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び し ょ う あ ん


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更新 2009年1月6日
(開設 2000年9月)
樋 口 一 葉 『にごりえ』を読む
『われから』論
樋口一葉の「日記」――〈作家樋口一葉〉として書く――
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樋口一葉の日記から
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一葉の生きた「1月1日〜8日」  『塵中日記』
1894年
(明治27年)
1月1日
〜8日
廿七年一月一日 あさのほど少し雪ちらつく。やがてはれたり。今日のせわしさ、たとふるにものなし。終日、くにと我れと立つくすが如し。礼者なし。
二日 おなじく。西村礼に来る。久保木来る。
三日 上野房蔵来る。佐久間夫婦来る。
四日 伊三郎来る。神田にかひ出し。
五日より常の如し。
六日
七日 芝より兄君来る。むかひがはに同業出来る。
八日よりあきなひひま也。
   此ほどかくべき事なし。 
『全集 樋口一葉B 日記編』(小学館 1996年)より
【注】「礼者」は、年始の挨拶に来る客。
 一葉の生きた1月1日〜8日。
 慣れない小商人として、下谷龍泉寺町で迎えた忙しい正月。元旦から、小銭を握り締めた子どもたちがひっきりなしに訪れていたのだろうか。しかしその一方で、年始客は少ない。記載されている彼らの名前は、「一葉関連人物」にて参照されたい。尚、「西村」は西村釧之助、「久保木」は久保木長十郎のこと。「上野房蔵」は藤林房蔵だが、彼については詳細不明のため記述していないので、悪しからず。「佐久間夫婦」は、佐久間岡右衛門夫妻のことで、母方の縁戚。「伊三郎」は広瀬伊三郎で、詳細は1893(明治26)年7月23日を参照されたい。「兄君」は、次兄の虎之助。これまで何度も登場したが、「うもれ木」のモデルとも言われる彼のことはいずれまたの機会に。
 さて、正月早々小商売に追われる日を過ごしたが、7日、一葉宅の向かい側に同業の店が出来てしまった。これは、下記の資料によれば「野沢」という駄菓子屋らしい。これによって一葉の店は打撃を受け、やがて廃業を決意する一因ともなった。一葉満21歳、更なる苦難の年はこうして明けた。貧窮まって、天啓顕真術会の久佐賀義孝を訪問するのはこの約1ヶ月半後、2月23日のことである。
参考資料:『樋口一葉事典』(おうふう)、『樋口一葉全集 第三巻(上)』脚注、補注(筑摩書房)
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