うれしたのし日本史



■うれしたのし日本史■


第1章
弥生時代、邪馬台国出現!


第2章
大和時代、大和朝廷が日本統一!


第3章
飛鳥時代、秩序ある日本構築!


第4章
奈良時代、日本崩壊!


第5章
平安時代、貴族全盛から日本破裂へ!


第6章
鎌倉時代、源氏の軍事政権成立!


第7章
室町時代、足利政権から、戦国の世へ!


第8章
安土桃山時代、天下統一!


第9章
江戸時代、安定から新時代へ!




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岩田澄人


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うれしたのし日本史☆>第4章 奈良時代、日本崩壊!







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 奈良時代、日本は崩壊してゆく。
 歴史、というもの、大きく見ると、上昇してゆく時期と下降してゆく時期がある。
 もちろん、すべてがそれで割り切れるわけじゃないけど、そういう見方をすると、歴史がずいぶんわかりやすくなる。現代でも、1955年くらいから高度経済成長がはじまって1993年頃にバブル経済が破綻するまでは、上昇期だろう。悲しいかな、それからの10年は下降期だ。

 奈良時代……、なんかイメージでは、「雄大」とか「ロマン」っていういいイメージがあるけど、全体的には下降期なんだ。
 せっかくできあがった律令国家・中央集権国家が、早くも音を立てて崩れ去ってゆく!。

a. 早くも公地公民制、崩壊!
 はじめはうまくいっていた。
 710年には、平城京という立派な都もできた。
 718年には、藤原不比等が、大宝律令に続いて、養老律令(ようろうりつりょう)を作った。

 けど、だんだんうまくいかなくなってきた……。
 そう、ちょっと税が重すぎた。収穫の約3%を納める()、布を納める(よう)、地方の特産物を納める調(ちょう)のほか、国司(こくし)(今の県知事みたいなもの)のもとで年間60日働く雑徭(ぞうよう)、3年間九州北部沿岸を警備する防人(さきもり)など、いろんな負担に農民は苦しんだ。
 苦しんだ農民たちは、「こんなん、もうやってられへん! やめや、やめや!」と田を捨てた。

 農民が田を捨てて、米を作らないわけだから、税は政府に入ってこない。政府も困る……。
 そこで、そのころ政権を握っていた、長屋王(ながやおう)が、723年、三世一身法(さんぜいっしんのほう)という法律をつくった。「新しく開墾した場合は、三代の間、その田を自分のものにしてよいぞ。だから、どんどん土地を開墾せえ」というわけだね。
 さらには、聖武(しょうむ)天皇が、743年に、墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)を出した。「土地を開墾した者には、永久に私有を認める」と。

 もう、だめだ。
 蘇我氏などの豪族が土地をたんまり私有していばっちゃったから、それをさせないために、大化改新で大改革して、公地公民制にしたんだよ。それなのに、また、土地を私有していい、ということにしちゃった。ああ……。後戻りやんか……。
 聖徳太子から100年かかって完成したものが、50年たたずに、崩壊だ。
 現在もそうかもしれない。戦後50年かかってつくった社会が、この10年で崩壊。
 歴史はいつもそうだ。作るのには時間がかかり、崩れるのはあっという間なのだ……。

b. 聖武天皇、タタリにヒビって天平文化をつくる!
 それだけじゃない。悪いことは重なる。
 中臣鎌足(藤原鎌足)・藤原不比等と、徐々に力を持ちはじめていた藤原氏。藤原不比等の子どもの藤原四子(ふじわらしし)と呼ばれる藤原氏4兄弟(フォー・ブラザーズ)が、藤原氏の光明子(こうみょうし)を聖武天皇と結婚させて、力をもっと強くしようとたくらんだ。
 けれど、当時、天皇と一般貴族と結婚することは、ありえないから、長屋王が反対した。藤原氏にとっては目の上のたんこぶだ。「長屋王め、邪魔だ。殺してやれ!」と、藤原四子と聖武天皇が、長屋王に罪を着せ、死に追い込んじゃった。729年の長屋王の変だ。

 そしたら、なんとその後、藤原四子が次々と病死……。
 聖武天皇は「これは長屋王のタタリじゃ……。次に死ぬのは、わしじゃぞよ。わしゃあ、恐いぞ。恐いといったら恐いぞよ」とビビりまくった。
 殺人の自分以外の関係者が次々と謎の死を遂げる……。今でも、ビビルで、ほんま。当時なら、なおさらだ。
 藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)の乱なんてのが、はるか九州で起きただけでも、聖武天皇は、もうヒビリまくり。平城京から逃げ出して各地を転々とした。
 仏教にすがろうと、各国に国分寺(こくぶんじ)を作り、東大寺(とうだいじ)に巨大な盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)(奈良の大仏さんだね)を作った。
 もうノイローゼ状態だ。あんな巨大な大仏をつくるとは、きっと聖武天皇の不安も大仏と同じくらい巨大だったんだろう。
 もっとも、聖武天皇がビビりまくって仏教にすがった結果が、仏教文化が日本に定着した天平(てんぴょう)文化なのは、歴史の皮肉だね。

c. 孝謙天皇で、崩壊グングン加速!
 そのあとは、もうメチャクチャ。
 孝謙(こうけん)天皇(女帝。一度やめて、称徳(しょうとく)天皇として復活した)のカレシの藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)、さらには新カレの道鏡(どうきょう)が権力を握って、やりたい放題。政治は大混乱……。もう、律令国家も中央集権国家も、バラバラグチャグチャだ……。

 ちなみに、歴史上「天皇になろうとした野望の男」が3人いる。
 そのひとりが道鏡だ。(あと2人は、将門(まさかど)の乱を起こした平将門(たいらのまさかど)と室町幕府の三代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)だ。)
 称徳天皇と道鏡のカップルが、宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)という神社に、裏から手を回して、「道鏡を天皇にせよ」というウソの神のお告げをさせようとしたんだけれど、和気清麻呂(わけのきよまろ)にギリギリで阻止された。
 「きぃーーー。清麻呂(きよまろ)め。おまえなど、『清い』麻呂ではないわ。『きたない』麻呂で十分じゃ。きぃーーー」と怒りまくった称徳天皇によって、和気清麻呂は、「和気のキタナまろ」という名前に無理やり変えさせられてしまった。かわいそうな清麻呂……。





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