ロシア帝国
皇帝:ニコライ2世
首相:ゴレムキン
極東総督:アレクセイエフ
満州及び山東半島東北部・威海衛を領有。
ニコライ2世と皇帝一家
不凍港を求めて極東での南下政策を取っている。『パリ列国会議』の列強諸国との清国内での勢力圏分割の密約に従って1898年に山東半島の威海衛を租借、不凍港を獲得する。1902年には北清事変(義和団事件)を契機に遼河以東の満州を占領、勢力範囲を広げる。威海衛が主要軍港としては飛び地のために不便があり、適当な港湾を求めて朝鮮半島への進出を図る。
大韓帝国に対しては閔妃ら旧守派と結び様々な利権を獲得していたが。1906年の民族主義的な維新政府の成立によって、特殊権益の多くを接収されてしまう。様々な圧力を掛けるが維新政府は強硬なために手こずり、このため、亡命してきた旧守派を利用して満州の琿春に亡命政権をつくらせ、維新政府と対抗させようとする。
明石機関の暗躍により1905年に「血の日曜日事件」、軍艦「ポチョムキン」反乱事件等の革命騒ぎが頻発して国内が不安定になり始めており、国内の鎮静化のために1906年には国会を開設し、また内相ストルイピンが内政改革を行っているが、依然として不穏な情勢は続いている。また国際情勢を刺激したくないので本来は武力行使は望んでいなかった。
維新政府が意外に強固なために、旧守派を通じた反乱工作やその他の圧力も功を奏さず、遂に皇帝ニコライ2世が頭にきて、周囲の慎重論を押し切り武力解決を命令。総司令官のクロパトキンとしては弱体な大韓軍を撃破して速戦即決で終わらせたかったが、予想に反して日本連邦が参戦してしまう。
総人口:約1億2000万人
総兵力:約200万人