巡礼の道・旅日記-98
ここでは、道中、私が書いていた日記をそのまま移していますので、見所の紹介というより、ほとんど自分の感想だけです。ニフティからのコピー&ペーストですので、重複される方もいらっしゃると思います。
![]()
7/16(木)1630
パリ到着。1920のマドリッド行きなので、カウンターに行っても「too early」と言われ、発券してもらえなかった。仕方なく時間をつぶすが、トイレでしか煙草が吸えない(あとは、Barに入るか)。これがバラハス(マドリッドの空港)だったら、あちこちに灰皿が置いてあるんだろうなぁ。色々な人が通る。圧倒的に多いのは、「白人」の人達。黒人もいるけど、何かビビッてしまうなぁ。決して「嫌い」とか「差別しよう」という気持ちはないんだけど、横に座り辛いや。
2130、バラハス到着。気温は33℃!パリは雨も降っていたせいか、ちょっと肌寒く感じたが、さすがスペイン!夏のスペインは最初に行って以来だけど、やっぱり暑いな。バラハスにもちゃんと灰皿置いてあるし。荷物もほとんど待たずに、でてきた。ちょっとだけ中を覗いてみる。自転車の破損はなさそうだ。
そのまま、タクシーでセントロへ。インターネットで予約してあったHostalへ向かう。とりあえず、荷物を置き、ソルへ。銀行へ行って、50000ptsおろしてくる。その後、食事はとらず、Barでビールを二杯。グラン・ビアの植木の所で寝ているおじさんを発見。なにも、あんなせまい所で寝ないで、道路で寝れば良いのに・・・。
2330、ホテルに戻り、就寝。
![]()
0400 起床。と言っても、無理矢理起きたわけではなくて、何となく目が覚めてしまった。もう一眠りと思っても、どうも寝付けない。気持ちが高ぶっているから・・・。早く朝にならないかなぁ。
0730にホテルを出て、タクシーでチャマルティンへ。ブルゴスまでの切符を買おうとして、RENFEの窓口で聞いたら、自転車を持ち込むのだったら、自分の希望していた電車はダメだから、0830の方が良いと言われ、急遽、変更。早めに出ておいて良かった。でも、飯食べてないや。腹が減りそーだ。
電車は、アビラ、メディーナ・デル・カンポ、バリャドリッドを経て、ブルゴスへ。ちょっと途中下車をしたかったけど、それは次回の旅行へ。
1230 ブルゴス着。さっそく駅前で自転車の組み立て。30分位で組み立てられると思っていたけど、タイヤの空気を抜きすぎて(飛行機で運ぶ場合は、空気圧の関係で、多少、タイヤの空気を抜いていたほうが良い、と聞いていたので)、全然入っていかない。 携帯用の空気入れでシャカシャカやるが、全然入らない。1330、ついにはあきらめて、側にいた駅のタクシーに「一番近い自転車屋まで、連れてって!」と頼み、大きい空気入れを購入。1800pts。今度はOK。無事組み立ても終わり、駅構内を走ってみる。
が・・・前3段、後7段の計21段のギヤなのだが、後が変わらない。チェンジレバーを何回か動かしてみたが、変わらず。仕方がない。3段で走るしかない。
1430頃、昼飯。その後、オスタルを探す。1,2軒目とも、満員で断られ、ちょっと外れた方で宿をとる。3000pts。
1700 カルトジオ会ミラフローレス修道院到着。
1845 カテドラル到着。1900閉館、あまり見れない。
その後、albergue(巡礼宿)へ。通過証明書をもらい、スタンプを押してもらう。
2030-2200 自転車の後ギヤの修理を試みるが、結局ダメ。疲れた。
本日の走行距離 15km
![]()
7/18(土)
ブルゴス出発0700。カストロへリス、ボアディージャ・デル・カミノ、フロミスタを経て、カリオン・デ・ロス・コンデスへ。1700albergue到着。疲れたー。こぐだけで何も見ていない。12時過ぎてからは、暑さしか覚えていない。顔もほこりだらけ。とにかく死んだー。
明日からどうしよう。毎日こんな感じじゃ、観光なんてできないよー。考えていたのと、全然違うもんなー。
分かってはいるんだけど、どうしても水分ばかり摂ってしまう。その分、食欲がない。
明日、レオンに行く予定だけど、迷っている。今日より明日の道のりが長いっていう事は、それだけ時間がかかるし・・・。レオンを観光する時間もないよ。自転車を畳んで電車で回ろうかな・・・。
カストロへリス、平坦な道をずーっと行って着いた、小さな山にそのまま街ができたような所。当然坂道ばかり。サン・ファン教会を外から。albergueで、スタンプを押してもらう。
ボアディージャ・デル・カミノ、小さな街。サンタ・マリア教会しか見るものなし。日用雑貨のお店が車で行商に来ていた。石鹸とタオルを買う。
フロミスタ、暑さしか覚えていない。今まで見てきた教会とは違うなぁ、という印象。とにかく太陽がぎらぎらしていた。
カリオンはさほど大きい街ではなさそう。サンタ・マリア・デル・カミノ教会と、サンタ・クララ修道院。修道院は一部が博物館になっていて、見る事ができる。
昼ボカディージョ・デ・トルティージャ、ビール二杯。夜トルティージャ・デ・チョリソとパン一切れ、ビール二杯。
本日の走行距離105km
![]()
7/19(日)
カリオン出発0700。自転車はalbergueの倉庫に預けるんだけど、今日見たら、サングラスだけなかった。騒いでも仕方がないので、そのまま出発。これがないと、辛いんだけどね(走ってる途中、小さい虫が目に飛び込んでくる)。
とにかく今日はレオンまで行こうと思っていたので、写真撮りや観光はパスと思って、こいでいた。0930、サアグン到着。広場で休んでいた、数人の歩きの人達の中から東洋人ぽい顔の女性がこちらを見て、「es ud. japones?」と聞いてきた。「Si」と答えると、あとは、もう日本語でのやりとり。なんでも、今年の4月からサラゴサに留学している方で、パンプローナの牛追い祭りを見に行った後で、プエンテ・ラ・レイーナから始めた、との事。羨ましいなぁ。僕も学生の時にこの道を旅したかったなぁ、と思う。
1000 サアグン出発。日本人と話しをしたというだけで、何もしなかった。
一時間程走ったら、何故かとてもだるくなってきた。気力がないと言うか、走ってると、足腰に響いてくる・・・。朝はそんな事なかったのに・・・。何でだろう?と色々考えてみると・・・そうだ!飯を食っていない!どうも、それが原因のようだ。どこかのBarに入って飯を食おうと思うが、そんなの一軒も見当たらない。道は少しゆるい上り坂で、普通なら息を切らせてでも登るのに、何か気力がない。結局、自転車を降りて歩く事にした。10分程歩いたら、坂の上にBarの看板発見!ボカディージョとコーラで一息つく。この時点で1230。70km。あと40kmだー。
100km地点で(名前は忘れたが)川があって、みんな水浴びしていたので、自転車を降りて休憩。足と腕を水につける。冷たい。何とも言えず、気持ちが良い。ずっと、こうしていたい。
1530 レオン・カテドラル前到着。思った以上に大きい街。カテドラルを探すのにちょっと迷った。とりあえず、ホテルをさがして一服。シャワーを浴びて、外へ出る。まずは、カテドラル!これは、良かった。ステンドグラスも綺麗だったけど、正面のマリア像、とても穏やかな顔をしていて、見ていて飽きない。このカテドラルを見れただけでも、レオンは満足。
その後、サン・イシドロへ。日曜は残念ながら博物館が閉まっていて、中はほとんど見れなかった。側にグスマン・エル・ブエーノが生まれた家というのがあった。その後、カサ・デ・ボティネス、マヨール広場。
体のあちこちが日に焼けて、痛い。特に左側。何かバタバタしていて、日焼け止めどころかひげそりも買ってない。
本日の走行距離 113km
![]()
0700 レオン出発。途中、パラドール、サン・マルコスを外から眺めて、アストルガに向かう。サン・マルコスの横の細い橋を渡った道がそのままアストルガへの道だ。
1000 アストルガ到着。カテドラルとガウディの司教館を見る。アストルガ市役所も、中には入らなかったが、なかなかの外観だ。
その後、ポンフェラーダへ向けて出発。ポンフェラーダまでは距離があるが、フォンセバドンを越えてからは下りなので、何とかなるだろう。
と思ったら、長い上り坂。きつい。山道だからか、さっきまでのアストルガと違い、風も強い。自転車に乗ったままだと、10km/hも出ない。ついには疲れて歩き出してしまった。
途中の村のBarで休憩。Barはここ一軒しかなく、巡礼の人達が10人位いた。飯を食いながら、コーヒーを飲みながら、みんなおしゃべりをしている。一組の夫婦が話し掛けてきた。ポンフェラーダまで行くつもりだ、と言うと、ちょっとびっくりしたようなしぐさをされた。この夫婦は今日、朝5時から歩いて、35km近く移動したので、今日はこの村に泊まるつもりだと、言っていた。
1430 休憩を終えて、ポンフェラーダへ向かう。相変わらずの坂道。特にラバナル・デル・カミーノを過ぎてからの坂道がきつい。幸いな事に太陽は出ていないが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。辺りに誰一人いない。ものすごく寒い。シャツを四枚重ね着しているが、それでも寒い。
フォンセバドンを過ぎる。ここは、名前だけで廃村のようだ。坂道はまだ続く。
1630頃、例の十字架(クルス・デ・フェロ)に到着。日本で何回か写真で見た場所だ。こんなに寂しい所だとは・・・。ものすごく風が吹いていて、本当にポツンと十字架だけが立っている。本来は自分の住んでいる土地から石を持ってきて置くらしいが、持ってきていないので、側にあった石を上に積み重ねる。
ここで煙草を吸う。何となく満足感。そうこうするうちに、案の定、雨が降り出してきた。仕方なく移動。カッパを持っていないので、服が濡れて、ものすごく寒い。そのまま、albergueマンハリンへ。まだ走る時間はあったが、とにかく寒かったので、ここに泊まる事にした。
とても汚い(シャワーもない)が、妙に雰囲気が良くて、キャンプの山小屋にいるような雰囲気。晩メシも出してくれた。2200就寝。
本日の走行距離 83km
![]()
(マンハリンにて)朝、気がつくと0300。とにかく寒い。寝る時はそうでもなかったが。寝袋とか毛布とか全然持っていかなかったので、寒くて仕方がない。その後は寝付けず、結局、0630。0700マンハリン出発。思った通り、下り坂で快適ではあるけれど、風が冷たい。
0930、ポンフェラーダ到着。古城を外から眺める。朝食でボカディージョとコーヒーを二杯。ここで長袖のトレーナーを買う。その後、ビジャフランカ・デル・ビエルソへ。昔の古城、サンティアゴ教会、サン・フランシスコ教会、サン・ニコラス教会。昼メシ。プラトス・コンビナードス。
1430 セブレイロへ向かう。行けるかどうか?ダメならその手前で泊まるけれど、できれば行っておきたい。明日からが楽になる。
上り坂手前の村へ到着。ここで泊まらなければ、あとはもうセブレイロまで行くしかない。天気も悪くないので、結局、行く事にした。最後の難関、セブレイロ。今までの坂とは比べ物にならない位の傾斜。普通は上り坂があって、平坦な道があって、また上り坂という順序で少しずつ上って行くが、ここは別。距離は短いが、坂がきつい。早々に自転車を降りて歩く。10分も歩くとすぐ休みたくなる。
途中の小さな村で、馬に乗った少年とすれ違う。宿もBarもなさそうだ。
1930 セブレイロ到着。それまでのあぜ道がなくなったと思ったら、視界が開けた。藁葺き屋根の家が見える。記念碑があって、すぐ側にへたりこむ。間違いなく、セブレイロだ。
albergueで休む。シャワーを浴びたいが、なかなかシャワー室が空かない。今日はテレビのインタビューが来て、ビックリした。
本日の走行距離 88km
![]()
0730 セブレイロ出発。もちろん下り坂。途中、旧道へ入るが、旧道は必ずしも、下りというわけではなかった。下ったり、上ったり、くねくねしている。
1000 サモス到着。持っていった本によると、男だけの修道院という表記があった。外から眺めて先を急ぐ。
1100 サリア到着。コーヒーを一杯。古城を探すが、上り坂の途中という事で断念。見所が上り坂の方にあるので、ちょっと投げやりになる。結局、ここは自転車で走っただけで、何も見なかった。
1500 ポルトマリン到着。ミーニョ川にかかった橋を渡ると、町がある。ここで昼食。ここから先のパラス・デ・レイに行きたいけど、どうかな?パラス・デ・レイまで行っておけば、明日のサンティアゴはそれなりに楽になるんだけれど・・・。食事をしたレストランのおじさん曰く「2時間半位かな?」との事。1600 ポルトマリン出発。
またしても坂。セブレイロを越えたら、あとは楽だと思っていたのに・・・。やはりギヤが三段しかないというのが、つらい。上り坂になると、結局歩いてしまうので、徒歩と変わりがない。今日はもう、ホテルに泊まるつもりだ。albergueはもういいや。
1930 パラス・デ・レイ到着。オスタルを探す。albergueの近くに良いのがあった。風呂付で3000pts。部屋も広くてベッドも大きい。マドリッドでは5000pts以上取られるだろう。さっそくシャワーを浴びる。肩が焼けて皮膚が水ぶくれのようになっている。今日一日、用心の為に、長袖のシャツを着ていたのに・・・。
2100 辺りをぶらつく。サン・ティルソ教会。明日はいよいよサンティアゴ。残り70km。トラブルさえなければ、間違いなく着けるだろう。今日はかなり疲れている。今までで一番かもしれない。もう寝よう。
本日の走行距離 101km
![]()
0800 パラス・デ・レイ出発。ガリシア名物の雨。小降りだが、しばらくは降りそう。かっぱを持っていないので、どんどん濡れてくる。
0930 メリデ到着。雨はまだ止みそうにない。服屋を探すが、見つからない。自転車を止めて、ガイドを開くのも面倒だ。いいや、とにかくサンティアゴまで走っちゃおう。
途中で雨が止むが、服はまだ乾かない。下り坂を走ると、冷たく感じる。
道端で休憩していると、自転車に乗った一人のスペイン人が話し掛けてきた。ファンという人。良いオスタルを知ってるというので、サンティアゴまで一緒に行く事にする。
ファン、よろよろしていて、ちょっと危なっかしい(後から聞いたら、もうじき70歳になるとの事、しかも六回目のCamino〜だと言っていた)。ファンの後ろを走る。上り坂はとにかく遅い。歩くよりも、ちょっと速い位の速度だ。これで、ロンセスバージェスから走ってきたとは・・・。
モンテ・デ・ゴソの看板。もうすぐだ。
1400過ぎ 車道から二本の塔が見えた!「カテドラルだぁ!」嬉しくて叫んでしまう。「カテドラルだぁ、カテドラルだぁ!」ペダルをこぐ足に力が入る。
1430 カテドラル前到着。オスタルに行き、ファンと同じ部屋に泊まる事にする。一人一泊2000pts。カテドラルのすぐ近く。
街はお祭りムード。先に巡礼の事務所へ行って、証明書をもらう。が、「カトリックか?」と聞かれ「No」と答えると、皆がもらっているのと、別の証明書を渡された。こっち(ラテン語で書かれてる方)が欲しい、というと、あなたは、カトリックじゃないから云々と断られてしまう。真剣な眼差しで「ポル・ファボール」と言っても駄目。後で並んでたスペイン人が何か言ってる。仕方なく断念。→もっと、簡単にもらえると思っていたのだが・・・。
その後、カテドラルへ。カテドラル前は大音量で音楽の調整をやっている。厳かな雰囲気とは全然違う。エッサイの樹に手をあて、その後、両手を合わせた。他の人は祈りの言葉を言ってる様子だったが、僕は仏式。こっちの方が気持ちがこもる。
今、パラドール横のテラスでビールを一杯。こうやって、サンティアゴに着くと、たかが7日間、580km位の道のりだと思うけど、それなりに良い旅行だったと思う。感動して大泣きするとか、そんな感情ではないけれど、しばらくはカテドラルを眺めていたい。苦しいとか、つらいとか言うのは、その日その日の事で、過ぎてしまえば、どうって事のない感情だ。
感傷的になるのはここまでにして、お祭りだ!多いに飲んで楽しもう。
2200 パラドール前、山口さんと待ち合わせ。ファンと山口さんと三人で晩飯。蛸のつまみで軽く一杯。その後、別の店で食事。ファンがご馳走してくれた。面白いおじさんだ。三人ともかなり酔ってた。
本日の走行距離 73km
![]()
0800 起床。ファンにパラドールに朝飯を食いに行くと言うと、一緒に行くと言う。「高いよ。」と言うと「全然問題ない。」との事。ちょっと汚れたTシャツに短パン、一人はスペインの老人で、一人は東洋人。服装といい、顔つきといい、他の客と違い、目立っていた。朝食は・・・うまい、と言うか、バイキング形式で品揃えが豊富。さすが、パラドール!二人で3600pts。これもファンが払う。僕が誘ったから、と言うと、代わりに昼飯を出してくれ、との事。
ファンと別れ、市内をブラブラ。その後、1200からのミサを見る。よくわからないが、仏式で言うと、お坊さんの説教みたいなものか。
1300 ファンと待ち合わせて、サンティアゴ大学の食堂へ。二人で1000pts。安くて、ボリューム満点。うまい。
1500過ぎ、買い物に。ひげそりとガムテープ。ひげそりしか買えず。帰ってシャワーを浴びて、自転車の梱包。ペダルがなかなか外れず、時間がかかる。
2000 自転車の梱包も終わり、ファンと一緒に晩飯。パラドールの下のレストランで。Arroz con sepia、Ensalada、貝、クリームコロッケ、白ワイン二本。二人で9000pts。ここもファンが払うと言い出したが、さすがに連日ご馳走になってるので、ここはワリカンにした。
飯もたくさん食べて、2200前、「そろそろ広場にいかないと、良い場所がとれない。」と言うので、レストランを出て、オブラドイロ広場へ。カテドラル真正面から、ちょっとパラドール寄りの場所に陣取る。座って待つが、まだ、何か始まるという雰囲気ではない。酔いとたいくつさで二人とも大あくびをして、寝てしまう。
2300 気が付くと、あたりは人、人、人の山。これだけの人が今までに、どこにいたんだろう、と思う位。
2340頃、それまでついていたライトが消え、辺りは暗くなる。花火が一つ、二つ、音楽が流れ出す。みんな、拍手をしたり、口笛を吹いたり。カテドラルの両端からシンボルの貝の絵が現れて、中央で一つになる。カテドラルを一つのスクリーンのようにして、絵を映している。続いて鳩、魚の絵が同じように。カテドラルから花火が上がる。スクリーンは森や海岸(これは、砂浜の音が流れたので、わかった)、どこかの城のようなもの(ファンは、リスボンだと言っていたが・・・)、聖ヤコブらしき人、が順番に映し出される。スクリーンが暗くなると、花火。どこから上げているのか、わからないが、カテドラルの後方、左右から花火がパンパン打ちあがる。
カテドラルの正面に電球をつけた板が張ってあって、それらが灯りだす(昼間見た時は、何でこんな学芸会の芝居に使うような板を貼ってるんだろう?と思ったが、それなりの理由があった)。それまでかかっていたロックっぽい音楽が消え、静かめの曲がかかる。何の歌かわからないが、有名な歌なのだろう。みんなが歌っている。ちょっと自分には入れない世界。
この歌の後、「Santiago de Compostela」「Apóstolo 98」の文字が右から左へ流れる。最後は「A PATRÓN DE ESPAÑA」の文字が。そうだ、聖ヤコブはスペインの守護聖人でもあったんだっけ。クライマックスは、何発もの花火。
2400過ぎ、カテドラル前でのセレモニーは終わり、みんなカテドラルを出て行く。人の波ですぐには出られない。
その後、ファンとバルのはしご。旧市街の小さな広場の特設会場で、サルサっぽい音楽のバンドが演奏していて、みんな踊ったりしている。
0230 帰宅。街はまだまだ人でいっぱい。カテドラルの近くのオスタルだったせいか、辺りがうるさい。酔っていたので、すぐ寝てしまったが・・・。
![]()
0900 起床。朝食をとりにBarへ。その後、カテドラルへ行く。1200からミサがあって、ボタフメイロはその後の様だ。残念ながら、飛行機の時間でボタフメイロは見れそうにない。
1130 荷物をまとめる為に、オスタルへ。ファンも荷物をまとめていた。2200の電車でマドリーに戻ると言っていた。
1200 ファンと別れて空港へ。別れ際、「もう会う事もないかもな。」と言っていた。ファンには色々と世話になった。サンティアゴで二人で飲み食いした料金の8割はファンが払ってるだろう。独り者だと言っていたので、金銭的には余裕があるのかもしれないが、こういう事って、人によりけりだと思う。彼が何でこんなに親切にしてくれたのか良く分からないが、ともかく、次に会う日まで、元気でいて欲しい。
1505 バラハス着。マドリーから電車で4時間、自転車で7日間かかった道のりがたったの1時間でできてしまう。何とも不思議な感覚だ。
![]()