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■古典文学史 第1章 和歌は平安 第2章 中世、和歌から連歌へ 第3章 万葉・古今・新古今 第4章 一〇世紀の物語群 第5章 『源氏物語』とその前後 第6章 日記の流れ 第7章 歴史の変わり目に歴史物語 第8章 説話文学、現る 第9章 戦乱の時代を軍記物語が描く 第10章 ここで、随筆を 第11章 能と歌舞伎と浄瑠璃と 第12章 俳諧の人たち 第13章 江戸の小説 ■近代文学史 第1章 近代文学、生まれる 第2章 浪漫主義の時代 第3章 自然主義の時代 第4章 漱石と鴎外 第5章 大正は三つの個性 第6章 昭和はいっぱい 第7章 現代の文学 掲示板
top page 岩田澄人 古文単語チェック
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日本の古典文学といえば、まずやはり平安時代です。試験で最も多く出題されるのも、平安時代です。何といっても、中心は、平安時代。日本史が苦手な人だって、これくらいは知っているでしょう……国風文化、というやつ。奈良時代よりもっと昔の「文学のあけぼの」から文学史の勉強を始めるのは、無駄なこと、限りなし。とりあえず奈良時代は無視して、平安から始めます。奈良時代については、詳しく言う必要はありません。ほとんど試験にも出ない。このことをバシッと、頭に入れておいてください。文学史の中心は、平安! ここで、もひとつわかっておいてほしいことは、平安平安といっても、平安時代の最初から、つまり「ナクヨうぐいす平安京」の七九四年から、紫式部みたいな人がさらさらと書いていたのではない、ということです。これも、日本史がちょびっと苦手な人にとっても常識のはず……、国風文化は、「ハクシに戻す遣唐使」の894年に遣唐使が廃止され、中国文化の影響がなくなってからのことです。それまで、和歌なんてまったくマイナーだったし、物語なんて文字通りモノ(「もの悲しい」という語からわかるように、モノとはナントナークの漠然としたモノ)を語るオシャベリにすぎなかった。すなわち、日本の古典文学というのは、九〇〇年代、一〇世紀からなのです。 そして、この一〇世紀がすごいのです。一〇〇〇年ちょうどに、『源氏物語〈げんじものがたり〉』ができます。九〇〇年から一〇〇〇年のその百年間に、日本文学の最高峰『源氏物語』に流れこむかずかずの名作が生まれるんです。『古今和歌集〈こきんわかしゅう〉』に、『竹取物語〈たけとりものがたり〉』、『宇津保物語〈うつほものがたり〉』、『落窪物語〈おちくぼものがたり〉』、それに『伊勢物語〈いせものがたり〉』、『大和物語〈やまとものがたり〉』、『平中物語〈へいちゅうものがたり〉』、それからえーと『土佐日記〈とさにっき〉』、『蜻蛉日記〈かげろうにっき〉』……教科書でも入試でもおなじみのこれらの作品はみんな一〇世紀に作られました。一〇世紀、一〇世紀、一〇世紀、大事です! さて、それでは、和歌。 一〇世紀の初め〔九〇五〕に『古今和歌集』>が作られます。最初の勅撰〈ちょくせん〉和歌集です。「勅撰」というのは、天皇の命令、ということ。『万葉集〈まんようしゅう〉』は勅撰ではありません。 撰者は、紀貫之〈きのつらゆき〉ほか、です。紀貫之。この人は、スゴイ人です。タダモノでは、ない。『古今集』の「仮名序〈かなじょ〉」も書いた。『土佐日記』も書いた。《紀貫之=『古今集』の撰者、「古今集仮名序」、『土佐日記』》だ!これは絶対、記憶すべきこと。「ほか」の三人は、紀友則〈きのとものり〉、凡河内躬恒〈おおしこうちのみつね〉、壬生忠岑〈みぶのただみね〉です。 しかし、もっともっと大切なのは、『古今集』のスター二人。 ひとりは、平安朝のイケメン(だったかどうかはわからないけれど、モテモテやった)、在原業平〈ありわらのなりひら〉。「月やあらぬ春は昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」〔月はないんか?春は昔と同じ春とちゃうんか?恋に破れたこのオレはもとのままのおれやのに!〕という和歌、聞いたことあるでしょうか。業平さん、純愛の物語『伊勢物語』の主人公でもある。ということは、『古今和歌集』と『伊勢物語』は、ほぼ同時代。こういう関係づけ、わかるようになってください。 そしてもうひとりは、平安朝の美女、小野小町〈おののこまち〉。「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」〔かわいい私のビボーも衰えたものよね。男と遊んだりしていろいろ悩んだりしてるうちに。〕という歌は、聞いたことあると思います。 彼らが生きたのは、実はまだ和歌がマイナーだった時代のことで、紀貫之の時代、つまり一〇世紀に、和歌がメジャーになって、「和歌が市民権を得ていなかった暗黒時代……、あのころ、スゴイヤツラが、いた!」ということになった。その六人衆のことを、六歌仙〈ろっかせん〉、という。在原業平、小野小町、僧正遍昭〈そうじょうへんじょう〉、大友黒主〈おおとものくろぬし〉、文屋康秀〈ふんやのやすひで〉、喜撰法師〈きせんほうし〉の面々である。 『古今和歌集』については、以上! くり返すと、《『古今和歌集』は、平安時代、一〇世紀の初め。選者は紀貫之。六歌仙に、在原業平、小野小町。》覚えておいてください。 で、『古今和歌集』の 後、『後撰〈ごせん〉和歌集』『拾遺〈しゅうい〉和歌集』『後拾遺〈ごしゅうい〉和歌集』『金葉〈きんよう〉和歌集』『詞花〈しか〉和歌集』『千載〈せんざい〉和歌集』と作られる。いろいろ名前ついてますが、『後撰和歌集』は、『古今和歌集』の「後」に「撰〈えら〉」んだ和歌集、『拾遺和歌集』は、さらにまだ「遺〈のこ〉」ってる和歌をピックアップした(つまり、「拾」った)和歌集、『後拾遺和歌集』は『拾遺和歌集』の「後」の和歌集、……あ、名前なくなってもた……、どんどん「後後後後拾遺和歌集」とかなってったらヘンやし、……。ってことで、『金葉和歌集』は、黄「金」の言「葉」の和歌集って名前にした。和歌って、言葉のプレゼント。カレ、カノジョからのメールの言葉は「黄金の言葉」だ。『詞花和歌集』は、「詞」の「花」の和歌集。そして、『千載和歌集』の「千載」は、「千年」つまり「永遠」ってことだ。「永遠の和歌集」。そう、カレ、カノジョからのメールの言葉は、「永遠の言葉」かもね。 この七つに、鎌倉時代の『新古今和歌集』を加えて、「八代集〈はちだいしゅう〉」という。『古今集』に続く二つ、『後撰集』『拾遺集』くらいは覚えておくといいでしょう。あと、『千載和歌集』を、藤原俊成〈しゅんぜい・としなり〉の作った、平安最後の勅撰和歌集ということですこし知っておいてください。 さて、今までのは、テンノーはんの命令で、いろんな人のいろんな和歌を集めた歌集ですが、個人の和歌集もあります。私歌集ゆーて、西行〈さいぎょう〉の『山家集〈さんかしゅう〉』が重要です。これは、記憶。 あと……、こんなのも覚えておくといいでしょう。一一世紀には、和歌と漢詩の歌詞集みたいな『和漢朗詠集〈わかんろうえいしゅう〉』が藤原公任〈きんとう〉という人によって作られたりします。これを見て、平安貴族たちが、和歌や漢詩を吟じてたわけですね。 それから、平安時代も終わりに近づく一二世紀後半には、鎌倉時代に向けての胎動とでも言ったらいいんでしょうか、今様〈いまよう〉という歌謡が庶民に流行するんですが、後白河〈ごしらかわ〉法皇がそれを集めた『梁塵秘抄〈りょうじんひしょう〉』というのを作ります。「今様〈いまよう〉」。「イマのスタイルだぜ」ってわけですね。 あ、じゃあ、いちおう、ちょっと戻って奈良時代もやっておこう。 まずは、稗田阿礼〈ひえだのあれ〉が古来の神話を暗誦して、太安万侶〈おおのやすまろ〉がそれを記録した『古事記〈こじき〉』。イザナギ・イザナミの神が国を生んだなんていう神話が載っています。それから、舎人親王〈とねりしんのう〉が歴史を編纂〈へんさん〉した『日本書紀〈にほんしょき〉』。いろんな地方の伝説を集めた『風土記〈ふどき〉』。日本が国家としてまとまった時期ですから、いろんな神話や伝説を集めたわけですね。 そして、天皇から庶民までの和歌を集めた『万葉集』。『万葉集』は後でやりましょう。 |
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