|
|
ONFでは小笠原を愛するものとしての視点から空港問題の情報収集と発信を発足当時より行ってきました。自分達の大好きな場所を大きく変容させてしまうかもしれない空港計画について、これからもモニターしていきたいと思います。(なお、このページの文責は青木伸夫に帰します) 文末に2000年4月現在の進行状況ついても記載しました。
|
||||||||||
|
現在の父島時雨山案概要
建設経費は 用地費を除き、約650億円と見込まれる。 空港の規模滑走路等については、過走帯等を含め合計1,720 mの長さ 就航機材等小型ジェット旅客機(120人乗)とし、羽田空港からの直行便 改変面積 83ha 土工量1880万立方メートル 滑走面標高 230メートル
空港計画の歴史1.返還直後の話し 小笠原は敗戦以後米軍の行政下におかれ、日本に返還されたのは1968年6月26日です。復帰して以後、国立公園設定を考慮した調査が行われ、1968年の予備調査を始め、本調査は翌年に行われましたが、国立公園地域が設定されたのは1972年10月でした。空港建設計画は計画自体は返還当初から話題になっていました。この時期調査団を出した、運輸省は母島南崎と父島夜明山を候補地に、東京都は兄島を候補地に提案しました。そのようななか国立公園は自然の重要度に関係なく兄島に空港を想定した形で設定されました。しかしあまりに大きな計画のため、空港計画は石油ショックとともに消えていったのでした。 2 .鈴木発言から急浮上した兄島案 1988年、返還20周年記念式典に来島した鈴木都知事が「小笠原の空港建設に取り組む方針で行く。候補地は兄島が適当と思う」と発言して以来、具体性を帯び、ムードは一気に盛り上がりました。 兄島の空港建設候補ととされたのは島の東側の低部です。そこは見事に小笠原でも残り少ない原始の森であり、兄島で最も固有種の多い地区と重なっています。しかし国立公園設定のとき、行政内調整という名の圧力にゆがめられた線引きのため、空港建設予定地のあたりは開発可能な普通地域に指定されています。そんな兄島をこともあろうに東京都は「普通地域だからたいした自然が残っていないから空港を作っていい」と主張したのです。 3.第六次空港整備五ヵ年計画に「予定事業」として採択 しかし、いくら事業主体である東京都が「やるやる」と言っても、国(運輸省)がウンと言わなければ始まりません。運輸省が定める「空港整備5カ年計画」というのがあります。日本全国のどこに空港を作るかに関わる計画です。この計画で新規事業として認可されれば実質上着工できますが、平成3年、「第六次空港整備5カ年計画」で、小笠原空港はいくつかの条件をクリアーすれば新規事業にしてあげる、という意味あいの“予定事業”として採択されました。 東京都に課せられた課題は3つ。
都は予定事業から新規事業に格上げすべく、課題をクリアーしていることを証明するための6つの調査を行い、報告書を書きました。そして、東京都は前の計画を一部手直ししたものを1995年2月7日多摩島しょ振興推進本部会議で「小笠原空港建設予定地は兄島に決定する」との発表を行いました。 4.兄島案ストップ 都が兄島を候補地に再決定した根拠のひとつとして兄島の自然は小笠原の他の地域と比較してみると重要度は高くない、という調査結果を発表。「小笠原空港環境現況調査」この調査結果に対し自然保護協会をはじめ、NGOからの批判が相次いだ。また東京都の過去の調査結果(91.小笠原諸島環境現況調査報告書)とも矛盾した内容でした。 恣意的に歪められ矛盾した調査結果、荒唐無稽な計画に対し、国内外から、批判が相次ぐ中、1996年1月10日環境庁は都に対し、兄島以外の島への候補地の検討を要求した。この要求が明らかになったのちの2月6日 岩垂環境庁長官が計画見直しを求める発言を行った。これにより都は、計画の再検討を余儀なくされました。 5.時雨山に候補地を変更 候補地を再検討するために、都は小笠原研究に実績のある専門家による委員会を設け、自然環境保全上の観点から、空港立地上の各地域の適性の評価と配慮すべき事項の洗い出しを行いました。97年12月、結果として9ケ所の立地可能地域と追加調査の必要性をまとめました。これを受けて都は98年5月に候補地を、父島時雨山に決定しました。(これに対し立地可能地域を追加調査もせず、候補地にすりかえたことへの批判が出ている) 6.環境アセス始まる 東京都は空港建設地が父島時雨山周辺域と決定したことに続き、98年9月より、環境アセスを始めた。すでに現地では多くの調査が行われています。都の担当は港湾局離島港湾部、九九年年度中に評価書案を作成する予定 7.評価書案の作成延期 2000年3月末に評価書案が策定されるはずであったが、調査不足のため、延期され、追加調査を行うことになった。 東京都では今年度後半には、評価書案の取りまとめに入りたい意向のようだが、環境アセスだけでなく空港のハード面の計画も遅れているため、実際に評価書案の取りまとめに入るのは難しいのではないだろうか。 |
|||||||||||