理由
いつだったかは覚えてないけど確かあたしの髪が長かったときの事…。
あいつはあたしに言った。
「えっ?」
「だからあの依頼を受けようと思うんだ。」
今日の舞台が終わってからあたしとケイは町全体が見渡せる丘へ行った。空を見るともう陽が沈み掛けていて太陽が名残惜しそうに雲間からあたし達を見ていた。
ケイの言う依頼とはプリン・ア・ラ・モード・オリマー姫の独立城記念式典での楽器演奏をすること…。
「なんで…?また。」
銀色の長い髪をなびかせながらあたしは問いかけた。
「そうだな。やっぱ力を付けたいから…かな?」
ケイは腰掛けていた岩から立ち上がった。
「そんなの別に、あの依頼じゃなくて良いじゃない。」
あたしは冷ややかな口調で言ってやった。けどケイは…、
「そうかもしれないけど、その姫の式典ならギャラリーが多い。沢山の人が俺の演奏を聞く。自分の実力を試せるまたとない機会なんだ。」
迷いのない口調だった。…確かに、彼女の式典に出て成功を納めれば、一躍有名人になれるだろう。上手く行けば宮廷音楽家だって夢ではないはず。上を
目指す奴や自分の力を試したい奴には、もってこいの依頼だと言える。…ただ最近、そこで嫌な噂を耳にする。その城に行った者達が何故か1人も帰ってこないという、…だからケイには行って欲しくなかった。
あいつだってその噂は知っていたはずなのに…。
「リスクは承知の上さ。でも俺はこのチャンスを逃したくない。だから…、」
あたしにケイを止める権利はない。なんでそんなに力を欲しがるのかは分かんないけど、それがケイの夢なら…あたしには…。あたしがここで泣きすがって行かないでって言えたらどんなに良いだろう…?でも、言葉が出てこない。そしてあたしは、気持ちに蓋をし普段通りを装い、関係ない事を口走る…。
「楽長には言ったの?」
「あぁ…一昨日話した。」
「そう…。」
二人の間を沈黙が走った。どこからともなく風が吹いた。
あたしの長い髪が宙を舞う。髪を抑えながらあたしはケイの背中を見た。
とても静かだった。聞こえるのは風によってこすれる葉の音と鳥の声、それから遠くからする町の音。…そんな中、もしケイが帰ってこなかったらとイヤな考えばかりが頭をよぎる…。
言ってしまえ。行かないでって。ここに居てって。
…とても簡単な言葉…。なのにあたしの口は動かない。喉の辺りで言葉が消えてしまう…。
「…もし、あんたがその依頼を成功させてそこの人達に気に入られたら、今日の舞台が最後の共演って事になるのね…。」
出てくるのは強がりな言葉…
「そうだな…。」
ケイは静かに笑った。
「…じゃあ、依頼、頑張って。疲れたからあたしもう戻る…」
言いたかった言葉はこれじゃない。でも、これ以上、あたしが言える言葉はなかった。
何でいつもこうなっちゃうんだろう?
言うだけ言ったあたしは、ケイに背を向けて楽室に戻ろうとしたが、足を止めて、
「…ねぇ、理由はなんなの…?なんかあるんでしょう?力を付けたいってだけじゃ、あたしは納得しない!納得出来ない!…出来ないよ…、」
肩を震わせながらあたしは尋ねた。
何で、突然あいつはそんな事を言うのだろう…?いくら考えても分からない。だから理由が知りたかった。なのに彼は何も言ってくれない。ただ黙ってあたしの方を見ていた。
「…理由すら言ってくんないの?………わかった。もぅいい…。」
今度こそ楽室に戻ろうとした時…。
後ろから大きな腕に包まれた。
「…ケイ…?」
あまりに突然だったので、動揺するあたしを包むかのよう優しく穏やかな口調で囁いた。
「だ…。初めて出会ったときからお前が好きだ…。いつか一緒になりたいと思ってる…けど今の俺じゃダメだ…だから…力を付けたい。」
そんなに想っててくれてたの?あたしの事…。
涙がこぼれた。背中から、ケイの温もりが伝わる。このまま時が止まってしまえばどんなに良いか…。
いつの間にか風は止み、葉のこすれる音や鳥の声、町の音も何も、あたしには一切聞こえない。
今聞こえるのは、ケイの声だけ…。
「一年後、必ず一流の弾き手になってお前を迎えに来る。…だから待っててくれないか?…」
耳元でそう囁いてくれた時この時ケイがどれ程あたしを想っていてくれていたのが分かった…。…あたしも言わなきゃ…。
あたしはケイの顔を見た。あたしの顔は涙でぐしゃぐしゃで、声は今にも消えてしまいそうで、ちゃんとあなたの耳に届いたのかどうか分からないけど…、
「ってる、…待ってる。…必ず待ってる。」
涙のせいで視界がぼやける
あなたは知らないよね…?あたし初めてだったんだよ?こんな強がりなあたしが人前で泣いたのは…。
するとケイは片手であたしの頬に触れ、優しく口付けをした。
風が優しく二人を包んだ。
暫くして、ケイはあたしから離れた。
「…そろそろ…戻ろうか?」
照れながら言うケイにあたしも恥ずかしくなった。
あたしは何も言わずただ、首を縦に振った。
赤く染まっていた空は次第に群青色になっていた。あたし達それを見ながら何も言わずに帰路に向かった。
次の日あなたは、あたしに黙って行ってしまった…。
もし、あの時あたしが泣きすがって行かないでって言っていたらこんな事は起きなかったのかな…?
―――ケイが居なくなって2ヶ月が経った。
その日は朝からポツポツと雨が降っていた。
そのせいか客入りが良くなかった。だから、いつもより早く幕を閉めることになった。
すると楽員の誰かが慌てた様子でこう言った。
「ケ、ケイさんが…戻ってきた!!!!!!!!」
あたしは丁度楽室から出てきてその、やりとりを耳にした。
「ケ、ケイが?嘘…何処で見たの?」
「え?あっサルビアの丘で…」
あの丘だ。前に二人で行ったあの丘…。
逢いたい。今すぐに。
居ても立っても居られなくなり二人の話もそっちのけであたしは駆け出した。
「って副楽長!!?どこに行くンすか!!!?マジ危ないですよ!」
「野暮なこと聞くなよ〜、つぅーか危ないってどーゆ事だよ?ってかどうした!!?その腕!!!」
ケイを見たと言っている青年の腕からは血が滴り落ちていた。
その頃あたしは…
教えてもらった丘に辿り着いた。さっきより雨足が強まり霧が現われた。そのせいで町全体が見渡せない。あたしは走って行ったので息が上がっていた。冷たい雨が体を打ち付けるように降る中、辺りを見回すと霧の中一人の男性が立っているのが見えた。
ダークブラウンの長い髪をした人…。
「…ケイ?」
目を細めつぶやく様にあたしはあいつの名前を呼んだ。
「…シャラ?」
振り向いてあたしの名前を呼んだ。
「イ…ケイ!!!!!!!」
嬉しさのあまりケイに抱き付いた。ほんの二ヶ月なのに会えなかった時間がとても長く感じた。
あたしは泣きながらケイの胸に顔を埋めた。
「…んだよ!?心配してたんだよ!?…バカ!」
「……ごめん。」
彼はそう言うとあたしの首に手を回した。
泣いてた顔を上げ涙を拭いながら、あたしは彼に聞いた。
「もぅ…戻ってきたって事は依頼終わったの…?」
「…いや、…まだ終わちゃっいない。」
彼は笑うようにつぶやいた。
「…?…じゃあ、」
なんで戻ってきたの?約束の日はまだたしと思いながら彼を見つめた。
「…いや、…ただ…どうしてもシャラ、お前を……殺したくて……。」
え?
ザシュッ!!
事態を把握できなかった。
…ケイ?
なん…で?
誰?
あたしの知っているケイじゃない。
なんで、あたしに刃物を向けるんだろう…?
首筋が熱い…少し首を切られたらしい。血が首筋を伝うのが分かった。バサッと地面に銀色の髪が散らばった。
「ケ…イ…?」
霧のせいで視界がぼやける。
目の前に居るのは、ダレダロウ…?
…分からない。紛れもなくケイなのに知らない人に見える。
…分からない。紛れもなくケイなのに知らない人に見える。
あたしはその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。雨が体を刺すように降る。
「…チッ…。外したか。」
と言うとまた刃物を向けようとした。その瞬間、
「くっ!」
突然彼は苦しみだしその場に、しゃがみこんだ。
「ケ、ケイ!!!!!!!!」
一体何が起きたのだろう?ただケイの苦しそうな姿を見ていたくない。あたしは叫ぶようにあいつの名前を呼んだ。
頭を押さえ苦しそうにしながらも立ち上がり彼は一言、
「だ、黙れ。必ず…殺す…!」と言ってまた刃物を向けた。
すると、他の楽員メンバーが現われた。
「チッ、」
ケイは舌打ちをすると、あたしの前から消えていった。
他の楽員達が心配する中あたしは金縛りにあったかのごとく動けなかった。
カナラズコロス
彼の言葉が胸に刺さる。
…切り落とされた後ろ髪を触ることが精一杯だった…
一体何が起きたのだろう?これは、悪い夢…?
夢ならどれほどいいだろう…?信じたくない。あれはケイじゃないと思いたい。なのに、あたしの記憶があれはケイだと囁く。こんな現実を正直に映す目が憎い、見たくない。
いっそ知らなければ良かった…。でもあれがあなたなら助けたい。でもどうやって?
あたしが惹かれた優しく澄んだ瞳をしていない。
彼の目が正気じゃないのはすぐに分かった。まるで何かに操られているかのように…。
この時フッと幼い頃に聞かされた言葉を思い出した。
『いい?草にも良い草と悪い草がいるのよ。悪い草には人を殺したり、また操ったりする怖い力があるから気を付けるのよ。』
そうだ、あの人なら…
あの人に会えば、ケイを助ける方法が見つかるかも知れない。
それからすぐにあたしは楽長に相談した。
「…ふむ、確かにあやつなら何とか出来るすべをもっているかもしれん、…じゃが、あやつはこの全世界各国を放浪しておる、探すのは難しいじゃろう。何ヶ月、いや何年かかるかも分からん。もしかしたら一生見付からぬやも知れん。」
「…それでも、あたしは…、」
あの人にあってあいつを助けたい。と告げようとした時、
「そなたは元々は捨て子じゃった。あやつが赤子だったそなたを拾い育て、幼いなりにも才能があると言ってここへ連れて来た。ワシはその時のことを今でも覚えておる。それからワシはそなたを孫娘のように可愛がってきた。あんなに小さかったそなたも今ではもう立派なカントッチョ舞踊団員の1人じゃ。」
楽長は突然何を言い出すんだろう?
あたしは楽長の意図が分からず戸惑ったが、黙って話を聞いた。
「そなたがいなくなってしまうと寂しくなってしまうのぉ。」
悲しげな楽長の言葉にあたしははっとなった。
あたし…、楽長の気持ちも考えないで、
楽長や楽員のみんなのことを思うとあたしは何も言えなくなった。
「…ワシら全員で探す、というのはどうじゃろぅ?」
「…え?」
驚いて楽長を見ると、楽長はにこっと笑った。
「ワシら全員、つまりはカントッチョ舞踊団総出であやつを探せば良い。世界各国を旅する人気舞踊団、なかなかイカしとるじゃろぅ?」
「…楽長、…じゃぁ」
「早速皆を集めなければならんのぉ、…そなたも手伝ってはくれぬか?」
あたしは思わず学長に抱き付いた。
「ありがとう。おじいちゃん。」
学長はにこやかに笑い、あたしの頭を優しく撫でてくれた。
そんなワケであたしの旅は始まった。