巡礼の道・旅日記-2000(6)
7/23(日)朝起きてBarへ朝食。コンレチェとクロワッサン。その前に新聞を買って、ざぁーっと目を通す。アルファベットの羅列で内容はほとんど分からないが、大見出し位ならわかるのがある。スペインの新聞はページ数が多いので、眺める程度でもそれなりに時間をつぶせる。
10時半。ぶらぶらとソルを歩きながらデスカルサス・レアレス修道院へ。この修道院の近くのデパートは何回も訪れた事があるが、修道院へ行くのは今回が初めてだった。夏の観光シーズンだからか、日曜日だからか修道院入り口では人が列を作って待っていた。一瞬止そうかとも思ったが、まぁ、急いで行く所もあるわけじゃなし、のんびりと待つ事にする。
20分程待って中に入る。外に行列ができてたので、余程混んでるのかと思ったら、何人か集めてガイド付きで回ってるせいだった。美術館や田舎のカテドラルと違い、院内に待つようなスペースがない為、皆外で列を作って待っていたらしい。
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| デスカルサス・レアレス修道院 |
デスカルサス・レアレス修道院。ガイド付きで700ペセタ。所用30分。カルロス五世の娘ファナ・デ・アウストリアが隠遁生活をしていた所らしい。中はタペストリーや絵画。美術館と違い、絵画の下に紹介文のようなものが一切ないので、誰の作品か何時頃の作品かはっきり分からなかったが、かなりの美術品の宝庫なのではないだろうか・・・。
昼、バスで両親のいるホテルへ。バスははっきり言って好きでない。どこで下りて良いのかわからないからだ。この時は地下鉄が工事中でしかたなくバスに乗ったのだが。
僕がキョロキョロしていると、向かいに座ったおばさんが「どこまで行くんだい?」と聞いてきた。「ベラスケス通り」と言うと、「あぁ、んじゃ、私が教えてあげるよ、心配しなさんな」と言ってくれた。正確にはゴヤ通りのバス停で降りて、ベラスケス通りまで歩くのだが。
が、この後、おばちゃん、熱心に雑誌を読み出した。シベーレスを通り、カスティジャーナ通りに入り、さらには右折してゴヤ通りに入っても、こちらを見ようという気配すらない。とうとう目的のバス停にまで着いてしまった。僕が立ち上がると一言「tranquilo〜(落ち着きな)」(^^;。
まったく、もう・・・。もう降りるべき場所にきての、この一言。しぐさが面白いおばさんだった。
両親との前日の連絡がうまく行かず、結局この時は会えず終い。帰国後聞いたらオプションでツアー全員がセゴビアに行く事になり、朝の内に荷物をまとめてそのまま空港に行ったらしい。
午後、歩いてプラドの別館へ。プラドの別館に一枚狂女王の肖像画があって、インターネットでは見た事があるのだが、実物が見たいなぁと思って、昨年も行ったりしたのだが・・・残念ながら今年も閉館していた(T.T)。結局プラドには行かず終いで、街をブラブラする。
7/24(月)
スペイン最終日。この日は観光らしい事をするでもなく過ぎた。街をブラブラして、Bar、またブラブラしてBarというパターン。CD屋に行ったり、本屋に行ったり・・・。
昼食後荷物をまとめて空港へ。20時過ぎのパリ行きの便だったが、入国した時に遅れた事もあって早めに空港へ向かう。 この時に拾ったタクシーの運ちゃんと空港まで少し話したのだが、何と!ユステの人だった。子供の時はユステの僧院で遊んでたらしい。僕がユステには一度行ってみたいと言うと、「俺の親戚がユステでオスタルをやってっからよ〜」と言って、住所とか書いてもらった。
1700バラハス着。AFのカウンターに行ってみたら、案の定大幅な遅れになっていた。まだ3時間以上もあるなぁと思いながらチェックインしてみると、搭乗予定の30分前の便に空きがあって、それにも乗れるという。状況がどうなるか分からないので、ちょっとでも早い便に乗りたかった。
・・・が、結局、その30分前の飛行機の離陸が30分以上遅れた。それによって、東京行きの飛行機にも乗せてもらえず、パリで一泊する羽目になったのだが。もともと予定していた飛行機だったら、いつ日本に帰ってこれただろう。
パリ着23時。正直着いた時には焦りもなかった。シャトルバスに乗れば大した距離じゃないし、10分位は待つだろうなぁ、という思いもあったからだ。・・・が、バス乗り場に行ってもバスが全然来ない。シャトルバスはもう終わってるらしいというのに気付いたのは、離陸の10分前だった(笑)。そこから猛ダッシュ。走ってFホールに向かったつもりだったが、どうやら反対方向に走っていたらしい。途中で気が付き、逆方向へ向かう。
あった!!Fホールだ!やったね!人気のなくなったホールを突っ走り、搭乗ゲートへ向かう。走りながら、ちらっと横目で出発案内の大きな電光掲示板を見ると、「AF274 Destino TOKYO NARITA Termine」の文字が。なぬ?Termineって、Terminarの事か(笑)? この時点で2320。離陸時間になっていた。
パスポートコントロールに行くと、職員の人も事情を察してるのか、早く行け行けという手振りをしてくれた。そしてゲート到着。僕の予想では空港職員の人がゲートで待っていてくれて、トランシーバーで最後の一人が来ましたとか何とか言って乗せてもらえるもんだろう、と思っていたのだが、ゲートには人っ子一人いず、乗るべき飛行機の機体も見えず、電光掲示板の右から左に流れる「AF274 Termine」の文字が赤々と光っているだけだった・・・。
この時の脱力感・・・。そして何とも言えない不安感。久しぶりに全速力で走ったせいか、息が辛い。空港で飛行機を待つのはごく普通の光景だが、行かれてしまったのは初めて。
結局、AFが用意してくれたチケットでタクシーに乗り、ホテルに行って一泊したのだが、もうこんな経験はこりごりだなと思った。どうせなら、スペインにもう一泊した方が良かった。予期せぬ出来事だから仕方がなかったけど。
今回の旅を振り返ると「焦り」と「外し」の旅行だったような気がする。初日のチャマルティンから始まって、最後のCDG空港まで。短期間で電車で移動するケースが多かったからだが、本当に焦る場面が多かった。そして、ゴヤの生家やザビエル城、馬車博物館など、行こうと思っていた所に行けなかった事も多かった。まぁ、今回は行動としては自分一人だったけど、両親と会う事での時間の制約もあったから、まずまずの所だろう。
終わり