日記(2004年10月)

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10月30日(土) 雨が降る
今日は雨が降ったり止んだり、気も晴れない。気が晴れないと言えば、イラクで人質になった日本人青年のこと。原因はどうであれ無事に日本に帰ってきて欲しい。
今日は部屋の掃除をする。先日の新潟地震では倒れてきたものの下敷きになって亡くなった人がたくさんいたようだ。僕の部屋にいて地震になれば同様のことになるであろう。少しでもものを減らして安全に暮らそう。ということで本やCDの整理をする。今後見たり聞いたりしないであろうものを選び出す。今までは未練がましく残しておいたものも思い切って捨てるようにする。約4時間も掛かった。そしてCDが十数枚、本・雑誌が50冊ほど僕の部屋から消えていった。しかし、それだけのものが減ったにも関わらず、ものが減ったように見えない。まさに焼石に水。これじゃあまだ地震でおだぶつさんだ。
雨の中を傘をさして自転車でオーク21に行く。そして泳いで帰る。まだ雨が降っている。今夜はNUDE RESTAURANTである。雨は激しくなってきた。さすがに今夜はやめようかな、と思ったがやっぱり行くことにする。
家を出て、まず腹こしらえに「ぞろんぱ」へ。焼酎を飲みつつお好み焼きを食べる。見慣れない女の子が働いていると思ったら、マスターのお嬢さんだった。月日の経つのは早いもの。そりゃ僕も老けるわ。
雨の中をレインコート着て傘さして自転車で京都駅へ。そしてJRで元町に行き、NUDE RESTAURANTの行われているZONNEへ。さすがに雨でお客さんは少ない。もう10時をまわっていた。ちょうどタイゾー氏がまわしていた。なかなかええ感じだった。そしてキタアキくんがまわして、もう終わり。ほんの少ししかおらず、申し分けないがそれでも楽しんだ。12月4日に1年振りのMANIFESTOが行われるということで、オーガナイザーのシュウヘイくんから早速前売券を購入する。今の体力ではとてもオールナイトは乗りきれないので、体調を整えておきたい。
JRの終電で京都に戻る。そしてOPALでお茶して帰途につく。

風呂に入ってビデオを見たりする。そして明け方に眠ろうとしたら、イラクで人質になっていた日本人青年とみられる遺体が発見されたとのニュース。星条旗にくるまれていたというからその青年に間違いないだろう。思わず合掌した。重苦しい気分で床に入る。もう、雨は上がっていた。

10月29日(金) 発見
昨日のことである。会社にいると僕宛てに電話が鳴った。「大阪西警察から電話です」。まわりがざわつく。僕は恐る恐る受話器を耳に当てる。何のことはない、先週紛失した社員カードが届けられたのだ。これは本当にありがたい。どうやら淀屋橋駅で拾われたらしい。社員カードには名前や会社名・電話も書いてあるので無事に届いたのだ。すぐにでも取りに行きたかったが、身分証明書と印鑑が必要とのことで昨日はあきらめた。
そして今日、自転車で外出したついでに阿波座の大阪西警察署へ。簡単な手続きで返してもらえた。よかった。
仕事後、すぐにでも祝杯をあげたいところだったが、これでまた紛失したら洒落にならないので飲まずに京都に戻る。そしてOPALで軽く飲んで帰る。

10月28日(木) Cafe OPAL 7周年
今夜はCafe OPALの7周年パーティである。毎回いろいろと趣向を凝らしているOPALのパーティだが、今年はシンプルに寄せなべ。昨年もなべだったが鴨川岸だった。今年は店の中で。ということで妙にハイテンションになることもなく、演芸会のときのように緊張することもなく、リラックスして参加できる。
今日は京都での仕事だったので早めに切り上げてなべ用の具材を買ったり、オーク21で泳いだりして9時にOPALへ。ええ感じに人が集まり、ええ感じになべが出来ている。酒を飲みつつなべをつつき、皆としゃべる。おだやかなパーティであった。7周年ということは7才も歳をとったということか。この7年を思い返すと、僕の記憶の中にはOPALに関わることがたくさんある。それだけこの店に影響を受けてきたのだ。この店に来なければノーザンもチカーノも知らなかったはずだ。えらくたくさんの「楽しいこと」を享受されてきたと思う。感謝。そしてこれからもよろしくお願いします。
途中、酔いさましと称して店を抜ける。そして柳野でシャーリーテンプルを飲んだりする。OPALに戻るとオイシンが来ていた。今回のパーティは岐阜に帰ってしまうオイシンの送別会も兼ねている。皆で旭章旗に寄せ書きをした。僕は酔いにまかせて「散れ桜花(さくらばな)」と書かせていただいた。
そんなこんなで12時半頃帰途につく。

10月26日(火) 半年ぶり
めっきり冷え込んできた。いつまでもいつまでも引きずっていた夏も消え失せ、秋本番である。衣がえやら部屋の模様がえは済ませた。会社に着ていくスーツも夏物から秋冬物に換える。半年振りに着たスーツ。ウエストがきつくきつくなっている。まるでコルセットのよう。それだけこの半年で太ったのか。おぞましい。どうにかして余分な脂肪を落として楽ちんにスーツが着られるようになりたい。

10月24日(日) ネクタイピン
昼からオーク21で筋トレ。5時頃に上がる。そしてidolaへ。本当に久しぶりだ。店のあるSACRAビルへ。3階にあったidolaの向かいのフランス料理屋が無くなっていて驚いた。
idolaにはケイコさんもおられた。ケイコさんに会うのも久しぶりだ。今日はネクタイピンを作る。毎日のようにスーツで会社に行っていると、ネクタイピンの必要性をとても感じる。(必要性を感じるものばかり増えていく。)汚れよけ、スーツ姿のアクセントなど。僕はネクタイピン用の部材を色々とそろえる。安くて、そこいらに売っているのよりずっといいネクタイピンになりそう。家に戻って専用の接着剤を使って作成するつもりだ。
そしてケイコさんとカフェ・コチでお茶した。僕とケイコさんの組み合わせがよほど珍しかったらしく、店主に「どういうご関係ですか?」と聞かれた。あれやこれやと話する。
そんなこんなで8時前に家に戻る。

10月23日(土) 紛失
今日は土曜日だけれど出勤。昨夜の酒も少し残っており、眠たい目をこすりながら出町柳の駅へと向かう。そして改札口で定期を出そうと、定期入れを開ける。触り心地がいつもと違う。何だか薄っぺらい。よく見ると社員カードが入っていない。出社時にはタイムカード代わりになるカードだ。どうやら昨夜酔っぱらってなくしてしまったらしい。えらいものをなくしてしまった。しかしなくしたのが定期や現金でなかっただけよかった。社員カードなら再発行してもらったら済むが、定期なんかだったらえらいことだった。確実に自己破産だった。

7時前に仕事を終えて梅田へ。ケイタロウと会う。そして堂山の七厘焼肉・若葉で焼肉食べる。相変わらず美味しい安い。ケイタロウは明日フランスに戻ってしまう。しゃべり溜め、という訳ではないがたくさんしゃべった。そしてモスバーガーでお茶して別れる。元気で戻って来い。

京都に戻りOPALへ。クラタニくんが来ていた。何とこの度転職するそうだ。今の仕事に見切りをつけて、まったく別分野の仕事に就くそうだ。僕のような優柔不断な奴には出来ない英断だ。是非とも次の職場でも活躍していただきたい。

10月22日(金) 前後不覚
夜8時前に仕事を終え、先輩と飲みに行く。行こうと思っていた店がつぶれていたこともあって方々をうろついた挙句、堺筋本町の「まどもあぜる」で飲む。ビールを1杯と日本酒を6杯ほど。さすがに日本酒はよく効く。酔っぱらった。
10時頃に店を出て先輩と別れる。そして本町まで歩く。歩く。歩く。しかしいつまで経っても本町に着かない。何故? 躍起になって歩く。しかし本町には着かない。それどころか、見慣れぬ景色になってきた。はたと気付いた。逆方向に向かって歩いていたのだ! 多分10分近く歩き続けていたようだ・・・。
本町に戻ってからも、閉店作業中のときのさいに寄ってトイレを借りたり、うちの会社の守衛さんに絡んだりして、帰る。

10月20日(水) 台風早退お買い物
またまた台風が来た。今度は23号。超強烈な台風らしい。たしかに昼前から風が強かった。僕の会社は4時で女子社員が退社した。店は本来は6時閉店だが、1時間繰り上げて5時まで開けている。店のレジをする者がいないので僕らが動員された。外からもの凄い雨音が聞こえてくる。台風の影響でお客さんはとても少なかった。それでも何人かは買い物に来ている。こんな天気なのに早よ帰れよ、と心の中で突っ込んだ。
5時に閉店し、僕らも5時半には退社する。しかしその頃には既に雨風も峠を越していた。せっかく早く帰れたので、僕は梅田のヨドバシカメラの中にあるスーツカンパニーへ。会社用の靴を買う。今まで雨の次の日は濡れたままの靴を履かねばならず、朝から気分が悪かった。しかし替えの靴を買ったのでその不愉快さから解放された。よかった。
8時前に家に戻る。ご飯を食べて風呂に入って12時頃に寝る。

10月17日(日) 衣がえ
今日は朝9時過ぎに家を出て、新京極の弥生座へ。マイケル・ムーアの「華氏911」を観る。遅れ馳せながらやっと観た、という感じ。映画の中では僕の知っていること知らないこと、色々なことが映し出された。正視できない映像もあった。しかし現実の映像だ。何だかとんでもない世の中に生きているのかも知れない、と改めて思った。イラクで戦死した兵士の母が放った言葉が胸に突き刺さった。「何て無知なの!」
その後アスタルテ書房にダイアリー「WOMAN2005」を納品。カフェ・コチで昼ご飯を食べる。コチに来たのは何ヶ月振りだろう。相変わらずいい雰囲気の店。フォカッチャも美味しかった。
そしてオーク21で筋トレ。週1回の筋トレでは筋力アップはあまり期待出来ないかも知れない。しかしもう辞められない。生活の一部になってしまった。

急激に寒さが増してきた。今夜慌ただしく衣がえをする。夏物を片付けて秋冬物を出す。これで99%秋冬の準備が整った。残り1%は出しっぱなしの扇風機だ。まだ風呂上がりなどに活用中だ。片付けるのはもう少し先だろう。

10月16日(土) KITTY EX.
夕刻、着物(あわせの角通し)を着て出掛ける。まず大阪・梅田の大丸で開催されている「KITTY EX.」へ。これはハローキティ誕生30年を記念した展覧会だ。キティちゃんをモチーフに様々なアーティストが作品を発表している。本当に可愛らしいキティちゃんを生かしきれていない作品が目につく。特に藤井フミヤとか藤原ヒロシとか、お前ら絶対キティちゃんに興味ないやろっ?という感じ。
そしてJRで京都に戻り、みなみ会館へ。浅野忠信監督の「トーリ」を観る。5つの短編から成る作品。けっこう楽しめた。特に後半の昭和のいる・こいるの漫才は絶品。今まで見たことなかったけれど、是非とも生で見てみたい。首藤康之のバレエもよかったけれど何といってものいる・こいるだ。その漫才をもう1度見たさにDVDまで買ってしまった。
その後OPALとプレストプニクで飲んで2時頃家に戻る。

10月15日(金) WOMAN2005
ダイアリー「WOMAN2005」が出来あがったと聞き、knodeに取りに行く。そして早速OPALに持っていって置いてもらう。今回もなかなかよい出来だ。是非とも皆さんに買っていただき使っていただきたい。
そしてOPALで日本酒を飲み、更にプレストプニクでテキーラとタンカレーを飲む。泥酔して家に戻る。

10月13日(水) 腎臓検査
今日は腎臓検査の日だ。うちの母は「多発性嚢胞腎」という病気だそうだ。母の弟、そして母の母つまり僕の祖母も同じ病気だ(った)。遺伝性の強い病気で、2人子供がいたら1人の割合で遺伝するそうだ。この病気になると腎臓に嚢胞が出来て肥大し、腎機能が低下するらしい。そしてこの病気の人の3割に脳にデキモノが出来るらしい。恐ろしい病気だ。
今日はその病気が僕にも遺伝していないかを検査するのだ。ということで今日は有休をとった。朝一番に病院へ行くつもりだったが、昨夜飲み過ぎて二日酔い。なかなか起きられず、9時前にやっと府立医大付属病院へ。こんな大きな病院にかかるのは初めてだ。何もかも珍しくて面白い。とてもシステマティックに出来ているのに、やたらと待たされる。ロビーや廊下に大量の客、もとい患者が待っている。僕も様々な手続きで待たされて、先生に看てもらったのは10時半。さらに検尿・採血に行ったり、エコーをしてもらったり、病院内を行ったり来たり。よっぽど健康じゃないと病院って辛いなあと思った。
結局、僕は病気ではなかった。よかった。これで安心して酒が飲める。そして支払いで更に待たされて、1時前に病院を出る。
今回は大丈夫だったけれど、これからは食生活にも気を配らないといけないなあ。と思いつつ、病院の向かいの新福菜館でラーメンとチャーハン食べた。
そして家に戻って身仕度して会社へ。せっかくの有休だからゆっくりしていたかったが、仕事が溜まっているので。。。
夜はオーク21で水泳し、OPALで酒飲んで帰る。

10月12日(火) 明日は検査
明日は腎臓の検査をしに行く。ということで明日は有休。検査の前日くらい大人しくしていればいいものを、休日の前日ということで浮かれてしまい「ときのさい」で飲んだくれる。途中からあんまり覚えていないが、お代を2回払おうとしたり歌をうたったりしていたそうだ。あとアウラクロスの前田くんに絡んでいたのは覚えている。
10時半の京阪急行に乗って帰る。眠りこけてしまい、出町柳で駅員さんにたたき起こされた。明日の検査、大丈夫やろか?

10月11日(月) 畦石舎篆刻展
3連休最終日。今日は体育の日である。朝の9時過ぎに家を出てみなみ会館へ。10時からの「指導物語」を見る。これは戦時中の映画で、新兵に機関車の運転の仕方を教える老機関士の話。正直なところ、大して見たくはなかった。しかし10月末でRCSの会員更新をしなければならず、それまであと1枚残った映画チケットを使わねばならなかった。その消化のために見に来たのだ。まず会員更新を済ませてから映画を見る。期待していなかったことがよかったのか、2時間近い長い映画であったが、居眠りせずに見られた。実際に機関車が走るところは迫力があってよかった。その他はどうでもいい感じ。
12時に見終わって、三条へ戻る。そして魚棚で昼ご飯食べて、みやこメッセの「畦石舎篆刻展」を観に行く。てん刻なんてOPALのケンタロウさんがやってなかったら観ることはなかったろうなあ、と思いつつ拝見。未だにどれがうまくていいやつなのか分からない。しかしケンタロウさんの作品の異質さはよく分かる。今回はそれに加えてオイシンが初出展。知り合いだということを差し引いても目を引く。明らかに幼稚だ。しかし作品として目を引くということは素晴らしいのではないか? などと考えつつみやこメッセを出る。
そしてオーク21で筋トレして6時過ぎに帰宅する。

10月10日(日) 反動
昨日さんざん遊んだ反動か、今日はおとなしく過ごす。ジムもプールで泳ぐのみ。夜は着物に着替えて出かけたものの、OPALと柳野で飲んだだけで帰途につく。
やはり歳のせいなのだろうか、せっかくの3連休でも3日とも全力で遊ぶのは辛くなってきた。3日のうち1日はのんびりしないと。今日はそんな日だった。

10月9日(土) 歌舞伎「夏祭浪花鑑」/カレーパーティ
朝から部屋の掃除をする。そしてカーテンやラグ、座布団カバーを秋冬物にとり替える。風鈴や蚊取りは片付ける。部屋は秋冬支度完了。衣替えはまだだけど。
今夜は大阪松竹座に「夏祭浪花鑑」を観に行く。フランスから帰国中のけいたろう、まだ歌舞伎を観たことがないというので連れていく。今回は串田和美演出、中村勘九郎主演で、しかもニューヨーク公演の凱旋公演。ということで普段の興行よりも凝った演出がされていた。まず劇場前では江戸時代の町人の扮装の役者が道行く人にチラシを配って客引きしている。そして劇場内のロビーでも同様の役者がいて、お客としゃべったりしている。
そして席につく。今回は3階席。4時半開演。幕が開く前から役者が出てきて客席をうろついたり客にちょっかいを出したりしている。そして幕が開くと英語のナレーション。さらにアメリカ人も登場。凝りに凝っていて面白い。しかし初めて歌舞伎を観る人はどう感じるんだろう、と横にいるけいたろうを見たら寝てた。まだ始まって10分なのに。(彼曰く、時差ボケらしい。) しかしさすがに主役の団七・勘九郎が義父義平次を殺す「泥場」はしっかりと起きて観ていた。ここは本当に迫力があり固唾を飲んで見入ってしまう。全身刺青の団七が数々の見得を切りながら殺していくのは美しい。そしてだんじりばやしが雰囲気を盛り上げる。幕切れの団七の花道の引っ込みも格好よかった。
続く第2幕はまず「九郎兵衛内」。三婦の弥十郎がよかった。この人はいつも器の大きさを感じる。他人が言ったら浮つくような台詞でも、弥十郎が言うと納得してしまう。そして続く「屋根」は派手な立ちまわりがあって楽しめる。そして場内に「ニューヨーク・ニューヨーク」が流れる中、舞台上のスクリーンにニューヨークの街中を追っ手から逃げまわる団七と・橋之助の映像が映し出される。そして最後は舞台上に移り、ニューヨーク市警にとり囲まれて幕。終わってからしばらくは拍手が鳴りやまず、スタンディングオベーション。2度3度のカーテンコール。僕も立って「中村屋!」「成駒屋!」「大和屋!」と声を掛けた。
8時半頃に終演。劇場を出るときも「ニューヨーク・ニューヨーク」で送り出される。僕はビールと日本酒を飲みながらの観劇であったので、すでにちょっといい気分。
そのまま二人で本町へ。今夜はマーメイドビルでカレーパーティがあるのでお邪魔する。牛すじ、グリーン、トマトチキンの3種のカレーを食べつつ、皆と楽しくしゃべる。ギルドギャラリーでとんぼ玉を見せてもらったり、お客さんの連れてきた犬と遊んだりする。お客さんの中にgrafの方がおられたのだが、僕が「8月のタイ」を観にいっていたことを覚えておられた。何せこれみよがしに着物きてたから。
そんなこんなでもう11時。帰途につく。充実した一日であった。

10月8日(金) けいたろう帰国
2年間パリに留学していたけいたろうが一時帰国。本当に久しぶりに会う。彼はまったく変わっていなかった。いや、2年前よりも少し飲めるようになっていたのは変わっていたかも。一緒にごはんを食べる。まずはモツ屋「フジ井」へ。美味しかったけれど、閉店間際に入ったということで、注文する度に女の店員さんににらまれた。こないだ女将さんがいい、と誉めたところなのに。前言撤回。
すぐに追い出されたので、2軒目はどこに行こうかと心斎橋筋を歩く。と、回転寿司屋が目に入ってきて2人で入る。大して美味しくはないけれど、たくさん食べられてよい。
満腹になり、酔いもまわって帰途につく。けいたろうは今月末まで日本にいるらしい。いっぱい遊びましょうね。
僕は家に戻って、OPALで焼酎を飲んで帰る。

10月7日(木) とんぼ玉
7時過ぎに仕事を終えて、ときのさいへ。おでんを食べつつ焼酎を飲む。おでん、一昨日よりも値段が下がっていたりする。大いに飲み食いする。ときのさいの入っているマーメイドビルの4階は「ギルドギャラリー」である。今は増井敏雅という方のとんぼ玉の作品展がひらかれている。以前から気になっていたのでお邪魔する。拝見すると、魅力的なとんぼ玉がたくさん並んでいてワクワクする。一見すると素朴だけれど、実は高度な技術と繊細な感覚を必要とするとんぼ玉。増井さんの作品はどれも魅力的だ。販売もしているので、ひとつ購入する。煙管入れの根付けに使いたい。とんぼ玉は展示会が終わってからいただく。楽しみである。
10時前に帰る。

10月5日(火) おでん
会社の帰りにときのさいへ。今日からおでんをはじめたとのこと。ごぼ天、ちくわ、じゃがいも、牛すじ、コンニャク、大根等。嬉しい限りである。しかも1品100円から。実にありがたい。でもついつい食べ過ぎて、えらいお代になってしまったが。とにもかくにも酒飲みにはありがたい。また寄せてもらおう。

10月4日(月) 遺伝
母から、腎臓の検査を受けに行くように言われる。突然のことでびっくりした。うちの母方の祖母は腎臓が悪くて、間接的にそれが原因で60代後半で亡くなった。そして母も、母の弟も腎臓が悪いらしい。腎臓の奇形で、うまく機能しないらしい。母の係りつけのお医者によると遺伝的なものらしい。ということは僕も腎臓が悪い可能性があるのだ。そんな不安は微塵も感じず、毎日酒を飲んで甘いものを食っている。多分、何ともないと思うが念のための検査。検査の日は水曜日か金曜日。ということは会社を休まないといけない。それはとても嬉しかったりする。検査を受けた結果として、問題がなければ万々歳だし、万一病気だったとしても、そのために食事療法をして減量できれば大満足である。
検査は来週を予定している。吉と出るか凶と出るか。

10月3日(日) 誰も知らない
朝10時に家を出る。自転車でまず向かったのはMOVIX京都。午後2時35分からの「誰も知らない」のチケットを買っておく。そしてオーク21へ。今日もみっちりと筋トレする。本当に毎週毎週しっかりとトレーニングしているのに、体重・体脂肪は増加する一方だ。食生活を正さなければどうにもならない。
2時過ぎにオークを出て、大丸へ。クリニークでヒゲ剃り用品を買う。もうすっかりHABAに移行してしまい、残るはヒゲ剃り用品だけだ。店員さんにサンプルの化粧水をもらう。もらっても使いたくないから困るのだけれど、断れなかった。
そしてMOVIX京都へ。「誰も知らない」を観る。これは実話を元にした話。とにかくひどい話で痛々しい。子役の自然な演技がドキュメンタリーのように見えて、さらに痛々しく感じる。そしてカンヌの主演男優賞をとった柳楽くん、メチャクチャよかった。あと、串田和美が出ていて嬉しかった。演出家としてしか知らなかったが、ちゃんと演技出来るんや。とにかく痛々しくて辛い映画だったが、それでも観てよかった。
5時に終わり、諸々の買い物をして7時に家に戻る。

10月2日(土) たたずまい
今日も電話当番で出勤。土曜日の割には忙しく、あっという間に時間が過ぎていく。夜の7時に仕事を終えて会社を出る。ちょっと飲みたい気分で、道頓堀のモツ料理「ふじ井」へ。ここは3度目だ。モツの煮込みとハイボールが目当て。とにかく安い。もうひとつお目当ては、女将さんだ。女将さんのたたづまいが大好きなのだ。とても上品であり、きびきびと動かれる。見ていて気持ちがいい。これでご飯物があれば毎日でも通いたいところだ。満腹に食べて2090円。
10時の京阪で帰宅。出かけようと思ったが、寝入ってしまった。

10月1日(金) タカダワタル的
今日は午後3時から京都で営業外まわり。そのまま直帰の予定。効率よくまわれるように1度家に帰って自転車に乗る。その際、余計な荷物を置き、かわりに水着や映画を観るための眼鏡を入れたリュックを背負う。
2件ほどお客さんのところをまわり、5時半頃に仕事を終える。そのままオーク21へ行って泳ぐ。まだ人が少なくて泳ぎやすかった。
そしてみなみ会館へ「タカダワタル的」を観に行く。これはフォーク歌手・高田渡の映画である。貧乏臭い気分を高めようと、途中「天下一品」で晩ご飯。ラーメンもチャーハンもまずかった。映画は8時から。そこらへんにいるときは普通のおじいさんだけれど、ステージに立つとやはり存在感がどでかくなる。僕は高田渡は不器用な人だと思っていたが、MCでの客のいじり方とか見ているととても器用に思えた。ひょうひょうとしていて、何だか李白の世界のようだった。見終わって外へ出るとマルペスに会った。久しぶりだ。元気そうでなによりだ。
その後、柳野、OPAL、プレストプニクと飲み歩いて12時頃に帰宅する。




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