うれしたのし美術史



■うれしたのし美術史■


第1章
飛鳥文化は仏教文化


第2章
白鳳文化は、やる気マンマン文化


第3章
雄大な天平文化をつくったもの


第4章
弘仁・貞観文化は、神秘的


第5章
国風文化は極楽浄土へのあこがれ


第6章
時代の変化と院政期文化


第7章
初のマッチョ文化、鎌倉文化誕生!


第8章
室町文化は、「無じゃ!」的文化


第9章
桃山文化は、ゴージャス満開


第10章
寛永文化は、豪壮から安定感へ


第11章
元禄文化はデザインちっく


第12章
化政文化はワルなオトナの文化


第13章
近代化の激流の中の明治文化


第14章
大正文化は、個性満開


第15章
現代文化の展開



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岩田澄人


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うれしたのし美術史☆>第10章 寛永文化は、豪壮から安定感へ







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 さて、時代は江戸時代初期、17世紀前半
 豊臣秀吉の死後、徳川家康が政権をとり、儒教(朱子学〔しゅしがく〕)による身分秩序がしっかりした体制を作り上げていった。国内だけで完結した安定した社会をつくるため、鎖国もした。士農工商の身分制度も定めた。いろんな統制もした。
 ある意味、キュークツな時代なんだけど、その分、社会はすごく安定してゆく。
 江戸時代が、二百五十年間、ほぼ安定して続くのは、良くも悪くもこのおかげだ。
 江戸時代初期の寛永文化は、織田信長や豊臣秀吉という天下人の豪壮な桃山文化に、江戸時代の安定感がミックスした過渡期の文化だ。だから、豪壮さを持ちながらも、だんだんオシャレで繊細になってゆく
 文化の花開く、ってわけじゃないから、量は少ないよ。

A 寛永文化の建築はゴージャス系とわびさび系
 まずは、権現造〔ごんげんづくり〕という豪華な霊廟〔れいびょう〕建築の代表が、日光東照宮〔にっこうとうしょうぐう〕(栃木県)だ。徳川家康が祀〔まつ〕られている
 豪華絢爛〔ごうかけんらん〕だ。とにかく豪華。とくに陽明門〔ようめいもん〕は無数の豪華な極彩色の彫刻で飾られている。ゴージャス系。

 そして、わびさび系なのが、数寄屋造〔すきやづくり〕と呼ばれる茶室風建築だ。
 修学院離宮〔しゅがくいんりきゅう〕(京都府)は、後水尾〔ごみずのお〕天皇の山荘
 桂離宮〔かつらりきゅう〕(京都府)は、八条宮智仁〔はちじょうのみやとしひと〕親王の別荘。
 桂離宮〔かつらりきゅう〕は、ドイツの建築家・ブルーノ=タウトという人が「まことに桂離宮は、およそ文化を有する世界に冠絶せる唯一の奇蹟である。パルテノンにおけるよりも、ゴシックの大聖堂或〔あるい〕は伊勢神宮におけるよりも、ここには遥かに著しく《永遠の美》が開顕〔かいけん〕せられている」と絶賛して、世界的に有名になっちゃった。
 ビミョウに色の違う茶色の壁が組み合わされ、白い日光を映す障子、清浄な畳、……わびさび系だ、と思ったら、あざやかな青と白の四角が組み合わされた襖〔ふすま〕
 モダンだ。かっこいい。

B 寛永文化の絵画はゴージャスから洗練へ
 この時代でいちばん重要なのが、俵屋宗達〔たわらやそうたつ〕「風神雷神図屏風〔ふうじんらいじんずびょうぶ〕。これは、キンピカで、ゴージャス系。
 いや、ゴージャス系なんだけど、構図がうんと安定感を増している。
 右が風の袋を持った風神〔ふうじん〕、左がデカデカデカと太鼓を鳴らす雷神〔らいじん〕
 まん中がなーんにも描いてない構図なんだけど、真ん中に向かって天を駆ける風神と、やはり真ん中に向かって足をグイっと踏ん張った雷神。ふたりの動きが、そのなーんにもないまん中の空間で見事に交差している。そして音のしない大爆発を起こしている。
 桃山時代と同じキンピカで力強いんだけど、この考え抜かれた構図は、たとえば、狩野派〔かのうは〕の「唐獅子図屏風〔からじしずびょうぶ〕」にはなかったものだ。

 他には、朝廷の絵所預〔えどころあずかり〕(朝廷の専属絵師)となった土佐派〔とさは〕土佐光起〔とさみつおき〕住吉派〔すみよしは〕住吉如慶〔すみよしじょけい〕を覚えておこう。
 もちろん、狩野派〔かのうは〕も相変わらずがんばっていて、「大徳寺方丈襖絵〔だいとくじほうじょうふすまえ〕狩野探幽〔かのうたんゆう〕「夕顔棚納涼図屏風〔ゆうがおだなのうりょうずびょうぶ〕久隅守景〔くすみもりかげ〕がいる。
 「夕顔棚納涼図屏風〔ゆうがおだなのうりょうずびょうぶ〕」は、文字どおり、夕顔の棚の下で親子三人が涼んでいる絵だね。

C 寛永文化の工芸は、マルチ・クリエーター参上
 この時代、本阿弥光悦〔ほんあみこうえつ〕というマルチ・クリエーターがいた。蒔絵〔まきえ〕、陶芸、書道となんでもOKだ。
 徳川家康から、洛北の鷹ヶ峰という地を与えられ、そこにアトリエを開いた。  蒔絵〔まきえ〕「舟橋蒔絵硯箱〔ふなばしまきえすずりばこ〕。やっぱりキンピカなんだけど、落ち着きを感じさせるデザインだ。陶芸では、「不二山〔ふじさん〕という楽焼〔らくやき〕の茶碗。これは、わびさび系。「嵯峨本〔さがぼん〕という、豪華な装丁の古典の書籍を発行したりもした。
 俵屋宗達〔たわらやそうたつ〕とコラボレーションなんかもしてる。
 今、本阿弥光悦が生きてたら、きっと小説も書き、イラストも描き、映画も撮り、音楽では他のミュージシャンとユニットを組む、なんてスゴい人になってるだろうね。



 できるだけ「図説」みたいな本を見ながら読んでくださいね。
 今、近くにそういう本がない人は、googleイメージ検索(ここをクリック)で探すと、すぐ画像が見つかりますよ。




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