巡礼の道・旅日記-2000(3)
7/19(水)0700 プエンテ・ラ・レイーナを出発。目指すはレイレ修道院。途中のガソリン・スタンド脇で休憩していたら、来たばかりの道をハンスが自転車で走ってきた。向こうも一人、こっちも一人、しかも同じ自転車旅。さすがに三回目となると気分はもうamigoだ。前日はプエンテ〜の少し手前のキャンプ場に泊まったんだそうだ。前日、サン・ファン〜までの道で会った時は相当疲れていた感じだったが、彼曰く「昨日は夕方にはもう着いていたので、けっこう休めた」との事。僕はもうちょっと休憩していたかったので、ここでハンスと別れる。お互い、「See you later」と言って別れたが、結局今回の巡礼旅では二度と会う事はなかった。
朝出た時は、10時には着くだろうなと思っていたけれど、甘かった〜。レイレ修道院到着1140。この間10分程の休憩は何回か取ったが、ほとんどこぎっぱなし。特に本道から逸れて、レイレへ行くまでの4kmの上り坂がきつかった。前日のサン・ファン・デ・ラ・ぺーニャに比べると、距離は短いものの、坂の勾配がきつい。木がないせいで、木陰で休むという事ができない。汗はタラタラ、皮膚はヒリヒリ、咽喉はカラカラ。着いた途端にBarへ飛び込み、コーラを頼む。この三年、巡礼の道を旅してて、何杯のコーラを飲んだ事だろう(笑)。ビールの方が安いのだが、本当に咽喉がカラカラの時に飲むコーラは最高にうまい。
Barを出て、修道院内部に入る。ガイド付きで250pts。入場券を買うと、案内の人が「英語と西語とどっちが良い?」と聞いてきた。「どっちも分からないから、見るだけで良いです」と言うと、「どっちかの言葉で案内しなくてはならないの」と言う。案内込みの料金を取ってるという手前もあるのだろう。聞き取る自信は最初からなかったが、西語にしてもらった。 他のスペイン人に混じり見学。ガイドさんは西語で話しているが、良く分からない。かろうじて分かるのは何世紀の建物だとか作品だとか言う事くらい。
ところが、このガイドさん、スペイン人に一通り説明し終わると、今度は僕の方に来て、できるだけゆっくりと、かつ易しい言葉で、話し出した。その間、スペイン人観光客は見学したり、おしゃべりしたりしているのだが、もの凄く話す言葉に熱がある。何とかしてレイレの事を知ってもらおうという気持を感じる。そうすると不思議なもので、何となく言ってる事がわかってくる。内容的にはそう大した事じゃなかったと思うけど、とにかくポイントだけを説明してくれてるのだ。
レイレ修道院。正式にはAbadia De S.Salvador de Leyreと言う。「レイレ山のサン・サルバドル修道院」と言った感じか。ここも巡礼路中ではサン・ファン・デ・ラ・ぺーニャと共に良く名を知られた場所だ。地上の教会部分が先に出来て、地下の礼拝堂が後から出来たらしい。地下礼拝堂の入り口付近の部屋は奥に比べて若干狭く、上から見ると全くの左右対称というわけではない。何でも地上部分に合わせた為、地下もこんな風になったのだという事。左右対称でない理由も言っていたが、理解できなかった。西門。事前に見ていったレイレ修道院関係の資料では、この門の写真が一番多かった。ガイドブックによると、12世紀のロマネスク様式の建築で、別名「美麗の門」とも言うらしい。とても細かい彫刻。一つ一つの像を見ていくと、さすがに石の風化があるのだろう、丸みを帯びたような感じにはなっているが、少し離れて、門全体を見ると、やはりロマネスクの素晴らしい作品なんだろうなぁ、と思う。
入場券売り場に戻り、先程のガイドさんに御礼を言う。レイレのガイドさんが全員、僕にしてくれたようにするとは思えないので、これは本当にラッキーだったのだが、何よりも、そうしてくれた気持が嬉しい。来た時とは別に、レイレを去る時は、とてもすがすがしい気分になっていた。
レイレ修道院からの坂を下り、本道に出る。一旦、YESAという村まで戻り、そこから方向を変えて、ザビエル城へ。しばらくは平坦な道だが、途中から上り坂となる。その上り坂に差し掛かる道路の右端に小さい石柱が立っていて、石に彫った「JAVIER」の文字が見えた。ここから目指す城は見えないが、ザビエルが生きていた時代は、この辺からがザビエル家の土地だったのだろうか。城が見えた。ここもレイレまでの勾配はないが、やはり上り坂。
1330 ザビエル城到着。時間も時間で観光客らしい人はいない。ベンチ脇に自転車を置いて内部に向かう。当初、この時間帯は昼休みだろうから、午後のオープンの時間だけ先に見ておいて、その後、のんびりと昼飯でも食べようと思っていたのだが・・・。
ドアの所に行くと、「7/19 午後 休館」という張り紙が・・・。ガガーン!!! 結局、ザビエル城は外から見ただけで、内部は見れず終い。楽しみにしてきたのに・・・(T.T)。ザビエル城は以前一回来た事はあるのだが、内部の記憶がほとんどない。まぁ、10年以上前の事だし、興味がその程度の事だったのだろう。だから、今回は内部はしっかり見てやろうと思っていたのに・・・。
近所のBarでコカコーラとオレンジジュース。あまり食欲もなかったので、昼食はパスした。このままいてもする事がないので、仕方なくザビエルを出発。サングエサに向かう。
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| レイレ修道院 | ザビエル城 |
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1530。サングエサ到着。ここは昨日と違って、普通の町。自転車で走ってみた感じでは、そう大きい町ではない。1階がレストランになってるオスタルを見つけ、投宿。
サングエサ。またかい、と言われそうだが、ここもとても楽しみにしてきた町だ。見所の多い町。サンタ・マリア・ラ・レアル教会、サンティアゴ教会、旧王宮、サン・サルバドル教会、コンベント・デ・サンフランシスコ、エルミタ・デ・ラ・ノラなど。実際、自転車を降りて歩いてみると、教会間の距離がそんなにない事がわかる。
シャワーを浴びて、地図をもらいに、インフォメーションへ。ここのインフォメーションは国籍と旅行者の人数(何人で来てるのか?とか)を聞かれた。パンプローナのオフィスでも聞かれたので、どうやら、ナバラのインフォメーションを訪れる人の調査をしてるようだ。もらった地図も色が違うが、サングエサとパンプローナはサイズもデザインも同じだったのでナバラとして統一してるような印象を受けた。地図にも巡礼路がほたてのシンボルと共に描かれている。それに引き換え、アラゴンの体たらく。道路沿いの看板もあまり親切な書き方ではないし、「Camino Aragones」などと謳ってるわりには、それぞれのモニュメントが勝手にやってるような印象なのだ。「アラゴンの道」と言う割には、アラゴンの地域性のようなものが見えてこない。
インフォメーション向かいのサンタ・マリア・ラ・レアル教会へ。ここの中央ファサードも巡礼の道の本に良く出てくる。1996年「芸術新潮」10月号によると、ここの扉の「最後の審判」はスペイン・ロマネスク彫刻の傑作らしい。この三本指を立てたキリスト像というのは、彫刻にしろ、絵画にしろ、よく見る構図だ。脇に豚のような、犬のような、様々な動物の像。その下には、これまたサングエサ名物と紹介されてる「ユダの首吊り」像がある。顔は鼻も目も彫られてなくて、のっぺりとしているのだが、間違いなく首を吊られている。
サンティアゴ教会。正面に小っちゃくて可愛らしい、聖ヤコブ像。色もついてるので、宗教彫刻というより子供のおもちゃみたいだ。
サン・サルバドル教会。13c。中にナバラ最古のオルガンと称されるものがあったが、放ったらかしの状態のようで、特に警備がいるわけでもなく、見学していた親子連れの子供の方がつついたりしていた。本当に古めかしい感じだ。
エルミタ・デ・ラ・ノラ。橋を渡った側の川原にある。巡礼の道を旅していると何度か、こういう小さい礼拝堂を見るのだが、僕は結構こういう建物が好きだ。大体が町の中心地からちょっと外れた所にあって、全くと言っていいほどケアされていない。空き缶やペットボトルが無造作に放置されている。鍵がかかっていて中には入れないので、内部ももちろん汚れ放題。見るのはというと、その外観くらいしかないのだが、でも、そのこじんまりとした風情が気持ちよく感じる。有名なカテドラルが改修をしていったのに対し、こういう小さな宗教建築は放ったらかしになっているが、そこがまた歴史を感じさせて面白い。
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| サンタ・マリア・ラ・レアル教会 | ユダの首吊り像 |
2130 オスタル横のレストランで晩飯。3000ペセタのメヌーを食べてみる。昼を抜いたせいか、とてもおいしかった。 両親のいるグラナダのホテルにTELし、就寝。
本日の走行距離 74km