日記(1999年6月)

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6月19日(土)
朝10時過ぎにactaへ。英語教室中、でも佳乃さんはいはらへんかった。
今日は映画祭のパンフを配る。どれくらい持っていこう。
1包み100冊か。で、3包み300冊の段ボール箱があるのか。
こまごま運ぶの面倒やし、一気に300冊持っていったれ。
で、300冊入りの段ボール箱を抱えてタクシーでロイヤルオークへ。
昼過ぎまで、上げて、押して、引いて、走って、こいで、風呂入って。

昼の1時からKUN KUN LU HOに予約していたのでそっちに向かう。
段ボール箱抱えて背中には靴とか着替えを入れたリュックを背負い、傘指して向かう。
が、5メートル位歩いて気付いた。ちょっとム・ボ・ウ!本を甘く見るといけないね。
メチャクチャ重い。箱が手にくい込んで痛い。これで河原町御池まで歩けるやろか。
タクシーで行こうかとも思ったがそれにしては近いし辞めとこう。
で、歩く。取りあえず傘を指すのは無理。10メートルくらい歩く度に箱の持ち方を変える。
肩に担いだり、両手で抱えたり。雨の中、ずぶ濡れになりながら歩く歩く。
ロイヤルオークで動いてた分、疲れてる。歩いては休み、休んでは歩き。
死んだらどうしようと半分本気で思ったり。
そして、30分くらいかけてやっとKUN KUN LU HOに到着。
ヘトヘトとはまさにこのこと。生きててよかった!
KUN KUN LU HOには100冊置いてもらった。そしてパンフの広告料の請求書を渡す。
会計が別にいるとかで今日は広告料もらえへんかった。

そしてSARACCAへ行く。100冊減るとかなりラクチン。ご飯食べてパンフ50冊置いてもらう。
そのあとキリワッチに50冊、アンデパンダンに50冊、トラフィックジャムに50冊。
これで300冊まき切っった。

もう夕方4時。家に帰ってパンフの補給。今度は200冊持ってタクシーで恵文社へ。
恵文社では100冊置いてもらう。そして歩いてアースケ近くのCOSTANEROへ。
ビデオとCDを貸してあげる。そして25冊置いてもらう。サンシャインカフェにも25冊。
河原町今出川に戻って綿綿堂にも25冊。綿綿堂でTシャツ買う。
actaに寄ると匡とよし子ちゃんがcafe448の準備中。パンフを補充し、キャリーを借りる。

家に戻りキャリーに300冊積んで、リュックに25冊入れて再びタクシーで三条へ。
キャリーだとラクチン。MEDIA SHOPに100冊。TOWER RECORDSに100冊。スピンズに25冊。JET SETに25冊。ふれかんてにはもう置いてあったけど、あと残り僅かだったので補充。25冊。Violonに25冊。最後にOPAL、25冊。
これで今日の業務終了。今日1日で800冊まけました。
あと数カ所まく場所があるので明日まきます。

6月7日(月)
今日、会社を休みました。
精神的にも肉体的にもしんどかった。自分の弱さ、甘えが出てしまったような気がします。
でも正直に行きたくなかった。
この仕事がいったい僕の何になっているんだろうか。
僕をどう成長させてくれるのか。逆に僕はこの仕事によって何をなそうとしてるのか。
目的のよく分からないまま、だらだらと時間だけが過ぎていきます。

6月5日(土)
ボーナスが出て、浴衣を買いました。京都の大丸で買いました。
普段にでも着られるようにノーマルな柄にしました。非常におやじっぽいです。
ゴルチエの浴衣も売ってましたが、かなりうさん臭かったです。
帯も買いました。角帯です。売り場の人に角帯の結び方を教えてもらいました。
ちょっとややこしいけど、何とか独りで結べそう。
浴衣が16800円。角帯が20000円。腰紐が500円。
帯が結構高かったけど、冬の着物にも使えるしいいでしょう。

そして家に帰って早速着てみました。帯も何とか結べました。
嬉しくって、夜そのまま出掛けました。浴衣を着るには、まだ1ヶ月くらいは早いけど、
つい嬉しくって。下駄を履き、扇子を持って出掛けました。
道行く人に、クスクス笑われたり、「笑福亭!」って冷やかされたり。でも楽しい。
そのままVioronやOPAL、ふれかんてに行きました。
ふれかんてでは友人に「帯の位置が高くて、あほぼんみたい」と言われました。
また別の友人に帯の結び目の位置を直してもらいました
もっとかっこよく着こなせるようになりたいです。
そして、鼻緒ずれしてちょっと痛いです。

6月4日(金)
今日は全然仕事する気にならない。夕方5時半の定時で帰りたかった。
これ以上残ってもウダウダしているだけで時間と(会社にとっての)残業代の無駄である。
でも何か回りの目が気になって、何か悪いことしてるような気がしてなかなか帰れなかった。
結局6時40分頃に帰る。凄く自分に腹が立った。何でまわりを気にしているのか!
そしてそんな環境にも腹が立った。もう解き放たれたい。
会社、辞める時期かも。

6月3日(木)
6月1日から1泊2日で対馬出張であった。
対馬、あの長崎県の対馬である。対馬、朝鮮半島との間にある島である。
伊丹から福岡へANAで1時間。福岡からANK(←ANAの子会社)で40分。
百数十人乗りのわりと大きい飛行機。
よく晴れた中、上空から見る対馬は海の中に浮かぶ緑色のこぶの集団のようで、
ゴチャゴチャとしていた。山の中の空港に降りる。
タクシーで厳原(いづはら)というところへ。ここが対馬の一番大きな町らしい。
石垣づくりの建物もあって風情もある。が、目につくのは、山とパチンコ屋と居酒屋であった。

6月2日。今日は朝からしとしとと雨。昼の3時過ぎに仕事を終えて空港に向かう。
16時50分の飛行機に乗るつもりであった。搭乗手続きをするとき、掲示板を見ると
その前の13時50分発は欠航である。ちょっとヤバいかも。
福岡−対馬間は、1台の飛行機を折り返しで使っている。
で、16時50分発のための飛行機は福岡を発ったらしい。その到着を待つ。
お土産買ったりして待つ。銘菓のかす巻を買う。
かす巻っていうのは、カステラ生地であんこを包んだもの。
どこにでもありそうなお菓子だけど、結構僕好みである。
16時20分頃、福岡から飛んできた飛行機は
対馬上空を3回まわって着陸できずに福岡に帰ってしまった。で、16時50分発は欠航。
次の19時発を待つ。外はまだ雨。霧が掛かっており、山の頂きは霞んで見えない。
17時過ぎに早々欠航が決まった。
もう帰れない。近くの汚いホテルに泊まる。
何にもすることないので、近くのラーメン屋で夕食してすぐに寝る。

6月3日、まだ外は雨。今朝8時50分の飛行機で福岡に帰るつもりであった。
が、早々に欠航が決まる。とりあえず空港に向かう。次は11時25分発。
これに乗れるか。しかし、霧は昨日よりも濃い。風もなくどうやら丸1日晴れそうにない。
そこで飛行機は諦めてフェリーで帰ることにする。タクシーで20分くらいで厳原港へ。
9時10分発のフェリーに乗る。結構大きいフェリー。
昨日からずっと飛行機を待ち、同じホテルに泊まり、唯一のラーメン屋でご飯食べ、
今日も一緒に飛行機待ってた人たちもいっぱいいる。何か連帯感、感じちゃうなあ。
その中にちょっと浅野忠信をうさん臭くしたようなお兄さんがいて
彼とも昨日からずっと一緒であったが、かわいくて好きかも。
さて、フェリーの2等客室。ダラーッとカーペットの敷いてある広間。堅くってお尻痛い。
そしてクーラー効き過ぎて寒い。貸し毛布があるので借りる。50円。
ナイロンで包まれたまくらはタダ。お尻が痛いのでひく。
博多まで4時間半。日記書いたり有効に使えた。海は穏やか。
デッキに出ると四方水平線だけしか見えない。船が進んできたところだけ海が白くなっている。
つい歌なんかうたったりして。
途中、壱岐によって13時45分に博多港へ。そこからバスで博多駅へ。
14時54分のひかりで帰る。
京都に着いたのは18時32分。もう会社に行っても仕方ないのでそのまま帰る。
何か冒険した気分。楽しかった。

6月1日(火)
最近思うこと。
僕は、物でしか人を引き付けられないのではないか。
自分自身の中に何の魅力も無いのではないか、と。


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