25.早く起きなさい
4月、わが家の長男が小学校に入学した。入学前の春休みには、いろいろと心配なことがたくさんあった。まったく子育てというのは、心配事の連続である。ひとつの心配事を乗り越えると、またすぐ次の心配事がある。
春休み、わたしが何を心配していたかというと、「うちの子は学校のお勉強についていけるかしら」とか「歩いて登下校するなんて、大丈夫かしら」とか「お友達が出来るかしら」とか、そういった心配事も若干あったが、何よりもまず「朝、ちゃんと時間に起きられるかどうか」が最大の心配であった。付け加えておくが、子どもが、ではない。わたしが、である。
そもそも我が家の大人はみな宵っ張りだ。
夫は仕事柄、朝遅く出かけ、夜遅く帰ることが多い。一般的な会社勤めの方とはかなり時間帯がずれている。音楽家がすべてそうだというわけではないだろうが、あまり早朝からジョギングをしている音楽家にはお目にかかったことがない。演奏会は夜開かれることも多いので、午後8時半に寝てしまうのでは使い物にならないのであろう。夜12時に帰宅して、それから明け方まで楽譜を読んだりすることもある。
わたしはというと、長男が生まれるまではデザイン事務所に勤務していた。が、これまた朝7時や8時から営業しているデザイン事務所というのも見たことがない。わたしが勤務していたところは10時に始まっていたが、11時からというところもあれば、中には午後にならないと始まらないところも珍しくないのだ。その代わり、夜、定時に終わることは稀で、締切前には連日徹夜が続くこともある。また、一人で黙々と何かをつくる作業は、昼間の喧噪の中よりも夜の方がやりやすい。そのせいかデザイナーというのもたいてい夜型人間である。わたしも例に漏れず、朝が弱くて、10時の勤務開始時刻にだいたい遅刻ギリギリだった。
もう一人、現在同居しているわたしの父に触れておくと、年寄りというのは早寝早起きだなんて誰が決めたのかと思う。若い頃から朝早く起きるのは、ゴルフに行くときだけ。徹夜マージャンはザラだったが、今では午前中はオヤスミ。昼食時に声をかけて起こすのだ。朝食を取らないのは体に悪いだろうというので、毎朝8時にトーストとコーヒーを部屋に運んでおくと、一時起きて食べ、また寝るのである。ちなみに就寝時刻は、午前1時から4時と思われる。ほとんど引きこもりの学生のような活動時間だ。
このような大人たちが、子どもが生まれたからといって、急に朝型に変身するわけはない。赤ん坊は昼夜問わず眠っているから、その合間に授乳したりオムツを換えたりすればいいが、だんだん大きくなると外が明るくなると目を覚ますようになる。もうちょっと寝て8時半に起きようなどと思わない。朝日が差すと自動的に目が覚めるのだ。だから冬よりも夏の方が早起きである。日によっては6時前から起きる。しかし大人はそうはいかない。ただただ眠い。そのうち子どもも、いくら起こしても親が起きないので、勝手に起き出してひとりで遊ぶようになる。そして適当な頃合いに「ごはん食べる」と訴える知恵がつく。
幼稚園に入る前は、そうやって適当に起きていればよかった。だが、入園すると同時に起床時間もおのずと定まってしまう。思えば太郎が入園前の春休みも、わたしは「朝、ちゃんと時間に起きられるかどうか」自信がなくて戦々恐々としていたものだ。同居の父は別にして、夫婦のどちらが朝起きて子どもの世話をするかといえば、どう考えても母親のわたしなのである。夫はいくら夜更かしをして朝寝坊しようがかまわないが、わたしは定時に起きて子どもを幼稚園に送り出さなくてはいけないのだ。たとえ夜なべをして手袋を編んだ翌朝でも。それが母親業の一環であるのだから、いたしかたない。どこの家のお母さんもやっていることなのだ。
かくして月日は過ぎ、通園も板に付いてきた。はじめ7時だった起床時間はそのうち7時半になり、時々は8時に飛び起きるようになった。他にやる人がいないと思うと、何とか出来るようになるものである。8時に起きようが何だろうが、弁当持参でバス停に立ち、とにかく毎朝子どもを送り出しているではないか。これを進歩と言わずして何と言おう。
ところが、アッという間に幼稚園は終わり、今年から長男は小学校だ。学校は、何と7時半に集団登校するという。人は三十路を過ぎて、どこまで進歩できるものなのか? 4月はじめの入学から約2ヶ月。長男が遅刻をしたことは、まだない。が、はじめ6時だった起床時間は、すぐに6時半になり、今は時々7時に飛び起きている。子どもも急かされるのに慣れて、20分で朝食、身支度が出来るようになった。着替えなんか10秒で出来る。食べかけのパンに思いを残して登校することもままある。
一応、毎朝送り出してはいるけれど、これでいいのだろうか。とにかく、こんな生活がこれからずーっと続くのね。あーあ、誰か、朝わたしを起こしてくれないかしら。(2004.5.30)
26.左利きのアナタ
末っ子の三男はどうも左利きのようである。
赤ん坊が手を使いはじめてしばらくは、右も左も同じように使う。そのうちスプーンやフォークを使って食事をしたり、クレヨンで絵を描いたりするようになると、だんだん利き手が定まってくる。親も、左手を使っていると「お手々が反対だよ」と注意したりして、何となく右手を使うことが多くなり、そのうち定着する。
長男、次男ともこのような過程を経て、難なく利き手は右になったのだが、三男だけはちょっと様子がちがうのだ。赤ん坊のころから、オモチャを取るのも手を挙げるのも左手が自然に出る。ごはんを自分で食べるようになると、当たり前のように左手でスプーンを持とうとする。そこで毎回しつこく「お手々が反対だよ」と言うと、「こっちの手々がいい」と泣くことも多い。3歳になった今でも三割ほどは左手で食べている。
子どもが3人もいれば、ひとりくらい左利きがいてもおかしくはない。わたしはそう思って、自然にまかせるつもりだったが、夫も、同居の父も「今から注意すれば右が使えるようになる」と言って、矯正しようとするのだ。なぜかと問えば、
「世の中、大多数の右利きのためにつくられている。左利きだと、それに合わせるためにストレスがかかる」
「字を書くときに書きにくい」
「ハサミやグローブなど、左用のを買わないといけない」
「他の人と並んで食事する際、箸を持つ手がぶつかる」
などの理由が出てきた。ふたり揃って主張するもので、わたしも普段は協力して「お手々が反対だよ」と言っているのだが、左利きならそれはそれでいいような気もする。それで、折に触れて他のお母さん達の意見を聞いている。
たいていのお母さんは、わたしと同じ自然にまかせる派だ。今どき左利きだからと学校で仲間はずれにされることもないし、無理に矯正するのはかわいそうだと言う。中には、もともと左利きで親から矯正されたという人の話も複数あった。それによると、小さいころガミガミ言われて苦痛だったという。おかげで字は右で書くようになったが、箸だけはどうしても無理で、あまりこぼすので親があきらめたという例もあった。概して大人になるにしたがって、字を書く場合、絵や毛筆書きの場合、食事の場合、調理の場合、など作業によって右左を使い分けるようになるらしい。が、基本的には左が利き手であるのは変わらないのだ。
「うちの子は左利きなのよ」というお母さんの話も聞いた。三男と同じく、赤ん坊のころから左手ばかり使い、寝かせると他の兄弟とは反対側を向いて寝る。くるくる回る遊びをすると、これまた他の子とは反対に回る。大きくなって自転車に乗るようになると、自然と自転車の右側から乗ろうとするという。
この話を聞いて、自転車はまだ乗らないからわからないが、どちらに向いて寝ているか確認しようと思ったのだが、寝相が悪くて無理だった。しかし、三男が左利きであることは、ほぼまちがいない。これが彼の人生にとってマイナスなことなのだろうか。
そもそもなぜ左利きの人は、右利きの人より圧倒的に数が少ないのだろう。半々だったら、これほど右利き用の世の中ではないはずだ。猿は左右どちらも同じく使っているように見えるのだが、人間は、左手と連動している右脳をあまり使わないということなのだろうか。それとも、地球の自転や磁場の流れなどにしたがうと、右利きになるのが自然なのだろうか。左利きの人がストレスを受けやすいのは、そうしたことも関係があるのだろうか。もしかして、体内の気の流れも右利きと左利きとではちがうのだろうか。
不思議である。
今日も三男は機嫌良く左手でジャンケンをしている。実を言えば、わたしは少数派の左利きをカッコイイと思っていて、ちょっと憧れている。そのため、この子の左利きを直したくないのだ。字なんかちゃんと読める字が書けていればいいし、食事のときには少し気をつけて隣と間をあければいいし、グローブが欲しいと言ったら、左用のを買ってやればいいではないか。できればサッカーにしてもらいたいが。
最後に、育児書の権威、松田道雄著「最新 育児の百科」(岩波書店)から次の文を抜粋する。
「赤ちゃんが、左ききだとわかるのは、まさに生活のなかに手が重要な役をしかけたときだ。赤ちゃんは手で、この世界をさわりはじめたのだ。手を創造に使いはじめたのだ。赤ちゃんのこの創意を生かすことが大事だ。よくきく手をしばってしまうことは、赤ちゃんの手による創意をしばってしまうことだ」
「左手でかいた字と、右手でかいた字と、どちらがうまくかけているか、どちらが早くかけるかできめればいい。そして左手のほうがうまくかけるのなら、それでおし通すべきだと思う」
(2004.6.29) |