■『竹取物語』の夢■


序章
アイするココロ


第一章
突然現れた他人(ひと)



第二章
完全なる拒絶



第三章
原初の感覚



第四章
歌ではなく……



第五章
かわいいかぐや姫



第六章
滑稽な人間



第七章
モナリザの心



第八章
破滅



第九章
連れ去る力



終章
離れていても……





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岩田澄人


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『竹取物語』の夢>第八章 破滅


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 五人の貴公子たちの求婚はすべてやぶれた。そして、次におでましになるのが帝だ。
 かぐや姫の噂を聞いて、使いをやるが、かぐや姫はにべもなく拒絶。

帝、にはかに日を定めて、御狩に出給うて、かぐや姫の家に入り給ふに、光満ちて、けうらにて居たる人あり。「これならむ」と思して、逃げて入る袖をとらへ給へば、面をふたぎてさぶらへど、初めよく御覧じつれば、類なくめでたく覚えさせ給ひて、
「ゆるさじとす」
とて、()ておはしまさむとするに、かぐや姫、答へて奏す、
「おのが身は、この国に生まれて侍らばこそつかひ給はめ、いと率ておはしましがたくや侍らむ」
と奏す。帝、
「などか、さあらむ。なほ率ておはしまさむ」
とて、御輿(みこし)を寄せ給ふに、このかぐや姫、きと影になりぬ。
【現代語訳】帝は、急に日を決めて、狩りに出なさって、かぐや姫の家に入りなさった。すると、家の中は光に満ちて、それはもう美しく座っておる女がある。帝は「この者がかぐや姫だろう」とお思いになって、女が逃げて奥に入ろうとする袖をとらえなさると、女は顔を隠して控えておる。しかし、帝は初めの瞬間にかぐや姫の顔を見てしまったのじゃ。類なくすばらしくお思いになって、「放しはしないよ」と連れておいでになろうとするが、かぐや姫が答えて申し上げるには、「私の身が、あなたが支配する国に生まれたものでしたら思いのままにできましょうが。連れておいでにはなれますまい」と申し上げる。それでも、帝は、「どうしてそんなことがあろうか。やはり連れていこう」と御輿を寄せなさった。すると、かぐや姫は、ふっと影になってしまった。


 ああ、きみは、確かにこんな場面に出会ったことはないだろうか。
 そこにいた人がふと影になってしまったこと。
 たとえば、夢の中で、愛する人が、急にいなくなってしまったとこ。そこには何もない醒めた空間が広がっていた。
 たとえば、夢の中で愛する人と会い、手を伸ばすと、目が覚めた瞬間、隣には誰もいなかったこと。心には何もない空白だけが残った。
 たとえば、現実で……。
 そうだ、たしかに、かぐや姫には、「心」が生まれている。
 でも、まだそれは生まれたばかりのはかないはかない「心」に過ぎない。原初の他者への畏れという深い闇を孕んだ、人と人との距離、という地割れが、そんな「心」など簡単に引き裂いてしまう。
 帝の求婚も空しく、そして、竹取の翁と嫗夫婦の願いも空しく、いよいよかぐや姫が月に帰る日がやってくる。帝は繁くかぐや姫に文を送り、かぐや姫も返事は送るようになっていた。

 かやうにて、御心を互ひに慰め給ふほどに、三年ばかりありて、春のはじめより、かぐや姫、月のおもしろく出たるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。ある人の、
「月の顔見るは忌むこと」
と制しけれども、ともすれば人間にも月を見ては、いみじく泣き給ふ。
【現代語訳】このようにお心を互いに慰めなさるうちに、三年ばかりたち、春の初めから、かぐや姫は月が美しく出ているのを見て、いつもよりもの思いに沈んでいる様子じゃ。ある人が、
「月の顔を見るのは不吉なことですよ」
ととめたけれども、ともすれば人にいない隙に月を見ては、たいそう泣きなさる。


 かぐや姫は泣く。やはり、かぐや姫には「心」が宿っている。
 暗闘だ。
 かぐや姫に宿った「心」とそれを引き裂く力の暗闘だ。
 もう少し、この暗闘を見てほしい。
 『竹取物語』というかわいい王朝物語のなかで行われている暗闘の劇を。

 八月十五日ばかりの月に出で居て、かぐや姫いといたく泣き給ふ。人目もいまはつつみ給はず泣き給ふ。これを見て、親どもも、
「何事ぞ」
と問ひ騒ぐ。かぐや姫、泣く泣く言ふやう、
「さきざきも申さむと思ひしかども、『かならず心惑はし給はむものぞ』と思ひて、今まで過ごし侍りつるなり。『さのみやは』とて、うち出で侍りぬるぞ。おのが身はこの国の人にもあらず。月の都の人なり。それを、昔の契りありけるによりてなむ、この世界にはまうで来たりける。いまは帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かの(もと)の国より、迎へに人々まうで来むず。さらずまかりぬべければ、思しなげかむが悲しきことを、この春より、思ひ嘆き侍るなり」
と言ひて、いみじく泣くを、翁、
「こは、なでふことのたまふぞ。竹の中より見つけきこえたりしかど、菜種の大きさおはせしを、わが丈立ち並ぶまで養ひたてまつりたるわが子を、何人か迎へきこえむ。まさに許さむや」
と言ひて、「われこそ死なめ」とて、泣きののしること、いと堪へがたげなり。
【現代語訳】 かぐや姫は、八月十五日近くの月の夜に出てじっとして、たいそうたいそう泣きなさる。人目も今は気になさらずに泣きなさる。こんな姫を見て、お爺さんもお婆さんも、
「何事じゃ」
とおろおろしておる。かぐや姫が、泣く泣く言うのには、
「以前にも申し上げようと思ったのですけど、『言えばきっと心を惑わしなさるだろう』と思い、今まで黙っておりました。『でも今は黙ってばかりもおられまい』と思い、口に出すのです。私はこの国の人でもありません。月の都の人です。それを、前世の因縁により、この世界に参上したのです。今は帰るべき時になりましたので、今月の十五日に、ふるさとの国から、人々が迎えに来るでしょう。どうしても帰らなければなりませんので、お爺さまとお婆さまが嘆きなさるのが悲しくて、この春から、思い嘆いておりました。」と言ってひどく泣く。お爺さんは、
「かぐや姫よ、これは、何をおっしゃるのじゃ! 竹の中からおまえを見つけた。そのときは菜種ほどの大きさじゃったが、今ではわしと立ち並ぶほどの背丈まで育てた我が子を、誰が迎えに来るというのじゃ! 許せん、許せん……。」
と言って、「わしは死にたい」と、何にも我慢することができず、お爺さんは激しく泣くのじゃった。


 いよいよかぐや姫は、ほんとうに去ってしまう。拒絶ではなく、ほんとうにいなくなってしまうんだ。
 距離の闇は決定的なほど深い。
 二度と元に戻ることはない別れだ。

かぐや姫のいはく、
「月の都の人にて、父母(ちちはは)あり。片時の間とて、かの国よりまうで来しかども、かくこの国には、あまたの年を経ぬるになむありける。かの国の父母のことも覚えず、ここには、かく久しく遊びきこえて、慣らひたてまつれり。いみじからむ心地もせず、悲しくのみある。されどおのが心ならず、まかりなむとする」
と言ひて、もろともにいみじう泣く。
【現代語訳】かぐや姫の言うのには、 「私には、月の都に父と母がおります。月の世界の時間ではほんのちょっとの間とてうことで、やってまいりましたが、この国の時間では、何年も経ってしまいました。月の世界の父や母のことも忘れて、この国で、こんなに長い間遊び申し上げて、お親しみ申し上げました。月に帰ると言ってもうれしくもなく、悲しいばかりです。けれど、自分の心にまかせぬまま帰ろうとするのです。」 と言って、いっしょにひどく泣く。


 お爺さんやお婆さんと別れるのが悲しくて、涙を流して泣くかぐや姫。

かの都の人は、いとけうらに、老いをせずなむ。思ふ事もなく侍るなり。さる所へまからむずるも、いみじくも侍らず。
【現代語訳】月の都の人は、たいそう美しく、年もとらないのです。感情もないのです。そんなところへ帰るのも、うれしくもありません。


 月の都の人には、「心」がない、とかぐや姫は言う。そう言い激しく泣くかぐや姫は、もう「心」をしっかり持っている。かぐや姫は、ぼくたちのそばにいるじゃないか。
 ……月の都の人が、かぐや姫を連れに来る。