「『枕草子』の夢」


■『枕草子』の夢■


第1章
純度百パーセントの言葉



第2章
価値に、なりたい!



第3章
価値のある言葉、歌枕



第4章
平安朝のユーミン、ツラユキ



第5章
やわらかな、悲しみ



第6章
バイバイ、パパ



第7章
夢の突端



第8章
カシコゲな女と言われて



第9章
不幸という事実



第10章
シラケ、ツマンナイ



第11章
不在の闇



第12章
深夜の遊園地



第13章
不思議な意志





『枕草子』ブックガイド







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岩田澄人


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『枕草子』の夢>第5章 やわらかな、悲しみ


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いにしへの世々の帝、春の花の朝、秋の月の夜ごとに、さぶらふ人々をめして、事につけつゝ歌をたてまつらしめたまふ。あるは花をそふとて便なき所にまどひ、あるは月をおもふとてしるべなき闇にたどれる心々を見たまひて、さかし、おろかなりと、しろしめけむ。然あるのみならず、さゞれ石にたとへ、筑波山にかけて、君をねがひ、喜び身に過ぎ、楽しび心に余り、富士の煙りによそへて人を恋ひ、松虫の音に友をしのび、高砂・住江の松も相生ひのやうにおぼえ、男山の昔を思ひいでて、女郎花の一時をくねるにも、歌をいひてぞなぐさめれる。     (古今和歌集序)


 ツラユキが書いた、古今和歌集の序。

 後半の方で言ってるのはこんなことだと思う。

 心の表面には現れていなかった何かが、その何かが小石や筑波山にたとえられると気づいた瞬間に、小石や筑波山の例えでしか言えないんだけれど、はっきりと形をとって現れる。

 また、喜びや、恋しさや、懐かしさや、思い出が、心の中に起こる。どうしようもなく、湧き上がってくる。

 そんな感情を慰めるのに、和歌を作る。

 そんな感情を慰めるのに和歌を作るなんて、たぶん、和歌を作らなければ、感情の動きが、心の裂け目に痛いからなんだよ。感情の行き場がないからなんだよ。たとえば、誰かが好きだって感情が、達成できないし、伝えきれさえできないんだ。

 だから、和歌にするしか、ない。

 「歌をいひてぞなぐさめれる」って、そういうことだと、思う。

 そして、ツラユキは「ミカドが、そんな心をわかっててくれてるんだよ」って、言ってる。ミカドがわかっててくれてると思えば、やり場のない気持ちもなんとなく落ち着く。心の、裂け目も、決して決して閉じられはしないけれど、でも、なんとなく、そっと癒されるような気がする。

 逢えないのに、逢坂! 別れてゆくのに、逢坂! そんな、心の裂け目から発せられる叫びが、ミカドがわかっててくれると思えば、やわらかな悲しみに変わってくれるような気がするね。

 きっと、古今和歌集の歌が人々の心をとらえちゃったのには、こんな秘密があるんだと思う。

 平安時代の人たちの心の裂け目を、言葉でぐいっと押し開いて、でも、そのあとで、そっと、「ミカドもわかっててくれるんだよ」って言ってあげる。

  でもさ、考えてみれば、古今和歌集って勅撰、つまりミカド御公認なわけで、今でゆえば文部省推薦みたいなもんで、ようするに、ユーミンが文部省推薦になってるわけで、九百年ころの貴族社会なんて小さな小さな社会だったと思うんだけれど、きっとみんなが悲しくて淋しくて、いつも心に裂け目があって、みんなで裂け目をそっと、やわらかな悲しみに変える作業をしなくちゃいけなかったんだろうね。

 だって、自分に当てにすべき価値がないってつらいことだから。自分が価値と思うものが自分のものにならないってつらいことだから。

 価値は、「不在」です。

 「かくも長き幸福の不在」って言葉を、どこかで見かけたような記憶が、ある。たぶん、銀色夏生だったっけ。

 「幸福の不在」って言葉にぼくが感じる意味の重さを、どれだけの人が、同じように理解してくれるかどうかはわからないけれど、貫之や、古今和歌集の中の人たちや、古今和歌集の時代の小さな社会に住んでいた人々は、それを、理解してくれそうな気がする。

 「価値の不在」はつらいから、そっと、やわらかな感触の悲しみに、変えてしまいたい。

 弱いから、そうしなくちゃ、やってられないよ……。

 逢坂ってゆう歌枕をツラユキが歌う。

 逢坂ってゆう歌枕には、価値の不在が刻み込まれてて、それを、やわらかな悲しみに変える手段もある。

 「価値の不在」が、「やわらかな悲しみ」になってくれれば……、そして、その、「やわらかな悲しみ」、を、……それ自体を、もしかして、……価値、として、信じることができるならば……。

 いや、自分のもとに、自分が求める価値がないことこそ、価値が現実にあることよりも、実は、より高い価値があることなんだと、信じることができるならば……。

 清少納言がいる。

 BGMが流れる。 貫之の、「やわらかな悲しみ」という曲だ、とわかる。