巡礼の道・旅日記-2000(2)

7/18(火)

朝0630起床。0715の電車でサラゴサから国境駅のCanfrancに向かう。Jacaまでは電車の本数があるのだが、その先Canfrancまでは1日2本しかない。僕が乗った朝出るのと、夕方出て夜着くのと。3時間45分。今までで一番長い道のりだ。

1100 カンフランク駅到着。今回、自転車でのスタート地点をCanfrancにしたのは、ひとえにこの駅舎を見る為だった。インターネットで見ていて、是非この駅を直に見たいなぁ、と思っていたからだ。その時見たホームページでの小さな写真が、とても荘厳な印象を抱かせた。

実際見たその場所は・・・でかい駅舎だけど、とても寂しい。建物自体はかつての栄華を残している。「hotel internacional」と書かれた看板や西仏両方の言葉で書かれた「cambio」や「consigna」の文字・・・が、今は何もない。鍵がかかっていて、中には入れないし、よく見ると内部は落書きがされていた。乗客はただ降りて、各々の目的地に向かうだけ。かつて使われていたと思われる線路は草ボーボー。駅舎が大きさを感じさせる割には、乗降客の少なさがより一層寂しさを感じさせる。駅舎のすぐ側の小さな建物で、昔の風景を撮った写真展をやっていた。この事も寂しさを感じさせる一つの原因になっていたと思う。

canfranc1.jpg (21534 バイト)

canfranc2.jpg (26736 バイト)

カンフランク駅

駅前のインフォメーションで巡礼のスタンプを押してもらう。いよいよチャリンコ旅のスタート。快調な出だし。下り坂だからだ。走り出してすぐに要塞のような建物があった。フェリペ二世の砦(Torre de FelipeII)。1592年に建築された対フランス防衛用の砦らしい。現在はカンフランクの先にあるトンネルに関する資料館になっている。ちょっと寄ってみたが、トンネルの掘削技術の資料が多く、ちんぷんかんぷんだった。

カンフランク村を通り、(名前を覚えなかった)小さい村を通り、いよいよハカへ。この間、上りらしい坂はなし。平坦な道か下り坂。これがずっと続くと楽なんだけど。

1300 ハカ到着。大通りをそのまま行くと、古い要塞が見えた。自転車を降りて押しながら中に向かう。と案内があって1200時で閉館の文字。夕方は18時から20時。何とまぁ、観光客に不親切な所だろう(笑)。結局、ここは外からしか見れなかった。

大通りから反れて細い道の方を走ってみる。地図を持ってないので、今、自分がどこを走っているのかが分からなかったが、行ったり来たりしているうちにカテドラルを見つけた。

カテドラル(サン・ペドロ教会)。資料によると11世紀の建築で、スペインでも初期のロマネスク建築にあたるらしい。が、途中で改修されたりしたのだろう、外観を眺めても明らかに石の感じが違う部分がある。正面入り口の天井部の彫刻や中の美術館を眺める。聖母像や絵画。自分に美術的なセンスがあったら、こういうのも楽しめるんだろうけど、どれを見ても「へぇ、すごい」程度の感想しかない。

カテドラル脇のバルで昼食。ボカディージョとコーラ。その後、銀行へ。道路に面したキャッシュ・ディスペンサーでペセタをおろし、立ち去ろうとしたら、自転車用のメットをした外国人が英語で話し掛けてきた。察するに巡礼者の様ではあったが、ホタテもしてないし、お金をおろした直後という事もあって、僕は相当警戒した。・・・が、お互いの国籍やどこから走ってるなどの話をしてすぐ別れてしまった。

jaca2.jpg (20636 バイト)

ハカ・カテドラル ハカの城壁

ハカももう少しいれば良かったなぁ、と後から考えると思うが、時間帯が悪かった。ちょうど、シエスタ時間と重なってしまったからだ。

ハカを離れ、N240と言う道路に入り、サン・ファン・デ・ラ・ぺーニャへ向かう。正確に時間は覚えていないが、ハカを出たのが、1430頃。本道から反れて約10km。距離は大した事がないので、16時には着けると思っていたのだが・・・。

この10kmがきつかった〜。ほとんど上り坂。しかも上るにつれて傾斜がきつくなってくる。途中で先程ハカで話し掛けてきた外国人とバッタリ会った。ハカの銀行でお金を下ろした後、僕はちょっと道に迷ったのだ。彼の方が先行していたらしい。

最初は僕も警戒したものの、こんな辺鄙な所でしかも二回目となると、ぐぐっと親近感がます。「あと何キロ位あるんですか?」と聞いたら、「わからない」と言う。彼もサン・ファン・デ・ラ・ぺーニャに向かおうとしたが、疲れて途中で断念した帰りに僕に会ったそうだ。ハンスさんと言うオランダ人で、何と、オランダから自転車で来た、と言う。この日はソンポルト峠を越えてきたので、相当疲れたらしい。「また後で」と言って別れ、僕は再びサン・ファン〜を目指した。

坂を上るにつれ、道路もS字カーブ上になっていき、道幅もだんだん狭くなってくる。これから向かう観光バスとサン・ファンからの帰りの観光バスが行き交って、クラクションをビービー鳴らしてくる。

1730 サン・ファン・デ・ラ・ぺーニャ修道院到着。きつい道だった。着いたは良いけど、Barとか全然ない。のどが渇いてるのと、気分的に相当参っていた。院内に入ったは良いが、ガイドの西語も集中して聞こうという気がおきてこない。

建物自体はそう大きい建物ではないが、中二階状の部屋を持っていて、トータルの面積は広く感じる。中に一室、ナバラ王国時代(アラゴン?)の国王の霊廟があった。回廊も大きい岩の窪みに後からはめ込んだような印象だ。それ位岩山が目の前に立ちはだかっている。

pen~a.jpg (47229 バイト)

この修道院の特徴は何と言っても、その外観にあるだろう。岩山の岩をくり貫いてそこに修道院を立てたものだ。S字カーブの途中にあって、さらに山の木々がこの修道院をすっぽり覆っている。間近に行かないと、その存在はわからない。僕が自転車で上っていっても、一向にその姿は見えなかった。本当に驚きだ。以前、日本の映画で「天空の城 ラピュタ」と言うのがあったが、さながら「中世の天空の城」と言っても差し支えないと思う。自然をうまく使っていて、とてもよく考え抜かれた建築物だ。本当に素晴らしい。

サン・ファン・デ・ラ・ぺーニャを後にし、下り坂を行く。カーブが多いのと、道路が細いのとで、ブレーキをかけながら下っていくのだが、それでも時速40kmは出てる。上りの苦労の分、下りは楽だったが、ブレーキをかけていないとスピードが出てしまって、何度かカーブではひやっとした。

サン・ファン・デ・ラ・ぺーニャを離れ、サンタ・クルス・デ・ラ・セロスと言う村に行く。この村はN240から外れた道の途中にあるので、感覚としてはサン・ファン〜とペアで考えられてるようだった。

まずは、Barに入り、コーラを一杯。サン・ファン〜修道院に着いた時には水筒の水もなく、すでにのどがカラカラの状態だったから、この時のコーラは美味かった。日陰に入れたというのも本当に嬉しい(笑)。

サンタ・マリア教会。建物自体は大きくないが、八角形の天井部分はエウナテの教会を彷彿させる。教会前の広場で一休み。何をするでもないが、教会を外から眺めてボォーっとする。

1900 この村はBarが2軒とレストラン兼オスタルが一軒。民家らしきものが少々。雰囲気はこじんまりとしていて良い所だったが、泊まるにしてはちょっと寂しい。時間もまだあったので、Puente la reinaへ向かう事にした。

プエンテ・ラ・レイーナ。と書くと、二本の巡礼道が合流する場所として、橋の写真付きで紹介される町を想像すると思うが、今回のは正確にはプエンテ・ラ・レイーナ・デ・ハカと言う。つまりソンポルト峠を越えてサンティアゴを目指す人は道中、ナバラのプエンテ・ラ・レイーナとハカのプエンテ・ラ・レイーナという二つのプエンテ〜を通る事になる。

2000 「Puente la reina」という看板が見えて、すぐ脇にちょっと古めかしい橋が。下は川が流れている。ナバラの橋に比べると、自動車が通れる程、路面が舗装されていて、新しい感じがする。

橋を渡ると、すぐ側にガソリン・スタンド。そして3軒程の建物・・・しか見えない。それらの建物を除いては平地が広がってるだけで、人が住んでるような建物が全然見当たらない。年の為にと、そのままこいでいくと「Puente la reina」の文字に赤い斜線の看板が見えた。そう、つまり、そこで村は終わるのだ。

引き返し、建物を観察。3軒の内、1軒はレストランの看板があったが、まったくの廃墟と化していた。残り2軒はホテル兼レストランだったが、その内の1軒は「閉店」の看板が出されていて、しかも売りに出されていた(笑)。と言う事は・・・1軒のホテル兼レストランがあるだけ。橋とガソリン・スタンドとホテル。この村で機能してるのは、この3つだけだった。「村」と言う言葉も相当語弊がある。ドライブ・インという方が的確だろう。

僕はこの「もう一つのプエンテ」の町をとても楽しみにしていた。インターネットで調べてもあまり情報がなかったので、逆にイメージを膨らませすぎていたのだ。現実を見てちょっと愕然としたが、ここから先に宿を取るとなると、20時から走るにしては距離がありすぎる。これなら先程の村に泊まった方が良かったなぁ、と後悔したが。

仕方なく投宿。通常4000ptsを巡礼者には2500ptsにしてくれた。部屋に入って洗濯。まだ出来たばかりのようで、室内が新しい。バス・トイレ付き。僕のショックを神様が見抜いてちょっとサービスしてくれたのかも知れない。今回の旅行中で一番安く、一番良い部屋だった(笑)。

2130 晩飯。同じ敷地内のレストランへ。トラックが二台停まっていて、運ちゃんらしき、ごっつい体格の人が飯を食べていた。

2300 就寝。

                         本日の走行距離 72km

Home9.gif (4282 バイト) Next2.gif (4291 バイト)