「『枕草子』の夢」


■『枕草子』の夢■


第1章
純度百パーセントの言葉



第2章
価値に、なりたい!



第3章
価値のある言葉、歌枕



第4章
平安朝のユーミン、ツラユキ



第5章
やわらかな、悲しみ



第6章
バイバイ、パパ



第7章
夢の突端



第8章
カシコゲな女と言われて



第9章
不幸という事実



第10章
シラケ、ツマンナイ



第11章
不在の闇



第12章
深夜の遊園地



第13章
不思議な意志





『枕草子』ブックガイド







top page









岩田澄人


古文単語チェック





『枕草子』の夢>第11章 不在の闇


Google

































すさまじきもの。
(中略
除目〔ぢもく〕に官〔つかさ〕得ぬ人の家。「今年は、かならず」とききて、はやうありしものどもの、ほかほかなりつる、田舎だちたるところに住むものどもなど、みなあつまり来て、出で入る車の轅〔ながえ〕にひまなく見え、物詣でする供に、「我も我も」とまゐりつかうまつり、物くひ酒のみ、ののしりあへるに、果つる暁まで、門叩く音もせず。
「あやしう」
など、耳立ててきけば、前駆〔さき〕おふ声々などして、上達部〔かむだちめ〕など、みな出でたまひぬ。物ぎきに、夜より寒がりわななきをりける下種男〔げすをとこ〕、いともの憂げにあゆみ来るを、見るものどもは、え問ひにだに問はず。外〔ほか〕より来たる物などぞ、
「殿は、何にかならせたまひたる」
など、問ふに、いらへには、
「何の前司にこそは」
などぞ、かならずいらふる。まことに頼みけるものは、「いと歎かし」と思へり。つとめてになりて、ひまなくをりつるものども、一人、二人、すべり出でて去ぬ。ふるきものどもの、さもえいき離るまじきは、来年の国々、手を折りて、うちかぞへなどして、ゆるぎありきたるも、いとほしう、すさまじげなり。    (第二十二段)


 清少納言は、しつこいくらいに、除目の日の価値の不在を何度も描いてるんだ。彼女にとってはみじめなだけの記憶しかない除目の日のことをね。

 そして、清少納言の筆は冴えわたる。

 だって、私の価値の不在を価値に変える賭けの、成功不成功は、百パーセントの状態で百パーセントの言葉を草紙に書き綴ることができるかどうかにかかってるんだから。

 状況を実に細かく的確につづる彼女は、まるで心から楽しいかのようだ。

 除目の日にはみんながワイワイ集まって来る。よその家に言ってた人も、田舎に引っ込んでた人も、みんなが集まってくる。除目は三日のあいだ行われる。三日間はお祭のよう。期待はどんどん高まる。お酒を飲んで物を食って、「いやー、今度こそ例の国の国司マチガイナシ!うらやましいですなー。いやー、めでたい、めでたい。」価値が手に入るかもしれない。期待感が心を占める。

 そして、除目の終わる早朝、「決まりました」って門をたたく音もなし、任官を決める方たちが帰ってゆく声がする、……おいおい、……ふっと期待がはずされて、なーんにもない時間と空間が不意に訪れる、……そのマの悪さ。

 ヘヘっ、とかいってテレ笑いするしかないような状況。

 手を伸ばしたところにあったものが、ふうっと遠くに逃げてゆく。

 伸ばした手の先には、何も、ない。

 価値、価値、価値、価値、……価値の不在! それが、「すさまじ」。

 ここには価値が不在です。あるのはただその事実だけ。

 現実の別れの場面にユーミンの曲は流れていないように、現実のこのキビシイ状況に「もののあはれ」の情趣なんかあったもんじゃないよ。まさに、「興ざめ」って言葉がピッタリ。「シラケ」。

 BGMも流れてない闇。このまま、すうーっと自分が音もなくどこまでも吸い込まれてゆきそうな闇が足元から浸食してくる。

つれづれなるもの。所去りたる物忌。馬下りぬ双六。除目に官得ぬ人の家。雨うち降りたるは、まいて、いみじうつれづれなり。    (第百三十二段)


 清少納言は、それでも書く。

 「価値がないのって、つれづれね。」

 何もない。その所在のなさ。

 他人の家でのおこもりは、退屈しのぎもないし、自分だけスタートできない双六も、何にもすることがない。

 官職を得なかった人の家も、なあんにもない。

 不在が、百パーセントの言葉で、言い当てられてる。自分の、価値の、不在が。

 たぶん、どんな大げさな言葉や悲劇的な言葉よりもずっと正確な重さで。 そして、不在の闇が……。