琉球ガラス
−沖縄という場所へのあこがれ−

 沖縄へ向かう最終便が那覇空港に到着したのは夜の9時をすぎていた沖縄へ向かう最終便が那覇空港に到着したのは夜の9時をすぎていた。
 タクシーで国際通に面したホテルにチェックインし、部屋に荷物を置くとそのままフロントでもらった1ドリンク券を2枚持ってビールでも飲もうとひとりでバーに入った。
 ホテルといってもビジネスホテルに毛が生えたぐらいの小さなものであるから最上階の見晴らしのいい高級なバーとは違って、きれいでシックな雰囲気はあるが、豪華とは言い難いものであった。長いカウンターといくつかの丸いテーブルが並ぶ店内は、おきまりのように少し照明を落とし、夜のくつろぎの場を演出していた。
 こういうところに一人では行き慣れない僕は、ちょっとどぎまぎしながらも慣れているかのような物腰を自分ではしているつもりで案内されたカウンターのほぼ中央の席に腰掛けた。
 「何にされますか。」とカウンターの向こうから注文を聞いてきたのは、白いシャツが照明に映えて健康そうな笑顔の沖縄の人にしては少し控えめな顔立ちであるが女性が一番美しいであろう年頃の輝きを見せる人であった。
 「ビールを下さい。」と何の意味もないのにちょっと眉間にしわなど寄せながら答えた僕は、灰皿をお願いして煙草に火をつけた。
 亜熱帯特有の甘い熱が、クーラーを効かせた店の中にもどこからか忍び込んでいるようでグラスについた水滴をゆるやかな暖かい色に染めているように感じた。
 つまみに出されたナッツを食べながら飲むアメリカっぽい味付けをされたオリオンビールは、本州でそれを飲むのとは、全く違ったもので気候と食の絶妙の取り合わせに感嘆しながら洗ったグラスを拭く彼女の視線を追っていた。
 「おかわりは。」とグラスの乾されていることに気がついて聞いてきた彼女。
 長居をするつもりで来たのではないが、もう一枚券があるのでせっかくだから泡盛を飲もうと、
 「泡盛ありますか。」
 「どういうものがいいですか。」
 泡盛のブランド名や味についての知識があるはずもなく
 「何でもいいです、君のお薦めのもので。」
 後で思ったのであるが、何でもいいですとは、全く失礼な話であり、同じことを言うにしても言葉を選ぶべきである。そういう微妙なニュアンスというものが僕には備わっていない。
 「水割りにしますか。」
 「いや、ロックで。」と大して強くもないのに水割りよりロックが好きな僕はお願いした。
 「ではこれを。」と勧めてくれたグラスが美しかった。
 店に来る琉球ガラスの作家がつくったものであるとのことであったが、ちょうどロックでウイスキーを飲むようなグラスの大きさで厚手のガラスがやわらかな岩肌のように起伏を持ち、口の部分のクリアな透明から底に向かって青とは言い難い深い色にグラデーションをつけ、その中に注がれた泡盛と淡い照明の光が相まって僕には、それが沖縄の風景そのもののように見えた。
 「きれいなグラスですね。」という僕に
 「私も大好きです。泡盛は、やっぱり琉球ガラスで飲むのがおいしいです。」と答える。
 「君も泡盛を飲むの。」
 「泡盛も飲みますが、私はどちらかというと酎ハイやビールの方が好きです。」
 「それじゃ本州と同じやね。」
 「今日もこれが終わったら友達と飲みに行くんです。」
 沖縄では、朝まで飲むことが結構日常的にあるらしい。他のことでも思うことであるが、いい意味でとらわれるものがないのが沖縄である。
 「これは八重山で作っている泡盛なんですよ。」と今度は少し小さめのグラスに入れたものを勧めてくれた。
 頼んだわけではないが嫌いではないし、彼女との会話に楽しさを感じていた僕は、わからないながらも幾種類か出された島々の酒をを飲みながら観光地の紹介や沖縄人気質についての話をし、これはすっきりしているとか、これは甘いとかいいながらすっかり酔っていたのである。
 この酔いが、泡盛のせいなのか、沖縄の甘い暑さのせいなのか、琉球ガラスの儚く美しい輝きのせいなのか、それとも彼女の笑顔によるものなのかはわからなかったが、店の電話が鳴ったのは、12時半頃のことである。
 「お部屋からお電話ですよ。」と他の店員に促され受話器を取るとそこには僕の愛する日常があった。
 「いいご旅行を、また来てくださいね。」という彼女の言葉に
 「必ず来ますね。」と答えた僕。
 こういう場合、その時は本当に必ず来ようと思っているのであるが、あれからもう5年になるだろうか。
 沖縄を訪れる機会には恵まれていない。 もうきっと彼女は、幸せに結婚でもしているのであろうか。
 その旅行中、沖縄物産店がある度にあの琉球ガラスと同じものを探して時間をかけたのであるが、そのような店にあるはずもなく、形と色がちょっと似たものを自分だけの記念品として持ち帰った。

 家で時にこの青くひかるグラスで安い焼酎を飲み、その後で洗い物をしている妻に「これもっと丁寧に洗ってよ。」というと怪訝な顔をして「はい、はい。」と答えてくれる僕の愛する日常である。

 旅先のバーという小さな冒険も帰る場所があるからドキドキできるのであろうし、帰還してから楽しく思い出すことができるのであろう。
妻も僕の知らないところで小さな冒険をしているのかな。
それもいいでしょう。長い長い時間の中であの琉球ガラスのように起伏とグラデーションを楽しみながらほろ酔いの人生を送るのも。