beyond the curve


beach combing




私の手元に、一本のスティック糊があります。
外国製ということをのぞけば、一見してどうという特徴もないように見える、古びた代物です。

糊

こんなものも、考えようによってはなかなか面白いものなんですよ。




「ビーチコーミング」という遊びがあることを、みなさんはご存じでしょうか。
"髪の毛を梳るように、海辺の漂着物を拾い集めるれっきとしたアウトドアレジャー"なのだそうです。
その近辺の浜辺に特有の貝殻や、変わった形の石、
そして何より、長い間どこかを漂ってそこに打ち上げられた、出自不明の「長期旅行者(ゴミ)」を拾い集め、観察するだけです。その拾い集めたものについてあれこれ想像を巡らせてみるのが、このビーチコーミングの醍醐味なのです。
私は、こんなことがレジャーとして認知されていることすら知らなかったのですが、
以前読んだ「東京ゴミ袋」(文芸春秋、瀬戸山玄著)の中で、
海岸の漂着ゴミの不思議さを書いた数章を読んでから、何となく「浜辺ゴミ」に興味を持つようになり、
そのうち自分でもなにか拾ってみたいと思うようになったのです。

さて、そんなことを思っていた最中、一年前に友人と北海道へ旅行することになりました。
釧路湿原を中心に1週間ほど滞在する予定だったのですが、そこで思わぬトラブルが発生し、
疲労困憊。翌日、そんな気を静めるために、1人で北見方面に足を延ばしてみようと電車に乗ったのです。
しかし釧路湿原から北見は予想以上に遠く、電車の本数の少なさから、
北見まで行ってはその日のうちに戻れないことがわかり、途中で引き返しました。
網走まで戻って、さてどうしようかと思った時に、
ふと、 線路沿いを走る車中から見えた紺碧の海を思い出しました。北浜海岸。
木造の山小屋のような無人駅と、
その向こうは唐突に広い砂浜が広がる、それ以外には何もない寂れた景色。
そうだ、あそこに行ってみようと思い立ち、網走から(電車は向こう1時間以上なかったので)
タクシーに乗って北浜まで戻ったのです。北浜駅のホームに入ると、
線路と浜辺を隔てるものはハマナスの群生のみ、赤さびたレールの周囲には柵ひとつなく、
歩いて簡単に浜辺に降りられるのです。駅も無人なら砂浜も無人。
8月、夏も最中だというのに、海水浴客もいません。
私はサンダルをぬいでしばらく波打ち際で遊んでみたけれど直ぐに飽きてしまい、
ここで、本題のビーチコーミングをしてみよう――砂浜に打ち上げられている貝殻なんかを拾ってみよう――と思い立った のです。

ここ一帯の浜辺には、ロシアや韓国側から流れてくる「漂着ゴミ」が多数あると聞いたことがあったので、
広く白い砂浜に点在するゴミをひとつひとつ手にとってみることにしました。
すると・・・・やはり千葉や湘南の海ではなかなかお目にかかれない物たちが目に留まります。

おびただしい数の真っ白な二枚貝の貝殻。 
韓国製ドリンク剤の空き瓶多数。
ガラス玉にタコ糸を巻き付けた漁船の浮き。(レプリカが近くのみやげ物屋で売られていた)

浮き

ロシア語のプリントされた洗剤のボトル。
同じくロシア語のかかれたよく分からないプラスチック容器、
中にはワックスのような固まりが
入っている。
ポッカ・ミルクセーキの空き缶。(関東では最近あまり見ないシロモノ。子供の頃は好きだった)
片方だけのビーチサンダル数個。
流木(ムラサキイガイの貝殻がびっしり張り付いている)
・・・・・・・

 

それらと一緒に、前述のスティック糊を拾い上げたのです。
ほとんど使った形跡のないそれは、少し色あせてはいましたが、新品同様。
名前は「ペリ・フィクス」。「ペリカン社」製。聞いたこともありません。
日本語や漢字、ハングルは一切書かれていないので、最初はロシアのものかと思ったのですが、よく読むと
"Made in W.Germany"と書いてあります。西ドイツ製!
・・・何年前に作られたものなんだろうか?一体どこから流れ着いたのか?
誰がどこでいつ落としたのか捨てたのか・・・・あれこれ想像を巡らせてみても、
当然何一つわかりません。また分かったところでなんの意味もないのです。
意味はないけれども、これを私が手に取るまでに、どれだけの偶然が働いたのかということを考えはじめてしまうと
、その果てしのなさに衝かれ、大げさに言えば「宇宙空間」について考えるときのような奇妙な気分にとらわれてきます。
それが楽しいのです。一体これが今私の部屋にあることは、いつ「決まった」のか?
その背後には過去の無数の選択肢と偶然が重なっていて、そのうちのどれか一つが欠けていてもいけないのだから・・・。

だからといって、これが「大層な出会い」としての意味をもつものであるのかと言われれば、けっしてそんなことはないでしょう。
何万分の1かの確率で起きた出会いとはいえ、その内容は「一つのゴミと、1人のゴミの遭遇」でしかないのですから。

 

私は、昔から海遊びをしに行くと、泳げないこともあって、
一心不乱に貝殻を集めまくるクセがありました。
今まで集めまわった貝はこんなコレクションになっています。

宝貝

あんまり実用性のないアクセサリーなんかも作れることはつくれるんですが、
やっぱり貝殻はそのままの形で持っているのが一番楽しいものです。 海辺で拾い上げるものたちは、役に立てるよりも、物思いに耽るために使ったほうがいいのかもしれません。

ともあれ、今後も海へ出向く機会があれば、
そこでまた浜辺に目を凝らしてみたいと思います。
ビーチコーミングは危険な側面もある遊びで、 中には手榴弾やら医療廃棄物を拾ってしまう運のいい(?)輩もいらっしゃるようですが、そんなスリルも魅力のひとつ。
私もひとつ死なない程度に珍しいものに出会ってみたいですね。

貝のネックレス