以下はうちの会社の懸賞論文に出して見事「優秀賞」を獲得した文章です。
僕を含めて若手社員全員が強制的に提出させられることになったので、腹いせに適当に
書きました。昼休みの15分で。
ら、提出したほぼ全員が「優秀賞」をもらいました。賞金21000円! すごい!
15分で21000円。時給にしたら84000円!
15分で書き上げて見直しもしておりませんので、誤字・脱字・変な言い回しいっぱい
です。だって「アクディヴィスト」だもん。
「21世紀の私」
いよいよあと2ヶ月で20世紀も終わりだ。もう21世紀の足音が聞こえてくるよう
である。この節目をよい機会に自分自身を振り返り、21世紀に自分がどのようにした
いのかを考えてみた。
まず、この20世紀を振り返ってみると、今世紀は「個」の時代であったと思う。既
存のコミュニティーがどんどんと崩れ、個人が尊重されるようになってきた時代だった
と思う。私は21世紀もこの傾向は続くものと考える。今まで国などの権力によって搾
取されてきた個人の自由がさらに尊重されるようになると考える。言い換えれば「社会
のための個人」から「個人のための社会」になるということである。
そういった時代の中で個人がどのように社会と関わっていったらいいのであろうか?
そして、どのように関わることで「よい社会」をつくっていくことができるのだろうか?
(「よい社会」とは、そのコミュニティーに属する総ての個人にとってよい社会のこと
である。)
私は今後は総ての人が「アクディヴィスト」になる必要があると考える。私のいう
「アクティヴィスト」とは、ある(専門的な)事柄に対して積極的に関わることで社会
をより良い方向に変革しようとする人のことである。その「ある事柄」には、物質的な
ものと精神的なものがある。物質的なものは、たとえばより良い製品を作ることで社会
に役立つ、といったことである。そして精神的なものとしては、たとえばフェミニスト
などのジェンダーに関わることについて社会運動することで新しい「価値観」を生み出
すことが挙げられよう。
私自身、仕事にしろそれ以外のことにしろ、積極的に関わることで社会を変えていき
たいと考えている。たとえ小さなことでもいい。それが21世紀における私の存在意義
となるのだ。
(2001.1.11)