天使の歌声【前編】

 


 

 

 

 

−−−朝。

 

 

 

気が付くと外はもう明るく、カーテンの隙間から入る日差しが眩しかった。

小鳥の囀る声が、もう朝であるということ告げていた。

 

むくりと起き上がり時計に目をやる。それは今しがたちょうど7時を回ったところだった。

 

 

 

「…。」

 

朝はどうも弱い。いつも起きて1時間くらい経たないと体がついてこない。結構な低血圧だ。それでなくても普段早く寝る方ではなかったから尚更だった。

だが今朝はどうしてか目覚めが良かった。清々しいとさえ思える。こんな日は珍しいと思う。

 

シャドーはベッドから降り、イスにかけてある普段ローブの下に着ているフレッシュと揃いの黒い上下を掴んだ。

テキパキと着替えを済ませ、顔を洗う為傍にあったフェイスタオルを持ち自室を後にした。

 

 

 

 

 

−−−同じ頃。

 

 

既に起きている少女−−ポカリは鏡の前で髪を解かしていた。普段そうしているように二つに結い上げようと紐に手を伸ばした、が愛用のそれはそこには無く、困ったようにドレッサーの引き出しを開けると、一つの髪留めが目に入った。

 

「ま、これでもえぇか。」

 

紐はあとで探そう。そう思い、パチンッと髪留めをした。

 

髪を整え終えたポカリは部屋の窓を開いて外を見回した。

 

「ん〜☆良い天気や〜。」

そよそよとした優しい風が今日は束ねられていない長い栗色の髪をふわりと靡かせた。

 

 

 

「久しぶりに行ってみよ。」

 

と開いた窓をそのままにしてポカリは部屋を飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

−−パシャパシャッ。キュッ。

 

 

手早く洗顔をしたシャドーはタオルを手に取ろうとした…が、

 

「…っ!?」

なんとそこに置いた筈のタオルが消えていた。シャドーが疑問を抱いた瞬間−−。

 

 

 

 

がばっ!!

 

 

 

突然背後から羽交い締めされた。

 

「うぐっ!?」

シャドーは苦しさのあまり、回された腕を振り解こうともがいた。すると背後から攻撃を仕掛けた人物はあっさりと手を引いて、それはこちらをにんまり見ながら口を開いた。

 

 

「…水も滴る良い男ってか?」

 

「師匠…朝から冗談はやめてくれ。」

 

「はっはっはっ!俺はいつでも本気だぞ。」

師匠と呼ばれた長身の男は笑いながらシャドーの肩をポンポンと叩き、先ほどシャドーが探していたタオルを手渡した。

 

シャドーはタオルを受け取り、疲れたように溜息をついた。

 

「アンタに付き合ってる程暇じゃないんだよ。」

「酷い言われ様だな。これでも俺はお前の師匠だぞ。」

 

師匠と呼ばれた男は苦笑しながら続けた。

 

「それにしても今日は早いじゃないか、何かあるのか?」

「…別に。」

洗面台に向き直ったシャドーは顔を拭きながらそっけない返事を返した。

 

 

 

「お前さ、もぅちっと愛想良く出来ないワケ?」

後ろからそんな声が聞こえたがシャドーは気にもかけず、使い終えたタオルを洗濯籠に放り投げ「…出掛けてくる。」と言い残しスタスタと洗面所を出て行った。

 

 

 

 

取り残された男は扉が開閉する音を聞きながら腕を組んだ。

 

 

 

「う〜ん…俺の育て方、なんか間違ってたかな?」

 

 

師匠と呼ばれた男−−ブラッドは頭をボリボリとかきながら自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に出たシャドーは森の方に足を進めていた。

別に何か用があるワケでもない。とりあえず今はあの男−−ブラッドとじゃれ合う気分ではなかった。

 

どうせ今日は暇なのだ。たまには気分転換に散歩というのも悪く無い。

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く進むと懐かしい場所に出た。幼い頃はよくここに来て遊んだものだ。

 

シャドーは見覚えのある大木の前に来てしゃがみ込んだ。背丈を測った後があった。

 

 

一番上のこれがフレッシュ。

真ん中のが僕。

そしてこのちびっこいのがポカリ。

 

幼い自分達の行動に懐かしさを覚えながらシャドーは大木を背もたれにして幹に越を落ち着けた。ほんのりと漂う草の香りが心地良かった。

 

思えばあの頃はフレッシュの方が身長が高かったんだな。けどいつの間にか僕の方が追い抜いて…。

 

 

シャドーはチラッと一番低い線を見やった。

 

あいつは…昔から変わらないな、今もチビだ。性格だってなんら変わっちゃいない。普通年頃の娘にもなれば多少なりとも心境の変化が訪れるものではないのだろうか。"アレ"には女の『お』の字すら感じられない。いやむしろ本当は女ではないのかも知れないが…(失礼)

 

シャドーの思考はだんだんとどうでもいい方向へ逸れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

−−−−−「…ん?」

 

何か聞こえる。

 

シャドーは耳を澄ました。

 

 

 

……………。

 

 

 

 

 

何だ…これは…歌?

 

 

 

 

 

 

いったいどこから聞こえてくるのか?

なんだろう、どこかで聞いたことがあるような…なぜだかとても懐かしい感じがする。

 

僕は立ち上がり声のする方向を探した。どうやらその歌声は森の奥の方から聞こえてきているようだ。

 

僕は可憐に咲き誇る花に吸い寄せられる蜜蜂になったかのように声のする方向を目指した。

それは歌が好きだからとかそういうことではなく、ただ純粋にその歌が気になったから。

 

 

 

 

 

 

透き通る声…。

 

 

 

 

 

いったい誰なのだろう。

 

 

 

 

 

足を進めるに連れ、だんだんとその声に近づいていくのが解る。

前方に丘のような場所が見えてきた。

そこは薄暗い森の中と違って明るかった。

更に進むとその場所に声の主らしき人影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

 

 

 

 

 

一瞬天使かと思った。

 

 

 

 

それは淡い色のシンプルなワンピースを着た少女だった。

栗色の長い髪が風にサラサラと靡いている。

そして日の光に反射している白く透き通った肌が綺麗でなまめかしかった。

 

 

 

こちらに気付く様子もなく、その少女は丘から見える景色を眺めながら空を舞う小鳥のように気持ち良さそうに歌っていた。

その姿はとても儚気で今にも消え入りそうだった。

 

 

歌い終えたのか少女は何かを求めるように空に手を伸ばした。

 

このまま飛び立ってしまうのではないか…?そんな気がした。

僕は声をかけるより先に少女の手を掴んでいた。

 

 

 

 

「!?」

 

 

少女は突然のことに驚いて振り返った。

日差しの逆光で顔がよく見えなかった。

 

 

 

 

 

 

「…シャドー?」

 

 

 

 

 

名前を呼ばれたことに驚いていた。なぜこの歌姫は自分の名を知っているのか、と。

 

やっと視界が良くなってきたようだ。

うっすらと目に入ってきたそれは空から舞い降りた天使なんかではなく、僕がよく知っている幼なじみの顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…ポ…カリ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED…