深みの者ども 

Deep Ones 

 

 「クトゥルフ神話」中最も有名であり、またおそらく最もしばしば小説化されているのがこの種族であろう。しかしこの名称は実は一種類の生物を示すのではなく、クトゥルフあるいはその眷族に奉仕する海中(水中)生物の総称であるようだ。その中で最も名高いのはやはりインスマスの魚人たちで、彼らは深みの者どもの中でも特異な一族を形成している。すなわち彼らはクトゥルフの臣下たるダゴンの末裔で、人間との混血の結果生まれた者たちである。
 しかし彼らはもともとインスマスにいたものではない。そのルーツは南太平洋のポナペ諸島にあった。そこの土人たちは海底に潜む半人半魚の魔神と取引をしていた(この魔神の設定は明らかにラブクラフトの傑作『ダゴン』を思わせる)。彼らは魔神に生贄を与え、その見返りとして様々な恵みを受けていたのである。そして交渉が深まるにつれ、両者の間には混血が行われるようになった。
 この忌まわしい交渉をインスマスに持ち込んだのがオーベット・マーシュであった。商船の船長だった彼は交易を通じて土人たちの秘密を知り、魔神たちとの交渉によって得られる利益に目を付けたのである。かくしてインスマスは魚人たちの新たなる拠点としてその悪名を轟かせることになるのである。
 彼らの肉体的な特徴はいわゆるインスマス面と呼ばれるもので、突出した眼球、裂けた口、禿げ上がった狭い額である(『不思議の国のアリス』に登場する、テニエル描くところの蛙と魚の召使を思い出していただければ良い)。若いうちは人間と殆ど変わらぬ姿をしており、本人も自分が魚人であることを知らない場合もある。しかし年令と共にこの特徴が顕著になり、更には単なる容貌の変化に止まらず体構造自体が水中生活に適応できるように変化する。すなわち手足に水かきが、首に鰓が生じ、皮膚には鱗が現れるのである。またこの血の発現を見た者は、外的な要因によるものを除いて不死身となる。そして最後にはその祖であるダゴンとそっくりの魚とも蛙ともつかない姿と化して海底都市イ・ハ・ンスレイへと向かい、彼らの神たるクトゥルフに永遠の忠誠を誓うのである。  一度彼らと交わった血は決して浄化されることはない。何代たとうと魚人の血はその血統を汚し続け、時が来ればその血の持主を故郷へと招くのである。この血の呪縛こそインスマス魚人の真の恐ろしさではないだろうか。

 ところで他の深みの者どもにはどのような者がいるだろうか。以下主なものを見てみる。
 まずおぞましさでは、ブロックとカットナーの共作『暗黒の接吻』に現れる人魚モレラ・ゴドルフォが白眉である。アザラシの体に蛇の首、その先には類人猿に似た頭部がついている。水死人のように飛び出し白濁した眼球、鼻は無く代わりに絡み合う青い触毛が生えている。そしてその唇、青白く血の気の無いそれはいやらしくも人間のものにそっくりなのだ。インスマス魚人と違い、モレラの種族は人間との混血は行わない。その代わり彼らは精神交換によって人間の肉体を手に入れる。そのために彼らが行う接吻の描写には妙に心騒がせられる。
 グリーンの『妖魔の爪』で子供を殺した人間に復讐を果した一眼の怪魔も印象的である。その姿は海蛇の如き円筒形で一見すると魚類に思えるが、胸鰭の代わりに六本指の手がある。その罠にかかった人々がロープにつかまったまま海中へと引き込まれて行く場面の描写にはなかなか鬼々迫るものがあると思われるがどうだろう?
 トンプスン『深淵の王者』で自らの花嫁を迎えに来たヨス・カラは人間との混血をもくろんでいたが、触手を持ち半ば不定形なその姿から察するにダゴンに連なる魚人というよりはむしろクトゥルフの眷族というべきものかもしれない。
 最後に魚人の中の変わり種を紹介してこの項を終わることにしよう。それは水蜥蜴の神ボクラクを祖先とするイブの魚人たちである。ラムレイ『大いなる帰還』に描かれる彼らは、確かに人間の世界へとその子供たちを送り込むが、それは地上の世界の征服を望んでのことではなく、子供をより良い環境で育てるためなのである。
 インスマス魚人と同様に彼らも幼少時には人間と殆ど変わらない姿をしている。そして成長するに連れて体毛の消失や水掻きの発生といった変容が起こるのである。ただし無尾両生類であるインスマス魚人とは異なり、イブの魚人たちは短い尾を持っているようである。
 温和な性質を持つ彼らはクトゥルフに仕えることを拒み、成長すると人間の社会を離れ、イギリス・ヨークシャー州(余談になるが、R・E・ハワード『コナン』シリーズで有名なキンメリアがちょうどこの位置にあったということである)の地下に存在するル=イブへと帰って行く。そしたそこで彼らを神として称える生物たちと共に暮らして行くのである。クトゥルフが甦り、世界に破滅がもたらされるその日まで。

 

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