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坂田俊英プロフィール

本名:坂田俊英
職業:コミュニケーションプランナー
ハンドルネーム&ステージネーム:boxinglee

【概要】
1961年、青森県十和田市生まれ。東洋大学中退。中央大学文学部卒。セミナー企画会社、イベント会社、広告代理店を経て、フリーランスのプランナーへ。食品、流通のMD、生命保険のコミュケーション誌、セールスマニュアル制作など、一般生活者の日常生活に密着したプランニングを行う。

2001〜2006年、サブカルの殿堂・中央線荻窪にて幻のDJ&ライブバーBOXINGLEE'S CAFEを5年間経営。サブカル文化のメッカ中央線の中で、唯一文化の真空地帯荻窪に、オルタナティブな文化の息を吹き込み、テレビ、雑誌等に取り上げられ地域にプチブームを起こす。

ミレニアム後、自己表現の可能性を渇望する若者たちと対話しながら、多くのパフォーマンス企画を開発。

社会観察とCSR型経営の需要、相互をにらみながら、新たなオルタナティブな力を用いたコミュニケーションマーケッティングを提案。

【現在】
自らが青森県十和田市という開拓村を母体とした市の出身であることを活用し、人間力を基本としたCSR(企業の社会的責任)マーケティングを提唱。
2009年、人、店、街、それぞれの潜在能力=つよみをブランディングするため、音楽と文化を利用したムーブメントマーケティング「開拓魂」を開始。青森県十和田市にて、世界的フォークロックアーティスト「三上寛」「敬々」両氏とのコラボにより、地域活性の新たなウェーブを発信する。
→青森県十和田市「開拓魂」

■2008年11月第2回サスティナビリティーCSR検定合格認定プランナー

【メイン品目】

 会社案内などの企業PRのコンセプトメイク
 ターゲットセグメントをフォーカスしてのセールス戦略、セールスマニュアルの執筆
 オープンマイクカルチャーを利してのグループミーティングの活性化
 プランナー(SP&マーケティング、編集コンテンツ等)、
 流通における売 り場プロモーションも多数。
 コピーライティング(主にSP関連)
 DJ(歌謡曲〜クラブミュージック
 イベント、ライブ等のコンセプトメイク、企画・演出。

【実績】

 プロダクション、広告代理店とクロスしながら、
 大手スーパーマーケットの店頭企画、新聞広告、ペットフードの販売促進企画、
 カタログ制作等、本来の生活者の視点を持った企画、制作を行ってゆく。


<生保>
外資系生命保険
顧客コミュニケーションパンフレット制作
(スイスガン保険NO.1生保、日本初のコミュニケーション誌を企画、編集、制作)
(企画、コピー及びディレクション)

<流通>
大手GMSの店頭販促企画(コンセプトメイク+MD企画)

<メーカー>
大手ペットフードメーカー
新商品パンフレット(企画、コピー)
消費者キャンペーン(企画、コピー)
新商品カタログ(企画、コンセプト、コピー)

大手防虫剤メーカー
店頭プロモーション消費者キャンペーン
インターチェーンキャンペーン(企画)

調理器具メーカー
(パッケージングトータル企画)

<編集企画>
大手洋酒メーカー、商品啓蒙パンフ編集企画

<イベント>
財団法人全国青少年教化協議会40周年イベント、デコレーションレイアウト企画
 (東京プリンスホテル)

<店舗経営>

 2001〜2006年
 東京杉並区荻窪に
 DJ&ライブバーBOXINGLEE'S CAFE
 以後のオープンマイク、オープンライブ、クラブミックスイベントの先陣を切る


2001年2月、オープンライブスペース
        荻窪BOXINGLEE'S CAFE設立

BOXINGLEE'S CAFEの当初は「荻窪トークヴィレッヂ」と称して、
知人の意欲的なクリエイターのトークライブ企画を実施する。

●荻窪トークヴィレッヂ代表企画
「アルコール中毒という永遠に直らない病気」(匿名)
「宗教研究家JINJINの寺子屋ライブ」(宗教研究家・神仁氏)
「本当のお坊さんの岡田由希子の法要」(僧侶:ぐっちん)
「なりきりジャズ喫茶マスター選手権大会」
(ジャズレコード音の品評会)

その後、徐々にクラブイベントから、
芝居、アコースティックライブなどを取り入れ、
オールジャンルのライブスペースへと展開してゆく。

●代表的ライブ&イベント企画
・街角オープンSTUDIO(エントリー形式オープンライブ)
・新東京歌謡プロレス(対戦型セッションバトルライブ)
・青い森の木造ハウス(樹木と故郷をテーマするライブ)
・ALL NIGHT CHILDREN(DJイベント)
・DJ ULTIMATE(オープン参加DJイベント)
・EFRICOGI=エフリコギ(青森県十和田市MARSへミュージシャンのツアーライブを決行)

★BOXINGLEE'S CAFEの変遷について、
 詳しくは、BOXINGLEE'S CAFEの項目へ⇒後にリンクします


 ライブシーンでは、
 後の荻窪のローカルスターとなる「荻レノン」を輩出し、
 各メディアに取り上げられ、一躍ローカルヒット店となる。


★「出没、アド街ック天国」荻窪篇にて、第26位で紹介されるたBOXINGLEE'S CAFE。
 ⇒是非、画面をクリックして見てください!


【メディア】

 出没、アド街ック天国国(テレビ東京、BOXINGLEE'S CAFE&荻レノン取材
 朝日新聞(BOXINGLEE'S CAFE、荻レノン取材))
 アントレ(リクルート、起業家特集)
 東京ウォーカー(BOXINGLEE'S CAFE取材)
 MATSU(スターツ出版)
 ジャズ批評
 散歩の達人(中央線特集、3回)


【ワークコンセプト】


 「新しいものはすでに古い、そう考えるのが新しい」

 この世は万物流転、常に変化しています。
 けれど、その変化の中には、ずっと昔から続いている脈絡たる筋があるはず。
 目先の変化のみならず、普遍的な価値を見出すことを念頭にモノゴトを考えることが、
 すべての新しい作品づくりに必要なことと考えます。

 今、古いと言われるもののすべてのはじまりは、新しい、だった。
 逆に、今新しい、といわれるものは、すぐに古い、と言われる宿命を持っている。

 万物流転、過去から未来へ通底ものを、探し当てること。
 これがすべての道に通じることと考えます。


【出自、学歴】
1961年10月27日 青森県十和田市生まれ

私立友愛保育園卒園
青森家十和田市立三本木小学校卒業
青森家十和田市立三本木中学校卒業
青森県立三本木高等学校普通科卒業
東洋大学文学部中退
中央大学文学部英米文学卒業


【サラリーマン時代からの仕事歴】


●実業家向けセミナー会社「総合教育企画(株)」(86年〜、1年半)
→セミナープランナーとして従事。国際法務、特許関連のセミナー企画を担当。
→最もお世話になった講師は故藤岡公夫氏(日商岩井(現双日)業務本部、)

●舞台照明演出会社「ザ・レーザー(株)」レーザー演出部隊要員、企画営業(88年、3ヶ月)
→腰痛により3ヶ月で挫折

●総合広告代理店「(株)エーシーシー」(88年〜、約10年)
*主な特徴
→営業、プランナー、フィールドマーケティング担当を歴任
→メインAEは、大手調味料メーカー、大手製油会社、他大手試薬メーカー等
→日本初のノンオイルドレッシングの市場導入プロジェクトへ参画
→フィールドマーケティング及び消費者への動態調査による
  現場支店に立ったリアルなマーケティング戦略を提案、実施。


【営業担当として】
企画営業として入社し、メインクライアントとして大手調味料メーカー、製油メーカーを担当。
他に、大手自動車ディーラー、大手即席ラーメンメーカー、調味料メーカー、加工惣菜メーカー等を短期的に担当するが、約10年在籍中に一貫して担当したのは、最初にあげた2社である。

【企画担当として】
91年から2年間程、部署内チームにおける企画担当を兼任。担当したクライアントのプロモーション企画の多くの企画書を作成。流通向けの制作物の多くをディレクションする。コピーライティングも併行して行う。

【SP担当として】
当時の所属会社は、フィールドマーケティングを営業のキラーアイテムとしていた。そのため、営業担当と兼任で、フィールドマーケティング部門のフィールドレディーチームのマネジメントを兼任し、延べ4チーム、約70名のマネジメントを行う。
*担当チームは、
調味料メーカー、製油メーカー、健康食品メーカー、惣菜メーカー。

●1998年よりフリーランスのプランナーへ。

当初の屋号は、BOXING CAFE PLANNING

1998年4月、東京青山の潟Cシサキに分室
1998年9月、クリエーターズカフェ発足
1998年11月、環境ビジネス研究会発足(環境庁より講師)


【影響を受けた作家・アーティスト】
五木寛之、中上健次、浅川マキ、矢沢栄吉、アントニオ猪木、ARB、
ジョニ・ミッチェル、ジョン・コルトレーン、アルバート・アイラー、高橋よ しあき

【今、着目する人物】
丸山健二(小説家)、栢野克己(零細経営コンサルタント)、荻レノン

【尊敬する人物】
故坂田丑松(父)、故坂田ゆきえ(母)

【好きな場所】
青森県十和田湖、新宿(紀伊国屋ビル)、バリ島ウブド、
ニューヨークのバッテリーバーク、秋の札幌、知床半島、
荻窪BOXINGLEE'S CAFE(2001〜2006、自身で経営したライブ&DJバー)



【スポーツ歴】

●柔道
青森県十和田市立三本木小学校柔道クラブ所属

●空手道
1979年高校総体青森県大会空手道の部 個人戦第2位
1979年高校総体青森県大会空手道の部 団体戦第2位(決勝戦 対青森北高校に惜敗)
1979年全国高校総体空手道選手権大会(高知県高知市)個人戦出場
(一回戦惜敗→自分でいうのもナンですが)
1979年国民体育大会空手道東北大会青森県選抜チームに参加出場
(4勝1負、団体全国出場ならず)

●キックボクシング
アマチュア1戦1敗
→1980年学生キックボクシング連盟秋季大会大会にジュニアライト級で出場)
→身長から考えてフェザーにするべきでした!!)
社会人選手になれず
→28歳に、いつかは後楽園ホール出場を目指しと下北沢のジムに通う
→多忙のため1週1回程度の練習。
→一度膝を壊し、半年程他の運動もできなくなり、自然とリタイア

●ランニング
33歳の9月1日よりランニングをはじめる。
徐々に走行距離を増やし、スピードも加速させ、レースに出場しはじめる。
現在においても、ランニングに学ぶものは多くあり、今後も継続する。
フルマラソンレース出場歴(河口湖マラソン、那覇マラソン、ニューヨークシティマラソン)
タイムはおよそ4時間30分前後
現在は、5キロ〜10キロ程度のジョギングを週に1度、さらに個人一人団体「逆上がり研究会」を発足し、逆上がりの心身的効能を研究。


【WEB活動】

2000年4月に本WEBサイト「人間力マーケット」発足。
ハンドルネームとして、初めてboxingleeを名乗る。
WEBサイトを基盤に以下のメールマガジンを次々発行。
●「HUNGRY VOICE」
  (宗教研究家、エディトリアルデザイナーとの共同刊行)
●「中央線大作戦」
●「荻窪人」(荻窪飲食店のPRのため業務請負)
●「コトバのチカラ」(コピーライター発掘のため)

【現在】

屋号を、BLCへと変更し、従来のSPにPR、CSR的な要素を組み入れた
コミュニケーションプランナーとして、活動中。

現在の職業:
B.L.C.スローカルチャー研究所主宰
コミュニケーションプランナー









2008年11月第2回
サスティナビリティーCSR検定
合格認定プランナー





国際交流基金で奨学金による
ブラジル遠征を行った劇団seiのフライヤー制作




大手スイス生命保険の
日本ではじめての顧客コミュニケーション誌を
企画、編集、制作




大手ペットフードメーカーの
商品カテゴリーを編集し、カタログ制作



消費者キャンペーンの企画多数



大手流通企業周年記念プロモーション
及び消費者参加型レシピブックの編集企画




大手情報関連企業の新聞広告
コピー&プランニング
(日本経済新聞、半5段)




スポーツマーケット市場調査のために
1998年自らニューヨークシティマラソン完走
(4時間36分)



三本木高校空手道部の頃
コミュニケーションメソッドのはJまりは
伝統派から学んだ



学生キックボクシングの頃のboxinglee



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