起業家教育の理念とコンセプト


はじめに、そして、問題意識

◆私は民間企業で約10年勤め、2000年にベンチャービジネス論を担当するべく大学へ転職をしました。その時点から私の起業家教育に関する試行錯誤が始まっています。そもそも「ベンチャービジネス論で学生は何をどのように学ぶべきなのか?」という疑念があったからです。

◆私は、ベンチャービジネスを「アントレプレナー(起業家)による事業機会の発見を契機に、特異性を持って市場に参入し、イノベーションを通じ経済の刷新機能を果たす(知識集約型の)自立型中小企業」と考えています(注1)。このベンチャービジネスの定義は、2つの側面に分かれます。第1は、革新という意のイノベーションに通ずる「事業機会の発見」や「特異性」といった起業家自身の能力に関わる側面です。第2は、イノベーションを競争市場で実現していく組織化等の手段に関わる側面です。

◆かかる理解から、私は、「変化する状況下にあって、機会を発見し、特異性を生み出し、そしてそれを実現する仕組みを実践する能力こそ、参加者がベンチャービジネス論で学び、そして修得すべきことである」と仮説設定しました。すなわち、起業家教育がベンチャービジネス論の鍵であろうと考えているわけです。そして、起業家教育を、自分の事業を起こす人の教育ではなく、「変革を起こす人の基礎を築く教育」と思っています。よって、参加者と向き合う私にとって、「参加者が豊かな発想に基づく活動を実現できる場」を創出することがテーマとなります。このような考えから、起業家教育はベンチャービジネス論単体で終始するものではなく、それぞれが補完しあう科目の体系として組むものであると、今では考えるようになっています。

(注1)ベンチャービジネス、アントレプレナーに関する詳細は、拙稿「ベンチャービジネス」、『日本の中小企業研究(第1巻)成果と課題1990-1999』中小企業総合研究機構編、同友館、2003年を参照してみてください。

起業家教育で涵養する能力と教育の「場」のあり方

◆ では、起業家教育で学生が涵養すべき、その能力とは何か?今まで、ベンチャービジネス研究では、経営学のアプローチで急成長企業の特徴や起業家の役割の変化を分析したり、パーソナリティ分析のアプローチで起業家の個性を分析したりすることはされてきました。しかし、起業家教育で涵養すべき「起業家の能力」という点に関しては、ベンチャービジネス研究や起業家研究で結論が出ていない領域です。起業家に求められるのは、創造力、問題解決力、リスク負担力、変革推進力、プロジェクト・マネジメント力、ネットワーク構築力である等ということがよく言われますが、これは働く現場サイドから出された見解で、であるがゆえに重要です。むしろ学校での教育という観点から問うべきことは、これらの指摘に「共通する基礎的なものとは何か?」ではないでしょうか。

◆ その一方で、幅広く見渡せば幾つかの示唆に富む指摘はされてきました。私は次の5人の論者から気づきを得ました。第1は、星野敏氏(注2)の「アントレプレナーモデル(注:起業家モデル)」です(Diagram-1)。第2は、江崎玲於奈博士の「ナイト・サイエンス」という考え方です。第3は、松岡正剛氏(注3)の「編集工学」です。第4は、佐伯胖氏(注4)の「小さな世界の拡大」と「文化的実践への参加」という考え方です。第5は、金井壽宏氏(注5)の「企業者ネットワーク」や「状況からの支援」がもたらす効果です。

◆その結果、次のように考えるようになりました(参考:Diagram-2)。
 第1に、起業家を起業家たらしめているのは、「ひらめき」を人に伝える形にできる能力である。
 第2に、「ひらめき」は、よくよく考えている人に多く起きる現象であろうが、そのよくよく考える方法はメソッドとして学習の対象になる。
 第3に、起業経験あるいは事業経験の擬似体験(試行錯誤のプロセス)を持つことで、決断のタイミング、場(市場)の流れの見極め、決断と金銭の関係性などの事業運営のセンスを磨くと同時に、将来につながるビジネス人格を形成することができる。
 第4に、ひらめきを人に伝える形に変えるためには、テストマーケティングのプロセスを経る必要がある。そして、具体化するための編集力が鍵となる。
 第5に、学生と向き合う教員は、起業という手段を通じて社会に向き合う実践的な支援者であらねばならない。
 第6に、参加者がウキウキするような「場」のつくり込みの様式が重要になる。

(注2)日本新事業支援機関協議会(通称:JANBO)のシニア・インキュベーション・マネージャー。インキュベーション・マネージャーとは、ビジネス・インキュベータ(起業保育器)等で起業を支援するマネージャーと考えてください。
(注3)いわずと知れた編集工学の創始者。編集工学研究所所長。
(注4)青山学院大学教授。
(注5)神戸大学大学院教授。

起業家教育の理念

◆さて、新しい起業家教育をデザインするにあたり、問題を引きずらないため、現行の教育方法を批判的な目で見ることも大切だと思います。多くのベンチャービジネスに関連する教育は、事例を基本に置いた学習が主流となってきました。私自身、事例研究(ケーススタディ)をし、その意義については理解しているつもりですが、ある意味事例研究を反面教師としています。今までの自分自身をも批判する意味で言わせていただくなら、用いるタイミングと振り返りの方法が重要にもかかわらず、適切な用いられ方がされていなかったのではないでしょうか。そして、そこに「具体的なるもの」と「抽象的なるもの」の捉え方に誤解が潜んでいたのではないでしょうか。

◆現行の多くの事例研究中心の教育は、座学による記憶中心の学習に終始してしまいがちです。なぜなら、多くの学部学生の場合、自分の身近な経験に置き換えて考える習慣を持たず、同時に得た情報を意味ネットワークの中で解釈し発展させる術を十分に理解していないため、結果的に事例間の比較による記憶学習に頼ってしまうからです。理論学習、ビデオ学習、成功した起業家の講義をただ単に聞く場合も同様の結果を生むことは想像に難くないでしょう。これらの学習を繰り返しても、多くは「知る」にとどまり、「分かる」ということには結びつきません。

◆分かるということは、具体的に理解できるということです。具体的な学習とは、「目に見えている、あるいは知られた事実を伝えることとか、記憶するということではなく、その事実の背景のあることまで含め、意味の体系図を描き、そして読み替えや言い換え、集約や統合等をおこなって、内容をよりよく理解し、他に発展させて考えることをいう」と私は理解しています。よって事例が単に事例として存在している場合、結果としての事実かもしれないが、それは抽象的なものであり、学ぶ側は抽象的な学習になってしまいます。抽象的学習の繰り返しの轍を踏むことだけはしてはなりません。

◆これからの起業家教育をデザインするにあたって、星野敏氏のアントレプレナーモデル(Diagram-1)は示唆に富みます。見過ごされてきた(既に備わっていると前提にされてきた)能力の領域を、改めて気づかせてくれるからです。それは、人格形成期、醸成期の設定と、その時期に獲得すべき事業性人格、事業感覚です。加えて、それ以後の時期や獲得能力は、これらの前提があって初めて活かされるものであることを示してくれています。

◆そこで、私は、起業家モデルの人格形成期から創業期をカバーし、事業性人格、事業感覚、経営知識、競争力を学生が自らの手で習得できる起業家教育プログラムをデザインしたいと考えました。従来あまり対象とされなかった事業性人格、事業感覚そして競争力の涵養が中心になることは言うまでもありません。そして、能力開発の鍵は、身近な世界を異なる世界で実践する擬似体験の進化(第1レイヤー)、各種の情報を読み替え、結びつけながら気づきを得て発展させ、人に伝える形にしていくアイデア創発(第2レイヤー)、思考と活動のプロセスをデザインし、共に参加する支援者(第3レイヤー)にあると思っています。あえて、これからの起業家教育の理念を言葉にすれば、「個々人が未来をデザインし、ないものを見て、考え、形にできる能力開発の場でありたい」です(Diagram-3)。

起業家教育のコンセプト

◆理念は、私の起業家教育に対する近未来予測です。この理念を大切にし、現状を眺めてみると、既に、様々な起業家教育の取り組みがなされてきています。身近な例でいえば、(特活)起業支援ネットの起業の学校、起業市場、(特活)アントレプレナーシップ開発センターのバーチャル・カンパニー、嶋崎喜一氏(双伸株式会社)のトータル・ゲーム、清水義晴氏(えにし屋主宰、地域づくりプロデューサー)の未来デザインや集団創造化プログラム、松岡正剛氏が主宰する編集学校、商店街での起業家教育、書籍で言えば、大江健氏らの『子どもを伸ばす5つの遊び―小学生からの「起業家教育」のすすめ』をはじめ、多くの流儀流派が並存しているのが現状です。

◆ちょっと唐突ですが、書いている傍から、私は「起業家教育プロデューサー宣言」をします。人がどういおうと、自分がプロデューサーに適しているかどうかわからないけれども、起業家教育プロデューサーとして働きたい。実力は試行錯誤の後に備わるものであると信じ、宣言します。プロデューサーの最も重要な役割は、映画流にいえば、「文化コンテクストの中に作品を位置づけ、社会的文化実践という観点から作品を生み出していくこと」と理解しています。

◆起業家教育プロデューサーの役割も映画プロデューサーのそれと同じです。起業に限らず、既存の企業においても変革に向け、新しいアイデアを実行することが求められ、国の競争優位にも、企業の競争優位にもプロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションのいずれも不可欠な時代になっています。もっと言えば、現在、国際的に見て競争優位にある産業でも、未だ満たされないニーズが多い産業(これからの産業)でもイノベーションが鍵となっています。起業家教育プロデューサーは、地域レベルの産業やニーズの特徴、世界的な科学技術の動向、新しい市民運動や新しい価値観等の動向を踏まえ、場をデザインし、各種のメソッドも用意しながら参加者とともに考え、「企画」や「事業」の実践という形を通して産業社会へ新しい価値を投げかけます。

◆あくまでも、企画や事業の核となるのは参加者です。新鮮であり、異なる価値観の者がコラボレーションするからこそ、新しい発想とそれに基づく活動が生まれます。このような考えから、私は、教育のコンセプトを「オンリー・ワンの探索・編集・実行能力」とし、能力開発のプログラムを設計、開発しています。

【起業家教育のコンセプト解説】
 多くの起業支援セミナーが催されているが、アイデアを持った人に対する事業計画書の書き方等の指導が中心となっている。この種の書き方や専門知識の習得に終始することは、変革を実践できる能力を涵養する起業家教育が目指すところではない。
 起業家教育では、個人レベルと集団レベルの創造化を促し、競争力を高めることを目指す。同じ現象や情報を前にしても、人により解釈の仕方は様々なはずだ。これは素晴らしいことではないだろうか。もっともっと違いを発見する力を伸ばすことができれば、それがオリジナリティの基礎になる。しかし、オリジナリティはあくまでも出発点であり、小さな玉を大きくして雪だるまをつくる時のように、形の発展のさせ方が鍵である。この過程ではオリジナリティ間の衝突も必要だし、共同作業も欠かせないし、道具の選択も重要になる。そして、社会性を持った個人の自立があって初めて集団(クラスター)の自立もある。これがオンリー・ワンということであろう。そのためには、個人レベルと集団レベルでの検索力、編集力、実行力を、擬似体験を通して身につける必要がある。

起業家教育グランドデザインの実践への取り組み

◆「オンリー・ワンの探索・編集・実行能力」を涵養するための必要条件とは何でしょうか?Diagram-4とDiagram-5は、4年の試行錯誤を経てたどり着いた一つの雛型です。未だ、考え続けているため今後変更になることもあると思われますが、グランドデザインとして方向性は打ち出せているのではないかと考えています。

◆Diagram-4のグランドデザインは、教育の場が備えることが望ましい要件を示しています。紫色の箱は学習項目を、濃い灰色の箱は学習項目の実施に用意する道具(方法)を表しています。これら一連の道具(方法)は、教育の場を「ワークショップ」として機能させるために重要な要素になります。簡単に解説をしておきたいと思います。

 @「リーチアウト/アウトリーチ」
 学習する者が社会実践に参加し、社会実践を行う者が学習の場に参加すること

 A「未来デザイン/編集/振返り/心象イメージ図」
 情報収集、アイデア抽出、実際に行ったことの関係理解、人に伝える図表等、素材を新たな観点から読み解き、伝える形までにする技術に関するもの

 B「プレゼン/インタビュー」
 同じ言葉を使っていても異なる意見である場合が多い。相対する人々の背景情報を探り、自分の意見を示す等、協働作業に欠かせないコミュニケーションの意味を探り、伝える方法の訓練

 C「ゲーム/競争市場/相互評価」
 ゲームとは擬似体験と同義語として使用。絶えず相手がいて競い合っている場を設定し、変化し続ける環境の中でコトを起こし、目標を達成する試行錯誤のプロセス。このような試行錯誤のプロセスでは、絶対的な評価よりも、同じ場に参加する者(社会実践を行う者を含めた)の間での相互の評価が意味をなすことを学ぶ過程でもある。

◆Diagram-5は、グランドデザインを教育の場で実践する際の一連の方策を表しています。基本は、「個人の創造力を高めることから出発し、個々人の力を集団の創造力へと結びつける場の設定」です。創造力という言葉を使いましたが、私の理解では、この創造力というものは、「情報の編集と実現に向けた試行錯誤のプロセス」の関数です。一連の方策の内容には、テーマを変えながらも、関数である創造力を生み出す仕掛けが盛り込まれています。そして、参加者は、仕掛けの一種類であるメソッドそれ自体を学習するのではなく、それを使い、考え尽くし実践ことになります。

◆なお、私の考える起業家教育は、実際の事業経営者と直接相対するアントレプレナー研究から始まります。なぜならビジネスに対する事実認識がほとんどない学部の学生(概ね19歳〜22歳)を対象にしているからです。この段階での文字のみによる事例研究は、体験がないがゆえに記憶中心の学習になりがちです。社会人を対象とする大学院では、最初の段階での事例研究の意味は大きくなるでしょう。反対に、より若年者には実習から入ることが望ましいかもしれません。いずれにせよ、この起業家教育の方策は、状況に応じ組み替えていく性格のものです。状況に応じ組み替えるとは、大学以前の教育のあり方の変化に合わせた組み替えも必要であることを含んでいます。




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