23.駅まで送るよ-その1-
わたしが普通免許を取って、早や1年5ヶ月が過ぎた。すでに初心者ではない。しかし、いまだに運転するときには若葉マークを前後に付けて走っているのは、夫の「マークがなかったら、クラクション鳴らされるぞ!」という忠告だか脅しだかに従ってのことである。免許を取って1年以内は若葉マークを付けるのが義務だが、1年以上経ったら付けてはいけないという決まりはない、と言うのだが本当だろうか。
要するに、わたしの運転技術は1年以上経ってもちっとも向上してないのだ。
ご近所の奥様たちの中には「ペーパードライバーで、どこか行くときは自転車か徒歩のみ」という方がたくさんいる。わたしがそうなるのではと心配した夫は、免許とりたてのころ、毎日「運転しろ」とうるさかった。おかげで、まったくのペーパードライバーというわけではない。少なくともまっすぐ走るのはうまくなった。よく知っている道だったら、ひとりでも走れる。ただ、駐車がものすごく下手なのだ。まともに停められるのは、うちの駐車場だけである。それも、ただひたすら、右の窓から隣の階段が半分見えたらハンドルを左いっぱいに切ってバックする、などのマニュアルに従って動かしているだけ。だから、隣の階段のないよその場所では、な〜んにもわからんちんなのだ。
先日は、子ども3人を連れて、公民館まで出かけた。いつもなら自転車でいくところだが、たまたま時間がなく、車で行くことにした。そこには前に1回、車で行ったことがあったので、まったく心配していなかった。しかし地下の駐車場に行ってみると、前はガラガラだったところが、確定申告の影響で、ほぼ満車に近いではないか!歯抜けにしか空いてない。困った。今まで両隣に駐車してあるスペースには停めたことがないのである。ぜんぜん自信がない。2〜3カ所、ここと決めてバックしてみたが、曲がりきれない。後ろから車が来る。仕方なくズルズルと奥へ奥へと進み、出口が見えてきた。このまま停めずに帰るのか!?そんなバナナ!
しかし、そこへ救いの神が現れた。出口に立っていた整理係のおじさんである。おじさんは、先ほどからド下手なバックをくり返してる我がクルマを見ていて、「ここ、ここ、ここにしな」と助言してくれたのだ。「はい、切って切って、ちょっと直して、はい切って」おじさんがいなかったら、わたしたちはサークルに参加できないところであった。ありがたや。だが、このように、いつも他力本願な運転をしているので、うまくならないのであろう。
他のドライバーの方々は、どうやって駐車できるようになったのか。聞くと、空いているスーパーの駐車場で練習した、などの答えが返ってきた。あとはやはり失敗を恐れず、どんどんひとりで運転して、あちこち出かけるのがいいらしい。
だが、料理なんかは失敗してもどうということはないが、運転で失敗してよその車にドカンとやったらどうすればいいのか。以前、高速のSAで停まったとき、降りようとして何気なくドアを開けたら、隣の車に当たったような気がした。気のせいかも知れないと思いつつ、よく見ようと凝視していたら、隣の車からオヤジが血相変えて飛びだしてきて、ギャーギャー騒ぎ出した。キズがなくてこの騒ぎなんだから、実際にキズが付いていたらと思うと、ゾッとする。そんな人間もいるのだ、世の中には。車がボコボコでも平気で走っているアメリカと違って、日本はかすっただけで大変な事故である。
もし万一、車じゃなくて人にぶつかったら?それで死んじゃったら?などと考え始めると、もうダメである。「こんな走る凶器を動かすなんて、わたしには出来ない。道も知らないし、排ガスは地球にも悪いし、自転車なら排ガスもなくて運動にもなるし」と、どんどん消極的になっていくのだ。
それなのに、夫は「ちょっと駅まで送って」と要求する。わが家は、2カ所の駅の中間くらいにあり、どちらの駅にも10〜15分ほどかかるのだ。妻の教習所通いに夫が大賛成だったのは、ひとえにこの「送り迎え」を得たいがためと言っても過言ではない。
しかし、この「送り迎え」が、夫婦の間に溝をつくるのだ。-以下、その2へ-
(2004.3.28)
24.駅まで送るよ-その2-
そんなに簡単に「駅まで送って」などと言われると困るのだ。こちらは、これから運転すると思うと、緊張のあまり神経性の下痢を起こすくらいである。できれば3日前までに予約を入れて欲しい。そうすれば、それまでに心の準備ができるというものだ。
ところが、夫は、快く承諾しない妻に不満である。わたしが「え〜、送るのォ〜?これからァ〜?」とタラタラ言いながら、なけなしの運転意欲をかき集めているうちに、
「もういいッ!送らなくていい!そのかわり、免許証をふたつに切っておけ」
などとヘソを曲げるのだ。そう言われると、こちらも、
「今日は天気もいいんだから、歩いたらどう?少しは運動になるでしょ」
と反論したくなる。売り言葉に買い言葉で、夫婦喧嘩になってしまうのだ。
夫は、どこへ行くにも車派で、歩いて5分のスーパーへでも車で行く。わたしは歩くのがそれほど嫌いではない。天気がよければ、子どもと歩いて買い物に出かける。夫は、送迎を嫌がらない。誰かを駅まで、あるいは家まで送ったりするのも面倒がらずに引き受ける。わたしは…、という風に、ふたりの性格や感覚は、どこまでも平行線をたどっているので、妥協点を見つけるのは難しいのである。夫婦というのはそういうものなのかも知れない。
ま、免許を取るのに、ン十万かかっているのだから、送り迎えくらいバンバンやって欲しいと思うのは無理はないと思う。むざむざペーパードライバーへまっしぐらというのは、本当にもったいない。わたしだってその点は賛成である。夫がうるさく言うおかげで、家と駅の往復は、何の不安もなく走れるようになった。ただし通る道はいつも同じ。駅は、ふたつの最寄り駅のうち、道幅が広いルートで行ける方を選び、多少遠回りでも走りやすい道しか通らない。わたしの父は、これを「イタチの道」と呼ぶ。
夜、「迎えに来て」という電話があると、わたしは「イタチの道」を通って駅まで行く。路肩に寄せて停めて、夫が来るのを待つ。駐車場に入れなくていいのが救いである。どれだけ寄っているか疑わしいのだが。
こんなこともあった。夜、子ども達と一緒に寝ていると、電話が鳴った。夫からで、11時45分に駅に着くので迎えに来て欲しいと言う。「うん、わかった」と返事をしたものの、どうにも眠くて仕方がない。時計を見るとあと30分くらい時間がある。少し横になっていようかな。ちょっとだけ…。
お察しの通り、再び電話で起こされたのは12時を過ぎてからだった。いやあ、怒ったの何の。「もう来なくていいッ!」と言うが、あわてて車で向かった。この日は、地方の仕事を終えての帰りだった。夫は、駅からの道を、車輪付の旅行鞄を力任せに引きずって歩いていた。怒りにまかせて引きずったため、摩擦で車輪が1個おしゃかになった。それからは、あまり夜迎えに来いとは言わなくなったような気がする。別に迎えに行きたくなくて寝てしまったわけではないのだが、いや、もしかすると現実逃避だったかも。どっちにしても、夫婦喧嘩の元である。
ああ、一体いつになったら、格好良く「駅まで送るよ」「迎えに行くよ」と言えるようになるのであろうか。もっと若いころに免許を取ればよかったのかも知れない。だけど若いころは、アテもないのに「あたしは誰かに送ってもらうからいーんだもん」と見栄を張っていたところがある。ほとんどは電車で間に合ったけれども。
若い女性のみなさん、今どきアッシーくんなんて流行りませんよ。それよりも、自力で運転して、これと思う男の子がいたら送ってあげましょう。ロマンスに発展しないとも限りません。オバハンになってから免許を取るのは大変だからね。お金もかかるし、旦那には「練習しろ」と言われるし。
しかし、同じ日に教習所に入り、同じころに免許を取ったママ友達の彼女は、あちこち積極的に運転している。「運転って楽しいよねー」とまで言う。何がちがうのかなあ。性格?車?それとも旦那?
(2004.3.29) |