■『竹取物語』の夢■


序章
アイするココロ


第一章
突然現れた他人(ひと)



第二章
完全なる拒絶



第三章
原初の感覚



第四章
歌ではなく……



第五章
かわいいかぐや姫



第六章
滑稽な人間



第七章
モナリザの心



第八章
破滅



第九章
連れ去る力



終章
離れていても……





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岩田澄人


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『竹取物語』の夢>第七章 モナリザの心


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 さて、次の求婚者は、「(つばくらめ)の持たる子安(こやす)の貝」を要求された中納言石上麻呂足(いそのかみのまろたり)。「大炊寮(おほひづかさ)飯炊(いひ)く屋の棟」に燕が巣を作っていると聞き、

「われ、上りて探らむ」
とのたまひて、()に乗りて吊られ上りて、うかがひ給へるに、燕尾をささげていたくめぐるに合はせて、手をささげて探り給ふに、手に平める物さはる時に、 「われ、物にぎりたり。今は下してよ。翁、しえたり」
とのたまふ。
 集まりて、とく下さんとて、綱を引き過ぐして、綱絶ゆるすなはちに、八島の(かなへ)の上に、のけざまに落ち給へり。人々あさましがりて、寄りて抱へたてまつれり。御目は白眼にて臥し給へり。
【現代語訳】石上麻呂足は、「わしがのぼろう」とおっしゃって、籠に吊られて上にあがり、燕の巣の様子をうかがいなさっておると、燕が尾を上げてぐるぐると回る。それに合わせて手を伸ばし巣を探りなさると、手に平らなものが触った。「わしは、握ったぞ。おろしてくれ。わしは、やったぞ。」とおっしゃる。
 家来たちは集まって、すぐに下ろそうとして、綱をひっぱりそこなったから大変じゃ。綱が切れるとみると、あっという間に八島の鼎の上に、落ちなさったのじゃ。家来たちは、驚きあわてて、走りより、抱きかかえ申し上げた。石上麻呂足は、白目になってぐったりしておりなさった。


 石上麻呂足は、かぐや姫に手紙を書いて息絶えた。

これを聞きて、かぐや姫、すこしあはれと思しけり。
【現代語訳】これを聞いて、かぐや姫は、すこし「ア・ハ・レ」と思った。


 かぐや姫に「心」がたしかに宿った一瞬だ。
 でも、それは、ぼくたちのいう「心」じゃない。
 ぼくたちの世界では、たとえ興味がなくても求婚者が自分のために死ねば、かなりのショックだ。
 そうじゃない。
 「すこしあはれ」。
 「あはれ」。この、「かわいそう」でも「愛してる」でも「さみしい」でも、すべてのこころの動きを表す「あはれ」ということば。
 でも、「かわいそう」でも「愛してる」でも「さみしい」でもない、ことばでは言い表せないようなこころを表す「あはれ」ということば。
 ぼくは、この瞬間、かぐや姫は、きっとモナリザと同じ表情をしていると思う。
 それまで、ステンドグラスの絵のように、絵とは何かの観念を描くためのものだった。話型が、「心」を描くのではなく、何かの観念を描いているのと同じように。しかし、レオナルド・ダ・ヴィンチがはじめて「心」を書いた。レオナルド・ダ・ヴィンチの筆で、はじめて人の表情にこころが宿った瞬間。  そのこころは、はじめてのこころにふさわしく、「かわいそう」色も「愛してる」色も「さみしい」色もしていない、透明な色をしている。
 そう、人は、モナリザのほほえみの謎を解明しようとする。でも、読みとれない。焦れば焦るほど、謎は深まる。結局、モナリザのまわりをぐるぐる回っているだけだ。それと同じように、私たちはかぐや姫の「心」を読みとろうとする。しかし、やはりかぐや姫にたどりつけない。まるで、五人の貴公子のようにね。
 生まれたての虫のように
 透明な「心」。
 かぐや姫は、「かわいそう」と思ったわけでも、「愛してる」と思ったわけでも、「さみしい」と思ったわけでもない。
 もっとその前の
 生まれたての「心」。
 人間と人間がこころを通じ合わせた瞬間だ。