塚田圭一さんのコーナー

演劇研究家・塚田圭一さんの決意は固い。
「生きている間に歌舞伎をなくしてはいけない」「歌舞伎をもっと普及させなければいけない」「歌舞伎の輪を大きくしたい」「歌舞伎を見るお客さまをもっともっと増やしたい」
長年歌舞伎を愛し、研究し、歌舞伎と人々との間の橋渡しをしてきた塚田圭一さんの想いは無限に広がっている。
歌舞伎は、日本人が世界に誇れる世界無形文化遺産です。
安土桃山時代・1500年代後半から1600年代の初めに、出雲阿国が始めたといわれているように、庶民の中から生まれた歌舞伎は、本来日本人(庶民)にとってもっとも身近なエンターテイメントでした。
阿国は、一説には1603年(慶長8年)春に北野天満宮で興行を行ったといい、茶屋遊びに通う伊達男を男装して演じ、京都で大変な人気を集めたといいます。
また同じ年の5月には京都御所で「かぶき踊り」を演じたり、四条河原などで勧進興行を行ったといいます。
この大評判から端を発した歌舞伎は、江戸時代に入ってから庶民の最大の“楽しみ文化”に発展したのです。
このような歴史(伝説)をひもとくまでもなく、とうぜん歌舞伎の中で使われている言葉などは古い言葉も多く含まれています。
その影響もあってか、「難しそう」「とっつきにくそう」「良くわからない」といわれているのが残念です。
塚田圭一さんはその壁を何とかして押し広げ、歌舞伎を分りやすく聴き手側に伝えようとしているのです。
塚田圭一さんは『歌舞伎の見方を少し知ってしまえば、ぐんぐん楽しむことができ、さらに奥深い世界へも冒険できるようになる』といっています。
その歌舞伎を愛した人生は、これからが仕上げとばかりに、ますますそのエネルギーに満ちた活動を続けています。