救急車で運ばれた事件

今振り返ると私は死にたくないから、あのような行動にでたと思います。7月14日の日記です。

掲示板に書いたあとに天神にバスで行きました。掲示板に書いた文章を最初に載せます。以下は掲示板文章

一応サイト運営してるから私がWM(ウェブマスター)、管理人と言うことに なります。管理人と言う言葉は私には似合わない。だって皆と一緒の病人なのだから。 うつ友更新したら会員数100人くらいになると思います。 で、会則みたいなのを作りたいのだけど、僕の頭は今死んでます。 どなたかお知恵を拝借下さいませ。メールに「うつ友会則草案」とでも して下さったらありがたいです。幽霊会員も一杯いるので100人超えたら 何かしようと思ってました。 相互リンクも必ずUPしますから心配しないで下さい。 ただ、しばらく消えるだけなので、またふらっと戻ってきます。 それでは、お薬をチョイスしたら下に行って、お風呂に入ります。そして 天神でぶっ倒れてきます。今の僕の頭の中はそれだけです。胃洗浄は怖い。 だからまず、ベンゾ系の眠剤から入って、ラボナ、ベゲタミンのレシピに したいです。おつまみにマイナーを10個単位で飲もう。 死にたくないからここでこんなこと書いてるんだよ。死にたくないから天神 に行くんだよ。死ぬならもっと効果的な方法をとる。でもやっぱり死にたくない んだ。僕が死んだら喜ぶ人はいない。悲しむ人ばかりだと思ってる。それくらい 自己中なんだけど、日ごろの行いは、少なくとも人様にうらまれるようなことは していない。 苦しい。助けて欲しい。今のこの暗雲と立ちこめる僕の脳裏からぱっと明るくな るような、そんな一言が欲しい。彼女よ、ごめんよ。馬鹿なことして。両親へ、 すまない。死にたくないからこう言うことしたんだ。 皆様へ、 私は何が何でも死にません。心配ご無用。しばらくしたら戻ってきます。 モラトリアムがなくなってきてるから、こんな馬鹿なことしか考えられない んだと思う。うつ友更新、相互リンク、我流自律訓練法、うつ友の本格的活動 のための会則作り。ナルコレプシー検査で偽ナルコになろう!(仮) 退院後の日記。(メモ帳に書いてたの) 戻ってきたら以上のことをしますね。あぁ、考えただけでも時間がかかりそうだ。 だれか手伝って欲しいよ。マジで、ピッチは持っていきます。彼女に一言いいたい し、もしかしたら誰かがかけてくるかもしれないから・・・・ それでは。石川啄木の詩集を探さないと。メモ帳も・・・・そうだ!絵を書こう。 スケッチブック買ったし、色鉛筆もある。 それでは。天神に行く前にもう1回ここに何か書くね。 バイバイ!>ALL

13:50  バスに乗る。一番後ろの席。ポカリスエット片手にそのまま、セパゾン2m10T、ルボックス200m、景気付けにリタも1個飲もう。
14:00  セルシン5m10T、レキソタン5m10T、セパゾン1m10T、ロヒプノール5T、ラボナ10T(これだけフェノバビタール)あとはベンゾ系
14:05  天神に着くのはあと20分くらいか。ベゲタミンB5T、アモバン5T、ロヒ5T、デパス(おつまみね♪)10T(多分錠剤で一番ミリ数が大きいの)

これ以降はメモってない。憶測で書きます。
おそらくバスから降りてラボナとベゲタミンB、ハルを沢山飲んだでしょう。沢山て表現は難しい。バスで飲んだよりもっと沢山飲んだと思う。

僕はよたりながら、ビブレに入りなんかスーツを買って、シャツとネクタイもそして靴まで上から下まで全部そろえたみたい。それでも合計金額は2万円強くらい。スーツが五千円とかなり安かったのが原因だろう。夏物は夏しか着れないからね。ズボンの裾上げは8階で有料とのことだったので8階に行って料金払った。40分待ちだそうだ。

そういえば、今日まだ何も食べてないなぁ。なんて考えながらビブレをあとにし、何か食べようとさ迷うように歩いていた。ふらついていた。よたってた。大丸付近で信号待ちをしてると後ろから2人乗りのチャリンコカップルが僕にぶつかった・・・・・

僕は幸い頭をかばって倒れたので大丈夫だった。しかし、周囲の人は僕を見て「こりゃやばいぞ〜!」てなんか言ってる。そしたら誰かが「倒れてたら危険だからここに座って。」とどこかに座らされた。カップルはごめんなさい。ごめんなさいって言ってるようだ。聞こえない。

・・・・・・あれ?救急車?

僕は救急車に運ばれ「どうしたの?」と聞かれた。朦朧とする意識の中「向精神薬を大量に飲みました。大丈夫です。」と言いながら意識がなくなった。でもメモは右手にぎゅっと握ってたので、病院側もだいたいわかったみたいだった。「胃洗浄はやめてくれ。」そうつぶやいていたそうです。何も食べてないのに胃洗浄かよ。との思いもあったのかもしれない。

21:00  意識が戻る。なんだ結構はやく目覚めるやんけ。ブザーを押して看護婦を呼びおしっこしたいと言うとなんと尿瓶をもってきた。僕がはずかしいからやだと言うと看護婦が点滴をもって男子トイレまで付いてきて、僕は看護婦の見守る中おしっこしました。うぅ。恥ずかしい。とは思わなかった。まだ意識がはっきりしてない状態だったから。「なんか食べたい」と言っても、なにも出してくれない!!きー!俺は朝から何も食べてないんだ!と叫びながら寝た。
05:00  また起きた。もう大丈夫やけん、と看護婦に言い、点滴を自分で取ってさっさと家に帰りました。

僕はベゲタミンの耐性ができあがってたのかもしれない。入院中Bを8個飲んでもなんともなかったし。ラボナも去年の今ごろから飲んでるし。多分チャリンコがいなかったら、なんか食べてそのまま夜になったら家に帰ったかもしれない。もしかすると、なんか食べながら、まだ薬を大量に飲んだかもしれない。結局、チャリンコに助けられたのかもしれない。いや、そう思おう。



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