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■685年(天武天皇14年:飛鳥時代)(日本書紀)
■1108年(嘉承3年,天仁元年:平安時代) 大量の噴出物を伴う大噴火。
上野国一帯に噴出物が降り積もり、田畑に壊滅的な打撃をもたらしました。「中右記」に記録されています。復興のために開発した田畑を豪族が私領化し、さらに荘園へと発展しました。この噴火は上野国の荘園化を促すきっかけとなりました。また、長野県側にも火砕流(追分火砕流)が駆け下り、湯川、小諸市石峠付近まで達しました。
■1783年(天明3年)8月5日 大噴火。
溶岩流(鬼押し出し溶岩流)と火砕流が発生、群馬県側に流下。長野原町や嬬恋村鎌原地域など吾妻川流域を中心に1,500人の死者を出した(浅間焼泥押)。江戸時代の天明年間には東北地方で約10万人の死者を出した天明の大飢饉が起きました。同じ天明年間に浅間山が天明の大噴火を起こしていることから浅間山の影響で飢饉が起こったと長い間されてきましたが、天明の大飢饉が浅間山の天明の大噴火の前に起こっていることがわかり、この大飢饉の前にアイスランドでラカギガルの大噴火で大量のエアロゾルが放出されており、気象的条件からもラカギガルの影響が強いと見られています。ラカギガルのエアロゾルはフランスでも不作を招き、やがてフランス革命の遠因の一つになったといいます。
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