Cameron Diaz Biography

 

キャメロン・ディアスは1972年8月30日、カリフォルニア州 サンディエゴで生まれる。
キューバ移民の三世の父エミリオは石油会社の現場監督をしており、母ビリーはドイツ、フランス、イギリス、スウェーデン、それとネイティブ・アメリカンのブラック・フットの血が入った人で輸出入の代理業をしている。姉が1人ですでに結婚している。
子供時代をロング・ビーチで育った彼女の当時のヒーローは父だった。
動物学の道に行こうとしていたが方向転換。芸能界入りは16歳のロング・ビーチ工芸学校時代、友人とハリウッドのあるパーティーに行ったとき、コケティッシュで小悪魔的なマスクとプロモーションをカメラマンに認められ、モデル・エージェントの社長を紹介されてモデルの世界へ入っていく。
全生徒数3600人の高校にまだ通っていたが、名門のモデル・エージェンシーと契約したものの7ヶ月間は仕事がない時期が続いた。
最初の仕事はギャラ125ドルのティーン誌の広告だった。その後また6ヶ月間仕事がなく、高校生に舞い戻った彼女は、同年、日本へファッション・カタログの仕事でやってくる。”エリート・フォリオ”に所属した彼女は6月から8月までの3ヶ月間滞在。
モデル業が忙しく、なおかつ高校へも行かなくてはならないがあまりの忙しさで高校へはほとんど行ってなかった。しかし、両親からモデルの仕事はしても高校は卒業しなさいと言われ何とかロング・ビーチ工芸学校を卒業することになる。

モデル業のかたわらにTVにエキストラとして出演していたキャメロンは女優になりたいと思い、映画のオーディションを12回も受けた。
そして、93年、「エース・ベンチュラ」でスターになったジム・キャリーの新作「MASK/マスク」が撮られることになり、彼女はエージェントを俳優の事務所に変え、オーディションに出かけていく。

彼女はエキストラでいいと思ったが、監督のチャック・ラッセルとジム・キャリーが彼女のコケティッシュな顔とスタイルに刺激されて、キャメロンを後押しし、ナイトクラブのセクシーな歌姫ティナ・カーライルに抜擢しようと提案する。
しかし、スタジオは映画界ではまったくの無名の彼女の起用を拒否した。チャックとジムの2人は説得を続け、撮影開始の3週間前に起用が決まった。
この映画で一躍新人スターとして注目されるようになった彼女は女優一本に絞り、5年間続けたモデルの仕事をやめた。

その後、「最後の晩餐/平和主義者の連続殺人」「フィーリング・ミネソタ」「真夏の出来事」「彼女は最高」「ブラックメール/脅迫」「ベスト・フレンズ・ウェディング」「普通じゃない」に出演、そして、98年の主演「メリーに首ったけ」は全米興行収入1億ドルを突破するほどの大ヒットし、大スターの仲間入りとなった。














 

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