| 第362号 |
| 天に一人を増しぬー前夜式と葬儀のこと |
目 次
T 足引く妻 U 闘病の記録 1、仙骨へのガン転移 2、放射線治療 3、抗がん剤治療 @ 抗がん剤治療を受け入れる A 外泊許可 B 2回目の外泊 C 第2クルーの治療始まる D 緊急の入院 E 半年の命 4、妻の命に向き合う @ 病状の急変―命の危機― A 個室での最期の日々 5、看護日誌から @ 疼痛との闘い A 食欲の減退 B 言動と傾眠 V 神の元へ行く妻を見送る 1 輸血と鼠頸部点滴のこと 2 誤嚥が起きた日 3 呼吸が困難になってきた日 4 妻、天に召される W 天に一人を増しぬ @ 前夜式 A 葬儀・告別式 B 納骨式 @ 式の様子 A 説教 B お礼の手紙 2通 編集後記に代えて 「悲しみの背後に光りあり」
@ 主は牧者 前夜式のこと
7月7日夜7時、教会の鐘が夜の空気を震わせて街に響き渡った。妻K子の前夜式の始まりを告げる鐘であった。その式次第は以下の通りである。
前奏 (黙祷)
讃美 493
祈祷
讃美 451(故人愛唱)
聖書 旧約聖書・詩篇 23・1〜6
新約聖書・ヨハネによる福音書 10・14〜15
(個人の略歴)
説教
祈祷
讃美 434(1.3.5)
頌栄 27
祝祷
後奏 (黙祷)
(挨拶)
(献花)
当初参列者を70名前後と予想したのだが、なんと140名の方がおいでくださった。教会員、親族はもとより、隣近所の方、コーラスグループの会員、生協でいつも交わっていた方またK子が受洗した教会の古い友達、私の関係ではかつての職場の同僚、大学時代の友人、東京で一緒に信仰生活をした教会の友など数え上げればきりがない。子どもたちの会社関係の上司もわざわざ本庄市までおいでくださった。
牧師はイエスは牧者であることを説かれ、羊をどんな困難な時にも導いて守ってくださる羊飼いの話をしてイエスを証した。嬉しかったのはK子は私の世話をいつも引き受け、また4人の子どもをどんな時にも支え続けて一生を終えた、これは羊飼いのような行いであったと思うと言ってくださったことだ。
最後の挨拶で私はこう述べて多くの参列者にお礼を言った。
「先ほど先生がおっしゃってくださいましたように妻K子は三つの教会で信仰生活を送り48年の地上での教会生活を終え7月5日午後10時25分天に召されました。
振り返ってみますと妻の教会生活は難しい信仰論をたたかわすとか役員として教会形成に携わるとかというものではなく、そうではなくて台所でお茶碗を洗ったり教会のトイレのタオルを持ち帰って洗濯する、あるいはまた集会のお弁当を用意するというように裏方の用事をしながらの教会生活でありました。
K子は神様が与えられたその奉仕を喜んで引き受けて旅立っていきました。その一人の小さな信仰者の葬りの式にこうして大勢の皆様がおいでくださったことを大変うれしく思います。本当にありがとうございました。」
参列者を玄関に子ども達と並んでお見送りしたのだが、何人かとは涙を共に流しながらK子を偲び、悲しみを分け合った。
A 葬儀のこと
妻K子の葬儀は8日正午から大勢の列席者を得て行われた。その次第は以下のようであった。
前奏 (黙祷)
讃美 493
聖書
祈祷
讃美 522(故人愛唱)
聖書 新約聖書 ヨハネによる福音書 14:1〜6
(故人の略歴)
説教
祈祷
讃美 434(1.3.5)
頒栄 27
祝祷
後奏 (黙祷)
(挨拶)
(飾花)
讃美歌522は個人愛唱と書かれているがこれは私が妻の讃美歌を開いて拾い出したものである。そこにはしおりが挟まっていたので選んでもよいと判断したのだ。
この歌には世の宝も富も有名な人になることも人の褒めることばもまたいかに美しいものもキリストには替えられません、とある。この方が私に代わって死んだゆえに替えられないと主を讃えている。その人に生かされて、また召されて妻は旅立ったのである
。
説教で牧師は、天にあってK子さんはいつものように元気に礼拝を捧げているのかもしれない。
神様はかけがいのない存在として一人一人を造ってくださったのだからK子さんもその一人としてお造りになり、命をお与えたこと。そして今は、神様の平安の元にこの姉妹を置いてくださっていることを信じるとおっしゃった。
妻は歩むべき道を歩み終え神の元へ召されたのだった。
最後に前夜と同様挨拶をしなければならなかった。でも同じことを言うわけにはいかない。私はこう挨拶した。
「一言ご挨拶をさせていただきます。
妻K子は7月5日午後10時25分地上の生活を70歳で終えまして神様の下へ帰ってまいりました。この70年のうち42年を姉妹は私と共に生きてくださり、職場の生活、また子供たちとの家庭での生活あるいはまた教会生活を一生懸命に支えてくれたのでありました。私がなにがしかの業を今日までに成し得たとすればその半分はこの妻K子のものであったということができると思います。
このK子を天に送ることはこの上なく寂しいことでありますが神様が与えてくださったものを神様がまた召されることは神様のご意志でありますのでそれに従わねばなりません。
今日この旅立ちの式にこのように大勢の皆様が遠路、お忙しい中ご列席くださいましたことに対して心より御礼を申し上げます。ほんとうにありがとうございました。皆様の上にも神様の豊かな恵みがありますようにお祈り申し上げます。
ありがとうございました。」
マイクを持ち、人の前に出ると声が詰まりながらもなんとか挨拶をし終えることが出来るのは長い職歴のせいであろうか。ともかくも無事に終えてよかった。
この後、棺と共に私は妻の写真を胸にしっかり抱いて火葬場へと向かった。