょう。宇陀の土豪兄磯城(エシキ)、弟磯城(オトシキ)に帰順を奨める使者となりました。烏が山の神の使いとなる例は熊野にもある事、ヤタガラスが最初に現れたのが熊野山中である事から、土着の神鳥が神武東征に結びつけられたのだろうとも言われています。
アマテラス、すなわち太陽なわけですけれども、烏と太陽の結びつきは中国や朝鮮半島にもありますね。中国の金烏(キンウ)、新羅の延烏(ヨノオ)などがそうです。金烏は太陽の中に住む三本足の烏で、延烏は海を越えて日本に渡った太陽の精又は太陽の精の夫です。この点を考えますと、太陽の精としてのヤタガラスは天孫とともに大陸から渡来したという可能性もあるかもしれませんね。
【ヤマタノオロチ】 Yamatanoorochi 八俣大蛇
高志(コシ)に棲んでいたという大蛇です。頭と尾がそれぞれ八つづつあり、体には苔や檜や杉が生え、腹からは常に血が滴り、爛れているという恐ろしい姿です。でも、頭も尾も八つの蛇って、あまり蛇らしくないような気がするんですが……どうやって蛇だと認めたのでしょう(^^;
足名椎(アシナヅチ)、手名椎(テナヅチ)というオオヤマツミの子供でもある老夫婦(って事は近親相姦ですねぇ)のもとにいた八人の乙女を上から順繰りに次々と喰ってしまいました。最後に残ったのがクシナダヒメで、これがいまにも生贄にされようという時、スサノオが現れるのです。乙女も八人いたという事は、頭の数にあわせているように思えますが、もしかすると「八」は単に「たくさん」という事だったかもしれません。
原初、田の神に乙女を捧げた儀礼に関連すると言われます。田の神もしばしば蛇として表されますし、クシナダヒメの名前は稲田姫とも書かれますから。また、スサノオに殺された後、その尾から草薙剣(クサナギ)が発見されている事や、足名椎・手名椎が住んでいたのが、砂鉄の多い肥の河(斐伊川)の上流であった事などから、ヤマタノオロチを鍛冶の民と結びつける説もあります。
【ヨモツイクサ】 Yomotsuikusa 黄泉軍
ヨモツシコメが失敗したので、追っ手としてイザナミが放った第二陣。この世とあの世の境目である、黄泉平坂(よもつひらさか)でイザナギに追いつきそうになったのですが、三個の桃の実を投げられて追い返されてしまいます。たった三個で? と不思議になりますが、そこは桃の実ですから。古くから霊力のある実とされていたのでしょう。中国でも仙果だとされていて、西王母が持つ蟠桃園の仙桃などが有名です。
【ヨモツシコメ】 Yomotsushikome 黄泉醜女
イザナギが死んだイザナミを黄泉の国に訪れ、戒めも聞かずにイザナミの体を見てしまったため、怒れるイザナミがイザナギの後を追わせた鬼女。後ろに投げられた黒御鬘(クロミヅラ)が葡萄に変化し、また、投げられた櫛が筍になったので、これらを食べているうちにイザナギを逃がしてしまったとか。食い意地がはっているのか、飢えていたのか、あるいは知能が低かったのかも。