歴史の偽造
このところ、共同研究に引き入れられて、東北地方の文化について付け焼刃で勉強しています。おかげで、だいぶ東北地方を旅行して、余禄で温泉探訪もしています。東北地方はすばらしい温泉が多くて、病み付きになりそう。
ところで、その関係でちょっと興味を持った話があります。津軽地方に幻の古代大帝国があったという説です。『東日流外三郡誌』という本に出ているんだそうで、じつはそのことを知ったのは、旅行ガイドブックからです。昭文社の「上撰の旅」というシリーズのなかの「北東北」の巻ですが、わざわざコラムまで設けてこの話を取り上げています。こういうガイドブックにしては、ちょっとマニアックでおかしいんですが、執筆者にそういう方面に詳しい楽しい人がいるのか、そうでなければ、このことは10年くらい前に話題になったようなので、そのころのガイドブックにあった記事がそのまま残ってしまったのか、どちらかでしょう。今はあまり話題になっていませんが、ネット検索をすると、かなりの関連記事が出てきます。もっともみんなちょっと古い時期のもので、最新の話題ではないようです。
今回、弘前の本屋さんに行ったら、ちゃんと『東日流外三郡誌』の校訂出版本も並んでいました。でも、それは高価なので、とりあえず、原田実という方の『幻想の津軽王国』(批評社、1895)という本を買いました。原田さんはその後も関連する本を出していますが、この本はちょうど話題となっていた時期に、その渦中に巻き込まれた著者のホットな現場報告的なものなので、入門には最適です。
『東日流外三郡誌』は、「つがるそとさんぐんし」と読みます。青森県五所川原市の和田喜三郎さんという人の天井裏から見つかったということで、1970年代に始めて紹介されたようです。三春藩主秋田家の家臣秋田孝季らによって書かれたもので、現存の写本は明治期に和田長三郎末吉という人が筆写したものだそうです。そのほかにも、和田さんの天井裏には膨大な文書が眠っていて、1990年代に話題になると、それらが次々に発表されたそうです。
それによると、古代の津軽には、アラハバキ族という民族がいて、それがいわゆる蝦夷(えみし・えぞ)の主流で、独自の神話を持ち、大和朝廷とは対立していたということです。秋田家はその子孫というわけです。もちろんそれが直ちに事実でないとしても、中世にすでに津軽半島の先のほうの十三湖に十三湊(とさみなと)という大きな港湾都市があり、中央とも密接に関係を持って繁栄していたことは事実です。また、蝦夷が中央と対立しながら、次第に追いやられ、北海道に逃げて行ったことも事実です。ですから、こういう夢のあるロマンがあってもよいし、まして江戸時代ころにそのようなものが書かれるということはありえないことではありません。
ところが、その膨大な文書が発表され、専門家が調べていくと、おかしなことがたくさん出てきました。とても江戸時代には知られていそうもないことがたくさん書かれている。きわめつけは、その写本の文字が発見者・所蔵者の和田さんの字の特徴とそっくりで、ほぼ確実に和田さんが書いたものということになってきました。まして、ギリシア神話に言及したところが、岩波文庫の『ギリシア神話』の丸写しだったこともわかって、すべて偽物だということがほぼ確定しました。せめて一部にでも本物があればと願っていた研究者も、最後は匙を投げたようです。1990年代の前半には、だいぶ週刊誌を賑わしたようです。こうしていまではいわゆるトンデモ本に分類されるに至っています。
そのとき、これは本物だと、先頭に立って音頭をとった専門家が古田武彦という人でした。古田さんは、長く高校教師をしながら、親鸞の研究や邪馬台国などの古代史研究で新説を発表し、注目された方です。反骨精神に富み、アカデミズムで無価値とされてきた史料に注目したり、また、多くの専門家があまり意味がないと考えてきた写本の細部にこだわることによって、古田史学と呼ばれる独特の史観を編み出し、一部に熱狂的なファンがいます。かなりスタンドプレーに近いきわどいところが大きいのですが、親鸞の研究など、とても優れた示唆に富むものだとボクも思います。邪馬台国問題についてはよく知りませんが、写本を調べて、「邪馬台(臺)国」ではなくて、「邪馬壹国」だと主張した「邪馬台国はなかった」説など、けっこうセンセーションになりました。
そんな古田さんだっただけに、反中央の立場で新説に満ちた『東日流外三郡誌』に飛びつくことになったのでしょう。途中から、偽物であることがほぼ判明しても、深入りしすぎたために転向できず、結局この問題に関しては、その後口をつぐむことになったようです。
ボクが読んだ『幻想の津軽王国』の著者原田実さんは、その古田さんが教授をしていた昭和薬科大学文化史講座に助手として呼ばれ、和田文書の調査プロジェクトに加わりました。はじめは和田文書に疑問を持っていたのが、古田さんのプロジェクトに加わる中で、本物説の立場から論文を書くようになりましたが、再度疑問を持つようになり、最終的には古田さんと対立して偽物説を主張し、助手を追われることになったということです。
『幻想の津軽王国』がおもしろいのは、前半に本物説時代の論文、後半に偽物説に転じてからの論文を収め、前半の論文を後半の論文で自ら論駁しているところです。本物説、偽物説両方の立場がとても明晰にはっきり示されているという点で、この問題の入門に最適です。最後に、助手を追われたときの関係文書を収め、この問題のなまなましい側面を示しています。
そんなわけで問題はほぼ決着してしまっているのですが、今この本を読んでみると、その後起こった例の旧石器時代遺跡の偽造問題ととてもよく似ているのに気がつきます。どちらもアマチュアの偽造に専門家がだまされ、それもきわめてスケールが大きかったのですが、そのどちらも東北と関係しているところが注目されます。
東北は、このような「偽史」、つまり歴史偽造の宝庫です。他にも、義経=ジンギスカン説もありますし、青森県のキリストの墓などもそうです。キリストの墓は、「竹内文献」と呼ばれる竹内巨麿によって偽造された偽古代史文献と関連するもので、「竹内文献」自体は必ずしも東北のみの問題ではありませんが、戦前大きな話題になったもので、原田さんが論ずるように、和田家文書の場合ととてもよく似ています。他に、これも今回の調査で知ったのですが、会津には高寺伝承というのがあって、中央に仏教が伝わる以前に、会津の高寺というところに中国の坊さんが仏教を伝えていた、という説もあり、これは江戸時代の文献にすでに見えるようです。
どうして東北はこのように偽史の宝庫となったのでしょうか。東北の古代史は中央の力が及ばなかったため、不明のところが大きく、それだけ自由な想像力が活躍しやすいということもあります。また、東北には中央に迫害されてきた長い歴史があり、潜在的に反中央の心情があり、それが、自分たちのほうが中央より古い優秀な文化を持っている、という説を受け入れやすくしているということも考えられます。また、産業の少ない過疎の村では、なんでも話題に飛びつきたいという切実なところもあります。
偽史や偽造は確かに認められることではありません。けれども、それにかける情熱と、ロマンはすごいものですし、どうしてそれが専門家をも簡単にだましてしまうのか、どうしてある地方に集中しているのか、など、考えていくと奥の深いものがあります。
2003.9.21