天使の歌声【後編】

 


 

 

 

 

 

 

この状況を理解するのに数秒かかった。

 

 

 

 

 

「あの…そろそろ手ぇ放してくれへんかな。」

「え?あ…ワリィ。」

 

シャドーは先ほど掴んでしまった手がそのままだということ知り、パッと手を放したのだった。

 

 

 

何やらお互いに気まずい雰囲気が流れた。

 

 

 

「…。」

「……。」

 

 

 

とりあえず何か喋らなければと思いシャドーは口を開こうとした。が、

 

「あ〜あ。見つかってもうたわ。」

ポカリは悪戯が見つかってしまった子供のようにそっぽを向いて可愛らしく口を尖らせた。

シャドーは話し掛けるタイミングを失い目を泳がせた。

 

「ここはうちの秘密の場所なんやで!それがよりにもよってシャドー…なんかに…!?」

ポカリはいつものように悪態をついてやろうとシャドーを見た。だがシャドーは後ろを向き、がっくりとしたように肩を下げ大きな溜息をついていた。

 

その態度にポカリはワナワナした。

 

「な…んやねん?失礼やな!」

 

殴り掛かってやろうかと手を構えたその時、

 

 

「おいお前。」

 

突然話かけられ手を止めた。するとシャドーか首をこちらに向けて、

 

 

「もう一度歌え。」

 

 

まるで命令でもしているかのように言い放った。

 

「へ?」

 

ポカリは思わずマヌケな声を出した。突然の要望にキョトンとしているとシャドーは呆れたように、

 

「もう一度さっきの歌を歌えと言ってるんだ。」

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

シャドーに命令されるのは釈だったが、なぜか今は歌っても良いと思えた。

 

 

ポカリはすぅ、と一呼吸おくと丘の向こうを向いた。

そして目を閉じ、また”あの歌”を歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャドーは不思議な気分だった。

 

 

 

目の前の少女から奏でられているメロディは静かにシャドーの奥底に浸透していった。

 

 

気が付くと何か温かいものが頬を伝っていた。

 

−−−「…。」

 

 

 

 

シャドーは無意識のうちに目の前にいる少女に手を伸ばしていた。

 

ビクッ。

ポカリは触れられたことに一瞬驚いて歌を止めた。

 

後ろからそっと抱きすくめられ、耳元で囁かれた言葉に背筋がゾクリとした。

 

 

 

−−続けてくれ。

 

 

 

ポカリは少し戸惑いつつも言われるままに旋律を奏でた。

 

 

シャドーから流れ落ちた涙がポカリの肩にかかった。それに気付いたのか抱き締めているシャドーの腕にポカリの小さな手が添えられた。

 

 

 

シャドーはポカリの首筋に顔を埋めた。ふんわりとした髪からはほのかに甘い香りがした。

 

 

 

 

 

柔らかな風が二人を包み込み、暖かな日差しが降り注いだ。

 

 

 

このまま時が止まってしまえばいい。

 

 

そんな風に思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

ポカリが歌い終えたのと同時に、シャドーはゆっくりと抱き締めていた腕を解いた。

 

ポカリは名残惜しそうに手を降ろした。

 

 

 

そして用が済んだかのようにシャドーは踵を返した。

その音が耳に入った時、

 

「待って!!」

思わずシャドーの服を掴んでいた。

 

 

呼び止められて振り返るとポカリがしがみついてきた。

 

瞳を潤ませながらこちらを見ているこの少女にシャドーは素直に可愛いという感情を抱いた。

 

片手でその頬に触れてみると、ポカリは目を閉じ上からその小さな手をそっと重ねてきた。

 

 

 

シャドーはそのままゆっくりとポカリを上へ向かせると、薄いピンク色の唇を見つめた。

それは触れたらどんな感触がするのだろうか。

 

 

シャドーは好奇心に促されポカリの唇に近づいていった。触れるか触れないかの距離まで到達したその時、

 

 

 

 

 

 

ガサッ。

 

「!?」

 

突然聞こえた音に驚いて反射的に身体を離した。もし誰かに見られていたら…、そう思うとシャドーは動揺を隠せなかった。

 

ポカリは目をぱちくりさせて音のした方向を見やった。

 

 

 

ガサガサと木の影から出てきたのは、

 

 

 

「ウサギ…。」

 

 

 

 

どうやら物音の正体はこのウサギらしい。

 

 

 

 

シャドーはホッとしたように胸を撫で下ろした。

それを見たポカリはクスクスと笑った。

 

「何驚いてんねん。」

「…。」

 

 

 

「ま、さっきは残念やったな。」

 

「…あ?」

 

一瞬何のことだか解らず、何がだと返そうとしたシャドーだったが、はたと冷静になり先ほどの自分の行動を思い出した。

 

 

そう、もう少しで自分はこの女に接吻かますところだったのだ。

 

 

お、恐ろしい…。

 

サーッとシャドーから血の気が引いた。

 

 

 

「まぁ可愛いうちにムラムラくるのは仕方ないんやろうけどな〜。」

 

放っておけば言いたい放題のポカリを見て、シャドーはどっぷりと自己嫌悪に陥った。

 

 

それを見たポカリは一瞬にやーっとた笑みを浮かべ、隣で悔しそうに頭を抱えるシャドーの背中に擦り寄った。

 

「…!?」

 

かあぁと赤くなったシャドーを見るなりポカリは爆笑した。

 

「あははははは☆純やな〜。」

 

その言葉にシャドーはムッとなった。そして隣で笑い転げているポカリを見やり一気に飛び掛かった。

 

 

 

「きゃっ!!」

 

見事に組み敷かれたポカリは驚いた目でシャドーを見た。

 

「なっ、何すんねん。」

 

ジタバタするポカリの足を固定し、片手でポカリの両手を頭上に押さえ付けた。

正に完全がっちり体制。

 

身動きのとれなくなったポカリは困惑した瞳でシャドーを見上げた。

シャドーは空いているもう片方の手でポカリのちょうど耳たぶから顎のラインを撫でた。

 

「ひゃっ。」

 

そして首筋、鎖骨にかけてなぞるように長い指先を滑らせた。

 

「や…やめ、」

 

ポカリは耳まで真っ赤になって抗議の声を上げた。

 

シャドーは無表情で今度は唇にスーッと触れると、もう逃げられないと思ったのかポカリはギュッと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、少し待ったが何もしてくる気配はなかった。不思議に思いおそるおそる目を開けてみると…。

シャドーがじっと見ていた。恐っ。

 

 

 

「プッ。」

 

突然シャドーが吹き出した。

 

「へ?」

 

ポカリはぽかんと口を開けた。シャドーは一通り笑い終わると、

 

「いや、お前も女だったんだなと思って…。」

 

「なっ!?」

 

 

か、からかわれた。

 

ポカリは全身が沸騰してしまったのではないかと思うくらい真っ赤になった。

 

 

 

してやったり(そうか?)

シャドーは満足そうな表情を浮かべ立ち上がった。そしてそのまま元来た道へと歩き始めた。

 

 

 

身体が自由になったポカリはむくりと起き上がり、街へと戻って行くシャドーに向かって叫んだ。

 

「この場所、他の奴に教えたらアカンで〜!!」

 

するとシャドーは振り返らず右手を顔の横に上げた。”解った”と。

 

 

 

 

 

 

シャドーが見えなくなってからポカリはまたしても草むらに寝転がった。

 

そして今し方起こっていたこと思い出してみる。

 

抱き締められたり、キスされそうになったり、押し倒されたり…。そりゃ確かにうちも思わせぶりな態度取ったかも知れんけど…。

 

ポカリは頬を染め、今頃になって少し貞操の危機を感じた。

 

 

実を言うとあんなに異性にドキドキさせられたことは初めてだった。しかもその異性が幼なじみのシャドーとは…。

 

昔はあんなにひ弱やったんに、いつの間にか一端の男になりよって…。

 

 

 

 

 

「ケダモノや。」

 

 

 

 

 

そして空を眺めながら、

 

 

 

「うちかて女や。」

 

 

 

ポカリは独り言のように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

−−−PM4:00

 

外からは子供がかくれんぼをしている声が聞こえる。

少し前まで青く澄んでいた空はもう赤く染まりつつあった。

 

 

シャドーはあれから家に帰ってずっと読書をしていた。

 

ポカリはもう家へ帰ったのだろうか?

 

僕はページをめくりながらあの女のことばかり気にしていた。

 

 

 

森の奥にいたあいつはいつもと違う服を着て違う髪形をしていた。

それだけでも大分印象が違う。

 

普段こそとんでもないが、時々誰も見たことのない姿で、あの知られていない場所で、空から舞い降りた天使のように光り輝いているのだろうか…。

 

 

 

女というのはつくづく不思議な生き物だとシャドーは思った。

 

 

あいつは普段からは想像もつかないような透き通った声で僕の知らない歌を歌っていた。

 

「あんな風に歌を歌ったりもするんだな。」

 

そういえばあの歌は何の歌だったのだろう。

聴いていると懐かしかった、とても切なくなって涙が零れた。

 

 

 

ま、いいか。

 

深く気にする程のことではない。そう思い、また本のページをめくろうとすると、扉の前にあの男が寄り掛かっていた。

シャドーはちらりとそっちを見たが、すぐ本に目を戻した。

 

「…何だ?」

 

どうせまたくだらないことだろうと思い、シャドーはテーブルにあるコーヒーを手に取った。

するとその男−−ブラッドはぎこちなく笑いながら、

 

「いや、今日は邪魔して悪かったな。」

 

「あ?」

 

シャドーはワケがわからんという風に目を細めながら脳内に疑問符を並べた。

 

また何を言っているんだコイツは…。そう思いながらシャドーは手にしたコーヒーを口に含んだ。

 

 

 

 

「いやぁほら、今日ポカリちゃんとラブラブだっただろ?」

 

ぶっ!!!

 

 

 

口に含んだコーヒーが一気に飛び散った。

 

「ぉわっ!かけるなよ?」

 

そんな避難の声を無視してシャドーは近くにあったタオルをわしっと掴んでで口元を拭きながら、

 

「なっ!?アンタいつから!?」

 

「そうだねぇ、お前がポカリちゃんの手を掴んだとこかな〜。まぁほぼ最初からだな。」

「!?」

 

「いやでも見つかった時は焦ったな。あの時変化の術が成功しなかったらと思うとヒヤヒヤもんだったよ。」

 

ブラッドの言葉にシャドーはあることに気が付いた。

 

 

 

 

「ウサギ…。」

 

「ご名答☆彡なかなか可愛かっただろ?」

 

 

 

そう、あの時のウサギはこの男だったのだ。

 

 

 

 

「て…てめぇ。」

 

シャドーは全身から怒りのオーラを放った。それを見てブラッドは慌てたように、

「いや、だから邪魔して悪かったって。」

 

「ってか見てんじゃねぇよっ!!プライバシーも何もあったもんじゃない!!」

 

「いや俺はただ師匠としてお前の行動が気になっ…。」

 

「ブッ殺す…。」

 

「待て待て待て、落ち着こうぜ、な?」

 

「問答無用。」

 

 

 

 

「うぎゃぁぁああああ!!!」

 

 

 

シャドーの最大闇魔法が炸裂した。

 

数分後そこには黒コゲになった男の姿があったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

終。