| 氏名 |
小林 "麦酒"(ビール文化研究所 所長) |
| 生まれ |
1973年8月 |
| 出身 |
静岡県 |
| 趣味 |
旅行(国内、海外問わず)、バイク及び自転車ツーリング、サッカー、
アウトドア全般、料理 |
| 愛車 |
BMW R1100GS--"Onsen spezial" |
| 愛機 |
Nikon D200,D70S,F3 |
| 作業環境 |
Hard:Power Macintosh G4 /1.4Ghz 1GB,
iBook G4 1.2GHz768MB,Macintosh Classic II
Soft:Adobe PhotoshopCS,Photoshop Lightroom,
Illustlater CS, Go Live 6.0 |
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| 日々の活動 |
毎日更新ブログ:
「ドイツビール紀行家 旅の手帖」
当サイトの補助的ブログ:
「究極の地ビールを探せ!」 |
| 経歴 |
幼年期より放浪癖があり、10代も半ば頃より旅に出ることに金と時間を費やしてきた。
大学卒業後の半年間を、東京は練馬区中村橋で外人ハウスに埋もれ、放浪の末英語教師として東京で暮らす白人や、アフリカ大陸から難民扱いでやってきた連中と生活を共にしながら我が祖国の非情な程の「白人優先主義」を知る。
赤坂にあるゲーテ・インスティテュート(ドイツ語学校)に通いつつ、高田馬場にある某都市計画コンサルタント、三軒茶屋にある世田谷郵便局でバイトをしていたのだが、東京の交通費の高さに驚愕し全行程を自転車で移動する。
学生の時より体力が付いた頃、ドイツのドルトムント大から入学許可が下り、夏が終わりに近づく頃に渡独。成田を出るものの、利用したのがシンガポール航空だったので、「海南チキンライス」を食べる為に4日程ストップオーバーし、フランクフルトに到着したのは日本を出てから約5日後。列車に乗り、着いたその日にキオスクで市内記事が中心の新聞を購入し家を探したところ、街の中心に近いSaarbruecker Strasseにシェアルームを見つける。
同居人となった4歳年上のトーマスという男は典型的なドイツ人顔の旅好きで、程良くつきあい程良く離れていたが、彼のおかげで仲間が出来たし親友と呼べるようなヤツにも出会った。
この部屋は「MACHIKADO FOTO STUDIO」と名付け、新宿で買った安いニコンの一眼レフでドイツ中を撮影しようと試みるが、基本が解っていないためロクな写真が撮れなかった。せっかく出掛けたハンザ都市ブレーメンも、露出が適正でなかったためボツ。
週末はヴェストファレンスタジアムの立ち見席でボルシア・ドルトムントのサポーターと化し、応援歌をほぼ全曲歌えるようになる、と同時に近隣の街を中心にビール醸造元を訪ね歩く日々を送る。いつしか「MACHIKADO FOTO STUDIO」は「Das Bierkultur Institut(ビール文化研究所)」と名前を変え、大学近くのEmill-Figge Strasseに移転。
ドイツ人の友人達が小旅行に出る前に立ち寄り、その土地の醸造所の住所を調べるのに利用し始める。
99年初頭の帰国と同時に「Das Bierkultur Institut」も風光明媚かつ新幹線にて首都圏にも近い地方都市に移転。同時に
「ビール文化研究所」としてサイトを構築し現在に至る。 |
| 主な出没地 |
伊豆半島、大井川及び気田川上流域、ソウル市内、シンガポール市内、沼津のタップルーム、両国ポパイ、ドイツ・ルール地方とフランケン地方。 |
| お仕事 |
請負ます
■ビールを通じてドイツを紹介します。
・雑誌のドイツ特集でのビール記事執筆
・ガイドブック等でのビール記事執筆
・地ビールメーカーの顧客会報誌等への執筆
・イベントでのスライドショーの開催
・写真の提供
・販促用ハガキの作成
・カルチャー講座等の講師
■ドイツ関係その他
・LRTに関するコメント等
・自転車道などに関するコメント等
・オートバイに関するドイツ語記事の翻訳
ご依頼は↓↓まで。
bierkulturinstitut[あっと]yahoo.co.jp
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