悼む言葉からの出発 その2



 2―3 かつての職場の仲間たち

 HS子さんから
 思いもよらぬお便り拝見いたしました。先生の1番の理解者であり、喜びの時も悲しみの時も長い年月を共にお過ごしなさいました御奥様が天に召されたとのこと、どんなにか辛い悲しみであることと存じます。心からお悔やみ申しあげます。
 心ばかりのお花料同封いたします。御供え下さいませ。何卒体大切にお過ごし下さいませ。

 MO氏から
 秋も深まり暑い過ぎた夏を懐かしく思うこの頃です。
 昨夜HD先生よりSOさんの訃報の連絡があり、その折りK子様が7月に逝去されたことを初めて知りました。お悔やみの言葉を申しあげる機会が遅くなり誠に申し訳なく思っております。
 K子様の長い闘病を支えられたご家族の悲しみはいかばかりかとお察しいたしております。K子様と二人三脚の生活を続けてこられた先生のこれからの生活のご不自由さを思いながら何も手伝いもできそうにないことを大変申し訳なく思っております。
 先生が悲しみから立ち直れられ1日も早く昔のお元気な姿になられますよう祈念いたしております。
 またいつの日かお会いするのを楽しみにしています。
 最後になりましたが私の気持ちを少々同封しましたのでお手数ですがK子様の祭壇に生花を飾っていただければ嬉しく思います。乱筆乱文お許しください。

 YM氏から
 久しくご無沙汰しております。
 奥様ご逝去とのこと、まことに驚倒しております。いつも明るい感じでさりげなく貴兄の傍らに振舞って居られたご様子が印象的です。
 さびしいことでしょうと思いますが内面に広い世界を持つ貴兄のことですから退屈だったり、時間を持て余すということは多分ないのでは、と拝察してよります。
 小生、この10月で満80歳とあいなり年齢を気にかけることころほいとなりました。
 (中略)
 一期一会などという言葉がやっと分かってきて毎日を精一杯生きれば、と考えております。
 ささやかなご機嫌伺いの粗品をお送りしましたのでご笑納いただければ幸甚です。
 奥様のみ霊にお祈りを捧げます。

 UE氏から
 拝啓
 秋深まりその後ご健康いかがかと案じております。私は多病で病院通いを日課に細々暮らしております。
 実は奥様ご逝去のこと、最近MO氏より連絡あるまで全く存知せず大変失礼いたしておりました。
 いつも貴兄に寄り添って同期会にお見えになり、心温まる思いで、お二人を拝見しておりましたのにとお悔やみの申しあげようもありません。
 お子様方とご一緒のことと伺い安心いたしておりますが何かとご不自由なことでありましょう。
 教会の方たちもよく交流なさってくださっておられるとは思いますが、よそながら、主のお力と慰めがあなた様の上にありますよう。半信者の私ですが心よりお祈り致したく存じます。
 近ければお話に伺いたいと思うのですが何分病院などに通う以外は妻のきつい監視下にあってままなりません。
 では寒さに向かいくれぐれもお体を大切に。よいクリスマスをお過ごしくださいますように。

 HM氏から
 猛暑とゲリラ雨、温暖化が原因でしょうか。また国会をはじめ社会事象も異常が続くこのごろいかがお過ごしでしょうか。
 過日素敵な奥様とのお別れに出席せず失礼しました。また昨日は英国の紅茶とクッキーが届きました。ありがたくいただきます。
 ぼくは2年前、手首の橈骨神経症と診断され薬治療を続けてきましたが7月から整形外科で頸椎ヘルニアが原因だろうとかで今MRI、レントゲン、CTスキャナーなどで検査を受けています。ボタン、ネクタイ、書写など不便を感じています。楽しみは山へ行くこと、囲碁、大学での勉強です。  先生、残暑の中体をいたわってのんびり生活を続けて下さい。子供達の未来が明るいことを願いながらぼくもコツコツ生活していきます。

 TO子さんから
 先日は久しぶりの「こころの便り」をありがとうございました。奥様がこの世を離れられるまでの大変な思い、でもすばらしいご家族の愛に包まれ、お幸せに旅立たれたこと、そして今頃は神様の近くであたたかくご家族を見守っておられると読ませていただき実感しました。
 奥様は形を変えて皆様に寄り添っておられるのですね。新しい形になるまでの闘病は本当に大変なこと。人として生きるということは大変なことだとつくづく思いました。また人として生かしていただいているからにはそれを幸いと思い一つ一つ一生懸命こなしていかなくては申し訳ないと思いました。
 立秋までもう少し。休養をじゅうぶんにとられて暑さとおつきあいください。どうぞお体を大切に。

 SA氏から
 師走に入ってしまいました。いつもプログを読ませて頂きながら感想も寄せずに申し訳なく思っております。
 今年の年賀状に奥様が「昨年7月、2回目の手術を受けましたが、すっかり元気になりました」と書いていたのに、今、いらっしゃらないのが不思議です。残念です。
 7月まで痛みに耐えた奥様は偉大な人だと思います。そしてそれを支えた渋沢さんをはじめお子さんたち、お孫さんたち、お嫁さん達、ご兄弟の方々はたいしたものです。家族の鑑のような気がします。
 気さくで周りの人たちのためにいつも働いていた奥様が偲ばれます。こんなことを書いているだけで気持ちが締め付けられるようになるのですから、日々、一人でいる渋沢さんの奥様への思慕の情にはつらいものがあると思います。
 どうぞお元気にお過ごしください。

 IN子さんから
 先日お葉書を頂きまして初めて、奥様がお亡くなりになったことを知りました。
 奥様ご病気だったのでしょうか。とてもお元気でエネルギーあふれている方とお見受けいたしておりましたので、驚きました。お二人でいつも教会にいらしているお話などされていたこと、渋沢さんはもうお忘れかもしれませんが、私はよく覚えています。
 また職員旅行に奥様が一緒だったことも、本当に仲が良くて羨ましいようでした。でも信仰のおかげでしょうか、このお葉書のとても明るいのに救われます。渋沢さんは奥様の今の天上での幸せを感じていらっしゃるのでしょう。寂しいことやご不自由なこともあったとしても、それで乗り越えて行かれることでしょう。
 遠くにいてなにも出来ませんが、奥様のご冥福と、渋沢さんのご健康心からお祈りいたします。

 MT氏から
 この度奥様のご逝去のお知らせを受け、ただただ驚いております。ご葬儀に参列できず申し訳ございません。
 奥様は心も優しく強い方で、いつも渋沢先生のそばに寄り添っていらしたように感じておりました。
 先生やご家族のみなさまの悲しみ、いかほどかとお察し申しあげます。
 書面では失礼とは存じますが心よりご冥福をお祈り申しあげます。渋沢先生、ご家族の皆様にはお力落としなく、どうぞご自愛のほどご祈念いたします。

 HIさん(教育実習生)から
 渋沢先生からのお葉書にとうとうお目にかかることのできなかった奥様への思いをはせています。そして先生のお悲しみはいかばかりかとも。
 書棚に大切にしまっていた「おんぶできなくてごめんね」をもう一度読みました。愛情に満ち溢れた文章からご家族の姿がはっきりと浮かんできました。1981年発行となりますから今の私とほぼ同じ年齢のころかしらと思いました。
 これから寒さ厳しくなります。どうぞお体をご自愛くださいますよう。
 息子に先生との出会いを話しました。大切な私の先生ですと。

 OO子さん(教え子)から
 ハレルヤ お便りありがとうございました。奥様一足お先に天国に迎えられたそうですね。私たちには再会の望みがありますがやはり目の前から姿が見えなくなると寂しいものです。先生の恵みと平安を祈ります。

 3 久の故郷に帰って

 3―1 教会での交わり

 SU子さんから
 今まで何回手紙を書こうか電話をしようかと思いながら実行できませんでした。どんなことを言いどんなことを書いても、今のあなたのご心境を同じように把握することはできないと感じたからです。
 それで祈りの他何もできず今日に至りました。今日は私のノートからこんな言葉を見つけ、誰が言った言葉からさえわからないのですがこれを送ります。
 「もし、私が神の御手によっていかなる時でも助け起こされていることを知っているとすれば私たちを襲うかもしれぬ最悪のことがなんであろう。それが、私の生存の終わりであれ、子どもの死であれ、最愛のものを失うことであろうともそれが一切なんであろう。
 もし神が私の信じる神であるならば私は一切の問いの答えを聴く。しかしそれが私から奪われているとしたらどうであろう。実はそれが私から奪われているのである。それこそ罪である。その罪の中でキリストは私に言われる『聖なる神はあなたの父なのである。あなたが父を愛するように神はあなたを愛しておられる。神はご自身の慈しみに向けて神のめぐみの理解を越えた自由の中にあなたを受け入れられる』」
 私にとって大切な二人の上に神による心の安らぎが訪れるように毎日祈っています。

   3―2 障害を持つキリスト者の団体の友

 SM子さんから
 この度K子様が天に召されどんなにかお淋しく力落としのことと心よりお悔み申しあげます。長い間病と闘われ御本人が大変だったと思いますが渋沢様やその家族のご看病も大変だったと思います。
 K子様は今は天国にあってイエス様の身元に憩われておられることと思います。
 彼らの目の涙をことごとくぬぐい取り去ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。(ヨハネ黙示録21・4)
 渋沢様のご健康が守られますようにこころよりお祈り申しあげます。

 HR氏から
 主の御名を崇め奉ります。長い間お世話なさり、また闘病中であられた御奥様が7月5日にご召天になられ、ちょうどキ障協総会のおりに前夜式、葬儀がとりおこなわれました由、出席者一同愛兄のためにお祈りさせていただきました。参列できなかったことをお詫びいたします。
 とともに皆様方の上に天父のお慰めをお祈り申しあげます。くれぐれも大事にしてください。
 シャローム

 NG子さんから
 祝・ご降誕
 主の聖名を崇めます。
 クリスマスのご挨拶をいただき、有難うございました。
 同時に、奥様のご召天のことを知り驚いております。地上のご生涯を立派に全うなさり、今は主の御許で憩っておられることと信じますが、残された先生、ご親族の方々のお寂しさはいかばかりかとお察し申し上げます。
 受け止めるのには今しばらくの時が必要だと存じます。主がかたえに居てくだきり、絶えずお慰めとお力添えをお与えくださいますよう切にお祈り申し上げます。
 お慰めの気持ちを同封させて頂きます。お写真を飾るお花でも買っていただければ幸いです。
 日増しに寒さが加わって参ります。お体大切に、よいクリスマス・シーズンをお過ごしくださいますように。          主にありて

 IS子さんから
 お元気ですか。生き生きと日々を過ごすことがK子奥様の望みだと思います。主にあって シャローム

4 久の大学時代の友人

 KW氏から
 拝啓 まことに文字通り猛暑も続く毎日ですが書中お見舞い申しあげます。
 先日は「こころの便り」で知りましたが奥様が先立ってしまったとのこと心よりお悔み申しあげたいと思います。でも渋沢さんはじめとしてお子たち、お孫さんたちの手厚い看病が奥様にとっては最後の救いではなかったろうかと思います。なかなかあり得ないことだと思います。
 渋沢さんにおかれましても少しずつ寂しさがつのって来るのではないかとお察し申しあげます。まずは温かいご家族ご一緒なので少しは安心ではないかと存じます。近ければすぐにもお訊ね致したいところですが、本日はお花でもおまつりくださればと思い少々ですが同封いたします。
 この暑さの中ご自愛下さりながらお過ごしなさるのがいいと存じます。

 OZ氏から
 前略
 奥様の訃報に接し驚いております。心からお悔やみ申しあげます。
 2年半ほど前のたしか6月3日(日)東京駅近くの中華料理屋において久しぶりの同窓会が開かれました。その会に奥様も出席されました。おかげで会が盛り上がり話も一段と弾んだこといまだに忘れません。ありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしおります。草々

 WA氏から
 「大変」御無沙汰しています。そのことをこの度特に思いました。奥様が亡くなられたとのこと、知らなくて申し訳ありませんでした。
 心よりお悔やみ申しあげます。さぞ気落ちされているのではと推察いたします。伊豆でのお二人の様子を思い出し、その感が深まります。ただただ、ご冥福をお祈りいたします。(中略)
 遅くなりましたが、離れた地より、…。
 心ばかりですがお花でも。お気持ちも含め、これから寒さに向かう折りでもあるし、お体にはくれぐれも。

 SM子さんから
 寒い日が多くなってまいりました。お元気でしょうか。
 今月はじめ頃にいただいたおたよりに大変おどろきました。二年くらい前でしょうか絵の展覧会でお会いした折に奥様は「元気でよく働いている」とお聞きしておりましたので、本当かと思いました。
 伴侶を失ったさびしさはどれほど大きくつらいものでしょうか。申し上げる言葉もございません。
 今までも苦しみにたえて明るくすごされてきました渋沢さん、どうぞこれからもお元気でお過ごしくださいませ。

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 さて、妻と私の人生のそれぞれの時代に触れ合った方々の心のこもった文章を紹介した。これを読んで改めて思うことはわたしは決して独りではなく、まして孤独の荒野にいるのではないということである。そうではなくて皆さんのたくさんの手が私の肩に置かれているし、私の足を支えていてくださっている、そのことへの感謝である。
 また、お手紙の多くは妻がどんな人であったかも証してくださっている。「働き者」「正直者」で、私のために二人三脚で歩み、私に寄り添っていたと手紙は記していた。
 これは妻の死を後になってお知りになった方ばかりでなく、闘病中に言葉をくださった方、葬送の儀においでくださった方も同じ思いであったろう。だから私はそれをしっかりと肝に銘じなければならないのだ。堅牢な友情の大地に生かされていることを、足を踏みなおして確認しなければならないのだ。

 

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