ノブコです!
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ちょっとおもろい、つれづれ話

19.サンタ苦労す-お子さんは読まないでください-

 今年もわが家にサンタクロースがやって来た。サンタは遠い北国に住んでいるのだという。はるばる日本の埼玉までご苦労なことである。

 子どもたちは、朝起きると大急ぎでふすまを開けた。何しろ寝室にしている6畳の和室には、タンスだのポリボックスだのが置いてあり、残った面積にめいっぱい布団が敷いてあるものだから、サンタも足の踏み場がないのである。プレゼントは毎年、リビングの座卓の上に置いてある。今年のプレゼントは、青や黄色のセロファンに包んであり、リボンがついていて、それぞれの名前が入ったカードが添えてあった。

 それらの小細工は、当然ながら24日の夜、子どもたちが寝付いてから行われたものである。プレゼントは、何とかごまかして夫とふたりで出かけて購入し、車のトランクに入れっぱなしにしておき、夜中にわざわざ取りに行ったのだ。リビングなんかで梱包していて、万一誰かが起きてきたら台無しなので、狭苦しい仕事部屋でふたりがかりで包んだのだ。カードも筆跡からバレるかも知れないので、コンピューターで作成、プリンターで印字したのだ。

 そんな苦労が報われたかどうかわからないが、プレゼントを手にした子どもたちはとにかく喜んでいる。

 しかし、本当にサンタが来たから喜んでいるのか?ただオモチャや本をもらえたから喜んでいるんじゃないか?子どもはひたすらにオモチャを見ているだけである。「わあ、サンタさん、来たんだねえ!」と先に口にするのは、決まって大人の方である。子どもたちは、もし夜中に福禄寿が来て置いていったと言えばそうかと思うだろうし、大日如来がくれたのだと言えば手を合わせて拝むだろう。

 じゃあ、親から子へ「クリスマスだからプレゼントをあげるよ」と言ってはどうしていけないのだろう。それでも子どもたちは、大喜びすると思うのだが。

 わたしは毎年サンタ役に不熱心である。子どものころも、そんなにサンタを信じていた覚えもないし、日本のクリスマスは単なるお祭りなのだから、ただ雰囲気を楽しめばいいと思っている。

 それに対して、夫はけっこう熱心である。クリスマスが近づくと「いい子にしてないとサンタさん来ないぞ」などと言い始める。長男は幼稚園でいろいろ知恵をつけられるらしく、たまに「本当はサンタっていないんだよ」「本当はお父さんなんでしょ?」などとわかったようなことを言う。するとお父さんが「お父さんは知らないよ」「信じてない子のところにはサンタさん、来ないんだよ」などと言うので、長男は考え込むのである。多分そのとき彼の頭の中には「?」マークとさまざまな情報がごっちゃになって飛び交っていると思われる。

 大人たちは、信じていて欲しいのだ。子どもたちに、自分たちがつくったおとぎ話を。自分たちにはもう信じることができない物語を。そしてその物語に少しだけ入り込んで、一緒に楽しみたいのである。子どもたちには、なるべく長く子どものままでいて欲しい。そのために労を惜しまず、演出努力をするのである。

 ところでわが家の子どもたちは、25日にプレゼントを開けてしばらくすると、こんなことを言い出した。

 「そうだ、うそっこキャンデー見てみよう」

 うそっこキャンデーとは、長男が見た本に載っていたもので、ティッシュを丸めてアルミ箔で包み、端をねじってキャンデーをつくる。それをツリーや部屋に飾っておくと、サンタが本物に変えてくれるというのだ。そういえば、ばかでかい偽キャンデーがあちこちに置いてある。
 「あれー、本物になってなあい!」
 ガッカリして弟とふたりで泣きそうになっている。だ、だってアンタ、「本当はサンタっていない」って言ってたじゃない!そんなに信じて期待してたの!?

 「サンタさん、忙しいからねえ、忘れちゃったんだねえ」
 わたしはそう言ってみたが、彼らは納得したのだろうか。

 長男は、うそっこキャンデーを分解し、なぜ失敗したか調べていた。また来年やってごらん。今度はサンタさん、忘れないと思うよ。(2003.12.29)

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