ノブコです!
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ちょっとおもろい、つれづれ話

44.美しき母

 4月、長男が進級、次男が入学、三男が入園し、それぞれに新しい環境、それにたくさんのお友達と出会った。したがって、わたしもまた、新しいお母さん達と知り合うこととなった。思えば母となって8年、何と多くのお母さんと出会ってきたことだろう。当たり前といえば当たり前の話だが、子どもがいない時代には想像もつかなかったことだ。今の自分を、10年前のわたしは予想できただろうか。

 新学期は、学校も幼稚園も説明会や懇談会などで保護者がよく集められる。すると子どもの数だけお母さん達がやって来る。まれにお父さんもいるが、99%お母さんだ。

 夫はたまに、お母さんの集まりを見ることがあると、「○○ちゃんのママは美人だな」などと本音を吐く。どこ見てんだようと突っ込むが、実際、同姓の目から見ても惚れ惚れするような美女が、中にはいるのである。独身の頃は、さぞモテたであろうし、披露宴ではひそかに泣いた男もいただろうと思われる。コブ付きとなった今も十分に魅力的で、そういう人は概してセンスもいいものだ。

 当然ながら、その反対の人だっている。どこでどうやって旦那さんを見つけたのだろうか、きっと外からはわからない美点をたくさん備えているにちがいない。それを見抜いてくれる男性がいて、本当によかった。などと自分のことを棚に上げて、よけいな詮索までしてしまう。

 だけど、容姿の美醜などは、母親としての価値には加算されない。子どもにとって、お母さんがいい女である必要はまったくないのだ。だから母親の世界において、異性に対して魅力があるかないかは範囲外の要素なのである。

 もう一度くり返す、異性にモテるかどうか、どうでもいいのだ。

 女に生まれてウン十年、かつて学生のころ、独身のころ、異性にモテるかそうでないかは重大問題だったはずだ。思春期になると、見かけも派手でいかにもモテそうな女の子は、勉強はそこそこでもイモくさい女の子を見下して、まともに相手をしたりしなかったし、大人になって飲みにいくと、やはりモテ系の美人が中心になり、フェロモンがあるかないかが人生の明暗を分けた。

 それなのに、あのころモテた女性も、そうでなかった女性も、結婚し母親となった今は、対等なのだ。これはすごいことだと、わたしは感慨にふける。

 女学生時代には生涯変わらないと思われた力関係は、ほんの一時のものに過ぎなかったのだ。同窓会などで往年のメンバーが集まることがあればともかく、フェロモンを持って生まれた女性は優位な人生を送れると思い込んでいた、それが幻だったとは! 動物行動学的な発情期が過ぎれば、どうということもないのだ。

 今、思春期や適齢期にある貴女、希望をお持ち下さい。男好きのする顔をして蝶よ花よとヒラヒラしたあの女が脚光をあびるのも、あとから振り返れば、わずかな期間に過ぎません。なみいる求婚者を押しのけてイケメンとゴールしたあとを見てごらんなさい。そのうち子どもが産まれて、彼女は名実ともに「勝ち組」になります。そしたらですね、きれいにネイルアートしていた女も、深爪していた女も、やることは同じ。赤ん坊のオムツを替え、洗濯物を干し、バギーを押して買い物に行くのです。容姿がいくらよくても、お手伝いさんは来てくれません。まあ、テキがお手伝いさんが毎日来るような家の御曹司と結婚した場合は、お姑さんや小姑にいびられているにちがいないとでも思って、素直に引き下がってくださいネ。世の中は必ずしも公平ではないのです。

 子どもが幼稚園や学校に行くようになったら、不倫相手のいいオトコが現れるだろうって? そんな話は男性週刊誌のエロ小説の中のこと。子どもがいない間に済ませようと家事や買い物に追われ、午後になれば子どもは帰ってきます。エロ小説の主人公はきっと不倫のために延長保育を頼んでいるのでしょう。子どもが大きくなるころまで、色事にかける精力と体力、そして体型がキープできればいいのだけど。

 問題は、自分の結婚相手をどうやって見つけるかですが、小学校のクラス編成を思い出してみて。男女比は半々だったでしょ。余りなくカップルになるようになってるのだから、大丈夫。ただ贅沢をいわないように。謙虚に幸せを求めましょう。では、がんばってください。

 余談だが、噂によると、再び異性にモテるかどうか重要になるのは、老人ホームであるという。真偽のほどは確かめようがないが、念のためその日にそなえて、魅力的に老いる心構えをしておいた方がいいかも知れない。お互い視力も衰えてるし、どのみち顔の造作はシワでわからなくなってるし、やはり最後にものをいうのはセンスと品格、教養であろうか。内面の美が発揮されるのである。

 それも自信ないなあ。(2006.4.29)


45.さて、役員決めです

 今年、はじめて学校の役員をつとめている。長男と次男が通う小学校では、子ども一人につき、必ず一回は役員をやらなければいけない、というのが暗黙の了解である。それも5・6年の高学年で引き受けることになると負担が大きいので、低学年のうちにやっておくのがよいという。

 生徒数1000人以上、世帯数約850のマンモス校であるから、計算すれば全員が役員をやる必要はないはずなのだ。しかし上記のような定説が蔓延しているせいか、4月の役員決めの時期になると、小学生を持つお母さん達は、戦々恐々。それはもう顔を合わせれば役員決めの話で持ちきりである。誰のお母さんがクラス役員に立候補するらしいとか、誰のお母さんは校外委員になったらしいとか、もう4学年だから今年は絶対にやりたい、とか。

 実際には、いくら役員をやろうと、6学年になってみると、新役員が決まらず、すったもんだの挙げ句に「くじ引き」になることも珍しくない。子どもが高学年になると仕事を持つお母さんの割合も増えるし、過去に役員をやっていないお母さんは大抵やりたくても出来ない事情がある。そうはいっても低学年のうちに役員を務めたお母さん達は、「ここでくじ引きとは、何のために苦労したのか」と譲らない。というわけでドロ沼の戦いとなり、6学年は役員決めにオソロシク時間がかかるという。くわばらくわばら。

 さて、わたしが立候補したのは、広報委員である。学校の広報誌を発行する委員である。他の分野はともかく、印刷物をつくるのは専門分野であるから難なくこなせるであろう、と思ったからだ。だが夫は「自分が仕事にしてる分野でやろうなんて考えられない」という。なぜなら「プロがやってるのに例年通りのモノしか出来なかったら恥かくよ」そう言われればそうかも知れない、と思ってしまったが為に、後で大変なことになるのだが、話を役員決めに戻そう。

 広報委員になるには、まず各クラスから1名ずつ「広報委員の候補」というのを選出する。広報委員は各学年2名が定員なのである。1学年5〜6クラスあるので、候補者が集まったらそこでまた2名を選出して決定となる。実は、わたしは2年前にも広報委員をやろうとして「広報委員の候補」に手を挙げた。毎年、クラス役員はスッキリ決まっても、この「広報委員の候補」がなかなか出なくて困るのだそうだ。広報委員は誰もやりたがらないらしい。だからこのときはクラス全員の祝福の拍手を受けて、意気揚々と「広報委員の候補」の集まりに出かけたのだった。

 2年前に広報委員をやらなかったのは、このあと落ちたからである。集まった6人の候補者に、前委員さんが聞いた。「この中で、どうしてもやりたい方は?」すると、他に誰もいないので仕方なく手を挙げた方たちが去って、わたしを含む3人が残った。それでは3人で話し合ってください、という。他の二人は知り合いのようで、上の子が高学年でもう後がないのだとかで、どうしてもどうしても今年やりたいんです譲ってくださいお願いしますお願いします、とそこまで言われたら「じゃあ、いいです」

 今年はどうだったか。手っ取り早くいうと、今年も苦戦だった。広報委員の座を得るために、わたしは3回じゃんけんをして勝ち進んだ。なぜ例年なり手のない委員が、こう人気があるのか不思議である。だけど実際に内情を見てみると、みんながやりたがらない理由はわかる気がする。

 前委員さんの教えてくれたところによると、取材などは全員で分担して写真を撮ったり文章を書いたりするのだ。問題は、そのあとの紙面構成で、ほぼレイアウトを決めたら、印刷所に出すための指定紙をつくる。これが、割付用紙に手書きでいちいち文字配列や写真配置を書き込んで指定するのだ。わたしは、昔、デザイン会社で版下をつくったのを思い出して、一瞬、懐かしさにひたった。でも、今どきどこのデザイン会社だってそんなことやってないよ!?印刷物をパソコンでつくるようになって15年は経つぞ!?しかも、その作業を素人のお母さん達が集まってやろうっていうんだから、そりゃあベラボウな時間と労力がかかるでしょうよ。広報委員は毎日弁当持参で学校に詰めている、との噂は嘘ではなかったのだ。

 やはり役員というのは、現実に引き受けてみなければ、実状はわからないものだ。今年度の広報誌は…、ま、ちょっとは例年とちがってると思いますヨ。ただ、もうひとつわかったことは、役員は、やってみると意外と楽しいということだ。大変だけど、がんばった分、楽しさもある。まだやってないお母さんに、ご参考のため。(2006.6.30)

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