
毎年夏休みに開催される成田チャンプは、高体連新人戦の前哨戦です。成田市教育委員会の主催により、「成田市近隣高等学校バレーボール大会(夏季大会)」として実施しています。
主管は高体連バレーボール専門部第4・第5・第6地区ですが、たくさんのチームを招待しています。千葉県内の高校親善大会としては最大規模?となっています。
また、モルテンなど協賛各社の応援で、回を重ねるごとに成長しています。成田市体育館をメイン会場として、市内全ての高校(成田高校・成田西陵高校・成田国際高校・成田北高校)が会場となる大会です。
かつてこの大会を経験した高校生が、関東大学リーグや全日本インカレ、実業団のV1リーグやV2リーグでも活躍しています。また教員になり指導者となってこの大会に戻ってきた監督もたくさんいます。

そもそもの始まりは、忘年会での斉藤先生(千葉敬愛)の一言でした。
「子どもたちは頑張っているのに、報いられないんだよなー。関東大会に出場しても、千葉県では賞状さえもらえない。県でベスト4にならなきゃだめだってのはむごすぎるよな。」
「それなら、自分たちで大会を作って賞状をあげられるようにしましょうよ。」
一緒に飲んでいた先生達から、そんな声があがったのです。
しかし、話しはそんなに簡単ではありませんでした。第7ブロック主任の秋葉先生(当時佐原高校)と第8ブロック主任池畑(当時八千代東高校)で話し合い、その翌年に合同練習会として始まったのです。すぐには正式な大会にはできなかったのです。
| 年度 | 男子優勝 | 女子優勝 |
| 1989年第7・8合同練習会 | 成田高等学校 | 八千代松陰高等学校 |
| 1990年第7・8合同練習会 | 成田高等学校 | 千葉敬愛高等学校 |
正式な大会にするため、成田市の教育委員会を動かしてくれたのは、成田市バレーボール協会の理事長だった田中先生(成田高校)でした。2年間の実績が認められ、成田市の行事として晴れて大会となることが決まったのです
大会の準備会に集まったメンバーが、まず悩んだのは大会名称でした。「成田にふさわしい国際的な名称にしよう」という田谷先生(当時成田西高校)の無責任な一言に、稲葉先生(成田高校)が「これからの時代、大会名にも横文字(英語)が入らなければ」と、それに賛成したからです。二人の長老の言葉は重かった。みんな沈黙してしまいました。ところが、ちょうどその時にスポーツ新聞を広げ、ウィンブルドンのテニス大会の記事を読んでいた久門先生(当時成田園芸高校)が、ウィンブルドンチャンピオンシップスをもじって、「NARITA CHAMPIONSHIPSがいいんじゃない」と、これまた無責任に言いました。これが大会名となったのです。

第10回大会以降、出場枠を24チームから36チームに拡大しました。第6ブロック主任であった外口先生(当時匝瑳高校)にお願いし、銚子海匝地区も主管の立場でCHAMPに参加していただくことになりました。
成田CHAMPは、第4・5・6地区が主管する大会ではありますが、他の地区からの参加も多く、毎年多数の問い合わせを頂いています。CHAMPの事務局は熱心に指導されている先生方の期待に、可能な限り応えようと考えています。しかし参加できるチーム数には限りがあるため、主管ブロック以外のチームについては、前年の参加チームを優先させていただいております。参加希望あるいは、ご質問等があれば「左のボタン」からメールを送って下さい。多方面にご迷惑をおかけしていますがお許しください。