軍歴明治42年京都生まれ昭和6年海軍兵学校卒業・59期 |
![]() 資料を手に話される橋本中佐 |
伊58は9月の竣工以来、諸訓練をへて初出撃は回天戦になりました。19年12月30日 10:00 4基の回天を搭載し「金剛隊」として徳山沖・大津島の回天基地を出撃、グアム島を目指し南下、敵の裏をかくべく一旦グアム島を通り過ぎ反転、北上 敵艦船が幾度も頭上を通り過ぎていきます 魚雷攻撃をかければ命中確実の態勢であったが、任務はアプラの空母でしたのでひたすらグアムを目指し北上 1月11日 03:00 4基の回天を次々発進、05:30頃アプラ港あたりに2つの黒煙が上がっているのを潜望鏡で 確認しました。(改造空母1隻と大型タンカー1隻に命中、轟沈の情報があるが米海軍は正式発表していません) 1月下旬呉に帰港、3月1日硫黄島に出撃するも作戦変更の為、途中帰還。3月31日回天「多々良隊」を乗せ 沖縄にむけ出撃したが敵の厳重な警戒に近寄る事もできず、光基地へ帰投します。 伊58は回天6基搭載出来る様に改装、対空レーダーも八木式アンテナを採用、性能アップします。 7月16日フィリピン海方面に向け呉を出港 任務は「フィリピン東海域で敵艦攻撃」 対空、対水上レーダーを駆使し安全な海域を探しながら南下 レイテ、サイパン、グアム、沖縄、パラオ、ウルシーの基地を結ぶ航路の交差点で敵を待ちます。 28日、大型タンカーと駆逐艦を発見、回天2基を発進させ、爆発音を聞くもののスコールの為、戦果の確認が 出来ませんでした。(戦後の調べで駆逐艦1隻撃沈が判明しています) 7月29日レイテ・グアム パラオ・沖縄を結ぶ2本の線の交差海面でアイダホ型戦艦を葬り去ります。 戦後このアイダホ型戦艦が米国本土から原爆をテニアンに運搬後、レイテに向かい航行中であった 重巡「インディアナポリス」であった事が判明します。 |
| 中佐手作りの資料 |
![]() 伊58潜行動図 |
![]() 戦果艦のシルエット |
| 中佐は7月29日の半弦の月に照らされた黄色い海面がよほど印象的だったのか 2度3度と月光に輝く海面の事を話されました。 南京攻略時の南京の様子も客観的に話していただきました。 約2時間の卓話終了後 作戦、技術についての質疑応答になりましたが 全て明確に即答され健在ぶりを示されました |
![]() 中佐を囲んで記念撮影 |