史料のしたたり(2001年5月5日製作開始)

 ●は日本史関連。
 ★は中国史・東アジア・東南アジア関連。
 ☆は朝鮮半島史関連。
 ▼インド・パキスタン関連
 ■欧米・西アジア史関連、他。
 西暦の後ろに続く( )は日本の元号。〔 〕は中国の元号。
 〈ト〉の記号がついているものは、いわゆる『トンデモ』ネタ。あくまでトンデモ・ビリーバーの間でこのように流布しているという内容を記したもので、必ずしも事実とは限らないので注意。
 【UMA】の記号がついているものは、いわゆるUMA(未確認生物)関連。同様に【UFO】の記号がついているものは、UFO・宇宙人関連。ただし、トンデモネタと重なっている場合も多い。
 内容の後ろに続く( )はそのエピソードの出典。特に記載のないものは、基本的に新聞・TVのニュースから。
 彗星関連で名称の前につけられているP/は短周期彗星、C/は短周期ではない彗星、D/は消滅したり見失われた彗星。この記号の前につく数字はP/とD/につけられる通し番号。
 基本的に全て太陽暦で記してある。

1494年
■ドイツの諷刺詩人ゼバスチァン・ブラントの詩『阿呆の船(“Das Narrenschiff”)』作られる。内容は、あらゆる時代、あらゆる階層の代表者たる百十二種類のフール(阿呆、愚者、道化)が、一隻の船に乗ってナラゴニア(阿呆の国)に向けて出航するというもので、同時代の悪徳、なかんずくカトリック教会の腐敗を鋭く衝き、宗教改革への道を開いたとも言われている(もっとも彼自身は保守的な人物であったとされているが)。真の意味で最初のベストセラーであるとされ、汎ヨーロッパ的に流布し、その後のアレゴリー風刺文学における原型の一つとなった。同時代の画家ヒエロニムス・ボスの作品に同じ題の作品があって、やはり教会の腐敗を描いている。(ウィリアム・ウィルフォード『道化としゃく(竹冠に勿)杖』晶文社、355P)
1858年2月11日
■〈ト〉南フランス、ピレネー山脈の麓にあるルルド村の少女ベルナデッタ(当時14)が、近くのマサビエル洞窟で白い貴婦人の幻影を見る。人々はその貴婦人が聖母マリアであると噂し、直後にその洞窟で泉が発見されると、それに万病を癒す効能があると信じて数多くの巡礼者が訪れるようになった。いわゆる『ルルドの泉』である。ただし発見者のベルナデッタ自身はその幻影がマリアであるとは言っていないし、泉の奇跡についても信じてはおらず、持病の喘息治療のためには、山を越えた隣村の温泉場、コートレへ湯治に出かけていた。なお、ルルドの泉で奇跡的な治癒が起きたと認められているものは、年間五百万人の巡礼者がある中で、二年につき一例程度(医学がすすんだ近年になってからは十年に一例程度)である。(と学会『トンデモ超常現象99の真相』宝島社)
1872年(明治5年)12月5日
■〈ト〉ポルトガル沖四百八十キロあたりで、イギリス帆船マリー・セレスト(メアリー・セレスト、メリー・セレスト)号が無人のまま漂っているのが発見される。船内には荒らされた様子もなく、乗っていたとされる船長の家族三人と乗組員六人が、何故、どこに消えたかは不明。
1879年(明治12年)
●東京・九段の招魂社(戊辰戦争の戦死者を悼むため、明治2年6月29日に創建)を靖国神社と改称する。(『産経新聞』2001・8・2)
1890年(明治23年)11月11日
●東京の浅草に『凌雲閣』(通称『浅草の十二階』)開業。日本初の電動式エレベーターが設置されていた。関東大震災で倒壊するまで、浅草のランドマークとして親しまれた。
1892年(明治25年)8月4日
■アメリカ合衆国マサチューセッツ州に住むボーデン夫妻が斧で惨殺される。娘のリジー・ボーデンに容疑がかけられたが、物証が不足しており、裁判では無罪とされた。しかし周囲の疑惑は晴れず、それを歌った俗謡が人々の間で唄われるようになり、『マザーグース』の一つとなった。(コリン・ウィルソン『コリン・ウィルソンの殺人ライブラリー 3 殺人の迷宮』青弓社)
1908年(明治41年)6月30日
■【UFO】ソヴィエト連邦シベリア東部のツングースカに正体不明の物体が落下して大爆発を起こす。爆心地の周囲は大木がなぎ倒されるなど、その爆発が激しいものであったことを示していたが、現場には破片一つ残っておらず、『何が』爆発したかはついにわからなかった。そのため、宇宙船墜落説、反物質隕石説などがとなえられたが、現在では氷を核とした彗星(軌道から見て、おそらくエンケ彗星)の破片であるとする説が有力。(と学会『トンデモ超常現象99の真相』宝島社)
1909年(明治42年)
■米ミズーリ州カンザスに住む女性アーティスト、フローレンス・プリッツが、夢にインスピレーションを受け、頭のとがったモンゴロイド的な顏を持つ神像を製作。ビリケンと名付け、シカゴの美術展覧会に出品する。もともとは中国人の礼拝する偶像を模造したものとして作られたもので、福の神として日本にも輸入され、大正から昭和初期に流行した。
1919年(大正8年)
●この頃から『純映画劇運動』が独立プロで起こる。映画『生の輝き』で、初めて女優を本格的に採用(それまでは女形が女の役を演じていた)。出演したのは花柳はるみ。(『東京新聞』2001・5・1)
1920年(大正9年)
●映画『アマチュア倶楽部』で、女優葉山三千子が水着姿を披露、大評判になる。(『東京新聞』2001・5・1)
1920年(大正9年)
●この年松竹映画、発足。松竹は最初から女優のみを採用。そこから生まれた大スターが栗島すみ子。代表作の一つ『船頭小唄』(大正12年)の時の相手役岩田裕吉は女形出身で、栗島に女の色気の出し方を手取り足取り教授した。(『東京新聞』2001・5・1)
1928年(昭和3年)
●昭和天皇即位記念の大礼博覧会が京都で開催。西村真琴博士製作による、東洋初のロボット『學天則《がくてんそく》』が展示され、人気を博す。(『太陽』1981・6、ロボット大図鑑、NTV『知ってるつもり』2001・6・3)
1937年(昭和12年)
■イギリスの検閲機関が過激な表現のある映画をH指定として、十六歳以下への上映を禁止する。Hは“horror”の頭文字で、ここから『ホラー映画』という呼び名が広まる。この制度が廃止されたのは1951年。(『20世紀ホラー映画大全』(DVD))
1942年(昭和17年)7月
●食糧管理法公布。配給制始まる。
1942年(昭和17年)12月23日
●★南京に駐屯していた日本軍の高森部隊が『西遊記』のモデルとなった玄奘三蔵の墓を発見、発掘する。玄奘三蔵は664年に長安で死去し、洛陽郊外に葬られたが、11世紀に弟子達によって頭の部分だけが南京の天『しめすへんに喜』寺(読み不明)の側に葬られたもの。石棺にはその経緯が詳しく記されており副葬品もそっくり出土した。1943(昭和18)年2月13日、出土品は全て南京政府(汪精衛政権)に返還、翌1944年には南京郊外の玄武山に塔が建てられ、日中双方から重光大使や仏教界の代表者が出て、盛大な式典が行なわれた。現在では遺骨は、麓の霊谷寺に葬られているという。式典の際、発見者である日本にも分骨の申し出があり、1944(昭和19)年10月、遺骨の一部が持ち帰られ、一時は埼玉県の慈恩寺にまつられていたが、最終的に薬師寺に納められた。戦後、遺骨返還の問題も出たが、1946(昭和21)年、当時の蒋介石政権から『ご頂骨は返還しなくてもいい。広く顕彰することは、むしろ喜ばしいことである』という正式な通達があった。(『産経新聞』2001・7・26)
1945年(昭和20年)9月
●この頃、ヤミ市が出現する。植民地の喪失、帰還兵や引揚者などによる人口の激増、凶作、戦災による公的な流通機構の崩壊などにより、食糧管理法による配給制度が壊滅状態になったため。ちなみにこの頃の配給量は、一人一日二合一勺、そのうち米は四割程度の約八勺(一二〇g)で他は雑穀、芋、大豆など。しかも遅配欠配も多かった。(NTV『思いっきりテレビ・今日は何の日』2001・10・11)
1945年(昭和20年)10月11日
●戦後初の企画映画『そよ風』(松竹)封切。霧島昇、並木路子のデュエットによる主題歌『リンゴの唄』が大ヒット。レコードはコロムビアより発売。(別冊1億人の昭和史『昭和流行歌史 ’79.増補版』毎日新聞社)
1947年(昭和22年)6月24日
■〈ト〉【UFO】米国の実業家ケネス・アーノルドが、ワシントン州レーニア山近くを自家用機で飛行中、編隊を組んで飛行していた九機の飛行物体を目撃。彼の報告によれば、その物体の速度は時速約一二〇〇マイル、また形状はコーヒー茶碗の受け皿(ソーサー)のようだったと、6月26日付の『ロサンジェルス・タイムズ』は報じ、これより『フライング・ソーサー(空飛ぶ円盤)』の名称が広まった。ただし、後になって彼がCBSのインタビューに答えて語ったところによれば、彼はその物体が『コーヒー茶碗の受け皿を水切りの要領で投げたときのような飛び方』をしていたと言ったのであって、物体の形が皿状だったと言ったわけではないということである。また、その編隊も、斜め一列に並んでいただけで、ふらつきながら水平に飛行していたという。(と学会『トンデモ超常現象99の真相』宝島社)
1947年(昭和22年)10月11日
●ヤミ食料購入を拒否し、配給のみで生活していた東京地方裁判所判事・山口良忠、栄養失調で没。33歳。敗戦によって小麦や大豆のの大供給地であった満州や台湾を失い、それに加えて帰還兵や引揚者などによって人口が激増したうえ、戦禍により国の流通機構も多大なダメージを受けていたため、この時期には一人一日二合一勺、そのうち米は四割ほどの約八勺(一二〇g)で、他は芋や雑穀、しかも遅配欠配は日常茶飯事という状態であった。そのため1945(昭和20)年9月頃から、ヤミ市が立つようになった。そのような状况の中、1946(昭和21)年10月、彼は経済犯専任裁判官に任命され、単独で食管法違反者を審理することになった。食管法が悪法であることは理解していながら、公平な裁判をするため、彼はヤミ食料に一切手を出さないまま(窮状を見かねて親類縁者が贈ったものまでことわった)、一日も休むことなく激務をこなし続けた。その結果、1947(昭和22)年8月27日、栄養失調による肺結核により裁判所の階段で倒れ、9月7日に判事を休職して帰郷した。配給遵守の生活を止め、実家で静養したが、一年間の過酷な生活のため食べ物を受けつけない体になっており、この日に永眠した。そのニュースが報じられたときの反響は、同情、賞讃から疑問の声までさまざまで、中には11月8日付けの『島根新聞』のごとく『あまり潔癖過ぎて、馬鹿正直で少し変質者だと見られても仕方あるまい』という辛らつなものもあった。(NTV『思いっきりテレビ・今日は何の日』2001・10・11 嗚呼ソクラテス)
1951年(昭和26年)6月11日
●東洋レーヨン(現 東レ)が、米デュポン社よりナイロンの生産特許を購入。購入価格は十億円で、これは当時の東洋レーヨンの資本金の約1.5倍であった。この時取得したのはあくまで『生産』に関しての特許で、『製造』方法を入手するためにはさらなる費用が必要とされたが、当時の技術担当者が、自社で製法を見つけると進言、生産特許のみの購入となった。実際にナイロンの製法が解明され、商品が市場に出まわったのは、翌1952(昭和27)年のことであった。
1951年(昭和26年)7月3日
●東京で開かれたアメリカの独立記念日を祝うイベントで、初めてソフトクリームが販売される(日本初)。価格は大が五十円、小が三十円。これを記念し、現在7月3日はソフトクリームの日となっている。(『小学三年生』2001年7月号)
1952年(昭和27年)
●東洋レーヨンから、日本初のナイロン製ストッキングが発売される。価格は八百円。絹製のもの(当時六百円)より高価だったが、目新しさと使い心地の良さのためおおいに売れた。『戦後強くなったものは女と靴下』という言葉もこれが元になっている。
1954年7月4日
■この日の早朝、米オハイオ州クリーブランド、エリー湖の湖畔にあるベイビレッジで、マリリン・シェパード(29)が、二階の寝室で頭部をめった打ちにされて死んでいるのを発見される。神経外科医の夫サム・シェパード(29)は侵入者があったことを証言したが、警察は彼に愛人スーザン・ヘイズがいたことなどから、7月30日サムを犯人として逮捕した。新聞も彼が犯人であると断定し、12月21日、有罪となった。囚人番号は98860。世間の非難に耐えかね、1955年1月7日にはサムの母エセルがピストル自殺し、同18日には父リチャードが出血性胃潰瘍で死亡した。残されたサムの兄と息子のサム・リースは、サムの無実を信じて活動を続け、科学捜査の権威ポール・カーク博士に捜査を依頼、それを示唆するさまざまな新事実(1、サムに返り血が付いていない。2、クローゼットの扉についていた血痕が、当時部屋に第三者がいた可能性を示している。3、犯人は出血を伴う外傷を負っていたと思われるのに、サムにはそれがなかった。4、遺体に残された傷は左利きの人物によって付けられているが、サムは右利き等)を発見した。1963年、次兄スティーブは新進気鋭のF・リー・ベイリーをサムの弁護士として指名、彼は4月13日に当時の裁判が不公平だったことを理由に再審を請求した。『ペリー・メイスン』物などで名高い推理小説家E・S・ガードナーなどの支援もあり、1964年7月16日、『証拠不十分』によってサム・シェパードは釈放された。しかしこれは彼の無実を証明するものではなく、世間はそのまま彼を殺人者として扱い続けた。結局彼は酒とドラッグに溺れるようになり、1969年10月7日には、獄中生活の支援者でもあった再婚相手とも別れ、『キラー・サム(人殺しサム)』というリングネームのプロレスラーとして自らをさらし者にする道を選んだ。1970年4月6日、46歳で肝不全により没。この事件はアメリカの連続TV『逃亡者』“THE FUGITIVE”(1963〜1967)のモデルとなった。1998年、息子のサム・リースが科学者による調査チームを結成し、サムの遺体のDNA鑑定を含む最新の調査によって、サム・シェパードが無実であることが確定した。真犯人は、当時ベイビレッジで窓拭き掃除の店を営んでいたリチャード・エバーリングの可能性が高い。アメリカ最大の寃罪事件の一つといえる。サムの遺体は鑑定後荼毘に付され、オハイオ州メイフィールド・ハイツにあるノルウッド墓地に妻マリリンとともに葬られた。(NTV『知ってるつもり 実録・逃亡者、サム・シェパード』2001・6・24)
1956年(昭和31年)
●この年は十円硬貨は生産されなかった。
1956年(昭和31年)1月4日
●生物学者、西村真琴、没。七十一歳。マリモの保護、東洋初のロボット『學天則』の製作者として有名、日本のダ・ヴィンチの異名もある。俳優、西村晃の父親(晃は次男)。(NTV『知ってるつもり・西村真琴』2001・6・3)
1959年(昭和34年)7月25日
■〈ト〉この日から十六日間、大西洋を潜航中のアメリカの原潜ノーチラス号と、アメリカ・メリーランド州にあるウェスティングハウス研究所の間でテレパシーの実験が行なわれたと、フランスの科学雑誌『シャーンス・エ・ビ』1960年2月号が報じる。実験内容は、研究所に設置されたトランプをシャッフルする機械の前に座った大学生が、一分ごとに出てくるゼナー・カード(☆□などのマークがついた、いわゆるESPカード)に精神を集中し、同時刻にノーチラス号に乗り込んだ被験者がテレパシーで受け取ったカードのイメージを記録するというもの。実験は毎日二回行なわれ、ノーチラス号帰投後の検証では、的中率70%以上だったとされる。この実験については1960年にフランスで発行された『神秘学大全』(ルイ・ポーウェル、ジャック・ベルジェ)でも紹介されている。しかしこのニュースは同書の著者の一人で『シャーンス・エ・ビ』誌のアドバイザーでもあったベルジェ(化学者、SF作家、編集者、超常現象研究家)の仕掛けたデマで、「現実の」ノーチラス号は、当該の日ポーツマス港に陸揚げされて点検中であった。(と学会『トンデモ超常現象99の真相』宝島社)
1963年(昭和38年)
■デンマーク領グリーンランドに、『国際サンタクロース協会』本部が設立される。目的は四百歳を越え(現地の言い伝えによる)一人では世界中の子どもにプレゼントを配れなくなったサンタのため、各国に『手伝いサンタ』を置くこと。(『東京新聞』2001・6・21)
1964年(昭和39年)12月12日
■〈ト〉【UMA】南太平洋フック島付近で、フランス人写真家ロベルト・セーレックが、海底に寝そべるシーサーペントを撮影する。写真に残されたその生物は、全長二十五mほどの鞭のような細長い体に小さな目をそなえており、鱗のない黒い肌で、鰻の化け物のようだった。黒く長い体をS字状に伸ばしている様子が海面越しにはっきりと写っているそれは、海蛇写真の中でも有名なものの一つである。(『ムー 謎シリーズ13・ムー ミステリー大事典』)
967年(昭和42年)7月4日
●玩具メーカーのタカラからリカちゃん人形が発売される。価格は七百五十円。リカちゃんは本名が香山リカ。誕生日は5月3日で、小学5年生。国語と音楽が得意で算数は苦手。父親はフランス人で音楽家、母親は日本人でファッションデザイナーと設定されている。(『小学三年生』2001年7月号)
1970年4月6日
■米TVドラマ『逃亡者』のモデルとされるサム・シェパード、46歳で肝不全により没。(NTV『知ってるつもり 実録・逃亡者、サム・シェパード』2001・6・24)
1975年(昭和50年)4月21日
★ベトナム共和国(南ベトナム)の大統領グエン・バン・チュー氏、辞任。
1975年(昭和50年)4月30日
★21日、辞任に追い込まれたグエン・バン・チュー氏に代わり、28日ベトナム共和国大統領に正式就任したズオン・バン・ミン氏が、解放勢力への無条件降伏の声明を発表。米軍も撤收して首都サイゴン(現ホーチミン)は陥落、南ベトナムは消滅する。
1976年(昭和51年)7月25日
■〈ト〉火星探査機ヴァイキング1号が火星の北緯40度9分、西経9度45分の地点に、人の顔のように見える岩石を撮影した。大きさは縦約2.6キロ、幅約2.3キロ。通称『火星の人面岩』と呼ばれる。火星表面では他に『ラブピースマーク』やセサミストリートに登場する『カーミット・グリーン』にそっくりな図形も撮影されている。(と学会『トンデモ超常現象』宝島社)
1977年(昭和52年)4月25日
●【UMA】この日の午前10時40分、大洋漁業のトロール漁船『瑞洋丸』が、南太平洋ニュージーランドのクライストチャーチ東約三十マイル沖で、全長十メートルほどの生物の死体を引き揚げる。腐敗が激しく、漁獲物への影響を怖れた船長の命令によってすぐ海中に投棄されたため同定は不可能だったが、同乗していた矢野道彦氏(当時39、同船の製造担当主任として乗船)が撮影した写真によれば、長い首、太い胴、大きな鰭など、いわゆる首長竜に酷似して見える。(『朝日新聞』1977・7・20)【資】『朝日新聞一〇〇年の記事に見る 6 奇談珍談巷談・下』朝日新聞社
1979年(昭和54年)7月1日
●ソニーが世界初の携帯用ヘッドホンステレオ『ウォークマン』を発売する。価格は三万三千円。爆発的な売れ行きを示し、『ウォークマン』という名称は、同種のヘッドホンステレオの代名詞となった。(『小学三年生』2001年7月号)
1989年(平成1年)
●東京都新宿区戸山の旧陸軍軍医学校跡地で大量の人骨が発見される。
1989年(平成1年)
■イタリアの『ルモンド』紙に、『スローフード運動』の宣言文が発表される。「われわれみんなが、スピードに束縛され、われわれの慣習を狂わせ、家庭のプライバシーにまで侵入し、ファストフードを食することを強いるファストライフという共通のウイルスに感染しているのです。・・・いまこそホモサピエンスは、この滅亡の危機に向けて突き進もうとするスピードから自らを解放しなければなりません。われわれの穏やかな喜びを守るための唯一の道は、このファストライフという全世界的狂気に立ち向かうことです。この狂乱を効率と履き違えるやからに対し、われわれは感性の喜びと、ゆっくりといつまでも持続する楽しみを保証する適量のワクチンを推奨するものであります。われわれの反撃は、スローフードな食卓から始まるべきでしょう。」(宣言文より抜粋)
 この運動は、1986年、ローマに初めてマクドナルドが進出し、「このままでは伝統食の良さが忘れられる」という懸念が広がったとき、イタリア北部のピエモンテ州のとある食堂で会食していた男たちの一人が、冗談混じりに「ならば僕らはスローフードで行こうや」と口にしたことから始まったという。目的はファストフードの不買運動ではなく、食を起点として、現代の生活様式全体を見直すこと。画一的な現代の料理に対し、個性豊かな郷土料理や、宣伝力はなくても質のよいものを作る小規模生産者の保護を進めている。2001年4月現在で、世界41カ国、六万人強の会員を擁するNPOとなっている。(『東京新聞』2001・4・16 島村菜津)
1992年(平成4年)7月5日
●近江俊郎《おうみとしろう》(歌手、俳優、映画監督)、肝不全で没。73歳。1936(昭和11)年、タイヘイレコードから『すべろよスキー』でデビューするもヒットせず。古賀メロディーに惹かれ、1939(昭和14)年、テイチクレコードでテストを受けるが失敗。1942(昭和17)年、コロムビアレコードの専属歌手になる。1946(昭和21)年『悲しき竹笛』のヒットを皮切りに、1947(昭和22)年『山小舍の灯』、1948(昭和23)年『南の薔薇』などを次々と流行させ、1948(昭和23)年『湯の町エレジー』で不動の人気を得る。『湯の町エレジー』録音に際しては、古賀正男が自らギターで伴奏をしたため、近江は緊張のあまり二日がかり、三十回以上もレコーディングし直し、臘版原型の最後の一枚で気持ちをふっきって成功したという逸話が伝えられている。1949(昭和24)年には映画化された『湯の町エレジー』の主役をつとめ、俳優としてもデビュー、さらに1954(昭和29)年には映画製作にも乗り出した。1989(平成1)年、勲四等瑞宝章を受けた。(NTV『思いっきりテレビ・今日はなんの日』2001・7・5)
1998年(平成10年)3月5日
■妻殺しの容疑を受けたまま死亡したサム・シェパード(TVドラマ『逃亡者』のモデル)の遺体を息子のサム・リース・シェパードが掘り起こし、DNA鑑定にかける。現場に残された血液および精液と比較した結果、サム・シェパードの無実が確定した。(NTV『知ってるつもり 実録、逃亡者、サム・シェパード』2001・6・24)
1998年(平成10年)5月
■●『国際サンタクロース協会』(本部グリーンランド)が日本地区で公認サンタ候補を公募する。ラテンミュージシャンのパラダイス山元さんが立候補、七月下旬コペンハーゲンでの認定試験を受け、挑戦者七人の中で唯一合格、アジア初の公認サンタクロースとなる。ちなみにこの時の試験は実技とスピーチ。実技は、煙突のある家を舞台に、サンタの格好で五十mを走り、はしごを上って煙突から侵入。暖炉から出てツリーの下にプレゼントを置いたら、クッキーと牛乳を平らげ、再び煙突を通ってスタート地点に戻るというもので、制限時間は二分。また、公認サンタになると、サンタでいる間は『禁酒・禁煙・禁欲』を遵守させられる。(『東京新聞』2001・6・21)
2001年(平成13年)
●お墓が遠い、忙しいなどの理由で思うようにお墓参りができなかったり、病気で葬儀にいけないなどといった人のために、インターネットを使って弔意文や献花、香典を贈る『e葬儀』や、ネット上でお墓参りのできるサービスが登場している。『e葬儀』システムを開発したのは『ポリテック』東京本社で、もともと葬儀社や互助会の会館など向けに考案された。これ以外にも大阪の『ウィズ』が1999年からサイトを開設している仮想霊園の『ヘブンガーデン』や、東京の『アイキャン』が、この年5月に始めた『ネット墓参り』など、葬礼もIT化が進んでいる。『ネット墓参り』の墓は、ネット上に用意された墓の中から選ぶか、自分の家の墓の写真を登録し、その墓を専用のパスワードでいつでも呼び出せる。呼び出した墓の画面の一角には水や線香、花などが出て、それをマウスで操作することによって墓にあげることができるというもの。(『東京新聞』2001・8・8)
2001年(平成13年)4月11日
■オランダで、以下の条件下においては、安楽死を実施した医師の刑事責任を問わないとする法案が成立。1・患者が自発的に十分考慮し、安楽死を要請。2・医師と患者の間に強い信頼関係が存在。3・患者の苦痛が堪え難く、改善の見込がないこと・・・など。政府は今後、医学や法律の專門家からなる委員会を地方ごとに設置し、医師の報告を審査させる。国家として安楽死を合法化したのは世界初(米国オレゴン州は合法化している)。
2001年(平成13年)4月14日
●三波春夫《みなみ・はるお》(本名・北詰文司《きたづめ・ぶんじ》 歌手)、前立腺癌のため没。77歳。1939(昭和14)年、十六歳で日本浪曲学校に入学、一年半後に南条文若の名で浪曲会にデビュー。出征し、敗戦後、四年間のシベリア抑留。その際『労働音頭』を作って仲間達を励ましたという逸話が残されている。1957年、三波春夫に改名、『チャンチキおけさ』『船方さんよ』で歌手デビュー。以後’64年『東京五輪音頭』、’70年『世界の国からこんにちは』等のヒット曲を唄い国民的歌手の一人となった。また歌手芝居の草分け的存在でもあり、’62年、大入り満員の舞台に立ち、司会の宮尾たかしから感想を聞かれ、『お客さまは神様です』の名セリフを残す。権威主義に陥ることなく、’78年には映画『ルパンVS複製人間』で、主題歌を唄うと共に声優に挑戦、ディスコ全盛期の’92年にはディスコ調の『おまんた囃子』を出し、自らもディスコで踊るなど、常に『受ける』ことを念頭に置いた、芸人の鑑であった。
2001年(平成13年)4月16日
●勅使川原宏(映画監督 華道草月流三代目家元)没。74歳。主な作品『北斎』(1953 美術映画)、『おとし穴』(1962 初の劇映画)、『砂の女』(1964 安部公房原作 カンヌ映画祭審査員特別賞)、『利休』(1989 モントリオール国際映画祭最優秀芸術賞)
2001年(平成13年)4月20日
●東京都庁内に、都内での映画やテレビドラマ撮影のための許可申請や相談をまとめて引き受ける総合窓口『東京ロケーションボックス』が開設される。
2001年(平成13年)4月23日
●日本赤軍最高幹部、重信房子の初公判。オランダ・ハーグのフランス大使館占拠事件(1974年)への関与などを否認、一部無罪を主張。一連の武装闘争の被害者に謝罪、日本赤軍の解散を宣言し、今後は「合法的に世直しをする」と述べた。「日本社会に根付いた歴史の一部を担えなかった闘いは不十分で間違っていた。日本赤軍は使命を終えた」
2001年(平成13年)4月28日
●米国人実業家デニス・チトー氏(60)が、ロシアのカザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地からソユーズ宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に向けて飛び立つ。科学的研究のためでなく、純粋な観光目的で宇宙へ行くのは世界初。費用は八日間で二千万ドル(約二十四億円)。ソユーズは30日にISSとドッキング、同氏はそこに六日間滞在する。ISSを共同運航するアメリカは、観光客は技術的に時期尚早と拒否したが、財政難に苦しむロシアが、資金調達のため単独で受け入れたため、一時は国際協力態勢にひびが入る事態にまでなったが、ISSが損壊した場合にはチトー氏が賠償責任を負うことで决着した。ロシアは今後も高額の契約金が見込める観光旅行を受け入れていく方針で、米紙『USAトゥデー』は、映画監督ジェームズ・キャメロンが交渉中と伝えている。
2001年(平成13年)4月30日
■ニューヨーク・タイムズは、2000年に実施された米国勢調査で、米国の百大都市の合計人口に占める白人の割合が、初めて50%を割ったと発表。都市別でも、ボストン、サンディエゴなど十八都市で新たに白人人口が半分を割り、計四十八都市で白人が少数派となった。同調査によれば、2000年の百大都市の総人口に占める各人種の割合は、白人が43.8%、ヒスパニック系は22.5%、アジア系は6.6%、黒人は24.1%。白人は前回(1990年調査)は52.1%。黒人もわずかに減少。ヒスパニック系家庭の平均年收は白人家庭に比べ一万四千ドル(約百七十万円)低く、人口の増加が自治体の税収増加に結びつかないという懸念も指摘されている。(『東京新聞』2001・5・2)
2001年(平成13年)5月1日
●☆北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の金正日《キム・ジョンイル》総書記の長男、金正男《キム・ジョンナム》(二九)と見られる人物が、ドミニカ共和国の偽造旅券で入国しようとしたところを、成田空港で東京入国管理局に身柄を拘束される。同行者は息子と見られる五歳前後の男児一人と、二十九〜三十代の女性二人。事情聴取に対し男性は『自分は金正日の息子だ』と答え、入国目的を『家族でディズニーランドに行くため』と説明していると伝えられる。旅券の記録によれば、男性は2000年の10月と12月にも偽造旅券を使って入国しているという。
2001年(平成13年)5月3日
■●ロンドンの古書市で、日本人が被写体となった最古の写真の一枚が見つかる。写っているのは1850年10月に遭難した樽廻船『栄力丸』の船員、仙太郎。1851年か52年に撮影されたものと考えられている。仙太郎は倉蔵の別名もあり、後に米海軍の三等水兵となった。『サン・パッチ(三八)』の愛称で呼ばれ、1853年の第一回黒船来航でペリー提督と共に来日した。ちなみに日本人が日本人を撮影した最古の現存写真は、1857年に撮影された『島津斉彬(なりあきら)像』。写真で初の重要文化財に指定されている。(『東京新聞』2001・5・4)
2001年(平成13年)5月3日
●偽造旅券で入国しようとして身柄拘束されていた、金正日総書記の長男と見られる男性一行が、強制退去させられる。北朝鮮とは国交がないため、政府の交渉により一行は午前10時45分、成田発の全日空905便で北京に向かい、同日午後2時半頃(日本時間)同地に到着。
2001年(平成13年)5月4日
■ローマ法王ヨハネ・パウロ二世がギリシアのアテネを訪問、ギリシャ正教会の最高指導者フリストドゥロス大主教と会見する。法皇が同地を訪問するのは、東西キリスト教会が分裂して以来約1000年ぶり。法王は、十字軍が1204年に東方正教会の本拠地コンスタンティノポリス(現イスタンブール)を破壊したことについて「正教会の兄弟姉妹に対するカトリック教徒の罪に神の許しを乞う」と謝罪した。
2001年(平成13年)5月7日
●文部科学省が、角膜や網膜などを再生させる医学分野の研究を後押しし、十年後には失明者を半減させる計画を発表。年間二、三億円規模で始め、2002年度政府予算の概算要求に盛り込む方針。
2001年(平成13年)5月7日
●イトーヨーカ堂、セブン−イレブン・ジャパン、三和銀行、あさひ銀行などの出資によるアイワイバンク銀行がスタート。同行は独自の店舖は持たず、セブン−イレブンの店舖などで二十四時間、普通預金の預入れや引き出し、振り込みなどの現金決済ができる。同行の口座から引き出す場合は、午後7時から翌午前7時までは百五円の手数料がかかるが、それ以外の時間帯は無料。(『東京新聞』2001・5・8)
2001年(平成13年)5月11日
■●日本人を写した最古の写真の一枚とされる銀板写真が、ロンドンのクリスティーズで行なわれたオークションで三万七千六百ポンド(約六百五十万円)で落札された(写真については2001年5月3日の記載に詳細有り)。落札したのはアメリカ、マサチューセッツ州セーレムにあるピーボディ・エセックス美術館。同市は捕鯨船の母港だったことから日本とはゆかりが深い。(『東京新聞』2001・5・12)
2001年(平成13年)5月11日
●三井造船と国際海洋エンジニアリング(KDDIの子会社で海底ケーブル関連事業を扱う)が、内蔵コンピューターのプログラムに従って水中を移動できる海洋調査ロボット『アクア・エクスプローラー・2000』を共同開発したと発表。同機は魚のような流線型で鮮やかなオレンジ色をしており、全長三メートル、重量三百キロ、最大速力三ノット、水深二千メートルまで潜れ、充電式リチウム電池で連続十六時間の航行が可能である。母船からの制御ケーブルを必要とせず、カメラを備えて海底を自由に動けるため、光海底ケーブルの敷設に備えた海底面調査や敷設後の障害点調査などでの活躍が期待されている。自走式の水中用小型ロボットを商業用に開発したのは世界初ということであり、価格は一機一億円弱となっている。(『東京新聞』2001・5・12)
2001年(平成13年)5月13日
★中国・遼寧省で、全身を綿毛のような羽毛と原始的な羽で覆われた恐竜の化石が発見されたと、中国とアメリカの科学者チームが発表。この恐竜は、獣脚類の一種でドロマエオサウルスと呼ばれる小型肉食恐竜の子供とされている。獣脚類と鳥類には、1・回転可能な手首、2・鎖骨、3・三本のつま先など、百箇所以上の類似点があり、中でもドロマエオサウルスが最も鳥類に近いと考えられている。科学者は、この羽毛は飛ぶためのものではなく、体温を保つものとして進化したとの見方をしている。中国では1995年以降、羽毛で覆われた恐竜の化石がいくつか発見されているが、今回のようにほぼ完全な形で見つかったのは初めてで、恐竜と鳥類との進化の関連を調べる上で貴重なデータを提供するものと期待される。(『東京新聞』2001・5・13、『アニマ』No.84に図版のある切抜きを保存)
2001年(平成13年)5月13日
■ウィーン発。ドイツの週刊誌『シュピーゲル』の元ローマ特派員バレスカ・ロクエスが、1981年5月13日に、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世がトルコ人青年に狙撃された事件は、冷戦下の西側情報機関とバチカン中枢の合作による陰謀であるとの新説を唱える。同氏によれば、旧ソ連を『悪の帝国』と呼ぶレーガン米政権の誕生を背景に、米仏独伊の情報機関が連携して事件を起こし、犯行を東側になすりつけるように工作していたという。この事件では、発生直後からクレムリンの指令を受けたブルガリア情報機関の関与が指摘されたが、起訴された五人は証拠不十分で無罪となった。(『東京新聞』2001・5・14)
2001年(平成13年)5月13日
■カイロ発。対イスラエル抗争においてパレスチナのイスラム原理主義組織などが行う自爆攻撃(爆弾を身につけ、自分もろとも対象を爆破する)をめぐり、高位イスラム教者の間で、ジハード(聖戦)にあたるかどうか、自爆者が殉教者か、それとも戒律上ハラーム(禁忌)となる自殺者になるかどうかの論争が起きている。発端は4月21日のアラブ紙が、サウジアラビア最高位の宗教者(ムフティ)ベン・アブダッラー師の発言として伝えた『自爆攻撃が、ジハードに当たるかどうか、私には分からない。申し訳ないが、自殺に属する行為かも知れない』という言葉。これに対し、パレスチナの宗教学者委員会代表アルビータウィ師からは『自爆攻撃は、自殺ではない。サウジのムフティは親愛なる存在だが(パレスチナの)権利の方が、より強い親愛の対象だ』、イスラム教過激派組織ハマス指導部の一人からは『厭世から死を選ぶのが自殺であり、自爆攻撃とは全く別』、著名なエジプト人イスラム学者でカタール大教授のカラダウィ氏からも『(自爆攻撃は)最も崇高なジハードの一つ』など、反論があいついだ。しかしエジプトの週刊誌『ロザルユセフ』によれば、カイロにあるイスラム最高学府アズハルのシェーハ(スンナ派最高位のイスラム宗教者)タンタウィ氏は、5月7日に『戦闘員(敵兵)の中で自爆するなら殉教だが、子供や女性など非戦闘員の中で自爆するなら殉教ではない』と明言、民間人に死者を出す自爆を、事実上、殉教でないと断じた。ただし、サウジアラビア、エジプトはアラブ世界の大国であると同時に、親米国でもあるため、自爆攻撃否定につながる発言の背景には、抗争停止を画策するアメリカの意向が働いたとする見方もある。(『東京新聞』2001・5・14)
2001年(平成13年)5月13日
●大分県大分市横尾にある『横尾遺跡群』で13日までに、縄文時代の地層から、加工された建築用角材一本が見つかる。角材には接合のための穴が開けられており、高床式建物に使用されたと見られている。少なくとも縄文時代後期以前のもので、日本最古の建築材の可能性もある。これまでは富山県小矢部市の縄文時代中期(約四千五百年前)の遺跡から出土した角材が最古とされている。木の種類は特定されていないが、長さは約三.八mで、反対側に抜ける『ほぞ穴』と、側面に抜ける『めど穴』(各直径約二〜三p)約六箇所が丸く開けられていた。角材が発見されたのは縄文時代後期前葉(約四千年前)のドングリ貯蔵穴がある地層より、さらに約1m下で、水を多く含む地層だったため、空気に触れにくく保存状態が良かった。発見者である市教委の塩地潤一主任は『最初は流木だと思ったが、掘っているうちに加工されていることに気づき、すごい発見になるのではと驚いた』と話す。市教委は專門家に年代の特定を依頼する方針である。東北芸術工科大の宮本長二郎教授(建築史)は『角材はおそらく屋根のけたではないか。弥生時代以降の建築部材は多いが、縄文時代は珍しい。城門の建築物を復元する上で貴重な発見』と語っている。(『東京新聞』2001・5・14)
2001年(平成13年)5月14日
●警視庁が、東京都新宿区歌舞伎町に五十台の防犯カメラを設置し、二十四時間体制でエリア全体を監視することを決定。モニター装置は地元の新宿署や警視庁に置くが、プライバシーに配慮して、カメラの設置場所は不特定多数が集まる場所のビル屋上や街路灯などに限定、各所に『防犯カメラ作動中』の標識を付ける方針。費用は三億二千万円、年内にも稼働の予定。歌舞伎町の広さは約〇.三六平方キロだが、2000年度の調査では、一平方キロあたりに換算すると、約五千三百件の犯罪が発生(都内平均の約四十倍)しているためこの処置が决められた。また、警視庁は住民が緊急時に警察に通報できる電話や防犯カメラの付いた『スーパー防犯灯』の整備も決定、『一家四人殺害事件』のあった世田谷区上祖師谷地区など三地区に導入を予定している。(『東京新聞』2001・5・15)
2001年(平成13年)5月15日
●長崎県壱岐島の郷ノ浦町約四十メートル沖(北緯33度48分)の海底に、世界最北の珊瑚礁があることを国立環境研究所(茨城県つくば市)の山野博哉研究員らが確認。地形断面調査やボーリング調査の結果、珊瑚の一種『キクメイシ』が、暑さ三メートル以上、広さ約七百平方メートルに渡って塊状の珊瑚礁を作っていた。珊瑚礁が成長するには、最も寒い時期でも平均十八度以上の水温が必要とされるが、この付近の平均水温は十三.三度。山野研究員は『キクメイシは比較的ストレスに強く、内湾で波が穏やかなことなどが成長につながったのではないか』としている。ちなみにこれまでの珊瑚礁の北限は、バミューダ諸島の北緯32度50分、日本の北限は鹿児島県種子島付近の北緯30度50分とされていた。(『東京新聞』2001・5・16)
2001年(平成13年)5月15日
●イトーヨーカ堂グループが設立したアイワイ《IY》バンク銀行が、現金自動預払機《ATM》によるサービスを始める。従来の銀行とは異なり、コンビニエンスストア『セブンイレブン』の店舖などで、二十四時間いつでも利用できるのが特色。同行は8月までに約千六百五十台のATMをセブンイレブンなどの店内に設置する予定。(『東京新聞』2001・5・16)
2001年(平成13年)5月15日☆韓国のソウル警察庁が未成年女子の売春行為を『青少年性売買』と呼ぶ、と発表。従来は日本発祥とされる『援助交際』という用語を用いていたが、この言葉には売春を美化する響きがあるとして同庁が4月24日から新たな呼称を公募、五百六十二件の応募の中から决定した。『性売買』というそのものズバリの名前を選択した理由は『罪悪感を持たせるのに相応しい』というもの。応募作の中には『反人倫交際』『お小遣い売春』『亡身(恥さらし)交際』などもあったという。(『東京新聞』2001・5・17、ソウル16日発)
2001年(平成13年)5月15日
■カイロ発。ダイアナ元英皇太子妃の恋人で、1997年8月、同妃とともにパリで事故死したドディ・アルファイド氏の叔母サフィーヤ・アルファイドさんが、エジプトの週刊誌『サバアヘルヘイル(おはよう)』のインタビューに答え、ダイアナ妃が生前イスラム教に改宗していたことを証言。『私が何人かの親類とともにダイアナ妃をモスクへ連れて行き、そこでイスラム教徒であることを宣言した』。他に、同妃が結婚後アレクサンドリアに居を定め、サフィーアさんのボランティア活動に協力し、エジプトの地雷撤去運動などにかかわるつもりだったとも話している。(『東京新聞』2001・5・17)
2001年(平成13年)5月17日
●團伊玖磨《だん・いくま》(作曲家)心不全により、中国江蘓省蘇州市で没。クラシック音楽の他、『ぞうさん』『おつかいありさん』などの童謡の作曲や、『パイプのけむり』などのエッセイでも知られる。
2001年(平成13年)5月18日
■●パリ発。ユネスコ(国連教育科学文化機関)がこの日の午後(日本時間同日夜)、世界の無形文化遺産保護のため『人類の口承および無形遺産の傑作の宣言』を行なう。これはユネスコ世界遺産の無形文化財版で、優れた民族音楽、舞踊、口承文学、希少言語、手工芸の技法などを指定、国際的な認知や保護を目指す。今回は日本の能楽、中国の崑曲、イタリア・シチリアの人形劇など十九件が『傑作』として指定された。今後も隔年で『傑作』を指定する。(『東京新聞』2001・5・19)
2001年(平成13年)5月19日
★バンコク発時事。バンコク市内のタイ首相公邸で亡霊出没騒ぎが起きている。関係者によると、女性清掃作業員が公邸で作業中、突然別人のような声で意味不明の言語を口にし始め、同僚が名前を呼んでも答えなくなった。首相夫人のポチャマンさんが水を飲ませたところ正気に戻ったが、記憶の一部が欠落していた。この建物では1997年にも会議中に出席者が奇声を発する騒ぎがあったり、チュアン前政権時代には庭にある馬の銅像付近で夜中にひづめの音がするのを使用人が何度も聞くなど、怪現象が起きており、公邸警備の警官の一人は『建物に宿る霊が行ないの悪い人を懲らしめているのではないか』と話している。この建物はラマ六世の側近が所有していたものを政府が1942年に公賓接遇用施設として購入、1982年に改修工事が行なわれ、現在は首相公邸として用いられているが、現首相タクシン氏は市内にある自宅に住んでおり、公邸は主に閣議などに使用されている。外国からの賓客に実害は出ていないが、首相府は『気味が悪い』として夜間の使用を見合せている。(『産経新聞』2001・5・19・夕刊)
2001年(平成13年)5月22日
●神経の過剰興奮によっててんかん発作を引き起こすとみられる神経膜タンパク質の変異遺伝子を、理化学研究所(埼玉県和光市)と福岡大の共同研究チーム(チームリーダー 山川和弘)が発見、同日付の米科学アカデミー紀要に発表した。このタンパク質は細胞内へのイオンの流入を制御する『チャンネル』と呼ばれる小器官の一部で、変異遺伝子によって生産されると、健康な人よりチャンネルが閉じるタイミングが遅れて神経細胞に流入するイオンが増加し、興奮状態になると考えられている。チャンネル異常によるてんかん原因遺伝子としては十番目の発見で、日本人研究者では初めて。てんかんの原因としては、他に代謝異常もあると考えられており、複数の原因遺伝子の相互作用や、分子レベルでの発症機構は不明な点が多い。(『東京新聞』2001・5・22)
2001年(平成13年)5月24日
■★ブリュッセル発。ベルギー生まれの人気漫画『タンタン』シリーズの一冊『タンタンチベットへ行く』が、中国版で『丁丁(タンタンの中国語表記)在中国西蔵』すなわち『タンタン中国のチベットへ行く』と訳され、ベルギー側出版社カステルマンの抗議で販売が中止される。題名の変更が分かったのはシリーズの販売を始めた21日の直後。カステルマンは『漫画と政治は無関係。題名も含め、正確に翻訳すべきだ』と強く抗議した。中国は『チベットは中国の一部』と主張しているが、題名から『中国』を削除することには応じているという。タンタンの作者、故エルジェ氏は、中国のチベット政策に批判的で、作品の版権を引き継いだエルジェ財団も、チベットや宗教指導者ダライ・ラマを支援する団体として知られている。(『東京新聞』2001・5・25)
2001年(平成13年)5月24日
●マッキンリー、アコンカグア、ナンガパルバット等の登頂や、徒歩によるサハラ砂漠縦断(1991)日本人初の北極点単独徒歩到達(1997)で知られる冒険家、河野兵市氏(43)の遺体が北極海で発見される。同氏は北極点から徒歩とシーカヤックを使って故郷の愛媛県を目指す旅の途中、日本時間17日午前11時頃の連絡を最後に消息を絶っていた。(『東京新聞』2001・5・21、25)現地警察の検視によると、死因は低体温症で、死亡日(没)は17日。(『東京新聞』2001・5・28)
2001年(平成13年)5月25日
■ギャンブルで賞金がもらえるときの脳の活動は麻薬中毒患者が麻薬を吸飲したときの活動に酷似しており、その程度は賞金額が大きいほど激しいことを米マサチューセッツ総合病院などの研究グループが25日までに突き止め、專門誌『ニューロン』の最新号に発表。刺激や感情の変化による脳の活動を調べる一環として、ボランティア十二人を募り、ルーレットのように回転する矢印が止まった場所により、表示金額をもらえる場合と、支払わねばならない場合に分け、磁気共鳴診断装置(MRI)で脳の活動を計測した。グループは『報酬を期待し、それが得られたときに興奮する脳の仕組みは、刺激の種類によらず共通している』と分析している。また、金を得られそうな場合と、払わされそうな場合とでは、ルーレットを見ている間に興奮する脳の場所が別であることも判明した。(『東京新聞』2001・5・26)
2001年(平成13年)5月26日
●エステティックサロンTBCのTVCMにタカラの人形キャラクター、リカちゃんが登場する。内容は、小学校の同窓会に現われた57キロに太ったリカちゃんが、一念発起して痩身專門サロン『シェイプTBC』に通い、49キロのスタイルを取り戻すというもの。アイドル的なイメージの強いリカちゃんの変貌ぶりが見物で、タカラは『これからも、リカちゃんのいろんな姿を紹介したい』と話しているが、これが英断となるか暴挙となるかは今後のファンの反応次第である。(『東京新聞』2001・5・25)
2001年(平成13年)5月31日
■漫画『腕白デニス』(1951新聞連載開始)の作者ハンク・ケッチャム、心臓発作のため米カリフォルニア州カーメルの自宅で没。81歳。(『産経新聞・夕刊』2001・6・2)
2001年(平成13年)6月1日★同日夜(日本時間2日未明)ネパールの首都カトマンズの王宮で、ディペンドラ皇太子(29)が発砲、ビレンドラ国王(55)、アイシュワリャ王妃の他、ニラジャン王子、シュルティ王女など王族十一人を射殺、本人も自殺した。皇太子は自ら選らんだ結婚相手を母親の王妃に反対されていたといい、それをめぐってのいさかいが原因の可能性がある。ネパール紙などによると、皇太子の結婚問題に関しては複数の占い師が、『皇太子が35歳になるまでは結婚したり子供をもうけるのを許すべきではない。そうしないと国王は死ぬだろう』と予言していたという。事件は夕食会の最中に発生。突然席を離れた皇太子が、数分後に軍服に着替えて戻り、自動小銃で無差別発砲したという。ネパールでは1990年の新憲法によって、国王は政治上の実権を失っているため、死去が政治に深刻な影響をおよぼすことはないと考えられる。王位は国王の弟ギャネンドラ王子(54)が継承するものと見られている。(『産経新聞・夕刊』2001・6・2)
★2日・バンコク発。国営ラジオによる射殺事件続報。ディペンドラ皇太子は死亡ではなく危篤で陸軍病院に収容され、その状態のまま第十一代国王に即位。前国王の弟ギャネンドラ王子が摂政に就任した。AFPは王室に近い筋の情報として、皇太子が、選らんだ結婚相手のデビャニ・ラナさん(22)と秘密裏にヒンドゥー式の結婚式を挙げていたことを告白すると、国王が廃太子を警告、論争がピークに逹した結果の惨劇と伝えている。(『東京新聞』2001・6・3)★3日・カトマンズ発。王族射殺事件についてネパール王室から公式発表。「事件は自動小銃の暴発が原因。死亡した王族は国王夫妻ら八名で、皇太子は危篤状態」。ただしこの声明を信じている国民は少数で、皇太子犯行についても王室内の権力闘争による謀略説が囁かれており、皇太子は背中から銃弾を受けているとの情報も流れている。(『東京新聞』2001・6・4)→以後の続報はそれぞれの日付で。
2001年(平成13年)6月1日
■能の本格的なエジプト公演が、同日夜(現地時間)ギザのスフィンクス前で行なわれる。主催したのは日本と各国の文化交流事業を行うNPO法人『世界芸術文化振興協会』(深見東州会長)で、在エジプト日本国大使舘などが後援、協力した。舞台の後ろにはライトアップされたスフィンクスやピラミッドが幽玄で神秘的な雰囲気を盛り上げた。(『産経新聞・夕刊』2001・6・2)
2001年(平成13年)6月1日
■パリ発。フランスの法医学者パスカル・キンツ博士がパリの記者会見で、ナポレオン一世の遺髮を鑑定した結果『砒素中毒が死因』との見解を示した。同博士は裁判所の嘱託鑑定で第一人者と言われており『髮の毛には通常の人の7〜38倍の砒素が含まれ、優に致死量を超える』と発表した。博士に鑑定を依頼したのはナポレオン崇拝者の団体『ナポレオン国際協会会』会長のベン・ワイダー氏。同氏には科学分析や史料を基にしたナポレオン毒殺説の著作もあるが、遺髮自体の信頼性には疑問が呈されている。会見に同席したワイダー氏の代理人は『毒殺は法医学的に確定した。これ以上疑うなら、遺体を掘り返して决着させるしかない』とのコメントを発表した。(『産経新聞・夕刊』2001・6・2)
2001年(平成13年)6月3日
■欧州南天天文台(本部・ドイツ)が、クエーサーが周囲の銀河を吸い込んで“食べて”いる様子を観測することに、ドイツの研究グループが成功したと発表、画像を公開する。南米チリにある同天文台の大型望遠鏡で観測されたもので、問題のクエーサーはうみへび座方向にある、地球から約百億光年離れたHE1013−2136と名づけられた天体。ビッグバンから五十億年たった頃の、活動が活発な銀河の中心部と考えられている。写真にはクエーサーから周囲の銀河に向かって渦巻状の尻尾のような輝きが伸びる姿がくっきりと写されており、クエーサー中心部に活発なブラックホールが存在し、銀河を引き込んでいる様子を捉えたものと見られている。同グループは、現在よりも狭かった宇宙の初期に、銀河同士の活発な相互作用があったとの仮説を裏付けるものとしている。(『東京新聞』2001・6・3)
2001年(平成13年)6月4日
★カトマンズ発。ネパールのディペンドラ国王(前皇太子)死去、摂政のギャネンドラ王子が即位する。ただしディペンドラ国王は、実際には乱射事件時すでに死亡していたのを、国民の動揺を抑えるためにあえて危篤と発表したとの見方もある。国民の間には謀略説が広まり、新国王に対する不信感があらわになっている。新国王は、1990年に兄のビレンドラ元国王が国民の民主化要求を受け入れたとき、強硬に反対したことで知られているほか、彼が夕食会を欠席した理由が明らかでないこと、皆殺しに近い乱射の中で、彼の妻は軽いケガ、長男のパーラス王子は無傷など疑惑の原因は多い。、またパーラス王子はすぐ暴力に走る素行の悪さや放蕩ぶりで国民から嫌われており、2日の葬儀の際には笑みを浮かべていたとも言われている。それ以外にも、王室に近い医師の話として、ディペンドラ前国王は、背中からの銃弾が致命傷となっていたという情報があるほか、公式発表の暴発説に対しても、被害者は皆頭部に銃弾を受けていると言われており、信じる国民はほとんどいない。すでにこの日には、怒った市民が真相究明を求めて王宮周辺に押しかけ治安部隊と衝突するなどという事態も起こっており、新国王は即位後、真相究明のため調査委員会を設け、三日以内に結果を公表すると約束したが、処理次第によってはさらなる争乱状態に進む危険が高まっている。(『東京新聞』2001・6・5)
2001年(平成13年)6月6日
●【UMA】この日の午前9時半頃、幻の蛇『ツチノコ』に似た生物が兵庫県美方《みかた》町貫田の建設資材置き場で作業員によって捕らえられる。捕まった生物は体長約百十p、頭は小さく胴回りは約十二pでほぼ均等、約五pの細い尻尾が付いており、長すぎる点を除けば、伝説のツチノコに酷似した体型をしている。7日、住民や報道陣に公開された。美方町ではツチノコによる町おこしをはかっており、発見者には別荘地をプレゼントするなどのキャンペーンを行っていた。(『東京新聞』2001・6・8、『明治妖怪新聞』にカラー写真付き切抜きを保存)
2001年(平成13年)6月13日
●広島県黒瀬町乃美尾で、飼い猫がオレンジ色のモグラをくわえているのを飼い主の主婦(39)が発見、広島市安佐動物公園に寄贈する。26日、報道陣に公開されたモグラは、体長約10p、アルビノ(白子)として生まれたものの毛が、皮膚からの分泌物に染まったもの。同園によれば、オレンジ色のモグラが生きたまま捕獲されたのは日本初で、飼育環境に慣れたら一般公開する予定。(『東京新聞』2001・6・27、カラー写真付き切抜きを『明治妖怪新聞』に保存)
2001年(平成13年)6月14日
●住友生命保険が父の日を前にインターネットを利用して行ったアンケートによれば、『父親を漢字一文字で表すとすれば』という質問に対し『優』という回答が5%強で最も多く、『怖いもの』という父親像が変わりつつあることをあらためて映し出す結果となった。ただし、『大』(三位)、『尊』(六位)、『強』(七位)というように、昔ながらのイメージも、まだ廃れたわけではないらしい。また『静』(十位)は、仕事に疲れ、家庭では無口な父親を表しているようにも見える。男女別では、女性は一位の『優』が全体の約6%を占めて二位の『大』を引き離したほか、『笑』(四位)、『愛』(五位)など、温かいつながりを感じさせる言葉が入っていた。一方男性は、『働』(一位)、『忍』(八位)などが顔を見せ、仕事の苦労に共感を覚えているようであった。このアンケートは5月の中・下旬に実施されたもので、回答のうち全国の男女一万人分について分析されたもの。(『東京新聞』2001・6・14)
2001年(平成13年)6月14日
●厚生労働省が、1989年に東京都新宿区戸山の旧陸軍軍医学校跡地で発見された大量の人骨について、『軍医学校の医学研究用に集められた死体とみられ、戦場から集められた戦死者も含まれていた可能性がある』と、国の関与を初めて認めた調査結果を公表する。人骨は国立感染研究所などが入る戸山研究庁舎の建設中に発見されたもの。約百体ある中に、複数の地域の黄色人種に属する骨が混在している。これらが中国で人体実験を行っていた『七三一部隊』から送られてきたとされる証言もあるが、同省は『それを否定する証言もあり、真相は不明』としている。また、近くの運動公園予定地付近にも人骨が大量に埋められている可能性があるという指摘に対しては、伝聞情報の域にとどまっており、発掘調査の必要はないとした。なお、今ある人骨は区から引き取り、新たに建設する納骨堂に保管する方針。(『東京新聞』2001・6・15)
2001年(平成13年)6月14日
★バンコク発。ネパール王宮銃乱射事件の調査委員会(委員長・ウパダヤ最高裁長官)が、『ディペンドラ皇太子の単独犯行』とする報告書をギャネンドラ新国王に提出。報告によれば、事件前、皇太子は泥酔し、アヘン入りのタバコも吸っていた。自室に戻って吐いた後、戦闘服に着替え、夕食会場で無差別に銃を乱射、国王夫妻や九人を殺害した。皇太子の死因については『事件の後、庭で遺体が発見された』とだけ述べ、自殺か他殺かについては触れなかった。また動機についても限定せず、事件直前に電話した恋人が、側近に対し『様子が変だ』と電話で忠告したとしている。調査委が、生存者や側近、警備関係者ら約百五十人に事情聴取したところ、ほとんどが『皇太子の犯行』と証言したが、被害者の状態などから見ても疑問は多く、不透明なままに終わった。この結論に国民が納得する可能性は低い。(『東京新聞』2001・6・15)
2001年(平成13年)6月14日
●北海道南茅部町教育委員会が、同町の垣ノ島B遺跡で遺体と共に出土した腕輪などの漆製品が、約九千年前(縄文時代早期)のものと判明したと発表。問題の品は2000年8月に出土したもので、出土時には地層などから見て約六千五百年以前と推定。その後、遺体周辺の土と漆を放射性炭素を使い分析、同時に出土した土器の形式による調査とも合せ、上記の結論に逹したもの。出土品は漆の糸で加工した木製の副葬品六点で、最大のものは縦四十p、横二十p。これまで世界最古とされていた中国・長江下流域の河姆渡遺跡(約七千年前)で発見されたものよりも古く、現段階では世界最古と見られ、漆文化の起源をめぐる論争に一石を投じる発見と言える。(『東京新聞』2001・6・15)
2001年(平成13年)6月20日
■ワシントン発。北極の南側のノルウェー海から北大西洋に流れ込む海水の流れが弱くなっていることを、フェロー漁業研究所(北大西洋デンマーク領フェロー諸島在)などのグループが突き止め、21日付の英科学誌『ネイチャー』に発表。英国北西部の北大西洋では、低温により高密度、高塩分濃度の海水が生成され千m以下の深海に沈み『北大西洋深層水(NADW)』となって地球規模で循環、『海洋大循環』と呼ばれ地球の気候に大きな影響を与える。前記グループは1995年から音波を使って深さ五百m以下の海流を調査、1950年代からの記録と比較して、流れの強さが少なくとも二十%は弱くなっていることを明らかにし、海洋大循環が弱くなっている可能性を示した。温暖化の進行により地球上の熱のコンベアーである海洋大循環が弱くなり、地球規模での異常気象を招くとの予測が報告されているが、今回のデータはその指摘と一致する。グループは『この傾向が今後も続くと、欧州周辺にさまざまな気候変動を引き起こす可能性がある』と警告。(『東京新聞』2001・6・15)
2001年(平成13年)6月20日
●2000年に生まれた新生児の数が前年より一万二千八百九十一人増えて百十九万五百六十人となり、一人の女性が生涯に生む平均の子どもの数(合計特殊出生率)も一・三五人と微増したことが、厚生労働省の2000年人口動態統計(概数)で判明。前年比増は1996年以来四年ぶりだが、過去二番目の低さで、政府が年金など各種政策を進める規凖となる、国の出生率推計値の下限(一・三七九人)を前年に続いて下回った。微増は子どもの生まれを2000年という区切りの良い年にしたいという、いわゆる『ミレニアムベビー』効果と考えられ、長期減少傾向に歯止めがかかったとは言えない。結婚が七十九万八千百四十組と、1978年以降で最多となったのも同じ理由と考えられる。初産の平均年齢は二八・○歳で前年を○・一歳上回り過去最高となった。年代別出産数では二十代が一万五十五人減り、三十代が二万二百三十七人増えた。平均初婚年齢は男性二八・八歳(○・一歳上昇)、女性は二七・○歳(○・二歳上昇)で、少子化の背景に晩婚化があることをうかがわせた。離婚は二十六万四千二百五十五組で一万三千七百二十六組増加、特に同居期間三十五年以上の『熟年離婚』が十一・三%と高い増加率を示す一方、五年未満が九万六千二百十六組と全体の三六・四%を占めた。死亡数は九十六万千六百三十七人で二万三百九十四人減。死因の三○・七%は癌で、男性は肺癌による死亡が胃癌を六千二百五十六人上回って三万九千四十八人となった。自殺は三万二百二十六人。うち約二万千人が男性で、二十五歳から三十九歳では死因のトップ。出生数から死亡数を引いた自然増加数は三万三千二百八十五人増の二十二万八千九百二十三人。ただし秋田、島根、高知など十三県では自然減となった。(『東京新聞』2001・6・21)
2001年(平成13年)6月25日
●セイコー株式会社が6月10日『時の記念日』にインターネット上で行った時間のイメージに関するアンケートの結果を発表。回答者は全国の四百十七人。『現在の時間の流れを乗り物にたとえるとしたら』の設問には『速い電車』が四十三.二%でトップ。具体的には『新幹線』『特急』などが挙がった。次いで『遅い電車』十五.八%、『自動車』八.六%、『飛行機』七.二%と続いたが、他に『ジェットコースター』『ロケット』を挙げる人もいた。一方『理想の時間の流れを乗り物に例えるとしたら』という問いに対しては『遅い電車』の三十.九%が最多で、具体的には『鈍行』『各駅停車』が挙げられた。2位は『自転車』十二.七%、3位は『船』十一.○%と、のんびりと自分のペースで進みたいという現代人の願いがうかがえる。『日常生活でどんな時間を増やしたいか』を尋ねると、最も多かったのは『趣味』で、次いで『睡眠・休息』『インターネット』といずれも一人で楽しむものが中心。家族と一緒に過ごす時間を挙げた人は少なく、家族の結びつきが弱まっている現状を浮彫りにした。この傾向は『減らしたい時間は』の設問にも現われており、トップは『家事・育児』であった。次いで『仕事』『通勤・通学・移動』の順で、他に『無駄な会議』『子どもを怒る時間』『夫の晩酌が終わるのを待っている時間』などの回答もあった。(『東京新聞』2001・6・25)
2001年(平成13年)6月25日
●日本政府が、靖国神社とは別に、国民や来日した各国要人が戦没者慰霊のために訪問できる『国立墓苑』(仮称)の設置を検討する方針を固める。小泉純一郎首相がこの日の午後の参院決算委員会で、民主・公明両党などの提唱に対し『貴重な意見だと思う。検討してみたい』と表明した。政府は今後有識者による懇談会などを設置して広く国民の意見を聞き、国立墓苑設置に向けて具体的な検討作業を進める見通し。国立墓苑に關しては、これまでにも靖国神社を特殊法人化して宗教色を排除する案や、千鳥ヶ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)を充実する案などが出たことはあるが、具体的に進んだことはない。国際慣行では、各国首脳が他国を公式訪問した際には、戦没者たちを祀った国立墓地を訪れることになっているが、日本の場合、靖国神社に第二次世界大戦のA級戦犯が合祀されているなどの問題から、中国、韓国などの反発が強く、各国首脳が公式に訪れることはない。また首相の公式参拝も、1985年の中曽根康弘首相(当時)以来行なわれていない。小泉首相は20日の党首討論では国立墓苑の設置には消極的な考えを示していたが、25日夕、首相官邸で記者団に対し『(国立墓苑を)造るんだったらいいものを造りたい。前から私も考えていた。各方面の意見をよく聞いたほうがいい』と答えた。しかし靖国神社との関係調整などをめぐっても、実現までには難航が予想される。(『東京新聞』2001・6・26)
2001年(平成13年)6月27日
■ロサンゼルス28日発。『アパートの鍵貸します』(1960)『おかしな二人』(1968)などで知られる名優ジャック・レモン、ガンによる合併症のため、ロサンゼルスの病院で没。76歳。同氏はボストン出身、ハーバード大卒業、第二次世界大戦後から本格的に芸能活動を開始した。ラジオ・テレビで腕を磨いた後、『ミスタア・ロバーツ』(1955)でアカデミー助演男優賞を得てから映画を中心に活動した。マリリン・モンローと共演した『お熱いのがお好き』でビリー・ワイルダー監督と出会い、『アパートの〜』や『おかしな〜』『フロント・ページ』(1974)などの喜劇で快演した。一方シリアスな演技では『酒とバラの日々』(1962)『セイヴ・ザ・タイガー』(1973)などの評価が高く、後者ではアカデミー主演男優賞を獲得した。昨年後半から体調を崩しがちで、ガンの治療を定期的に受けていた。(『東京新聞』2001・6・29)
2001年(平成13年)6月27日
■ワシントン28日発。中国を脱出してアメリカに亡命を求めた医師が、下院外交委員会の国際活動人権小委で証言し、中国国内で過去、移植手術のために処刑直後の囚人百人近くの皮膚を剥いできたことを生々しく告白し、これまで言われてきた、中国で処刑された囚人の臓器が移植に使用されているとの情報を裏付ける形となった。証言したのは、天津市の軍警察病院でやけどの治療を專門にしてきた王国斉氏(38)で、囚人が銃殺されると直ちに両手のロープをほどいて衣服を脱がせ、通常十〜二十分間で皮膚を剥いできたという。ところが1995年秋に処刑された囚人の場合、移植用の腎臓を摘出した後も呼吸し、心臓が動いており、王氏は同僚医師と皮膚を剥いだ後、怖くなって逃げ出したという。王氏は『自らの行為に対する深い悔悟の念から死刑囚の臓器、組織の売買という慣行に反対するために本日、証人に立っている』と語った。また中国国内で十九年間の投獄を体験した中国系米人の人権活動家ハリー・ウー氏は、臓器のレシピエント(被提供者)には@政府や軍の高官、A裕福な華僑や外国人、B庶民という、暗黙の優先順位が付けられており、特に一万五千ドル以上も支払うような外国人レシピエントに適合しそうな死刑囚がいる場合は、移植手術に合わせて処刑が行なわれると証言した。
★北京28日発。上記の情報に対し、中国外務省の章啓月報道官は、『個人的な目的達成のためになされた中国への悪質な中傷である』として証言内容を否定し、中国政府は臓器売買を厳格に禁じていると語った。(『産経新聞』2001・6・29、『朝日新聞100年の記事に見る 6 奇談珍談巷談・下』に切抜き保存 嗚呼ヤコペッティ)
2001年(平成13年)6月28日
●顕著な功績をあげた職員の表彰制度として都が新設した『東京スピリット賞』の初の表彰式が、都庁第一本庁舎七階ホールで行なわれる。表彰第一号となったのは、軽油引取税の脱税事件調査と外形標凖課税導入に取り組んだ主税局職員五十四人(他局に異動した職員を含む)で、脱税事件調査チームの鈴木みどり・特別機動調査担当係長と、外形標凖課税チームの宮下茂・元歳入課長(現・産業労働局総務課長)が代表で石原慎太郎知事から表彰状を受け取った。知事は『都庁の存在感を証してくれた。本当に皆さんに感謝します』と、ねぎらいの言葉をかけ、『国がやらないことをどんどんやっていこうじゃないか。摩擦があれば私が責任をとる。他局も大いに発奮し、都民の負託にこたえていただきたい。お互い力を合わせ東京のため、日本のために頑張りましょう』と呼びかけた。表彰を受けた職員には、記念品として知事も愛用するクロス社製高級ボールペン(二万五千円相当)が贈られた。この賞は職員のやる気を高めようと、都内のベンチャー企業六社からの寄付金計一千万円を原資に創設されたもので、今後は目立った功績のあったチーム、個人に随時贈られる。(『産経新聞』『東京新聞』2001・6・29)
2001年(平成13年)6月28日
●鳥取県教育文化財団が、同県青谷町にある弥生時代の集落跡『青谷上寺地遺跡』から、青銅製の矢じりが突き刺さったままの人骨が出土したと発表。『青銅製の矢じりが武器として実戦に使われていたことを示す初の事例』(日本初)という。矢じりは長さ三十五mm、幅九o、厚さ二oで、成人男性の骨盤の左側に、やや下方から突き刺さっていた。骨盤には鎌のような武器による傷もあり、分析にあたった井上貴央・鳥取大医学部教授は『当時の凄惨な戦闘の様子がうかがえる』と話す。(『産経新聞』2001・6・29)
2001年(平成13年)6月28日
●川崎重工業が、東急建設などとの共同実験で、二足歩行できるロボットによるフォークリフトの運転に成功したと発表。ロボットの機体はホンダ製の『アシモ』の兄弟分だが、最も重要な制御システムは川崎重工が独自開発した。経済産業省が主導する事業の一環で全体の事業費はこの三年間で二十八億円だった。実験では、ロボットが高さ三十pの階段を上ってフォークリフトの運転台に立ち、四本のレバーとハンドルを操作し、荷物を持ち上げて移動させた。別室の操縦席では、ロボットが見た風景を画面で見ながら操縦者が動きを指示した。ロボットの手先のセンサーで物に触れたことも分かるという。(『東京新聞』2001・6・29)
2001年(平成13年)6月29日
●理化学研究所と順天堂大学の共同研究グループが、パーキンソン病(手足の震えや筋肉の硬化などが徐々に進み、やがて死亡する、進行性の難病)の原因を解明。同グループは、遺伝性パーキンソン病患者(全体の約五%を占める)にタンパク質を分解する酵素が欠損していることに着目、患者の脳組織を調べたところ、『パエル受容体』と呼ばれるタンパク質が分解されずにたまり、健常者の十〜三十倍も蓄積されていることを確かめた。このタンパク質をヒト由来の脳神経細胞に過剰投与したところ、細胞はストレスで丸く膨張し死んでしまった。マウスによる実験では、このタンパク質は運動機能に関係する物質を作る中脳に多くたまっており、それが中脳の細胞死を招き、運動障害が起きてパーキンソン病になると推定した。このメカニズムは、脳内に『βアミロイド』というタンパク質が過剰蓄積されることによって発病するアルツハイマー病によく似ている。この結論は29日発行の米科学雑誌『セル』に発表される。理研脳科学総合研究センターの高橋良輔チームリーダーは、『タンパク質の蓄積を抑制する薬剤を開発すれば、画期的な治療法につながる可能性がある。患者の九十五パーセントを占める非遺伝性のパーキンソン病でも、原因が同じかどうか確かめたい』と話している。(『産経新聞』2001・6・29)
2001年(平成13年)6月29日
●法務省が全国十三箇所の地検検事正などを異動する人事を発令、最高検検事だった佐藤典子氏(57)を旭川地検検事正に任命。検察史上、女性が検事正になったのは日本初。(『産経新聞』2001・6・29)
2001(平成13年)年7月3日
●写真週刊誌の草分け『FOCUS《フォーカス》』(新潮社)が、東京都新宿区矢来町にある新潮社別館で行なわれた記者会見において休刊を正式発表。休刊の経過を説明した松田宏・FOCUS担当取締役は、百人以上も集まった報道陣を前に『ジャーナリズムにおける写真のあり方に革命的な変化をもたらした』と、同誌の先駆的役割をくり返し自賛し、『日本が一番面白かった時代に「面白い雑誌があった」と記憶に残る。それで満足できる。FOCUSは終わるが、“フォーカス的”報道は定着している。今後のマスコミの奮闘を期待する』と涙をこらえながら述べた。松田氏は2000年7月、初代編集長の後藤章夫氏の死去に伴い後任の担当役員に就任、2001年6月26日の役員会で休刊を提案し、満場一致で可决されたという。『FOCUS』は、一時は公称二百万部を突破したこともあるが、この五、六年は三十万部台で低迷。写真週刊誌は一枚の写真を撮るために長い時間を必要とするなど、活字雑誌に比べて経費が桁違いにかかり、四十万部を割ると危険信号、最近の累積赤字は数十億円に逹していたという。部数激減の理由として、松田氏はまず、1986年12月、タレントのビートたけしが講談社を襲撃した『フライデー事件』を挙げた。『八十万部だったのが、事件後五十三万部にまで激減した。ライバル誌の事件で、写真週刊誌に対するイメージが一転、読者離れが急速に進んだ』と述べ、さらに『時代が変化した。読者の興味に沿う形でテレビカメラが、奥まで進むようになった。フォーカス的な報道がいろいろな媒躰でまねされるようになった』など、報道陣の質問に答える形で“敗因”を列挙、その上で『最近のFOCUSはパワーが不足していた。読者はスクープがないと買ってくれない。そういう意味で編集の力が弱くなった』と話した。
・コメント
篠田博之(メディア批評誌『創』編集長)。『この二十年間の受け手(読者)、市民の意識変化の視点が抜け落ちていた』と指摘、『神戸小六男児殺害事件(酒鬼薔薇聖斗事件)』で逮捕された少年の顔写真を掲載し、批判された件を例に『昔はプライバシーに踏み込んでいって拍手喝采を浴びたが、今は「まだ、そんなことをやっているのか」と言われる。(取材対象に)突っ込んでいっては、批判の対象となる悪循環』と述べた。
マッド・アマノ(パロディスト。『FOCUS』最終ページ、写真で世相を風刺した『狂告の時代』を創刊号より担当)『ワイドショーが政治や事件も扱い、切り口がなくてもナマの魅力でおもしろおかしく見せる。スポーツ誌もビビッドに扱う。「週一度の週刊誌はかったるい」となる』と、テレビが写真週刊誌衰退の原因の一つであると語る。『「これはどういうことだ。説明しろ」。ここ二、三年、こうした抗議が、特に自民党からの抗議が増えている。週刊誌には逆風が吹いている』
福田文昭(フリーカメラマン。田中角栄元首相の法廷写真など、多くのスクープ写真を撮る。創刊時から二年前まで、中断をはさんで計十三年間、契約カメラマンとして活動)『撮れるかどうか分からない写真を撮ることを正当に評価してくれた』と振り返り『実証主義を築き上げてきた、力のあるメディアが倒れていく。一つの文化ジャンルが消える。損失と思う。スキャンダルを発生させている側は、大喜びだろう』と語った。(『東京新聞』2001・7・4)
2001(平成13年)年7月3日
●NTTが、道を掘り返さず、地下にトンネルを掘ることのできる『モグラロボット』を開発したと発表。開発したのは同社系の研究所で、直径数十p、長さ約三mの推進機が地中の土砂を細かく振動させて周りに押し付けながら進み、掘った後の穴には自動的に管がはめ込まれるというもの。二百〜二百五十m進むことが可能で、作業員は地上から遠隔操作するだけ。電話線や下水管等の敷設工事を、排土を出さず従来の三倍の速度で進めることができる新技術で、同社は『世界初』として特許を申請した。また、トンネルに沿って道路を掘り起こす必要が無く交通渋滞なども緩和されるほか、工費も半分以下に減らせるという。一機あたりの製造費は約一億円。NTTは本年度中にも同社関係の工事で実際に使用するほか、通信事業以外のさまざまなライフライン工事にも利用できるよう、改良を進めるとしている。(『東京新聞』2001・7・4)
2001年(平成13年)7月6日
★上海発。中国南部・雲南省の山奧に住む、三百年間も巨大な洞窟で暮らしてきた村人たちを、ギネスブックに申請することを同省と北京の社会科学院が決定。彼らが住んでいるのは省都・昆明から約四百km東の山間地、広南県峰岩洞村にある洞窟で、五十九戸、約二百九十人が協同体をつくって生活している。交通が不便なため隔離されており長い間その存在が一般に知られていなかった。住人は全て漢族で、最も早く住み着いた家族の祖先は約三百年前に江西省から移住、現在は九代目にあたる。言葉や服装、食べ物など昔の風俗・習慣がそのまま残っているほか、戸締りの概念がなく泥棒もいない。洞窟には岩のすき間から適度に日光が差し込み、夜には星や月も見える。四年前にTV取材班が偶然この村を発見し、地元のニュースで放映された。その後、広南県政府が別の場所で“文明的な”生活をするように勧めたが、外に出てきたのは三分の一だけだったという。昨年、昆明で開かれた文化シンポジウムで紹介され、出席者からギネスブックにのせたらどうかという意見が出たという。(『東京新聞』2001・7・7 切抜きのコピーを『朝日新聞100年の記事にみる 6 奇談珍談巷談・下』に保存 中国ならありそうな気も、また中国だからやらせのような気もするが、『ギネスブック』というよりは、リプレーの“Believe it or Not(信じようと信じまいと)”向けのネタではないか?)
2001年(平成13年)7月6日
●下着メーカー『ワコール』(京都)は、十〜十八歳の女性を対象に1980年には七百九十一人、2000年には四百七十九人からデータを収集して分析した結果を発表した。それによると、十代女性の体形は二十年前に比べ、身長は伸びヒップもアップして一見スマートになったが、ウエスト回りは全年代で○.二〜一.八p太くなっており、ウエストのくびれが目立たないずんどう型に変わっていることが判明した。差は体形の変わり目とされる十一歳で最大だった。一方、バストはボリュームアップ。十五歳で比較した場合、平均でブラジャーのサイズがBカップ(トップとアンダーの差が約十二.五p)から、Cカップ(約十五p)と一サイズ大きくなった。(『東京新聞』2001・7・6)
2001年(平成13年)7月7日
■●この宇宙に反粒子がほとんど存在しない理由を解明する鍵となる『CP対称性の破れ』と呼ばれる現象を発見したと、アメリカのスタンフォード線形加速器センター(SLAC)を中心とした国際チームが7日までに発表した。この物理現象は『粒子』と『反粒子』の間に、崩壊の仕方の違いなど、電気的性質以外に微妙な差があるというもので、誕生直後の宇宙には粒子と同数在った反粒子を減らした原因と見られており、現在のような宇宙ができた理由を説明する成果として注目されている。同じ実験は日本でも高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)や国内外の大学が共同で進めており、今年2月の時点では、日米双方の結果と過去の同様の実験結果を併せて、CP対称性の破れが存在する確かさは99%だった。SLACはその後着実にデータを増やし、今回単独でほぼ100%の確かさに到逹し『発見』を宣言した。日本側の結果も近くまとまる予定。CP対称性の破れの起源を説明する理論としては、小林誠・高エネ研教授と益川敏英・京都大基礎物理学研究所所長が1973年に発表した『小林・益川理論』が最有力視されている。益川所長は『今回の結果はCP対称性の大きな破れを発見したと言える。私たちが理論を出してから三十年近くかかったが、それだけ難しい実験だったということだろう。日米双方の実験で今後、理論の検証が進められるのだろうが、理論と矛盾するような面白い結果も期待したい』とコメントしている。(『東京新聞』2001・7・8)→7月23日に日本チームも発見。記載有り。
2001年(平成13年)7月8日
●東京新聞が加盟している『日本世論調査会』が、6月30日、7月1日の両日に行った皇室に関するアンケートの結果を発表。『女子が天皇になってもよい』とする意見が過去最高の71.2%となり、1999年12月に行なわれた前回調査の53.1%を大きく上回った。一方『男子に限るべきだ』とする意見は15%と、前回の24%、前々回(1998年4月)31%から大きく低下した。11月下旬から12月上旬にかけて予想される雅子妃殿下の初出産については、『非常に関心がある』『少しは関心がある』が合わせて81%に上り、皇位の継承を男性皇族に限っている皇室典範については、計68%が『今すぐ』か『雅子妃出産後』に検討すべきだと答えた。皇室報道の量については、56%が『今程度の報道でよい』とし、また敬語についても『今程度の使い方でよい』とする人が四分の三を超えた。天皇の地位については75%が『国の象徴』と答え、天皇制の在り方については『今のままでよい』が83%と、前回の78%、前々回の80%をわずかに上回り、象徴天皇の定着ぶりをうかがわせた。なお天皇の印象については、『親しみを感じる』(44%)、『すてきだと思う』(8%)と好意的なものが半数を超えたが、一方『なんとも感じない』という回答も34%あった。(『東京新聞』2001・7・8)
2001年(平成13年)7月10日
●公正取引委員会が、景品表示法に基づき、飲用乳の表示について業界団体がつくった新たな表示規約を認定。それにより、今後は原料の『生乳《せいにゅう》』100%の製品だけが『牛乳』と表示できるようになり、加工乳や乳飲料には『牛乳』の文字は使えなくなる。一般に定着している『コーヒー牛乳』『いちご牛乳』などの商品名も11日の規約施行から一年以内に消えることになり、メーカー側は新たな商品名を検討している。見直しのきっかけとなったのは、2000年6月に起きた雪印乳業の食中毒事件。消費者から『牛乳と乳飲料の区別がわかりにくい』といった不満が相次ぎ、乳製品メーカーなど約七百二十社が加盟し、表示規約を定める全国飲用牛乳公正取引協議会が規約改正に踏み切った。新規約は、@厚生労働省令で牛乳や特別牛乳に分類される『生乳100%』で無脂乳固形分8%以上、乳脂肪分3%以上のものが『牛乳』と表示できる。A生乳の使用割合を100%、50%以上、50%未満の、原則三段階で商品に表示する、など。(『東京新聞』2001・7・11)
2001年(平成13年)7月10日
●1950年から1951年にかけて栃木県葛生《くずう》町にある採石場などの石灰岩から相次いで見つかり、近くで見つかった動物の骨の年代などから三十万年以上前の旧石器時代の人骨と判断され、『明石原人』の発見者でもある故・直良信夫氏によって『葛生原人』と命名された骨が、科学的に年代測定した結果、十五世紀前後の骨であることが分かった。『葛生原人』は『明石原人』とともに、日本人の起源を探る上で重要な資料とされ、一部の教科書にも掲載されていた。地元では原人をシンボルに町おこし事業を行ったりイベントを次々と開催してきたが、一部で旧石器時代の物かどうか充分な検討が行われていないとの指摘もあったことから、国立科学博物館の馬場悠男人類研究部長らの研究グループが、所在が確認されている八点を再検討した結果。八点のうち四点は、形状などからクマやサルなど動物の骨であると判明、さらに、脆くなっている一点を除く残りの三点は、松浦秀治お茶の水女子大助教授(先史人類学)らがフッ素含有量の分析や放射性炭素による方法で調べた結果、旧石器時代ではなく、十五世紀頃の人の骨であることが分かった。分析結果は12日から京都市で始まる日本人類学会大会で発表される。旧石器人とされる化石人骨の年代については、大分県聖嶽《ひじりだき》洞穴の人骨が中世以降と判明したばかり。葛生町では『原人の町』として町おこしを進め、七億五千万円を投じて、横穴や竪穴住居で古代の生活を疑似体験できる『古代生活体験村』をつくったほか、『原人まつり』や『原人レース』と言ったイベントを次々と開催しており、結果に当惑を隠せない。立川裕康町長は『科学上の原人とロマンの原人と分けて考えている』と、原人の町としてPRしていく方針に支障はないと強調している。(『東京新聞』2001・7・11)
2001年(平成13年)7月12日
●酸素不足による細胞死を防ぐタンパク質ORP150に血管の新生作用があり、ガン細胞に大量に存在、増殖に主要な役割を果たしていることを金沢大大学院脳細胞分子学講座の小川智教授と小沢健太郎研究員らが発見し、アメリカのガン専門誌に発表。増殖を繰り返すガン細胞は栄養を得るため、周囲に新しい血管網をつくる。それを妨げることは新しい治療法として注目されており、このタンパク質の発現を抑えればガンの成長阻害が期待できる。ORP150は血液供給が減り、細胞が低酸素状態に陥ると作られるが、これは、血管網を伸ばすよう救援を求めるタンパク質を周辺の毛細血管細胞に伝える『運び役』で、血管形成促進因子と分かった。肝細胞や腎細胞、神経細胞などにも少量存在するが、ガン細胞にはその十倍もあることが判明。このためガン細胞周辺で血管新生が起き、増殖が進んでしまう。脳腫瘍細胞を脚などに植えたマウスでORP150を遺伝子操作で減らすと、小豆大の腫瘍が一週間で数百分の一に縮小、ほとんど死滅した。研究グループは現在治療薬の開発に取り組んでおり、小川教授は『脳梗塞などの脳血管障害患者ではORP150を減らすと逆効果になるので、機会に応じて使える薬が必要だ』としている。(『東京新聞』2001・7・12)
2001年(平成13年)7月15日
★香港15日発。広東語が公用語となっている香港で、中国の標凖語である北京語を普及させるため、標準語を話せば買物や飲食が5%引きとなるキャンペーンがこの年から始まる。香港紙『明報』によれば、このキャンペーンは香港で唯一の標凖語ラジオ局であるRTHK普通話台の呼びかけで、毎年9月13日を『標凖語デー』と定め、香港観光業協会などの協力でこの日に限り、域内の約三千店の商店、飲食店が、標準語を話す客を割引で優遇する。中国に返還された香港だが、学校の義務教育で北京語が必修科目になったのはわずか十年ほど前。香港住民で完璧に標準語を操れるのは人口の一%強、約八万人しかいない。そんな事情もあってか、値引判定の基準は『いくら訛りがあっても最後まで標凖語を貫けばOK』だとか。(『東京新聞』2001・7・16)
2001年(平成13年)7月16日
■ボン17日発。ドイツ西部カールスルーエの閉鎖された核廃棄物処理施設から高濃度のプルトニウムを持ち出し、自宅に保管していた男性職員(47)とその妻が地元警察に逮捕される。彼は昨年末から今年初めにかけて、プルトニウムを入れたガラス瓶を衣服に隠し、それを脱いで検査を受けた後、ズボンのポケットに入れて持ち帰ったという。尿検査で大量の放射能が検出されたことから犯行が発覚した。その後プルトニウムと衣服は廃棄されたが、自宅アパート付近からは許容量の六百倍もの放射能が検出され、職員夫婦の娘も被曝していることが判明した。犯行動機について職員は、施設の警備が不充分であることを証明したかったと供述している。トリッティン環境相は事件に衝撃を受け、施設の警備の調査を命じた。(『東京新聞』2001・7・18 右のポッケにゃ夢があり、左のポッケにゃプルトニウム。この犯人は危険性を承知でやっているのだろうけど、なんだか映画『魚が出てきた日』を思い出してしまった)
2001年(平成13年)7月20日
●アニメ映画『千と千尋の神隠し』(スタジオジブリ 宮崎駿監督)公開。東宝配給。
2001年(平成13年)7月22日
■ロンドン22日(『サンデータイムズ』紙)発。後期印象派の巨匠ゴッホは、晩年発作的に自分の耳を切落したという事件を起こしたことで知られているが、その真犯人は、彼と共同生活をしていた画家ゴーギャンであるという説が浮上した。ドイツの研究者リタ・ウィルデガンスさんによれば、ゴッホは1888年に絵画集団を設立するためにフランスのアルルに居住、ゴーギャンと10月から共同生活を始めたが、次第に関係が悪化した。クリスマスイブの朝、酒を飲んで口論となり、カミソリで切りかかったゴッホにゴーギャンがフェンシングの剣で対抗、耳を切った。血だらけになったゴッホの意識が戻ったときには記憶がなく、ゴッホが自分で耳を切り落としたとするゴーギャンの供述が唯一の証言になったというもの。リタさんは近く出版する著書でこの説を主張するとのこと。(『東京新聞』2001・7・23)
2001年(平成13年)7月23日
●茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(高エネ研)を中心とした実験チームが、ローマで開かれた国際学会で、現在の宇宙に反粒子がほとんど存在しない理由を説くカギとなる現象『CP対称性の破れ』を発見したと発表。粒子と反粒子は質量が同じで電荷が逆だが、電気的性質以外にも微妙に異なる性質を持つというのが『CP対称性の破れ』で、これによって宇宙誕生時には同数だったはずの粒子と反粒子のバランスが崩れ、粒子だけが消え残ったと考えられている。高エネ研チームは二年前から、大型加速器でB中間子と呼ばれる粒子と、反粒子の反B中間子を多数つくった。両粒子とも自然に崩壊するが、壊れ方を精密に調べたところ微妙な違いが見つかった。この年2月の学会では、CP対称性の破れが存在する確立は約95%と発表したが、今回はデータを増やして、確立はほぼ100%(99.999%)になったため、破れを『発見』したし宣言した。同様の実験を勧める米スタンフォード線形加速器センター(SLAC)のチームも今月7日に『破れ』をほぼ100%確認したと発表している。しかし、粒子の性質を説明する『標凖理論』によると、実験値は○から一の間をとると予想されていたが、SLACの値が○.五九前後なのに対し、高エネ研は○.九九と許容範囲ぎりぎりの値で、両者の食い違いの大きさが新たな課題となっている。CP対称性の破れが起きる仕組みを説明する理論では、小林誠・高エネ研教授と、益川敏英・京都大基礎物理学研究所所長が1973年に提唱した『小林・益川理論』が最有力とされており、日米両国の研究でCP対称性の破れが確実になったことから、小林、益川両氏へのノーベル賞受賞への期待も高まりそうだ。(『東京新聞』2001・7・24)
2001年(平成13年)7月24日
●アニメ映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)が20日の公開から三日間で約百二十二万人を動員、約十六億三千万円の興行収入を記録したことが、配給元の東宝のまとめでわかった。この数字は、公開三日間の動員数でこれまでトップだった同監督の『もののけ姫』を抜き、邦画では過去最高。(『東京新聞』2001・7・25)
2001年(平成13年)7月25日
★下層カースト出身で『盜賊の女王』の異名でも知られるインドの下院議員プーラン・デビが、この日の午後、議会での審議から帰宅したところを覆面姿の三人組から自動小銃の乱射を受け、頭部を打ち抜かれて間もなく死亡(没)。明確な出生の記録がないため年齢は不詳だが、40歳前後と見られる。北部の貧しい村で下層カーストとして生まれ、インド特有の少女婚やレイプなどの虐待を受けたあと、十代後半に盗賊団に誘拐されたが、やがて盗賊団の首領となって殺人や強盗を重ねた。1981年に自らを集団レイプした上位カーストの二十二人を射殺し、1983年、警察に投降。約十一年間未决囚として獄中生活を送った後仮釈放された。1996年の総選挙で下院議員に当選、その後落選したが1999年の総選挙で再び下院議員となった。その数奇な半生は映画化されたほか、自らも自伝『女盜賊プーラン』(草思社、1997)を書いている。インドの政界はいまだにカースト間の軋轢が激しく、特に上位カーストが作る最大与党インド人民党を中心に、かつての殺人者が社会党の国会議員であることに対して強い不満があり、暗殺の背景にはカースト間の対立が潜んでいることがうかがわれる。(『東京新聞』2001・7・26、27)ニューデリー27日発共同。インド警察が、プーランさん殺害犯人のうち二人を、同国北部のデラドゥーンで逮捕。残る一人は依然逃走中。容疑者の一人は殺害動機について『1981年にプーラン・デビさんが上位カースト者二十二人を殺害したことに対する報復』と供述。(『東京新聞』2001・7・28)
2001年(平成13年)7月28日
●奇想天外な忍者小説で知られる作家の山田風太郎《やまだ・ふうたろう》氏(本名、山田誠也《やまだ・せいや》)午後5時30分、肺炎のため没。79歳。葬儀は密葬として31日午前、近親者のみで済ませた。
2001年(平成13年)7月29日
●京都精華大学芸術学部マンガ学科の牧野圭一教授(63)の呼びかけで『日本マンガ学会』が設立される。会長は社会心理学者で同大学学長の中尾ハジメ氏(55)、評論家の呉智英氏(54)らが役員を務める。事務局は同大学に設置され、世界的に関心の高い日本漫画についての研究が行なわれる。(『産経新聞・夕刊』2001・7・27)
2001年(平成13年)7月31日
●京都国立博物館が、幕末の志士、坂本龍馬の妻、おりょうの若い頃と見られる写真が見つかったと発表。縦九.一p、横五.八pで、収集家の古写真の中から見つけた。おりょうの写真はこれまで晩年のものしかないとされてきたが、あごの形などが似ている。かつて議論を呼んだ末に、別人とされた写真とも酷似しているという。(『朝日新聞』2001・8・1)
2001年(平成13年)8月1日
●三洋電機が世界初の洗剤を使わずに洗濯ができる全自動電気洗濯機『超音波と電解水で洗おう』を発売する。この洗濯機は、同社が開発した超音波洗濯機に、洗濯槽内の水を電気分解することによって生じる電解水を使って衣類の汚れを落とす新技術をプラス、超音波で汚れを砕き、電解水で有機物を分解することで、洗剤なしでも効果を得ることができる。ただし、油や泥などの無機質の汚れは電解水では十分に落とせないため、従来どおり洗剤を用いるコースと使い分けられるようになっている。希望小売価格は、容量八キロが十二万八千円、同七キロが十一万八千円で、同容量の他機よりは割高。(『産経新聞』2001・8・2)
2001年(平成13年)8月6日
●国立天文台野辺山宇宙電波観測所(長野県南牧村)の中井直正教授が、地球から八千五百万光年離れたポンプ座にある渦巻き銀河IC2560の中心部に、質量が太陽の二百八十万倍もある巨大ブラックホールを発見したと発表。同教授によると、ブラックホールが存在する確立は九十九.二%で、銀河の中心にある巨大ブラックホールとしてこれだけ確実に捕らえられたのは三番目。この銀河の中心部では、水蒸気のガスが発する活動的な電波(水メーザー)をドイツの研究チームが五年前に発見していたが、中井教授らは、この水メーザーを野辺山にある直径四十五mの電波望遠鏡で5年間観測し、半径○.八五光年の薄い円盤状のガスが毎秒二百十三kmで高速回転していることを突き止めた。この半径と回転速度から、中心部に大質量のブラックホールか星の集団があると推定でき、星の集団であれは安定して存在できないため、ほぼ間違いなくブラックホールとしている。ブラックホールには、重い星が超新星爆発を起こしてできる太陽質量の数倍程度のタイプと、銀河中心にある太陽質量の百万倍以上の巨大なタイプの二種類があるとされる。(『東京新聞』2001・8・7)
2001年(平成13年)8月6日
■★ロサンゼルス7日発時事。1975(昭和50)年4月のベトナム戦争終結の際、ベトナム共和国(南ベトナム)最後の大統領として全面降伏の声明を出したズオン・バン・ミン氏、米ロサンゼルス近郊の病院で没。86歳。1975年4月21日辞任に追い込まれたグエン・バン・チュー大統領に代わり、同月28日、大統領に正式就任、同月30日、解放勢力への無条件降伏の声明を発表し、政府軍司令部も即時停戦を命令。アメリカもサイゴン(現ホーチミン)から撤収、サイゴンは陷落しベトナム戦争が終わった。戦後軟禁生活をしいられたが、1980年代にフランスへの出国を認められてパリ郊外で暮らし、数年前にカリフォルニア州に娘と移り住んでいたもの。(『産経新聞』2001・8・8 夕刊)
2001年(平成13年)8月6日
●戦後の日本競馬界を代表する騎手、調教師だった野平祐二《のひら・ゆうじ》氏、午前9時27分、肺炎のため千葉県市川市の東京歯科大学市川総合病院で没。七十三歳。“ミスター競馬”の異名を持ち、長年日本競馬の発展に貢献してきた。1944年、十六歳で騎手デビュー、華麗な騎乗で人気を博し、通算千三百三十九勝、1969年には名馬スピードシンボリとのコンビで、フランスの凱旋門賞などの大レースにも出場し、日本競馬の国際化のさきがけとなった。1975年からは調教師に転じ、G1レース七冠馬のシンボリルドルフを育て、2000年に引退した。(『東京新聞』2001・8・7)
2001年(平成13年)8月7日
●写真週刊誌の草分け『FOCUS《フォーカス》』の最終号(8月15・22日号)発売。巻末ページは、誰もいない静まり返った編集室の写真に、山本伊吾編集長の別れの言葉というもの。
2001年(平成13年)8月7日
●玩具大手のタカラが、愛犬の感情を分析できるシステムを、平成14(2002)年2月に発売すると東京・大手町のパレスホテルで発表。商品名は『バウリンガル』(予定価格一万二千八百円)といい、犬の首輪に付けた小型マイクで収録した鳴き声を携帯型の本体に送信して声紋を分析、『楽しい』『悲しい』など六種類の感情を文章やイラストで液晶画面に表示する仕組み。佐藤慶太社長は『動物と話すという人類の夢に一歩近づいた』と売込みに熱心。平成十四年中に国内で二十万台の売り上げを目指す。(『産経新聞』2001・8・8、『朝日新聞100年の記事にみる 6 奇談珍談巷談・下』に切抜き保存)
2001年(平成13年)8月7日
■ワシントン発。『ワシントン・タイムズ』が、米陸軍が将兵全員に着用させる予定で中国企業に発注したブラックベレー六十一万八千個(四百万ドル相当)が、米国内の倉庫の中で死蔵されていると伝える。陸軍当局は冷戦後に多発する地域紛争に対応できる敏速な陸軍に変身するとの意味合いを込め、従来は陸軍レンジャー部隊だけがかぶってきたブラックベレーを今夏から全将兵に着用させることを計画し、中国企業を中心に大量発注した。ところがレンジャー部隊OBから『誇りの象徴』を奪われる事への猛烈な反対運動が起きた上、米軍の帽子を中国で製造することに対する感情的な反発が議会などで巻き起こった。このため、国防総省や陸軍当局は、ブラックベレーは計画通り陸軍全体の帽子とし、レンジャー部隊には新たにタン(黄褐色)ベレーを着用させるという妥協案を示して事態を収拾する一方、中国製ベレーの着用の全面禁止に踏み切った。そのベレーが納入されて倉庫に山積みされているもので、同紙によると、当局は、廃棄処分、他機関へ引き渡し、外国への転売、学校や非政府組織などへの寄贈を含む、六つの選択肢を検討しているが、転売先や引き取り手が見つからず、頭を抱えている状態という。(『産経新聞』2001・8・8夕刊)
2001年(平成13年)8月7日
☆ソウル7日共同発。韓国のマリア生命工学研究所が、牛の体細胞を利用して妊娠可能な卵子を作りだすことに成功したと発表。この技術を人間に応用できれば、卵巣の摘出などで卵子のできない女性も、自らの体細胞を利用して妊娠できる道が開かれる。同研究所によると、牛の卵子から核を取り除き、代わりに別の牛の体細胞から採取した核を入れた後、特殊な技術で一組の染色体だけを持つ正常な卵子を作りだした。核を提供する体細胞の染色体が二組残ってしまうと授精が不可能になるが、同研究所は一組の染色体を取り除くことに成功し、受精が可能になったという。そして、この卵子と精子とを体外受精させ、体細胞の染色体一組と精子の染色体一組を持つ受精卵を作りだした。この受精卵は、子宮に移植できる最終段階直前のもの。同研究所の朴世必所長は『先月に米国のコーネル大学で同様の方式で卵子をつくることに成功したが、われわれの方法はさらに一段進んだものだ』としている。(『東京新聞』2001・8・8)
2001年(平成13年)8月9日
●『鬼やん』『土佐の一本釣り』などで知られる漫画家青柳裕介《あおやぎ・ゆうすけ》(本名・吉村睦夫《よしむら・むつお》)氏が、午前6時5分、耳下腺基底細胞ガンのため高知県土佐山田町中野92の自宅で没。56歳。高知県出身。葬儀・告別式は11日午前11時から同県南国市大嚶b二、南国斎場ベナレスで。喪主は長男の領《りょう》さん。青柳氏は中学卒業後、板前修業のかたわら漫画を描き、1967年『いきぬき』でデビュー。小学館の『ビッグコミック』に長期連載した『土佐の一本釣り』が代表作。1980年に『第25回小学館漫画賞』と『第24回高知県出版文化賞』を受賞した。(『東京新聞』2001・8・10)
2001年(平成13年)8月17日
■ワシントン16日共同発。16日付の米紙『ワシントン・ポスト』が、米カリフォルニア大バークリー校の天文学者らが、地球から四十五光年の距離に、太陽系によく似た惑星系を発見したと報じる。見つかったのは『47 アルセ・マジョリス』と名づけられた恒星と、その周囲を回る土星と木星に似たガス状の惑星の存在。これまでに約七十の惑星系が発見されているが、この惑星系は軌道が極端な楕円形でなく、また中心となる恒星の科学的な構成要素も太陽と類似している。さらに、ガス状の巨大惑星は、周囲に地球のような小惑星が存在することも示唆しており、そこに水が在れば、生命が存在する可能性も否定できないとされる。天文学者らは今後、小惑星の発見に全力を挙げる。(『東京新聞』2001・8・17)
2001年(平成13年)8月17日
■●ウィーン発17日時事。オーストリアの首都ウィーンの下町フローリズドルフ区が、日本映画『男はつらいよ』の主人公、寅さん(車寅次郎)の故郷である東京都葛飾区にちなみ、ドナウ川に近い道路を『カツシカ通り』と名づけることになり、その命名式典が同日夜、ウィーン市内で行なわれる。日本びいきで知られるウィーンのツィルク前市長が、『男はつらいよ』を見て、人情に富んだ葛飾区の風情に感銘し、フローリズドルフ区に下町同士の姉妹提携を提案したのがきっかけで、両区は1987年から姉妹都市関係にある。出席した葛飾区の青木勇区長は『寅さんの取り持つ縁で、通りに葛飾の名前を付けてもらうとは』と喜んでいた。(『東京新聞』2001・8・19)
2001年(平成13年)8月23日
■ワシントン発。『エグモント』『レオノーレ』『コリオラン』などベートーベンの序曲に、新たに序曲『マクベス』が加わる。ベートーベンが残したスケッチを元に、オランダの作曲家、コンピューター・プログラマーのアルバート・ホルスバーゲン氏が再現したもの。関係者によるとベートーベンは約二百年前に、ヨアヒム・コーリンという脚本家と共に『マクベス』を題材としたオペラに手をつけたが、脚本家が『あまりにも陰気』として放棄したため、作曲も中止したという。ホルスバーゲン氏は、ベートーベンの生誕地であるボンで、残されていたスケッチの断片を手掛かりに再現に取りかかり、さらに英国国立図書館に『マクベス』と同じテーマを持つベートーベンの弦楽三重奏のスケッチがあることも発見した。完成した曲は9月20日に米国のナショナルシンフォニーがワシントンがケネディセンターで初演する。(『東京新聞』2001・8・24)
2001年(平成13年)8月23日
■アメリカの女優キャスリーン・フリーマン、肺ガンのため没。米シカゴ生まれ、78歳。『雨に唄えば』(1952)の発声コーチ役のほか、ジェリー・ルイス監督・主演の『底抜け大学教授』などに出演、2000年にはミュージカル『フル・モンティ』に出演し、トニー賞にノミネートされた。(『東京新聞』2001・8・26)
2001年(平成13年)8月28日
●長野県宮田村のNPO法人『日本聴導犬協会』で訓練を受けた聴導犬『かよ』(雑種、二歳七ヶ月、雌)が、千葉県市原市の主婦、沢和ひかるさん(49)とともに松本空港から大阪空港行きの飛行機に正式搭乗する。国内で聴導犬が同伴者と一緒に搭乗するのは初めて(日本初)。(『東京新聞』2001・8・29)
2001年(平成13年)8月30日
■この年5月にアメリカの天文台が冥王星の外側で発見した天体『2001KX76』の直径が、少なくとも千二百kmで、太陽系最大の小惑星であることを欧州南天天文台が確認。これまで最大とされていたのは1801年に火星と木星の間で見つかった小惑星セレスの直径約九百五十kmで、二百年ぶりに記録が更新された。KX76は、最小の惑星である冥王星(直径二千三百km)のほぼ半分に逹する大きさで、冥王星が惑星か小惑星かの論議も再燃する可能性も考えられる。ドイツ、フィンランド、スウェーデンの天文学チームが、加来の観測データを集積した『仮想望遠鏡』と呼ばれるデータベースを活用、KX76がかすかに写っている写真などから軌道を算定した結果、地球からの距離は約六十五億kmで、明るさから直径を推計したもの。(『東京新聞』2001・8・31)
2001年(平成13年)8月30日
■アメリカ大リーグのマリナーズ広報が『新人最多安打記録は、1911年に当時インディアンスの外野手だったジョー・ジャクソン二百三十三安打とする』と発表。大リーグが公式記録を委託しているエリアス・スポーツ・ビューロー社の調査を根拠としての判断したもの。同社によれば、打者の新人選手資格を『前年度までに百三十打席未満、もしくはメジャー登録四十五日未満』としており、ジャクソンは1911年のシーズン開始までに百十五打席だったことから『新人』とみなされるという。ジャクソンはマイナー時代に足に合わないスパイクを脱いでプレーしたことから『シューレス・ジョー』の異名でも知られ、メジャー通算十三年間で生涯打率三割五分六厘を達成(タイ・カップについで歴代三位)したが、1919年、ホワイトソックス時代に、レッズとのワールドシリーズで八百長疑惑をもたれて球界を永久追放された。実際には八百長には加わっていなかったとの説もあったことから、アメリカでは『悲劇の英雄』としての評価もあり、『エイトメン・アウト』(1988)、『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)等の映画の題材ともなった。このため、意図的に記録から外されていた可能性もあるが、同じ永久処分を受けたピート・ローズの通算安打四千二百五十六本が『最多安打』として公認されており、そのことも今回の訂正で考慮された可能性もある。これにより、大リーグの新人年間安打記録は、2001年8月30日現在で以下のようになる。
1.ジャクソン・・・・233安打(1911)
2.ウェイナー・・・・223安打(1927)
3.ガー・・・・・・・219安打(1971)
4.オリバ・・・・・・217安打(1964)
5.アレキサンダー・・215安打(1929)
6.ガルシアパーラ・・209安打(1997)
 クエン・・・・・・ 〃   (1953)
7.サイツァー・・・・207安打(1987)
8.ディマジオ・・・・206安打(1936)
 トロスキー・・・・ 〃   (1934)
 フレデリック・・・ 〃   (1929)
9.ペスキー・・・・・205安打(1942)
10.イチロー・・・・・204安打(2001)
イチローは現在打率三割五分一厘で、残り試合数は二十八あり、このペースならば記録更新の可能性もある。(『東京新聞』2001・9・1)
2001年(平成13年)8月30日
●人間に近いロボット開発を目指す科学技術振興事業団の、川人学習動態脳プロジェクト(京都府精華町)が、自らの視覚などに頼り、手のひらに立てた棒のバランスを取れるヒューマノイド(人間型)ロボット『DB』を公開する。作動部分は高さ百九十p、重さ八十sの人間に似た姿をしており、関節もなめらかに動く。@光の反射を追い、運動する物体に視線を移し続けるA体にかかる重さの変化に対応して動くB人間の行動を視覚から学習し、再現する−の三つの能力を持つ。この日は、研究員から手本を見せられた後、手のひらに立てられた直径四p、長さ百二十pの塩化ビニールの棒を目で追いながら、その動きや手にかかる力の変化から、手を微妙に動かし、数回の失敗の後、四分間近くバランスをとった。柴田智広研究員は『人間の脳が視覚などの情報から運動能力を得るプロセスを再現させた。今後は医療や介護などにも応用できるロボットの開発を目指したい』と話している。(『東京新聞』2001・8・31)
2001年(平成13年)8月30日
☆韓国の青少年保護委員会(金聖二委員長)が、未成年者を対象にした性犯罪者百六十九人の名前や住所を公開する。公開した名簿には名前をハングル文字と漢字で表記したうえで、居住地域、生年月日と犯行内容を具体的に記してあるが、顔写真と詳細な住所の掲載は反対が多く、今回は見送られた。対象者は、2000年下半期に刑が確定した三百九人の中から、有識者でつくる委員会が、悪質さや前科の有無を考慮して决めた。犯罪内容はレイプ、強制猥褻、援助交際(青少年性売買)が大半を占め、年齢的には20代四十六人、30代六十四人、40代三十八人、50代十五人、60代六人という内訳になっている。韓国では『金』『李』『朴』『崔』『鄭』の五つの姓が全人口の55%を占めており、同姓同名が多く、特に表音文字のハングル表記だけでは区別がつかず、あるケースでは、公開情報にあった地域に、公開対象者とハングルでの同姓同名者が十三人もいたという。委員会側は『公開内容に不備があれば、根拠となっている法の見直しを進める』と説明しており、今後も年二回の公開は続ける方針。次回の公開は2002年の2、3月ごろで、人数は今回の三倍の五百人になる見込み。(『東京新聞』2001・9・2)
2001年(平成13年)8月31日
●文部科学省が、『実用英語検定(英検)』や『漢字検定』等二十一種類の社会教育関連の技能検定の認定制度を2005年末までに廃止する方針を決める。公益法人が実施する技能検定に対する国の認定制度を廃止する政府の行政改革推進本部の方針を受けたもの。ただし『文部科学省認定』という形の“お墨付き”を取りやめる措置であって、技能検定そのものが廃止されるわけではない。今後は受検者が自らの判断で技能検定を選ぶことになり、同種の検定が競合している場合には、実施団体の受検者獲得競争が激化することも予想される。(『東京新聞』2001・9・1)
2001年(平成13年)8月31日
●『みずほフィナンシャルグループ』が、ICを内蔵した次世代キャッシュカードの取扱いを始めると発表。金融分野でのICカード発行は日本初。今回発行されるものは、同グループやNTTデータの従業員向けの試験的なもので、2002年4月からの一般向けのサービス開始に備える。NTTデータ向けは、社員食堂や自販機の支払い、出入室の管理(タイムカード)ができる。将来は買物や交通機関の料金支払いも想定している。(『東京新聞』2001・9・1)
2001年(平成13年)8月31日
●千葉県勝浦市の『行川《なめかわ》アイランド』(池田正巳園長)が閉園、三十七年の歴史にピリオドを打つ。同園は1964年8月にオープン、『フラミンゴショー』等ユニークなイベントが注目された他、東映特撮TV『仮面ライダー(初代)』等のロケ地としても知られており、1970年には年間百二十万人の入塲者を数えたが、その後、房総地区には相次いでレジャー施設がオープンし観光客が分散、1999年度には約二十一万人にまで減少した。約五十人の職員の大半は、まだ働き口が見つかっていないが、フラミンゴたちは福島県のサファリパークへ“再就職”が決まり、フラミンゴショーを存続する。(『東京新聞』2001・9・1)
2001年(平成13年)8月31日
■少年野球の世界一を决めるリトルリーグ・ワールドシリーズで三位となったチームのエース投手が年齢をごまかしていたことが判明。問題となっているのは米ニューヨーク市ブロンクスのリトルリーグチームに属するドミニカ共和国出身のダニー・アルモンテ君。リトルリーグ規定では、今シリーズの出場資格は1988年8月以降に生まれた選手となっており、同投手は1989年4月生まれの『十二歳』と登録していたが、シリーズ終了直後に『スポーツ・イラストレイテッド』誌が年齢疑惑を指摘、ドミニカ共和国当局者によって1987年4月生まれの『十四歳』である事がわかった。アルモンテ君が昨年渡米する直前に、父親が僞りの出生届を提出しており、ドミニカの当局は父親を公文書偽造の容疑で告発する方針。また入国に際しては観光ビザを使用しており、不法滞在者の状態であった。同投手はシリーズ中三試合に先発し、三本のヒットを許しただけで計四十六の三振を奪う快投で、初戦ではシリーズ初の完全試合を逹成するなど全米で話題になっていたが、これによりチーム成績と共に全ての記録が取り消される。(『東京新聞』2001・9・2、4)
2001年(平成13年)9月2日
●午前0時15分、作家の畑山博《はたやま・ひろし》、肝不全のため神奈川県横須賀市の病院で没。66歳。NHK教育TVの『若い広場』を担当。1972年に、青年の鬱屈した思いを描いた小説『いつか汽笛を鳴らして』で第67回芥川賞を受賞。主な作品に『狩られる者たち』『母を拭く夜』『海に降る雪』など。教育者として宮沢賢治に私淑、宮沢賢治の研究でも知られ、『教師 宮沢賢治のしごと』があるほか、自宅の庭に『銀河鉄道始発駅』を建て、賢治の著書に親しんだ。(『東京新聞』2001・9・3)
2001年(平成13年)9月2日
■世界で初めて心臓移植に成功したことで知られる南アフリカの医学博士クリスチャン・バナー氏、心臓発作のため、旅行先のキプロス・パフォスのホテルで没。78歳。1922年南アフリカ生まれ。ケープタウン大学卒業後、病院に勤務、心臓手術の経験を重ね、1967年、世界初の人間の心臓移植手術に成功した。患者は術後19日目で死亡したが、世界の移植医学に大きな影響を与えた。1984年、ケープタウン大学名誉教授、1997年には初の移植が行なわれたケープタウンのグルート・スキュール病院に記念館が設立された。(『東京新聞』2001・9・3)
2001年(平成13年)9月5日
●作家の江戸川乱歩が、横溝正史ら作家、知人に宛てた手紙約三百数十通の、カーボン紙を使った写しが、東京都豊島区の乱歩宅で見つかる。主に昭和21、22(1946〜7)年のもので、原稿用紙のつづり19冊に、細かい文字でびっしりと書かれている。横溝宛の手紙は三十五通、他にも吉川英治、坂口安吾らにあてたものもあった。横溝に宛てた手紙の写しでは、米国の作家レイモンド・チャンドラーの小説について『ハアド・ボイルドでは感じが最も新鮮で、文体も大変気が利いてゐて・・・』などの感想を書き送っているものもある。手紙の文面からは、当時作家同士でペーパーバックの英文小説を互いに貸し借りしていたこともわかるという。(『産経新聞』2001・9・6)
2001年(平成13年)9月5日
●1999年に業務停止となった富士山レーダーのドーム部分が解体撤去される。このレーダーは1964年に台風の早期探知を主目的に運用が始まったもの。直径九mのこのドームは、富士山頂のシンボル的な建物ともなっていたが、近年の気象衛星による台風探知の技術発達に伴いその使命を終えた。作業は5日の朝から行なわれ、午後5時には解体が完了した。撤去後はふもとの山梨県富士吉田市に引き渡され、同市が2002年夏頃までに復元し、気象学習施設として整備、利用する予定。(『産経新聞』2001・9・6)
2001年(平成13年)9月5日
●厚生労働省が来春卒業予定の高校生に対する求人倍率(7月末現在)を発表。これまで最低だった1999(平成11)年を○.○三ポイント下回り、○.六一倍と、過去最悪を記録した。景気低迷を背景に、特に地方における就職難が深刻化する気配。内訳は、就職希望の高校生が7月末現在で二十四万八千人と前年同期に比べ三.二%減少したのに対し、企業からの求人は、同七.一%減の十五万二千人。同省は『企業側は、高卒者には採用直前にならないと求人を出さない。高校生は経済の不透明さのあおりをまともに受けている』と分析、全国の労働局などに、高校生の就職対策の強化を指示する方針。(『産経新聞』2001・9・6)
2001年(平成13年)9月6日
★上海発。中国政府が進めていた行政区域の境界線の調査作業がほぼ終了する。これによって秦(221BC〜206BC)の始皇帝が初めて地方行政区域を定めた『郡県制』以来、二千年かかってようやく正確な中国地図が作られることになる。実のところ中国においては行政区分の大部分があいまいで、法的根拠があるのは5%程度に過ぎず、従来の地図では行政区域の境界線は『適当に』引かれていた。しかも隣接する省の間では境界線をめぐってもめ事が起き、処理費用だけで年間一億元(約十五億円)以上にのぼっている。このため中国政府は五年前から大陸全域で測量などの実地調査を進めてきた。その結果、省と省の間に計六十八本、総延長約六万三千km、県と県の間に総延長約四十一万kmの境界線があらためて定められた。これはこれまでよりも一万km長くなっている。(『東京新聞』2001・9・7 さすがは『白髮三千丈』の国。おおらかなものである。)
2001年(平成13年)9月9日
●午後4時すぎ、映画監督の相米慎二《そうまい・しんじ》氏、肺ガンのため神奈川県内の病院で死去(没)。盛岡市出身、53歳。通夜は13日午後6時、葬儀・告別式は14日午前11時、東京都中央区築地3−15−1、築地本願寺第二伝道会館。喪主は兄の琢磨《たくま》氏。デビュー作は『翔んだカップル』(1980)。カメラの『長回し』手法を多用し、俳優から深い情感を引き出す演出に定評があり、他に『セーラー服と機関銃』『台風クラブ』(1985、東京国際映画祭ヤングシネマ部門大賞)『お引越し』(芸術選奨文部大臣賞)『あ、春』(ベルリン映画祭国際批評家連盟賞、キネマ旬報ベストテン日本映画作品賞)等を作った。。2001年1月公開の『風花』が遺作。親族の話では、この年6月から肺ガンのため入院していた。(『産経新聞』2001・9・10、夕刊)
2001年(平成13年)9月9日
●午後9時57分、日本オリンピック委員会(JOC)会長、八木裕四郎氏、大阪市の国立大阪病院で死去(没)。北海道中頓別村(現・中頓別町)出身、72歳。長野県白馬村で行なわれたスキーの国際ジャンプグランプリを視察後、10日の会議出席のため9日に大阪入り、滞在先のホテル内のサウナの浴槽内で倒れているのを従業員に発見され、病院に運ばれたが、同日夜、死亡が確認された。(『産経新聞』2001・9・10、夕刊)死因は心不全。(『東京新聞』2001・9・11)
2001年(平成13年)9月10日
●神奈川県警の横浜・保土ヶ谷署に日本初の女性キャリア署長が誕生。就任したのは警察庁長官官房人事課付の田中俊惠警視(35)で、9月3日の警察庁の内示による。女性署長としては1994年の警視庁三田署長についで二人目だが、キャリア警察官としては初めて。(『東京新聞』2001・9・4)
2001年(平成13年)9月10日●
農水省と千葉県が、同県白井市の酪農家で飼育されていた乳牛の中から、狂牛病(牛海綿状脳症)の疑いがある一頭(五歳のホルスタイン種の雌)が見つかったと発表。当該の牛は焼却処分され、同じ農場内で飼育されている他の牛も隔離された。これが真性の狂牛病ならば日本初。感染源はアメリカから輸入した材料で作られた千葉県酪農農業組合連合会の飼料の可能性がある。この牛は8月6日に起立不能など狂牛病を疑わせる症状が出たため、延髄にある神経組織を採取し、茨城県つくば市の動物衛生研究所で検査、一旦は陰性の結果が出たが、その後この牛の脳に狂牛病特有の空胞が見つかったため再検査したところ、9月10日午後に陽性反応が確認された。農水省は狂牛病の確定診断のため、11日に『牛海綿状脳症に関する技術検討会』を開催し、欧州に検査を依頼するかどうかを検討する。(『東京新聞』2001・9・11)農水省は問題の乳牛は焼却処分されたと説明していたが、実際は全て鶏や豚のエサ用の肉骨粉に加工されていたことが、14日判明した。問題の肉骨粉は、他の牛のものと混じって茨城県の業者が約五十t、関連する徳島県の業者が約百t保管しているが、外部に出荷されていないかどうか確認を急いでいる。事件がわかったのは、13日夕方に、徳島県庁から『県内の業者が問題の牛を処理してできた肉骨粉を保管している』という連絡があったことがきっかけ。(『東京新聞』2001・9・15)9月22日未明、英国獣医研究所から回答。問題の牛が国内初の狂牛病であることが確定。(『東京新聞』2001・9・22)
2001年(平成13年)9月10日
●アニメ映画『千と千尋の神隠し』(スタジオジブリ 宮崎駿監督)が、公開から9月9日までの五十二日間に約千四百七十七万人を動員。『もののけ姫』(同監督)の千四百二十万人を上回り、日本映画の動員記録を更新したと、東宝が発表。興行収入は9日までで約百八十九億円で、『もののけ姫』の約百九十三億円という記録を、この週末には更新する見通し。外国映画も含めた場合の日本記録は『タイタニック』の観客動員約千七百万人、興行収入約二百五十九億円。(『東京新聞』2001・9・11 宮崎が稼いで高畑が使う。これがバランスというものか)
2001年(平成13年)9月14日
●任天堂の家庭用次世代ゲーム機『ゲームキューブ』(二万五千円)が発売される。ソニーの『プレイステーション2』に比べ、DVD再生機能がない分、価格は一万円安く設定されている。『キューブ』の名が示すとおり、紫色のさいころ型のデザインで、3月に発売された同社の『ゲームボーイアドバンス』(九千八百円)と接続すれば、アドバンスをコントローラーとして使ったり、ゲームキャラクターのやり取りなど、連動させて遊べるのも特徴。同社は『ソフト開発がしやすい機器に作り上げた。ゲームはおもしろさが大切』と説明しているものの、同時に発売されたソフトは『ウェーブレース ブルーストーム』(任天堂)『ルイージマンション』(任天堂)『スーパーモンキーボール』(セガ)の三種類にとどまった。『プレステ2』は6月末現在、国内でで約六百万台、世界で約千五百万台が出荷されており、大きく先行している。『セガサターン』『ドリームキャスト』のセガはすでにハードの製作から撤退しているが、一方、米マイクロソフトの『Xbox』は、地元・北米市場を最優先する狙いから、日本での発売を2002年2月22日に延期しており、本格的な三機の競争は2002年以降になる。(『東京新聞』2001・9・15)
2001年(平成13年)9月14日
●9月11日の米国同時多発テロを考慮して、角川書店が11月29日発売予定の、ビル爆破を扱ったゲームソフト『ビルバク』(三千九百八十円)の販売延期を決定。(『東京新聞』2001・9・16)
2001年(平成13年)9月18日
●タレントのカルーセル麻紀、本名・平原徹男(58)がコカインなどを隠し持っていたとして麻薬および向精神薬取締法違反(所持)容疑で逮捕される。警察は、男性からの性転換者である同容疑者を、本人の希望により男性として取り扱い、取調べは男性が担当することにしたが、留置場は警視庁の独居房に入れ、入浴も単独でさせるなど、対応に苦慮している。(『東京新聞』2001・10・3)
2001年(平成13年)9月22日
■ニューヨーク発共同。世界的バイオリニストでニューヨーク・カーネギーホール理事長のアイザック・スターン氏、ニューヨーク市内の病院で心不全のため没。81歳。1920年、ウクライナ・クリミニエツ生まれ。1歳の時両親と共に米サンフランシスコに移住、8歳でバイオリンを始め、15歳でデビューして『神童』とうたわれ、1943年、カーネギーホールでのリサイタルで大成功を収め、世界の注目を集めた。1960年に同ホール理事長に就任、経営難から取り壊しの危機に見舞われたホールを守るため先頭に立って活動し、ニューヨーク市による買上げを実現させた。この功績のため、同ホールの大演奏会場は『アイザック・スターン・オーディトリアム』と命名された。1953年に初来日、1999年には映画『ミュージック・オブ・ハート』にも出演した。(『東京新聞』2001・9・24)
2001年(平成13年)9月27日
●東宝映画『千と千尋の神隠し』(スタジオ・ジブリ、宮崎駿監督)が米映画『タイタニック』(1997年12月公開)の持つ観客動員数の日本記録を抜く。(『東京新聞』2001・9・28)
2001年(平成13年)9月28日
■●シアトル発。米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手が、地元セーフコ・フィールドのアスレチックス戦で2安打を放ち、今期の安打数を233として、1911年にジョー・ジャクソン(当時ナップス=現インディアンス)の持つ新人最多安打記録に並ぶ。(『東京新聞』2001・9・30)
2001年(平成13年)9月29日
■●シアトル発。米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手が、地元セーフコ・フィールドのアスレチックス戦の四回に中前打を放ち、今季234安打として、1911年のジョー・ジャクソンを抜きシーズン新人最多安打記録を更新。ただし試合そのものは8−4でアスレチックスが勝った。(『東京新聞』2001・10・1)
2001年(平成13年)10月1日
●落語家、古今亭志ん朝、肝臓ガンのため没。63歳。8月、浅草で開かれた恒例の寄席に出演する直前に体調不良を訴え、同14日に入院したが、『これで最後かも知れないから(高座を)最後まで務めたい』との意志から、病院から通うことを条件に20日の『楽日』まで出演し続けた。(『産経新聞』2001・10・2、『東京新聞』2001・10・2)
2001年(平成13年)10月1日
●東京都三鷹市下連雀、都立井の頭恩賜公園西園内に『三鷹市立アニメーション美術館』(通称『三鷹の森ジブリ美術館』)が開館。館主は宮崎駿監督(スタジオジブリ)。全日時指定予約制で、一日最大入場者数を二千四百人に制限する。入場料は大人千円、小学生四百円で、券はコンビニ『ローソン』のみで発売。火曜休館。(『東京新聞』2001・9・18)
2001年(平成13年)10月2日
●ゲームソフト大手の『スクウェア』が、全編CGで制作した映画『ファイナルファンタジー』の興行収入が計画を大幅に下回ったことから、当面は新たな映画事業を行わず、ゲーム製作に全力を挙げると発表。映画制作には百三十九億円が出資されていたが、同社によると、同映画はこれまでに日本を含む世界五十五カ国で上映されており、すでに上映を終えた北米では、八千万〜九千万ドルの収入を見込んでいたが、三千万ドル台にとどまった。(『東京新聞』2001・10・3)
2001年(平成13年)10月4日
●『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に連載中の野球漫画『あぶさん』の主人公を銘柄にした日本酒『景浦安武《かげうら・やすたけ》』を、作者水島新司《みずしま・しんじ》氏の出身地、新潟市の酒造会社『越の華酒造』が発売する。水島氏側から同社に『あぶさんの酒をつくりたい』と申し出があり、ラベルも作者本人が書いた。酒米『五百万石』と名水『桂清水』を使用し、『さわやかで香りが豊かな淡麗“旨口”を目指した』という。純米吟醸と本釀造の二種類で、1.8リットル入りが、各二千八百円と二千円。(『東京新聞』2001・9・24)
2001年(平成13年)10月5日
■ワシントン5日発。約十一年にわたって駐日アメリカ大使を務めたマイク・マンスフィールド氏がこの日の朝ワシントンの病院で没。98歳。詳しい死因は不明だが、9月7日に心臓の手術を受けて退院したばかりだった。カーター、レーガン政権期に戦後最長となる十一年半、駐日大使を務め、日米関係の懸け橋となった。『日米関係は最も大切な二国間関係』が口癖で、現大使のハワード・ベーカー氏にもこの精神は受け継がれている。ニューヨーク出身。海兵隊員、鉱山技師を経て、1942年、民主党から下院議員に当選。以来、三十四年間、連邦議員(モンタナ州選出)を務めた。ケネディ、ジョンソンの歴代大統領とは議員時代からの盟友。ルーズベルト大統領の指示で中国訪問団の団長を務めるなど国際派で鳴らす一方、十六年間にわたって議会トップとなる上院院内総務を務めた。議員引退後、駐日大使となり、在任中は一連の貿易摩擦や、防衛努力の責任分担問題など経済、安保面で日米間の懸案の処理に奔走、中曽根康弘氏ら歴代首相も厚い信頼を寄せていた。現在は米大手証券会社ゴールドマン・サックスの顧問として8月までワシントンのオフィスに出勤していた。(『東京新聞』2001・10・6)
2005年(平成17年)末
●『英検』『漢字検定』等の社会教育関連の技能検定認定制度が廃止される。