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■『枕草子』の夢■ 第1章 純度百パーセントの言葉 第2章 価値に、なりたい! 第3章 価値のある言葉、歌枕 第4章 平安朝のユーミン、ツラユキ 第5章 やわらかな、悲しみ 第6章 バイバイ、パパ 第7章 夢の突端 第8章 カシコゲな女と言われて 第9章 不幸という事実 第10章 シラケ、ツマンナイ 第11章 不在の闇 第12章 深夜の遊園地 第13章 不思議な意志 『枕草子』ブックガイド top page 岩田澄人 古文単語チェック |

深夜つけっ放しのテレビに、まるで遠い国から間違いで届いてしまった映像のように、モノクロの画面が浮かび上がる。 不幸。 清少納言がその底にいる。泣いてるのか笑ってるのかわからない。 清少納言は、受領階級の家に生まれた。 それぞれ人の立つ場所には、それぞれにとって、決定的な、その人の不幸が身を構えてる。 受領階級の人間にとって、国司になれるかどうかは、ものごとを決める立場にある貴族しだいなんだ。自分がどんな地位につけるか、それを自分で決めることはできない。 たぶん、今のぼくたちも大部分がそうであるように、彼らには自分の価値を自分で決めることなんてできないんだ。 自分の価値をヒトが決める。 自分の価値を、自分で決めちゃいけないの。自分の価値を、自分で創ることはできないの。 自分自身に価値はなく、ヒトに価値を与えられることの、みじめさ。 官職を手に入れるために、女房にまで自分を売り込む。陰で、「『ワタクシの長所はですね、えー、うー、』ですって」「似てる、似てるぅー、のりうつったみたいぃー」なんてモノマネまでされて、それでも全然気づいてない、みじめなオジイチャン。それは、元輔パパの姿だ。 元輔は、六十七歳のときの除目で周防守にやっとなれて、その後今度は七十九歳のとき肥後守になることができたんだけど、和歌のスターとはいえ、どれほどみじめな状態だっただろうね。 「私のことを上の方に良いふうにお伝えください」なんて頭をペコペコさげて、みじめな思いまでして、それで官職が手に入れられればいいけれど、入れられなければ、 「あはれ」。 パパに価値がないことの不幸を彼女は知ってる。むろん、宮廷社会では、パパに価値がないなら、その娘なんて何の価値もない。 それを、「あはれ」と、言う。 この「あはれ」は、源氏物語の「あはれ」とは全然違っているように思う。 だって、この段は、「ころは、正月・三月、四月・五月、七・八・九月、十一・二月。すべて、をりにつけつつ、一年〔ひととせ〕ながらをかし。」で始まってて、季節折々の「をかし」が並べられた、つまり、清少納言お得意の、「あれも価値、これも価値、みんな価値」のひとつなんだから。 一年の風物詩を、次々と映し出す、清少納言のストップ・モーションが、一瞬、しかしはっきりと、とらえたのは、「あはれ」という価値の不在。 あの価値の不在が、彼女のストップ・モーションに、まざまざと映し出されているんだ。そして、その画面には、今は空白ではなく、彼女の父のみじめな姿が浮かび上がってる。いや、父のみじめな姿自体が空白なんだ、って言った方がいいかもしれないね。 和歌のメロディによるBGMも流れてない、どうしようもない、価値の不在っていう事実。 それは、伝記的事実なんかとは違う。ぼくは彼女の履歴書には興味がない。彼女の横でその言葉にじっと目を凝らすことによってだけわかる、彼女の事実、それをぼくは知りたい。 自分に価値が不在であることを、価値あるものにする! 彼女は、どうしようもない事実の上で、この不可能な賭けを試みる。 それは、この指先を百パーセントの価値で満たして、その指先で百パーセントの純粋さをこめて、「あはれは、をかしよ!」と書き記すその一瞬に、可能になるんだ。この白い草紙の上で……。 この私の価値の不在も、この私にとっては価値なのよ! 無が無から有を創り出すみたいな、不可能な、賭け。 でも、彼女はそれをした。 それもまた事実だ。 |