17匹目:「ぼりびあ。。。」
僕も2年前まではどこにあるのかも知らなかった、BOLIVIA。
この、ほとんどの方が知らないであろう神秘の国(?)Boliviaを少々紹介します。
ちょっと硬い(?)内容なので面白くないですが・・・。
ボリヴィア共和国(republica de Bolivia)
面積:109万8581km2(日本の約3倍)
人口:777万人
首都:La Paz(憲法上の首都はSucre)
民族:ケチュア族、アイマラ族、メスティソ、ヨーロッパ系が多い
言語:スペイン語、ケチュア語、アイマラ語が公用語
宗教:ローマ・カトリック教が60%以上
産業:鉱物資源(鈴、アンチモン鉱など)と天然資源(原油、天然ガス)
歴 史
ティティカカ周辺では約3000年前にティワナク文化やプレ・インカ文化が生まれ、
10世紀にはインカ族の侵入により1400年代にインカ帝国の一部となった。
1532年にフランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍に征服され植民地となる。
1545年にPotosi銀山が発掘されると、南米の植民地の中でも重要な位置を占めるようになる。
南米の植民地で独立の気運が高まった18世紀後半にはボリヴィアでもインディヘナ達の反乱が始まり、
1824年にはスクレ将軍により独立を成し遂げた。
その後、硝石地帯を巡ってペルーと組んでチリと争った太平洋戦争により
アントファガスタ地方の海岸線850kmをチリに譲渡し内陸国となる。
また、1903年にはアクレ地方をブラジルに割譲。
1932〜35年に石油資源を巡ってパラグアイと国境・領土紛争が起こり、チャコ地方の大部分を割譲した。
1952〜64年にボリビア革命が起こり、男女に普通選挙法の制定、
アシエンダの解体による農地改革(53年)、三大財閥の解体と国有化(52年)が行われた。
その後、1982年に民政移管(文民政権)が行われ<、議会の選出によりシーレス・スアソ政権が誕生した。
経 済
1985年8月には、2万3500%/年のハイパーインフレを経験する。
これは先進諸国の経済停滞で外国からの新規融資が少なく、
新規投資も無いため中央銀行の通貨発行量が増大しインフレに拍車をかけた。
21世紀に向けての構造改革として民主化を進めている。
現在、中南米ではハイチに次ぎ2番目に貧しい国といわれている。
大統領の今までの平均在任期間は1年以下となっており、この国の不安定さを露呈している。
・国家
国営企業の民営化・資本化、地方分散化、規制化と組織化、金融システムでは利子の自由化、
年金制度の見直し、また貿易では貿易の自由化、関税率の低減を行っている
・経済政策
マクロ経済の安定化、自由経済の促進(価格の自由化、賃金の自由化、銀行制度の自由化)、
リスク低減、高い競争力、対外債務の低減、インフラ整備の為の公共投資
最近6年間の成長率は4%である。
また財政赤字は85年で25%、97年で3.3%となっている。
98年の赤字見込みは4.1%だが年金分を差し引くと赤字はほぼ解消される予定。
また経済自由度は南米ではチリ、アルゼンチンに次ぎ3位(世界44位)、
外国からの直接投資は89年で3500万ドル、97年は5億6000万ドルで、
投資額順はアメリカ、アルゼンチン、カナダの順となっている。
ボリビアと日本
・貿易
日本→ボリビア(97年:2億2000万ドル)
自動車、機械、電気製品、化学品、製造品
ボリビア→日本(97年:380万ドル)
穀物、砂糖、鉱物、加工木材
・移民
1899年:ペルーから最初の日本人が入植
1910頃:ゴム景気によりボリビア北部のアマゾン地域に入植
1915年:入植者数が600人になる
1945年:アメリカ政府による沖縄からの移住計画
1955年:西川移民の開始
1956年:ボリビア・日本移住協定が成立。
1999年:移住100周年
2001年:4月にYasuがBoliviaに到着
2003年:4月にYasuがBoliviaを出国(日本へ帰国)
今日の一言。。
「ここ 期末テストにでるから 勉強しておくように」
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