■『竹取物語』の夢■


序章
アイするココロ


第一章
突然現れた他人(ひと)



第二章
完全なる拒絶



第三章
原初の感覚



第四章
歌ではなく……



第五章
かわいいかぐや姫



第六章
滑稽な人間



第七章
モナリザの心



第八章
破滅



第九章
連れ去る力



終章
離れていても……





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岩田澄人


古文単語チェック





『竹取物語』の夢>第八章 破滅


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 残念ながら、まだかぐや姫の心は、しっかりと地上に残ってはくれない。本当に、地上に「心」が根づくのは、もう少し後みたいだ。かぐや姫の心は、まだほんの小さな雨粒のようだ。生まれたと思っても、すぐに消えてしまう。……
 物語では、いよいよ地球人と月世界人の死闘が始まる。2時間の映画なら、1時間半くらいのところ、手に汗握る戦いが始まる。

 かかるほどに、宵うち過ぎて、()の時ばかりに、家のあたり、昼の()かさにも過ぎて、光りたり。望月の明かさを(とを)合はせたるばかりにて、ある人の毛の(あな)さへ見ゆるほどなり。大空より、人、雲に乗りて降り来て、土より五尺ばかり上がりたるほどに、立ち列ねたり。これを見て、内外(うち)なる人の心ども、ものにおそはるるやうにて、会ひ戦はむ心もなかりけり。からうじて思ひ起して、弓矢を取り立てむとすれども、手に力もなくなりて、萎えかかりたり。中に心さかしき者、念じて射むとすれども、外ざまへ行きければ、あれも戦はで、心地ただ()れに痴れて、まもりあへり。
【現代語訳】こうしているうちに、宵が過ぎて、午前零時ほどに、家のあたりが昼の明るさ以上に光った! 満月の明るさを十も合わせたほどの明るさで、そこにいる人の毛の穴までも見えるほどじゃった。すると、大空から人が雲に乗って降りてきて、地面から人の背丈ほどの高さにふわふわ浮いて、立ち並んだのじゃ。これを見て、家の中にいる人も外にいる人も、心が魔物に襲われたようになり、戦おうという心もなくなってしまったのじゃ。かろうじて気力を奮い起こして、弓矢を取ろうとするが、手に力もなくなって、ぐったりしてしまうのじゃ。中に気丈夫な者が、ぐっとこらえて射ようとするのじゃが、弓はとんでもない方に飛んで行ってしまい、戦うこともできず、意識はぼおーっとしてしまい、ただわけもわからずお互い見つめ合っている。


立て()めたる所の戸、すなはち、ただ開きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。(おんな)抱きてゐたるかぐや姫、外に出でぬ。え止むまじければ、たださし仰ぎて泣きをり。
【現代語訳】かぐや姫を閉じ込めておいた部屋の戸が、すぐに、さぁーさぁーと開いた。格子も、人は何もしていないのにみな開いた。お婆さんが抱きしめていたかぐや姫は、何かに連れ去られるように外に出ていく。お婆さんは止めようとするが体が何かにのしかかられたように動かず、姫を仰ぎ見て泣くことしかできなかったのじゃ。


 さながらSFの世界だね。よくぼくは冗談半分で、『竹取物語』って、本当に宇宙人が来て、帰っていくハナシじゃないかなって思うんだ。
 だって、ほら、意識が朦朧としちゃう光線が発射されたり、ドアが念波で開いちゃったり。そう思って読むと面白い。
 でも、ふと思うんだ。
 この描写は、平安人が、他者との決定的な距離、自分から他者を引き離す力の激しさを思い描いたイマジネーションなんじゃないかってね。
 きっと、これが物語文学の本領だ。『源氏物語』なんかに比べると、たしかに荒唐無稽なイマジネーションだ。でも、和歌でもなく、日記でもなく、人が他者との距離を想うとき、こういう手が使える。物語には、他者が決定的に他者であることを体現する力がある。心を描きながら、心を破砕し、闇に立ち、心を外から冷静にながめ、人に心があることの不思議さを見つめる力がある。
 かぐや姫は去っていく。

 天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。またあるは、不死の薬入れり。一人の天人言ふ、
「壺なる御薬たてまつれ。(きたな)き所の物きこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ」
とて、持て寄りたれば、いささか()め給ひて、すこし形見とて、脱ぎおく衣に包まむとすれば、ある天人包ませず。御衣(みぞ)をとり出でて着せむとす。その時、かぐや姫、
「しばし待て」と言ふ。「衣着せつる人は、心(こと)になるなりといふ。もの一言、言ひおくべきことあり」
と言ひて、(ふみ)書く。天人、
「遅し」
と、心もとながり給ふ。かぐや姫、
「もの知らぬことなのたまひそ」
とて、いみじう静かに、おほやけに御文たてまつり給ふ。あわてぬさまなり。
【現代語訳】月の世界からの天人の中に持たせている箱がある。天の羽衣が入っておるのじゃ。またもう一つの箱の中には、不死の薬が入っておる。一人の天人が言うのには、
「かぐや姫、壺に入っている薬を召し上がってください。きたない地上のものを召し上がっておられましたので、きっとお気持ちが悪いことでしょう。」
と言って、不死の薬を持ってきたので、かぐや姫はほんの少しなめなさった。少しお爺さんお婆さんへの形見として、脱いだ着物に包もうとすると、そこにおる天人が包ませず、着物を取り出してかぐや姫に着せようとするのじゃ。そのとき、かぐや姫は、
「少し待て」と言う。「衣を着た人は、心が違ってしまうという。記憶がなくなる前に、ひとこと言っておくべきことがある。」 と言って、手紙を書く。天人は
「遅いですぞ」
とじれったがりなさる。かぐや姫は、
「人の心がわからぬことをおっしゃるな」
と、たいそう静かに、帝に手紙をお書きになる。落ち着いておる。
 衣を着てしまうと、心が違ってしまう。すべての記憶が消えてしまう。だから、記憶が消える前に手紙を書く。かぐや姫の「心」は、まだそれほどにしか育っていない心なんだ。
 でも、かぐや姫は、天人に「もの知らぬことなのたまひそ」(「人の心がわからぬことをおっしゃるな」)と言う。
 記憶がなくなる直前のかぐや姫。かぐや姫には、もう心が宿っている。でも、もうすぐ消える。生まれたての「心」が闇に消える瞬間だ。