| 第367号 |
| 三つの宝物 その3 |
妻は何でも大切に保存しておく性質である。だから遺品の整理もなかなか進まない。
今回はその遺品の中から三つの宝物とも言える記録を紹介している。
第一の宝物は私が結婚を決断するに至る彼女からの手紙。第二は婚約の喜びを綴った日記だった。
今回紹介する三つ目の宝は長男誕生の私の日記である。どういう経緯で彼女の保管物になったのかはわからない。
長男は帝王切開で生まれた。その日、私の母と彼女の母が私と一緒に病院に詰めてくれて誕生を見守ったのだった。
この日記にも若き日の私たち二人の姿がうかがえる。四十二年間家庭を一緒に築いてきたその原点ともいえる愛が見えるといってもいい。
あまりにも個人的なことがらの披瀝であるが、宝を磨きあげたご本人が神に召された今、その輝きを心ある人と愛でたいと思う。
43年7月25日
カコよかったね。元気なベビーが生まれて本当によかった。今ぼくの心の中は今日あったいろいろのことでいっぱいでなにから書いていいのかわからないが、ともかく一安心というところだ。
カコがストレッチャーに乗ってオペ室に行ってから食堂でラーメンを食べたがやはりカコのそばにいるべきだと思ってオペ室の前の廊下の椅子に座っていた。そしたら1時45分「オギャー、オギャー」というとても元気のよい声が響いてきた。その第一声はぼくは聞き逃した。おふくろが「生まれたようだ」と言うのでふと我に返ると、そうだまさに赤子の声が聞こえる。でも、ぼくは他の人の赤ん坊かもしれないと思って喜ぶのを抑えた。ぼくは怖かったんだ。もし他人の喜びを自分のものと錯覚したら、あとでつらいだろう。それからぼくにこんな喜びが飛び込んで来るなんて信じられないし、実感できなかった。
そのうちに看護婦がベビーを抱いて部屋を出てきた。赤い顔をした四角面の子どもだ。おふくろはすぐ「あんたにそっくりだ」という。ぼくはまだ他人の子どもかもしれないと思っていた。だってオペ室には他に誰か入っていたろう。
そのうちにおふくろたちは子どもの後について病室に行ってしまった。ぼく一人ソファーに座ってカコの出て来るのを待ってたんだ。ぼくはときどき神に祈った。すべてが神のみこころでなされることなのだということが今日はとっても真実に思われた。神はぼくたちの家庭にいかなる子どもも与えうる。山も海に移す力があるんだからね。その神様がどうか我々に重荷を与えないで欲しい。ぼくはぼく自身それほどつらい生活をしているとは考えていないが、しかし、子どもにこうした私のようなことを決して味わわせたくはない。もしそうした願いが許されるなら聞いて欲しいと今までに何十回となくぼくは祈ったことだろう。
それとカコの安全を祈った。ぼくは最近カコのことを神に祈るとき、いつも涙が溢れて来る。カコの苦しみ、つらさを考えるからだろうか。ともかくも、ぼくは廊下で頭を垂れて祈った。その時オペ室の扉が開いてストレッチャーが出てきたのでカコかと思ったら他の女性だった。早くカコに会いたい、カコの姿が見たい。そうした心のあせりと、麻酔のために足が変形することを知っていたことのために間違ったんだろうね。
ようやく君が出てきたのは2時30分頃だったろうか。カコはまだ完全に麻酔が切れてなかったとみえて「ここは病室?」と言っていたね。ぼくは君の頭に手をあてて「頑張ったね」というのが精一杯だった。涙が溢れて出そうだったから。
カコは子どものために、ぼくのために懸命に耐えたその疲れと痛さのため、ぼくをぼくとして認め、君のほうから感情を発露することはなくて、君はぼくと独立してそこにいた。ぼくがカコをそのような姿で見ることはそう多くない。
カコは「腰が痛い、痛い」と繰り返していたね。「ぼくだってやったんだからがんばれ」と言ったの聞こえたか?やがてストレッチャーで部屋に連れて行かれてベッドに乗せられた。看護婦と医者に抱かれてベッドに移されたカコ。もう力がなかったね。腰が痛い痛いというカコ。もっと楽に、こんなに苦しまないで生めたらどんなにいいだろうね。
カコの血圧が100と180になりややチアノーゼが出てきた。そこで点滴が始まり、酸素吸入が行われた。ぼくには何がどの程度まで困った状態なのかよくわからない。点滴するたびに液が血管から漏れ腕が腫れてきた。ぼくはどうしたことかと心配した。看護婦は看護婦で説明書を見ながら点滴の準備をしている。そんなことはあらかじめ読んで置くべきだ、ぼくは心の中で焦りを感じた。
でもようやく点滴がスムースにいき、顔も赤みを帯びてきたのでぼくは十円玉を数枚握って電話をかけに行った。早稲田へ(注 妻の実家)、外来の森さん(注 妻は整肢療護園の医事科に勤めていた。森さんは看護師)たち、留守をしている渋江さん、高橋さん(注 学校の同僚が私の家で待っていてくれた)、学校。みんなが祝福してくれた。ぼくは話しながらのどがつまり、涙があふれた。そのため少ししか話さずに電話を切った。
病室へ帰るとカコはやや元気になっていた。いろいろ話していた。ぼくはカコがあまり話して疲れてしまうのではないかと気がかりだった。カコの汗をふき、団扇で扇いでやるとき、こんなことのないカコだけに哀れだった。子どもは籠の中でときどきあくびをしている。目を薄く開けて、頭を少し動かし、時には舌を出して大きく口を開ける。カコは汗が背中いっぱいになってきたようだったね。でも動くわけにはいかないのだから我慢してもらうより仕方がない。
カコ、ぼくはまだベビーが生まれた喜びよりもカコの体の心配の方が大きい。カコの痛みが早くとれ、食事ができるようになり、自分でベビーに乳を飲ませられるように一時も早くなったらいいね。
今は0時10分だ。もう少しは楽になったかい。真っ暗の天井を眺めて、全身の倦怠感に襲われながら一人で苦しんでいるのだろうか。そうかもしれない。かわいそうだ。ベビーのことを思い、ぼくのことを考え勇気を出してほしい。君を必要とする二人の柱がカコ、お前だ。頑張れ。
7月26日
カコ、今何してるの。眠れたかな。
昨日に比べて顔ツヤも良くなったし横向きになれるし、随分楽になったろう。でも子宮の収縮を促す薬とかを注射されるとつらいらしいね。かわいそうだけどぼくは何もしてあげられない。カコ自身が耐え忍ばねばならないことだ。早くガスが出て食事がとれるようになることを祈っているよ。他の人がみんな食事をしているのにカコだけは水も飲めずに上を向いてお腹の痛みと戦うなんて。でももう少しの間だろう。家に帰ったらじゅうぶん甘えてごらん。
今日、早く帰って来ちゃって悪かったかな。でももう3時間にもなったし隣の人は処置などを始めたからあまり長居するのも迷惑だと思った。それにカコが痛そうなので辛かったんだ。
子どもが早く自分で抱けるといいね。あいつ、左ばかり向いているからもしかするとそっち側の斜頚かな。四角い顔をいろいろに変化させながら黙って籠の中に収まっていたよ。あまり泣かないのはちょっと気がかりがね。
ぼくはまだ真の喜びを味わってないみたいだ。カコが元気に退院できて、あのチビ助の頬でも突けるようになったり、あるいは、オッパイをやるカコの乳房をぼくにも触らせてくれるようになって、初めてベビーを与えられた感激が湧くのではないだろうか。今はカコの回復が早いこと、ただそれだけを祈っている。
7月30日
11時です。匠、どうしてる?ギャーギャー言ってるの。カコも元気になってよかったね。ぼくはようやくベビーを与えられた喜びが湧いてきました。みんなから、嬉しいだろうと言われるけど、やはりカコが元気になるまではその気になれないものね。2、3日前までは喜びよりも安心感が強かった。カコが一応無事だったことも安心だ。
でも今はもう違う。ぼくの心は喜びが湧き上がってきている。今日のカコ見て、もうすっかり嬉しくなってしまった。匠にお乳を含ませるカコ。まだぎこちない未熟な母だけど、でもとてもほほえましい姿だ。匠をしっかり抱いておやり。おやすみ。