009【24】
初夏というには暑い日が続いていた。
殆どの者が日本の夏に免疫が無い為、湿気ばかりの蒸し暑さにうなだれるばかりだ。
その日も雨上がりの高気圧で南風が強く吹いており、非常に蒸し暑かった。
「駄目だ」
一言呟いてジェットはソファーから勢いよく腰を上げた。
「シャワー浴びてくる」
言うが早いかリビングから消えた背に皆も同じ気持ちなのか異を唱える者はいなかった。
静かに本をひろげていたハインリヒも然りである。実際サイボーグである彼等にさえこの暑さは少々辛かった。湿気さえ無ければまだマシなのだろうが。日はまだ陰りさえ見せず燦燦と照りつけている。
今現在リビングにいるのはグレート、ジョー、フランソワーズそしてハインリヒの四人であとの者は自室でなにやらしているらしい。もちろんクーラーをつけて。
ジョーは日本育ちらしく平気な顔をしているし、フランは三時が近いのでお茶の用意に余念が無いらしい。グレートは珍しくソファーで転寝をしているらしく暑さにも気付かない。
ハインリヒはと言えば。良く言えばエコロジスト、悪く言えば吝嗇家。このぐらいでクーラーをつけるのは我慢ならないらしい。
「今日は冷たいものにしましょうね」
言ってフランがソファーを立つと淡いグリーンのスカートが翻った。
「ハインリヒは暑くないのかい?」
ジョーの言葉に本から僅かに顔を上げると苦笑とともに呟いた。
「暑いさ」
にべも無い返答にジョーも苦笑を返すと再びハインリヒが口を開いた。
「でも我慢出来ない程じゃない」
「うん、僕はね。慣れてるし」
でも君は、と視線で問いかけるジョーに今度こそだんまりを決め込むと再び本に目をおとした。
窓を開けても熱風ばかりが吹き込んでくるリビングで沈黙が通り過ぎた頃、廊下に通じるドアとキッチンに通じるドアが同時に開いた。
「あーさっぱりした〜」
「アイスミントティーにしてみたの」
言葉を発した者同士が一瞬目を見合わせて動きを止める。そしてなんでもないように互いが動き出すのを目の端に留めながらハインリヒもようやく本を置いた。
「コーク無いのか」
「あんなのばっかり飲んじゃ駄目よ」
姉弟ともつかぬ会話にジョーが笑い声をたてるとジェットはなんだよとばかりに軽く睨んでいる。
フランの提言も聞かずジェットは冷蔵庫からペットボトルを出して思い切り飲んでいるようだ。
「はい」
差し出された透明なグラスを礼を言って受け取るとすでに汗をかいており指を濡らした。甘さの無い液体は喉に清涼感をもたらし知らず息をついた。
そんな姿をキッチンで見ていたジェットは首にかけたタオルで髪を拭きながらため息をつく。そして背後から近づいて背中越しにグラスを取り上げた。仰のいて見上げてくる視線に微かに笑って指で示してやる。
「アンタもシャワー浴びてくれば?」
示した先はバスルーム。突然の言葉に片眉を上げるのに尚も笑って言ってやる。
「さっぱりしてからの方が読書もすすむと思うんですけど」
手にしたハインリヒのグラスを傾けながら
「これは俺が飲んどいてやるからいってらっしゃい」
有無を言わせず席を立たせる。背中を押してリビングから追い出すとドアをバタンと閉じてしまう。
そして、苦笑い。
「ジェットったら・・・」
一部始終を見ていたフランソワーズも口許に苦笑をひいていた。強引にでも連れ出さなければ限界まで我慢してしまうだろう事に二人はとうに気付いていたので。それでもこの役目はジェットのものなのだ。他の誰が言っても苦笑とともにかわされてしまうだろう。
残ったグラスの中身を飲み干してジェットはごちそうさんと言うと二階へと向かった。
ハインリヒがシャワーを浴びて自室に戻ると既に先客がいた。
予想してなかったと言ったら嘘になってしまうが、本当にいるとも正直思ってなかった。
「・・・ジェット」
ベッドに寝転がる無遠慮な姿に顔を覆えば、遠慮のえの字もないような声音で語りかけてくる。
「おかえり〜、窓開けて換気しておいたぜ」
既に乾きかけの赤い髪をシーツに散らしてジェットは何故か楽しそうだ。
「寝るなら自分の部屋へ行け。邪魔だ」
「ま、そんなこと言わないでさ」
大きく開け放った窓からは幾分冷たくなった風が入り込んでくる。なんだか追い出すのも面倒くさくなって傍らに腰をおろすと手ぐしで髪をかき上げた。きちんと拭いてきた髪は雫こそ垂れないが前髪が落ちてきて煩わしい。ベッドについていたもう片方の手をジェットが掴んで引っ張ってくる。
顔だけ振り返ってハインリヒが促すとジェットはにっこりと笑って言った。
「一緒に寝よう?」
無邪気にも見える表情でそう言うと思い切りハインリヒの手を引いた。
「・・・っ、おいっ」
被さるようにジェットの上に倒れこんで声を荒げる。
「眠るだけだって」
微かに赤面しているハインリヒに小さな声で囁くと頭にゲンコツが降ってきた。それにも笑ってジェットは傍らの身体を緩く抱きこんだ。
「あー、幸せかもー」
笑みに紛れた台詞にハインリヒの顔が更に赤くなった。
見ているのはジェットの肩越しにあるシーツだけだったが。
吹き込む風は南風。窓際のカーテンが大きく弧を描いて風を抱き込んだ。
そんな昼下がりの出来事。
今日は非常に暑かった・・・。汗だくで家に帰りそのまま風呂場に直行。クーラーをつけた部屋でごろり。シアワセ〜(笑)ってな感じで身近なシアワセを狙ってみました。(ただ単に二人で昼寝が書きたかっただけ・・・
03/06/21 up