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11.これって妊娠!?
この話は、これから妊娠するかも知れない女性の方にぜひ読んでもらいたい。妊娠というのがいかにして始まるか、これはある無知な夫婦の体験談でもある。
長男の幼稚園のお友達のお母さんが、2人目を妊娠したと聞いた。
「え〜、本当!?おめでとう!」
で、こう聞いてみた。
「なんでわかったの?」
妊娠経験のない方は不思議に思われるかも知れないが、妊娠というのは受精卵が子宮に着床してはじまるわけだけれども、その時点ではまったく自覚症状がない。「う、わたし着床したかも」とわかる人はいないのだ。大部分の人は、それから2〜3ヶ月あとに妊娠検査薬や産婦人科で、はじめて妊娠が発覚するのである。
じゃあ、どうして妊娠検査薬を使ったり産婦人科へ行ったりする気になるのかというと、つわりが始まるからである。何となくだるい、微熱がある、気持ちが悪い、横になりたい…などの症状が現れる。しかし、だ。つわりになったことのない人が、そうなったからといって、すぐに「これはつわりだわ」と思うだろうか。
妊娠経験者のみなさん、はじめての妊娠のとき、どうでしたか?「どういうわけだか、具合が悪い。病気じゃないだろうか」と思ったでしょう。ひと昔前のドラマに、女性が「うッ」と口元を押さえて洗面所に駆け込んでいき、「もしや…」なんて場面があったけど、そんな鮮やかに発覚することは、あるのかも知れないが、ま、めったにない。まして吐いてる人の横で「食べ過ぎ?」とは言っても「あなた、もしかして」なんてことは言わない。
白状しよう。わたしは、はじめての妊娠のとき、まったく、まーったくわからなかった。
1996年の12月のことだ。そのころ所属していたアマチュア・オーケストラの「第九」の演奏会があった。打ち上げが終わったので、うちへ帰るべく地下鉄に乗っていたとき、突然ものすごく気持ちが悪くなった。駅ごとに休みながら何とか途中までたどり着いたものの、とてもこれ以上、電車には乗れない。夫が家にいたので車で迎えに来てもらった。飲み過ぎか乗り物酔いだろうということで、そのまま休んだのだが、翌日もやっぱり気持ちが悪い。吐き気がして何も食べられない。微熱がある。
こういうとき人は「寝てれば治る」と思いたがるものだ。しかしその翌日も具合が悪いとなると、さすがに病院へ行く気になる。ここで産婦人科へ行ったら話はめでたく終わりなのだが、わたしは近くの総合病院の内科へ行ったのだ。だって吐き気がするんだもん、胃が悪いと思ったんだもん。
症状を聞いた医師はこう言った。
「妊娠はしてませんか?」
わたしはきっぱりと答えた。
「はい!してません」
どうしてそう言ったかというと、生理があったと思い込んでいたから。後で知ったことだが、着床してしばらくすると、少量の出血がある。これがしばしば次の生理の時期と重なるため、生理とまちがえやすい。当時のわたしはそんなことは知らなかったので、「具合が悪いため、ちょっと少ないけど、生理があった」と思い込んだのだ。生理があった以上、妊娠ではない!
わたしは胃薬をもらって帰った。
当たり前だが、症状は治まらなかった。勤めていたデザイン事務所は、年末のくそ忙しい時期で、「いつまで休んでるの?早く出てきてよ!」と催促する。困った夫は友人の医師に電話をかけた。すると、
「妊娠じゃないの?」
と即答された。が、わたしは断固として「ちがう」と言い張った。そう言われては夫としては「ちがうらしい」と思うしかない。今では妊娠に関して、かなりの知識と経験を持つわたし達だけれど、当時は新婚で、独身気分も抜けてないころ。まさか自分たちにこういう事態が起こるとは予想だにしていなかったのだ。とはいえ、やる事をやったら、結果があるかも知れないということは、子どもの性教育でも基本中の基本。いい歳をして無知もいいところである。
何だかよくわからないまま半病人生活は続いた。
あまり続くので、再び友人の医師に電話をかけた。「それはやっぱり妊娠じゃない?」
夫が「とにかく調べてみよう」と言うので、妊娠検査薬を購入。くっきり陽性反応が出たときには、いや〜、驚いたなあ。あわてて近所の産婦人科を探して出かけたのは、年が明けた1月であった。何と、はじめに気持ちが悪くなってから半月もたっていた。あー、よかった。もう少しでレントゲンを撮るところだった。
どう?妊娠未経験の方、参考になりましたか?(2003.7.30)
12.ダイニングテーブル
我が家の間取りは4LDKである。LDKとはリビング=居間、ダイニング=食堂、キッチン=台所のことだが、最近の住宅には、独立したダイニングルームというのはあまり見られなくなった。リビングと一体化して、広いフローリングのLDとなり、その一角にキッチンがくっついてる間取りが多い。
うちも例にもれず、10畳ほどのリビング(+ダイニング)にカウンター式のキッチンが続いている。かなり平均的なモデルだと言える。
平均的でないのは、フローリングのリビングにユニット畳をしいて、むりやり和室にしている点であろう。我が家ではみんな、このユニット畳和室の座卓で食事をする。この頃はどこのお宅にうかがっても、リビングにはダイニングテーブルがしつらえてあって、食事をご馳走になる機会があると、「テーブルと椅子で食べるのは楽だな」と思う。座卓は、よっこいしょと座って、何か用があると、どっこらしょと立たなくてはいけない。食事が長引くと、だんだん足が痛くなってくる。子どもも食事中に立ったり寝転がったりして落ち着きがない。これはしつけが悪いのかも知れないが…。何となくスマートさに欠けるのだ、座卓は。
だったらダイニングテーブルを置けばよさそうなものだ。わたしがなぜユニット畳なぞ置きたくなるのか、わたしにもわからない。何か理由があるはずだと、懸命に脳の中をかきまわしてみたのだが、特にない。あえて言うなら「空間が広く使える」くらいである。だけど、どうしてもわたしにはダイニングテーブルを置くことができない。なぜなのだろう?
昔むかーし、わたしが夫と結婚する前、この家には、夫とその弟が住んでいた。そして、リビングにはダイニングテーブルがあった。多分この家を設計した人がそう使って欲しいと思っただろう配置、つまりキッチンのカウンターに沿って置いてあった。反対側の窓の前には応接セットがあり、食後はそこでコーヒーなんぞを飲んだのである。
結婚前は、たまに来て一緒に食事をするくらいだったから、何も問題はなかった。ダイニングテーブルで食事なんてお洒落だわ、と喜んでいたくらいである。ところが、いざ、この家で暮らすとなったら、急に、テーブルと椅子で食事をすることにものすごく違和感を覚えてしまったのだ。わたしの実家は、フローリングのリビングなどとは縁がなく、両親も畳の生活を良しとしていたので、座卓で食事をするのが当たり前であった。朝食や昼食はともかく、家族が揃う夕食を台所のテーブルでとる、などということは絶対にあり得なかった。
だいたい、茶碗にごはんをよそって、味噌汁とアジの開きを箸で食べてるくせに、なにゆえテーブルと椅子なのか!?日本文化への冒涜だ!毛唐文化の猿マネもいい加減にしろ!
なんてことは言わないが、わたしはダイニングテーブルと応接セットを取っ払い、ユニット畳を買ってきて、部屋のまん中に座卓を置いた。
子どものころからテーブルと椅子で食事をすることに慣れていた夫は、はじめのうちは「座りにくい」「ものを食べてる気がしない」と文句たらたら。それでも6年も経つとすっかり慣れたようだし、わたしの父も同居するようになって、そう簡単に畳を取り払うわけにもいかず、座卓は定着している。
夫と同様に、子どものお友達が遊びに来て、一緒に食事をすると、たいていの子はうまく座れずにもぞもぞして落ち着かない。座卓で食べたことなんかないんだな。なぜ日本人の暮らしの中で、これほどダイニングテーブルが普及しているのだろう。床や畳に直に座れるように、わざわざ靴を脱いで上がっているというのに。日本の住宅において、それほどテーブルと椅子は必要なのだろうか。
わたしはテーブルと椅子は、欧米式の生活様式のためにあるものだと思っている。つまり土足のまま上がる様式だ。何しろどこを歩いてきたかわからない靴で踏むのだから、床は汚れる。いくら掃除したって、外とあまり変わらないだろう。そんな床には座れない。したがって椅子が要る。椅子に座って食べたり何かするのにはテーブルが要る。
でも、日本はそうではない。なのにテーブルと椅子はみんなの生活の中に入り込んでいる。必然性もないのに。どうしてなのだろう。ああ、納得がいかないなあ。
ある日、台所にいたわたしは、ふと気がついた。そうそう、日本の家にだって土足で歩く空間があったはずだ。昔の台所は土間といって、居間や板の間から一段低く、外と同じく土足で歩く場所だった。今、わたしのいるこの台所の床が土間だとするとどうだろう。床はフローリングで、そのまま境目なくリビングとつながっている。ということは、リビングの床も土間、ってことになるのかな。そうか、そうするとリビングとは居間ではなく、台所の一部と言っていいだろう。台所の一部で床が土間となると、テーブルと椅子を置くことにも納得がいく。土足で歩くところなのだから。土間なのに裸足で歩いているのはおかしいって?それは多分、脱いだ靴をいちいち履くのが面倒だから、お行儀が悪いけど土間も裸足で歩いてるだけなのよ。うん、そうだ。そうに違いない。
つまり現代では、日本人はみんな土間でごはんをかきこんでいるわけなのですね。
それでは居間はどこへ行ってしまったのだろう。「居間」を辞書でひいてみると、「家族が集まって、くつろぐ部屋」(新解明国語辞典・第二版)とある。家族団欒なんてしないのかもね、今どきの家は。(2003.8.9)
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